26話「お母さんはどこ」
ロウは、まだ伝えなければならないことがあると分かっていた。
4日間、アポカリが眠っている間に何があったのか。そのことを話そうと、息を吸った。
アポカリ「お母さんはどこ?」
ロウの口が止まった。
アポカリはベッドの縁へ手をつき、上半身を起こそうとした。背中が痛み、腕に力が入らない。それでも、横になったままではいられなかった。
アポカリ「母さんは、サナの家にいるの? ロウの家は狭いから、サナのところにいるんだよね?」
ロウ「アポカリ、落ち着いて聞いてくれ」
アポカリ「だって、母さんも怪我をしていたんだ。僕よりひどかったかもしれない。ちゃんと見に行かないと」
自分でも、何を言っているのか整理できていなかった。母は傷を負っていた。自分は倒れた。だから、母もどこかで手当てを受けているのかもしれない。そうであってほしかった。ロウとサナがここにいるなら、母も別の場所で休んでいるだけかもしれない。
そう考えなければ、次の言葉を聞くことができなかった。
アポカリ「お母さんに、心配かけちゃった……」
声が少し小さくなった。
アポカリ「また心配かけちゃったから、謝らなきゃ。僕、あの時……母さんの言うことを聞かなかったから」
ロウ「それは……」
言いかけて、ロウは言葉を止めた。
アポカリは顔を上げた。ロウの目元が赤くなっている。泣いているわけではない。けれど、泣くのをこらえているように見えた。
アポカリ「……ロウ?」
ロウは唇を結び、息を整えた。何かを言わなければならない。そう分かっているのに、目の前の少年が母親を探すたび、口に出そうとした言葉が喉の奥でつかえてしまう。
アポカリ「お母さんはどこにいるの?」
ロウ「……アポカリ」
アポカリ「教えてよ。母さん、どこにいるの?」
ロウは答えられなかった。
アポカリの呼吸が速くなる。ベッドから降りようとして、足が床に着く前に体が傾いた。ロウが支えようと手を伸ばしたが、アポカリはその腕をつかんだ。
アポカリ「答えてよ!!!! ロウ!! お願い! お願いだから!! お母さんはどこにいるの!!」
声が部屋を震わせた。
扉の向こうで、押し殺した泣き声がした。
サナは戻ってきていなかった。扉の向こう側で、口元を押さえながら泣いていた。息を吸おうとしても、喉が詰まってうまく吸えない。それでも、今ここで顔を見せたら、自分も何も言えなくなってしまう気がした。
ロウは、アポカリにつかまれた腕を振りほどかなかった。
ロウ「……間に合わなかった」
声はかすれていた。ロウは一度目を閉じ、息を整えた。
ロウ「俺たちが見に行った時には、もう……」
その先を、ロウはすぐに言葉にできなかった。
そして、その時のことをロウがアポカリに話した。
アポカリは、最初は動かなかった。ロウの口が動いているのを見ていたのに、言葉が自分のところまで届いていないようだった。やがて、つかんでいた腕から指が一本ずつ離れた。
アポカリ「……うそ」
声が漏れた。
アポカリ「うそ…だよね……?」
ロウは何も言えなかった。
アポカリは、ロウが否定してくれるのを待った。言い方が悪かっただけだと。母は別の場所で休んでいるのだと。今すぐには会えないけれど、少ししたら会えるのだと。何でもいいから、いつものように、心配することはないと言ってほしかった。
けれど、ロウは何も言わなかった。
アポカリの顔がゆがんだ。首を横に振り、何度も息を吸おうとする。けれど、喉から出てきたのは言葉にならない声だった。
アポカリ「いやだ……いやだよ……」
膝から力が抜けた。ロウが抱きとめると、アポカリは彼の服を両手でつかみ、声を上げて泣いた。
アポカリ「母さん……! 母さん……っ!」
ロウは、何も言わずにアポカリを抱きしめた。背中に手を置いても、何を言えばいいのか分からなかった。ただ、離したら、この子がどこかへ落ちていってしまう気がした。
扉が開いた。
サナが入ってきた。目元は赤く、頬には涙の跡が残っていた。彼女はアポカリのそばに膝をつき、ロウごと包むように腕を回した。
サナ「……アポカリ」
それ以上、言葉は続かなかった。
アポカリは泣き続けた。名前を呼び、首を振り、何度もロウの服を握り直した。母の名前を呼べば、返事が聞こえるかもしれない。もう一度呼べば、今度こそ間違いだと分かるかもしれない。そんな願いを、止めることができなかった。
ロウもサナも、彼を抱きしめたまま離れなかった。




