↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄になるまでの旅路〜禁忌の森の少年、無能力の最強剣聖、嘘を見抜く転生者。3人の運命が交錯する〜王道群像ファンタジー!  作者: 皐月なる
5章「喪失」【アポカリ編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/50

28話「会いたい」

朝、目が覚めると、アポカリはしばらく布団の中にいた。


 起きなければならない。採集に行く時間だ。そう分かっていても、すぐに体を起こすことができなかった。


 アポカリ(……母さんに、会いたい。)


 毎朝、同じことを考える。


 アポカリ(会って、話したい。昨日あったことでも、何でもいいから話したい。)


 けれど、母さんはいない。


 アポカリは顔を横に向け、枕の端をつかんだ。泣いてしまう前に起きようと思った。朝から泣いていたら、ロウにもサナにも気づかれてしまう。気づかれたところで、二人は何も言わないだろう。けれど、気をつかわせたくなかった。


 ゆっくりと起き上がり、顔を洗った。水の冷たさで少しだけ頭がはっきりする。採集籠を持ち、頼まれていたものを集めに森へ向かった。


 森は、前と同じだった。


 道の曲がり方も、土の柔らかい場所も、枝が低く垂れているところも変わらない。鳥の声もする。風が通れば、葉が擦れ合う。以前なら、何か見つけるたびに足を止めていた。知らないものなら、近づいて確かめたくなった。珍しい声を聞けば、どこから聞こえたのか探したくなった。


 今は、ただ通り過ぎる。


 アポカリ(……見つけても、母さんに話せない。)


 そのことを思うと、足を止める気がなくなった。


 外の世界を見てみたいと思っていた。知らない土地へ行き、そこで暮らす人たちを見て、自分の知らないものを知りたかった。でも、外へ出ることを考えると、母さんと離れるのが寂しかった。この森にいれば、帰る家があって、帰れば母さんがいた。だから、いつか行けばいいと思っていた。


 アポカリ(……いつかって、いつだったんだろう。)


 思い出そうとしても、答えは出ない。


 アポカリ(別に、今はもういい。外の世界なんて、見なくてもいい。)


 そう思おうとしても、何かを諦めたという実感さえなかった。ただ、何を見たいと思っていたのか、分からなくなってしまった。


 籠の中で、採集したものがかすかに触れ合った。アポカリは籠を持ち直した。頼まれた分は集めなければならない。仕事をしている間だけは、何をすればいいのか分かる。


 家へ戻って、食事をして、寝る。


 それだけの日が続いた。


 眠る前になると、あの日のことが戻ってくる。


 母さんの声。床に倒れた姿。握った手の冷たさ。何度呼んでも返事がなかったこと。自分の声が家の中で跳ね返っていたこと。


 アポカリ(……もう一度、呼んだら。)


 そこまで考えて、目を強く閉じた。


 アポカリ(……返事なんて、ないのに。)


 黒いモヤが広がったことは、ロウから聞いた。けれど、あの時、自分に何が起きたのかは分からない。考えようとすると、胸の奥が冷たくなり、息がうまく吸えなくなる。その先へ進むのが怖くて、いつも途中で考えるのをやめた。


 それでも、母さんがいないことだけは、目を閉じても消えてくれなかった。


 アポカリ(……帰りたい。)


 心の中でそう言って、すぐに首を振った。自分の家へ帰ることができない。戸を開ければ、母さんがそこにいるような気がする。帰ってきたことを伝えれば、いつものように声をかけてくれるような気がする。


 でも、家の中に母さんはいない。


 自分の目で確かめてしまったら、そのことをもう一度知らされる。


 アポカリ(……いやだ。)


 声には出さず、枕に顔を押しつけた。息が少しずつ乱れていく。泣かないようにと思っても、涙は止まらなかった。


 アポカリ(母さんに会いたい。ただ、それだけなのに。)


 何のために生きているのか、分からなくなった。明日になれば、また採集に行く。頼まれたものを集めて、ロウの家へ戻る。食事をして、眠る。けれど、その先に何があるのか、考えられなかった。


 アポカリ(……お母さん。)


 心の中で名前を呼んだ。


 返事はなかった。


 アポカリは、音を立てないように泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。