↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄になるまでの旅路〜禁忌の森の少年、無能力の最強剣聖、嘘を見抜く転生者。3人の運命が交錯する〜王道群像ファンタジー!  作者: 皐月なる
5章「喪失」【アポカリ編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/49

29話「帰れない家」

その日も、アポカリは採集から戻り、籠を置いて手を洗った。水を拭き取る前に、ロウが声をかけた。


 ロウ「アポカリ。少し、いいか」


 アポカリ「……何?」


 ロウ「サナも一緒に来てくれ。見てほしいものがあるんだ」


 アポカリは、すぐには返事をしなかった。見てほしいものが何なのか、尋ねる気にもなれなかった。


 アポカリ「分かった」


 ただそう答え、ロウとサナの後についていった。


 最初は、どこへ向かっているのか考えなかった。歩くことに意味があるわけでもない。二人が行くから、ついていく。それだけだった。


 けれど、道が少しずつ見覚えのある形に変わっていく。木の根が道へ張り出した場所。足元に平たい石が埋まっているところ。枝が低く垂れ、通るたびに避けていた木。


 アポカリは歩みを緩めた。


 この道を知っている。


 体が、先に気づいてしまった。


 アポカリ「……どこに行くの?」


 ロウは答えなかった。サナも振り返らず、歩く速さを少し落とした。


 アポカリの胸の奥がざわついた。


 あの日に似た感覚だった。理由は分からない。何かが起きる前に感じた、あの嫌なざわめき。心臓が一度強く打ち、息がうまく入らなくなる。


 アポカリ「……やだ」


 ロウが振り返った。


 アポカリは道の先を見ていた。言葉が喉に引っかかり、もう一度、やだ、と小さく言った。


 アポカリ「行きたくない」


 サナは立ち止まり、アポカリの方を向いた。近づこうとはせず、彼が自分の足で立っていられる距離から声をかける。


 サナ「分かってる。でも、お願い。どうしても、見てほしいものがあるの」


 アポカリ「ここ、僕の家に行く道だよね……?」


 ロウは、すぐに否定しなかった。


 アポカリは首を横に振った。道の先を見たくなかった。あの時のことが、目を閉じなくても浮かび上がってくる。戸口。床。母さんの声。呼んでも、返事がなかったこと。


 アポカリ「お願いだから……行きたくない」


 ロウ「アポカリ。無理に急がせるつもりはない。ここで少し休んでもいい。けれど、お願いだから、一緒に来てほしい」


 サナ「私たちが、あなたに見てほしいの。お願い」


 2人は、それ以上何も言わなかった。


 引き返していいとは言わない。でも、無理やり腕を引くこともしない。ここまで連れてきた理由を、言葉だけで説明しようともしなかった。


 アポカリは道を見つめたまま立っていた。帰りたいと思っていたはずの家なのに、近づくほど足が動かなくなる。


 後ろを向けば、来た道を戻れる。ロウの家に戻れば、今日はまたいつものように終わる。そう考えた途端、足が半歩だけ後ろへ下がった。


 ロウもサナも、その動きを止めなかった。何かを言えば、アポカリはきっと従う。優しいから、2人の頼みを断れないのだと分かっていた。だからこそ、今は自分で決めるまで待つしかなかった。


 やがて、アポカリは小さく息を吸った。


 アポカリ「……分かった」


 自分の声が、ずいぶん遠く聞こえた。


 歩き出してからも、胸の奥のざわめきは消えなかった。ロウとサナは先へ行きすぎないよう、アポカリの歩幅に合わせた。誰も、急かさなかった。


 木々の間が開ける。


 家が見えた。


 アポカリの足が止まった。


 戸は閉まっている。屋根も、壁も、窓も、あの日のままだった。家の周りには落ち葉がたまっていない。戸口の脇もきれいにされている。誰かが、時々ここへ来て手を入れていたのだと分かった。


 それでも、アポカリの目には何も変わっていないように見えた。


 アポカリ「……」


 ロウ「大丈夫か?」


 声をかけられ、アポカリははっとした。いつの間にか、戸口を見たまま息を止めていたらしい。ゆっくり息を吐いても、胸の奥のざわめきは残っていた。


 サナ「定期的に、ここを掃除していたの。家の中も、できる範囲でね」


 アポカリはサナを見た。


 サナ「その時に、部屋の奥で見つけたものがあるの。だから、あなたにも見てほしくて」


 何が見つかったのかは、まだ教えてくれなかった。


 アポカリは戸口へ目を戻した。ここを越えれば、母さんが暮らしていた場所に入ることになる。


 手を伸ばすまでに、長い時間がかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。