28話「会いたい」
朝、目が覚めると、アポカリはしばらく布団の中にいた。
起きなければならない。採集に行く時間だ。そう分かっていても、すぐに体を起こすことができなかった。
アポカリ(……母さんに、会いたい。)
毎朝、同じことを考える。
アポカリ(会って、話したい。昨日あったことでも、何でもいいから話したい。)
けれど、母さんはいない。
アポカリは顔を横に向け、枕の端をつかんだ。泣いてしまう前に起きようと思った。朝から泣いていたら、ロウにもサナにも気づかれてしまう。気づかれたところで、二人は何も言わないだろう。けれど、気をつかわせたくなかった。
ゆっくりと起き上がり、顔を洗った。水の冷たさで少しだけ頭がはっきりする。採集籠を持ち、頼まれていたものを集めに森へ向かった。
森は、前と同じだった。
道の曲がり方も、土の柔らかい場所も、枝が低く垂れているところも変わらない。鳥の声もする。風が通れば、葉が擦れ合う。以前なら、何か見つけるたびに足を止めていた。知らないものなら、近づいて確かめたくなった。珍しい声を聞けば、どこから聞こえたのか探したくなった。
今は、ただ通り過ぎる。
アポカリ(……見つけても、母さんに話せない。)
そのことを思うと、足を止める気がなくなった。
外の世界を見てみたいと思っていた。知らない土地へ行き、そこで暮らす人たちを見て、自分の知らないものを知りたかった。でも、外へ出ることを考えると、母さんと離れるのが寂しかった。この森にいれば、帰る家があって、帰れば母さんがいた。だから、いつか行けばいいと思っていた。
アポカリ(……いつかって、いつだったんだろう。)
思い出そうとしても、答えは出ない。
アポカリ(別に、今はもういい。外の世界なんて、見なくてもいい。)
そう思おうとしても、何かを諦めたという実感さえなかった。ただ、何を見たいと思っていたのか、分からなくなってしまった。
籠の中で、採集したものがかすかに触れ合った。アポカリは籠を持ち直した。頼まれた分は集めなければならない。仕事をしている間だけは、何をすればいいのか分かる。
家へ戻って、食事をして、寝る。
それだけの日が続いた。
眠る前になると、あの日のことが戻ってくる。
母さんの声。床に倒れた姿。握った手の冷たさ。何度呼んでも返事がなかったこと。自分の声が家の中で跳ね返っていたこと。
アポカリ(……もう一度、呼んだら。)
そこまで考えて、目を強く閉じた。
アポカリ(……返事なんて、ないのに。)
黒いモヤが広がったことは、ロウから聞いた。けれど、あの時、自分に何が起きたのかは分からない。考えようとすると、胸の奥が冷たくなり、息がうまく吸えなくなる。その先へ進むのが怖くて、いつも途中で考えるのをやめた。
それでも、母さんがいないことだけは、目を閉じても消えてくれなかった。
アポカリ(……帰りたい。)
心の中でそう言って、すぐに首を振った。自分の家へ帰ることができない。戸を開ければ、母さんがそこにいるような気がする。帰ってきたことを伝えれば、いつものように声をかけてくれるような気がする。
でも、家の中に母さんはいない。
自分の目で確かめてしまったら、そのことをもう一度知らされる。
アポカリ(……いやだ。)
声には出さず、枕に顔を押しつけた。息が少しずつ乱れていく。泣かないようにと思っても、涙は止まらなかった。
アポカリ(母さんに会いたい。ただ、それだけなのに。)
何のために生きているのか、分からなくなった。明日になれば、また採集に行く。頼まれたものを集めて、ロウの家へ戻る。食事をして、眠る。けれど、その先に何があるのか、考えられなかった。
アポカリ(……お母さん。)
心の中で名前を呼んだ。
返事はなかった。
アポカリは、音を立てないように泣いた。




