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英雄になるまでの旅路〜禁忌の森の少年、無能力の最強剣聖、嘘を見抜く転生者。3人の運命が交錯する〜王道群像ファンタジー!  作者: 皐月なる
4章「追憶」【アポカリ編】

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21話「僕より昔のこと、僕の昔のこと」

翌日の夕方、アポカリは採集から帰ると、籠を片づけてからリリアのそばに座った。


 昨日の話が、頭から離れなかった。父が母を助けたこと。母が自分から会いに行ったこと。まだ生まれていない自分に、森を歩く約束をしていたこと。


 アポカリ「母さん。父さんって、魔族だったんだよね?」


 リリアは手を止めた。


 リリア「……どうしてそう思ったの?」


 アポカリ「昨日、兵士だったって話してくれた時、母さんは人間の兵士だとは言わなかったから。ずっと気になってたんだ」


 リリアは静かにうなずいた。


 リリア「そう。あなたのお父さんは魔族だったの」


 アポカリはしばらく黙っていた。驚きはあった。けれど、父の話を聞いてから、どこかでそうなのではないかと思っていたのかもしれない。


 アポカリ「集落のみんなは、知らないんだよね」


 リリア「ええ。あの人は人間の姿に擬態できたから、みんなには人間として見えていたの。私も、あの人が魔族だと知った時は驚いたわ。でも、あの人があの人であることは変わらなかった」


 アポカリ「怖くなかった?」


 リリア「最初は、少しだけ。でも、私を助けてくれた人で、何度も話して、好きになった人よ。種族を知ったからといって、急に別の人になるわけじゃないでしょう?」


 アポカリはうなずいた。


 リリア「あなたには、ちゃんと話しておこうと思っていたの。お父さんのことも、あなたが生まれた時のことも」


 リリアは椅子に座り直した。


 リリア「あなたが生まれた時、私は本当に嬉しかった。あの人がそばにいなかったのは寂しかったけれど、あなたを抱いた時、あの人が残してくれたものを大切にしようと思ったの」


 アポカリ「僕、赤ちゃんの時はどんなだった?」


 リリア「……大変だったわ」


 母の表情が、少しだけ曇った。


 リリア「あなたは、生まれてからずっと、苦しそうに泣くことが多かったの。抱いても、あやしても、なかなか泣き止まない日があってね。眠れたと思っても、また苦しそうに泣き出す。私は、何が起きているのか分からなかった」


 アポカリは思わず、自分の手を見た。そんな幼い頃のことは覚えていない。


 リリア「それが、4歳になるまで続いたのよ。もちろん、いつもというわけではなかったけれど……苦しそうな顔を見るたび、どうしてあげればいいのか分からなかった」


 リリアの声は静かだった。過去のことを話しているのに、指先が器の縁を何度もなぞっていた。


 リリア「ある日、私は採集から帰ってきた。家に入ると、あなたが床に倒れていたの」


 ――あの日。


 籠を下ろす間もなく、リリアはアポカリのもとへ駆け寄った。幼い息子は体を丸め、苦しそうに呼吸をしていた。名前を呼んでも、いつものように泣き声を上げることさえできない。


 そして、体の周りには黒いモヤが漂っていた。


 それが何なのか、リリアには分からなかった。煙のようにも見えるのに、火の気はない。手を伸ばすのも怖かった。それでも、息子を放っておくことなどできなかった。


 リリア「アポカリ! ねえ、どうしたの。お願い、返事をして」


 小さな肩に触れる。体は熱いのか冷たいのかも分からず、リリアの手は震えた。


 誰かを呼ばなければ。医者を探さなければ。けれど、どうすればいいのか分からない。息子の苦しそうな顔を見るほど、何もできない自分が悔しかった。


 リリア「お願いだから……この子を連れていかないで」


 声に出した瞬間、涙がこぼれた。


 夫を失ったばかりか、息子まで失うのか。そんなことを考えたくなかった。アポカリは自分のすべてだった。何としてでも助けたかった。


 その時、戸を叩く音がした。


 知らない女の人が立っていた。リリアが顔を上げると、その人は家の中の様子を見て、すぐにアポカリのそばへ向かった。


 女「診せてください。私は医者です」


 リリア「お願いです、この子を……助けてください」


 女は余計なことを尋ねず、アポカリの様子を確かめ始めた。リリアには、その人がどこの誰なのか分からなかった。なぜここに来たのかも、どうして医者だと名乗ったのかも分からない。


 それでも、今はその言葉に縋るしかなかった。


 リリアはそばで見守りながら、何度も息子の名を呼んだ。やがて、アポカリの苦しそうな様子は少しずつ落ち着いていった。


 その日を境に、あの時のようなことは起きなくなった。


 ――現在。


 リリアは話を終えると、長く息を吐いた。


 アポカリ「その人、どこの人だったの?」


 リリア「分からないの。名前も、どこから来たのかも、詳しく聞けなかった。ただ、あなたを診てくれて、それから同じことは起きなくなったわ」


 アポカリ「……そうなんだ」


 リリア「今思い出しても、あの時は怖かった。あなたが苦しんでいるのに、私は何もできなかった。あの人を失ったあとで、あなたまで失うのかと思ったら……怖くて、仕方がなかったの」


 リリアはアポカリの頬に手を添えた。


 リリア「だから、あなたを大切に育ててきた。少し心配しすぎたこともあるかもしれないわね」


 アポカリ「……ううん。僕、母さんに大切にされてるって分かってるよ」


 リリアは笑った。けれど、目元には薄く涙がにじんでいた。


 アポカリ「話してくれてありがとう。父さんのことも、僕が小さかった時のことも」


 リリア「聞いてくれてありがとう。あなたが大きくなったら話そうと思っていたのに、いつの間にか、きっかけをなくしてしまっていたのね」


 アポカリ「僕も、聞きたかった。でも、母さんが悲しそうになるのは嫌だったんだ」


 リリア「分かっていたわ。だからこそ、今は話しておきたかったの」


 リリアは息子を抱きしめた。アポカリも母の背中へ腕を回した。


 しばらく、二人は何も言わなかった。


【注釈】デクシア:120歳の魔族で、一般兵士。心優しく、一般兵士より一段上の戦闘力を持ち、短剣を使った素早い戦い方をする。人間の姿に擬態でき、短時間だけ身体能力を高められる。

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