23話「なぜか君には伝えたくなったんだ」
翌日、アポカリは採集の道を歩きながら、何度も昨日の話を思い返していた。
父のこと。自分が小さかった頃のこと。母が心配していたこと。そして、外の世界へ行ってもいいと言ってくれたこと。
アポカリ(ファティマに、どこまで話そうかな。)
全部を話す必要はない。母もそう言っていた。けれど、昨日のことを誰かに聞いてほしかった。父のことを知ったのが嬉しいのか、寂しいのか、自分でもまだよく分からない。
待ち合わせにしていた木の根元まで来ると、ファティマは先に来ていた。地面に落ちた枝を並べ、何かを作ろうとしているらしい。
アポカリ「何してるの?」
ファティマ「見れば分かるよ。枝のお家」
アポカリ「……どこが?」
ファティマ「今から屋根を作るところなの」
アポカリ「まだ床しかないじゃないか」
ファティマ「土台が大事なの!」
ファティマは胸を張った。けれど、手元の枝が一本ずれて、せっかく並べたものが崩れた。
ファティマ「あっ」
アポカリ「……土台が大事なんだよね?」
ファティマ「そうだよ。だから、もう一回作るの」
アポカリは笑い、隣にしゃがんだ。二人で枝を拾い直しているうちに、さっきまで考えていたことが少しだけ遠のいた。
ファティマ「今日は何かあった?」
アポカリ「どうして?」
ファティマ「いつもより静かだから。私が枝のお家を壊したから?」
アポカリ「それはいつもどおりだよ」
ファティマ「ひどい!」
アポカリは笑ったあと、手元の枝を置いた。
アポカリ「母さんから、父さんの話を聞いたんだ」
ファティマの表情が少し変わった。
ファティマ「……そっか。話してくれたんだね」
アポカリ「うん。父さんは兵士で、母さんを助けてくれたんだって。優しい人だったらしいよ。僕が生まれる少し前に戦争へ行って、それきり帰ってこなかったんだ」
ファティマは、すぐには何も言わなかった。軽い言葉で慰めようとはせず、アポカリが続きを話すのを待った。
アポカリ「それから、僕が小さかった頃のことも聞いた。僕、4歳になるまで、よく苦しそうにしていたらしいんだ。母さんは、どうしたらいいか分からなくて、すごく怖かったって」
ファティマ「アポカリも、お母さんも、大変だったんだね」
アポカリ「うん。でも、その後は大丈夫になったんだって。知らない女の人が診てくれたらしいんだけど、母さんもその人のことはよく知らないんだ」
そこまで話して、アポカリは息を吐いた。
アポカリ「あと、外の世界へ行きたいなら、いつか行ってもいいって。母さん、僕がそう思ってること、気づいてたみたい」
ファティマ「行きたいんだ?」
アポカリ「……うん。見てみたいよ。どんな場所があるのか。でも、母さんと離れるのは、少し寂しい」
ファティマは、並べかけた枝を指で整えた。
ファティマ「寂しいのは、当たり前だよ。大切な人なんだもん」
アポカリ「そうだよね」
ファティマ「でも、行きたいって思うことまで、悪いことじゃないと思う。私だって、知らない場所を見てみたいって思う時があるよ」
アポカリ「ファティマも?」
ファティマ「あるよ。……いつも自由にできるわけじゃないけど」
最後の言葉は小さかった。ファティマはすぐに笑って、枝を一本持ち上げた。
ファティマ「それより、これ、どう思う? 屋根に使えるかな」
アポカリ「長すぎるんじゃない?」
ファティマ「じゃあ、折ればいいね」
ファティマが枝を折ろうと力を入れる。枝は思ったほど曲がらず、先が跳ね返った。
ファティマ「いたっ!」
アポカリ「また枝に負けた!」
ファティマ「違うよ。枝が急に反抗してきたの!」
アポカリは声を出して笑った。ファティマも笑ったが、しばらくすると、その顔から少しだけ明るさが薄れた。
ファティマ「……アポカリ」
アポカリ「ん?」
ファティマ「お父さんのことを話してくれて、ありがとう。話すの、簡単じゃなかったでしょう?」
アポカリ「うん。でも、聞いてほしかったんだと思う。自分でも、どうしてかは分からないけど」
ファティマ「そっか」
ファティマは、少し照れたように目をそらした。
ファティマ「私でよければ、また聞くよ。うまいことは言えないかもしれないけど」
アポカリ「うん。ありがとう」
森の中を風が通り、葉が揺れた。二人は枝のお家を直すのをやめ、採集路から少し外れたところを歩いた。いつもと同じように話し、時々笑った。
しばらくして、ファティマは帰る時間だと言った。
ファティマ「今日は、そろそろ行くね」
アポカリ「うん。また会おう」
ファティマ「うん。……アポカリ」
呼び止められ、アポカリは振り返った。
ファティマ「お母さんを、大事にしてあげてね」
アポカリ「もちろん。ファティマも、家の人を大切にね」
ファティマは一瞬、返事に迷ったようだった。それから、いつもの笑顔を作った。
ファティマ「うん。またね」
彼女は森の奥へ歩いていった。アポカリはしばらくその背中を見送り、それから家へ帰る道へ向かった。
籠の中には、今日集めたものが入っている。母に何を話そうか考えながら、アポカリは歩いた。ファティマに話せてよかった。そう思った。
家が近づいてくると、かすかな声が聞こえた。
誰かが言い争っている。
アポカリは足を止めた。声は家の中から聞こえる。母の声だった。いつもの穏やかな声とは違い、硬く張り詰めている。
アポカリ「……母さん?」
返事はなかった。
籠を持つ手に力が入った。気が付いた時にはもう走っていた。




