18話「アポカリのお母様にご挨拶」
次にファティマが森へ来た時、いつもより口数が少なかった。
アポカリはそれに気づいたが、すぐに理由を尋ねなかった。ファティマは普段なら、会うなり何かをからかってくる。今日は挨拶をして、倒木に腰を下ろしただけだった。
アポカリ「何かあった?」
ファティマ「どうして?」
アポカリ「今日は、いつもより静かだから」
ファティマ「私だって、静かな日くらいあるよ」
アポカリ「それはそうだけど」
ファティマは笑った。けれど、いつものようにアポカリをからかう言葉は続かなかった。
しばらくふたりで森を歩いた。アポカリは採集の場所を見せ、ファティマは足元の枝を拾って、細いところを指で折ろうとした。思ったより硬かったらしく、折れずに枝先が跳ね返る。
ファティマ「いたっ」
アポカリ「大丈夫?」
ファティマ「大丈夫。枝のほうが強かっただけ」
アポカリは笑いかけて、彼女が少しだけ安心したように笑い返すのを見た。いつものファティマが戻ってきた気がしたが、それでも何かを隠しているような気配は消えなかった。
アポカリ「家の人と、何かあった?」
ファティマは枝を見つめた。
ファティマ「……私が誰と会っているか、気にしてるみたい」
アポカリ「僕と会ってること?」
ファティマ「たぶんね」
アポカリはすぐには返事をしなかった。自分が魔族の少女と遊んでいることを、彼女の父はよく思っていないのかもしれない。けれど、ファティマが何を考えているのか、父がどんな人なのか、アポカリにはまだ分からないことが多かった。
アポカリ「……会わないほうがいい?」
ファティマ「それは、やだな」
返事は早かった。ファティマ自身も、口にしてから少し驚いたように目を瞬かせた。
ファティマ「だって、ここに来るの、楽しいんだもん」
アポカリは少しほっとした。
アポカリ「じゃあ、また会おう。無理はしなくていいけど」
ファティマ「うん。ありがと」
その日は、いつもより早く別れた。ファティマは森の奥へ向かい、アポカリは集落へ戻った。彼女が見えなくなってから、アポカリは一度だけ振り返ったが、追いかけることはしなかった。
家へ帰ると、リリアが夕食の支度をしていた。アポカリは手を洗いながら、何かを思い出したように顔を上げる。
アポカリ「母さん。今度、友達を家に連れてきてもいい?」
リリア「友達?」
アポカリ「うん。ファティマっていう子。森で会って、一緒に遊んでるんだ」
リリアは少し驚いたあと、表情を和らげた。
リリア「そう。あなたと同じくらいの年の子?」
アポカリ「僕より2歳上なんだって。16歳」
リリア「まあ。お姉さんなのね」
アポカリ「でも、そんなにお姉さんって感じじゃないよ。よく僕をからかうし」
リリア「ふふ。そういう友達もいいじゃない」
アポカリはほっとしたように笑った。ロウもサナも大切な人たちだが、ふたりはずっと年上だ。同じような話をして、同じところで笑える友達ができたことを、リリアは素直に嬉しく思った。
リリア「今度、連れていらっしゃい。飲み物くらい用意するわ」
アポカリ「ほんと? ありがとう、母さん」
数日後、アポカリはファティマを家へ連れてきた。玄関の前まで来ると、ファティマは急に足を止めた。
アポカリ「どうしたの?」
ファティマ「ううん。ちょっと緊張しただけ」
アポカリ「ファティマでも緊張するんだ」
ファティマ「するよ! 誰にでもするわけじゃないけど」
アポカリ「それ、どういう意味?」
ファティマ「さあ?」
いつもの調子が少し戻り、アポカリは笑った。
リリアが戸を開けると、ファティマは背筋を伸ばした。
リリア「いらっしゃい。あなたがファティマね」
ファティマ「は、はい。ファティマです。お邪魔します」
普段より丁寧な声に、アポカリは横で目を丸くした。ファティマはそれに気づき、小さな声で言う。
ファティマ「笑ったら、あとで怒るからね」
アポカリ「笑ってないよ」
リリア「ふたりとも、そこに立っていないで入って。飲み物を用意するわ」
家の中で、ファティマは少し照れながら椅子に座った。リリアは彼女を見て、穏やかに微笑んだ。アポカリが友達の話をする時の表情を、最近よく見かけるようになっていた。相手がどんな子なのか、まずはゆっくり知ればいい。
しばらくは、森の話や、アポカリが短剣の練習で失敗した話で笑い声が続いた。ファティマは何度かアポカリをからかい、リリアはそのたびに楽しそうに目を細めた。
帰る時、ファティマは玄関で一度振り返った。
ファティマ「また来てもいいですか?」
リリア「もちろん。アポカリと仲良くしてくれてありがとう」
ファティマは少し頬を赤くし、こくりとうなずいた。
ファティマ「……はい」
彼女が森の道へ消えたあと、リリアは戸を閉めた。アポカリは満足そうに息をつき、短剣の包みを棚から取った。
アポカリ「明日、ロウにもう一度見てもらおうかな」
リリア「そうね。でも、夕飯の前に振り回さないでね」
アポカリ「家の中ではやらないよ!」
リリア「家の外でも、ちゃんと教わってからよ」
アポカリは笑い、短剣を元の場所へ戻した。
その家を、少し離れた木立の陰から見ている者がいた。
ファティマが通った道をたどり、気配を隠して後を追ってきた魔族だった。家の戸が閉じるのを見届けると、その者は口元をゆっくりと歪めた。
魔族「……やっとだ。やっと見つけた」
声は森の音に紛れ、家の中には届かなかった。




