1話 「これが僕のいつもの暮らし」
よろしくお願いします!
気軽に読んでいただけると嬉しいです!
ここはほの暗い広大な森の片隅にある集落。
伸びやかに過ごす動物と今か今かと獲物を狙う魔物と人間が住む場所。
外からの侵入を拒むかのような、はたまた、森の中から外に出ることを許さぬような、そんな霧が漂う森。
そこかしこに人喰いの沼がある少し危険な所。
想像の何倍もの大きさの木がそこかしこに生えていて幾つものツルが絡み合う。
木から木へと橋が渡されて人々が活気よく過ごしている森があった。
人々はこの場所を『マフラの森』と呼んでいた。
彼の世界は朝食の匂いから始まった。
アポカリ「母さん、器ってこれで全部?」
リリア「あと1つ。棚の端よ」
アポカリ「よし。今度こそ完璧!」
リリア「本当に? 数えた?」
アポカリ「……完璧になる途中だった」
リリアが笑った。アポカリもつられて笑い、足りない器を取りに戻る。
鍋の中では根菜の煮込みが温まっていた。湯気と一緒に甘い匂いが立つ。アポカリは席につくなり匙を伸ばし、リリアに見られて慌てて姿勢を正した。
リリア「急がなくても逃げないわ」
アポカリ「森へ行く日はお腹が空くんだよ」
リリア「帰ってから食べる分も残しておくこと。採集に夢中になって昼を忘れないでね」
アポカリ「忘れないよ。……たぶん」
リリア「心配だわ」
朝食のあと、アポカリは器を洗い、採集袋を肩に掛けた。刃物、紐、包み布、水。袋の中身は自分で確かめてある。今日は薬の材料になるフララマ木を採り、昼までに戻る予定だった。
リリア「必要な分だけよ。根元を傷めないこと。足場がおかしかったら、無理に進まないこと」
アポカリ「分かってる。帰り道も確認するし、変な跡があったら近づかない」
リリア「その言葉、忘れないでね」
アポカリ「はい、先生!」
わざと大げさに敬礼すると、リリアは呆れたように笑った。
戸を開けると、湿った森の空気が頬に触れた。土と苔、古い樹皮の匂い。アポカリはいつもの道を歩きながら、地面に残る水の筋や、折れた枝の向きを確かめた。森は好きだ。知っている道でも、昨日と同じとは限らないところが面白い。
枝の上を、木漏フェグトがするすると移動していた。長い胴を幹に沿わせ、細い枝には乗らず、太い枝を選んでいる。
アポカリ「おはよう。今日も魚探し?」
返事はない。木漏フェグトは水音のする方へ頭を向け、枝の向こうへ消えた。
アポカリ「いいなあ。僕も行きたいけど、今日は仕事。今度、僕も連れていってね。」
誰も聞いていないのを確かめてから、彼は少し照れた。
集落の外れでは、サナが籠の縁を直していた。紐を引くたび、編み目がきしむ。
サナ「おはよう。今日は採集?」
アポカリ「うん。帰ってきたら籠も見ようか?」
サナ「自分の仕事を終えてから。あなたは頼まれると、すぐ予定を増やすんだから」
アポカリ「だって困ってるように見えたから」
サナ「ありがとう、アポカリ。でも、あなたの予定も大事にしなさい」
アポカリ「はーい、お姉さん」
サナ「だーれーがお姉さんよ!!全くもう!」
彼女は少し得意げに顎を上げた。アポカリは笑って手を振り、森へ向かった。
薪を束ねていたロウが、その背中を見送る。
ロウ「また手伝いを増やしてるな」
サナ「放っておくと、自分の仕事まで忘れそうよ」
ロウ「なら、帰ってきたら聞いてやろう。ちゃんと終わったか」
サナ「あなたが聞くと叱られているみたいになるのよ」
ロウ「えっ、そうか? 俺は褒める気でいるんだが」
サナ「その顔で?」
ロウは自分の頬を触り、困ったように笑った。
森の道で、アポカリは湿った土に残る大きな掘り跡を見つけた。苔背トルンが餌を探したのかもしれない。彼は覗き込みかけて、足を止めた。
アポカリ「気になるけど、今日は採集が先。帰りに母さんに聞こう」
そう言って歩き出したものの、何がいたのかは気になった。彼は知らないことがあると、つい確かめたくなる。分かっているのに、なかなか直らない癖だった。
採集場所でフララマ木を見つけ、必要な分だけを包み布に収める。帰り道も確認し、印にした小石を元へ戻した。予定どおりだ。
……予定どおり、のはずだった。
帰り道の先で、湿った落ち葉が不自然に盛り上がっているのを見つけた。風で動いた形ではない。近くの枝には、何かが擦ったような跡もある。
アポカリは一歩だけ近づき、すぐに止まった。
アポカリ「……これは、母さんに話してからだ」
気になって仕方ない。けれど、今は場所を覚え、集落へ戻った。
リリアは採集物を確かめ、傷んだものがないことに頷いた。
リリア「ちゃんと必要な分だけね。よくできました」
アポカリ「やった。褒められた!」
リリア「そんなに嬉しいの?」
アポカリ「嬉しいよ。母さんに褒められるの、好きだもん」
あまりに素直に言うので、リリアは息子の頭を撫でた。
その夜、アポカリは昼に見つけた跡を話した。リリアは場所を聞き、明日は近づかず、周囲の様子だけを見るように言った。
アポカリ「分かった。見るだけ。……たぶん」
リリア「最後の一言が余計よ」
2人の笑い声が、家の中に広がった。
なんて事ないただの日常は小さな幸せの積み重ねでできている。
【注釈】
※マフラ:アポカリとリリアが暮らす森。集落の人々は採集や運搬を行い、森の変化に気を配りながら生活している。
※木漏フェグト:マフラの森林に生息する通常動物の爬虫類。魚を食べ、樹上と林床を使い分ける。魔物ではない。
※苔背トルン:マフラの森林や岩場に生息する通常動物の大型爬虫類。餌を探して地面を掘ることがある。
※アポカリ:13歳。明るく人懐こく、好奇心が強い少年。困っている相手を放っておけず、考えるより先に動いてしまうこともある。
※リリア:32歳。アポカリの母。優しく見守りながら、危険なことにはきちんと注意する。
※サナ:27歳。集落の住民。口うるさい年上のお姉さんのようにアポカリを気にかけ、危険なときには助ける。
※ロウ:38歳。集落で道具の修理などを担う住民。真面目で明るく優しい。年下の努力をよく褒め、失敗したときも一緒に改善策を考える。
読んでくださりありがとうございます。




