16話「待ち合わせのない約束」
ファティマと初めて会ってから、数日が過ぎた。
アポカリは彼女にまた会うかもしれないと思いながらも、わざわざ探しに行くことはしなかった。森は広い。採集する場所も日によって違うし、帰る道だっていつも同じとは限らない。
だから、再び顔を合わせたのは、まったくの偶然だった。
アポカリが倒木のそばで籠の中身を確かめていると、背後から声がした。
ファティマ「や! また会ったねぇ」
アポカリ「ファティマ? 本当だ。どうしたの、こんなところで」
ファティマ「それ、こっちが聞きたいなあ。アポカリこそ何してるの?」
アポカリ「採集の帰りだよ。籠の中を確認してたんだ」
ファティマ「へえ。まじめだねぇ」
アポカリ「普通だと思うけど……」
ファティマは籠を覗こうとしたが、アポカリが少し傾けて見せると、勝手に手を入れずに目で確かめた。
ファティマ「いろいろ入ってるね。これ、全部見分けられるの?」
アポカリ「間違えないように、ちゃんと確かめてるよ。分からないものは採らないし」
ファティマ「そっか。私なら途中で飽きちゃうかも」
アポカリ「自分で言うんだ」
ファティマ「だって、本当だもん」
それから少しだけ話をして、ふたりは別々の道へ戻った。長く一緒にいたわけではない。それでも、アポカリは帰り道に、また会えたらいいなと思った。
次に会ったのは、その数日後だった。
今度はファティマが木の根元に座り、細い枝を何本も並べていた。何をしているのか尋ねると、森の中で見つけた枝を長さ順に並べているのだという。
アポカリ「何のために?」
ファティマ「……並べたら、何か分かるかなって」
アポカリ「何が?」
ファティマ「それを今、考えてるところ」
アポカリ「また考えてるんだ」
ファティマ「考えるのは大事なんだよ?」
アポカリ「それはそうだけど」
ふたりは枝を並べ直し、結局、何も分からないまま笑って終わった。
その後も、森で何度か顔を合わせた。採集の途中で見かける日もあれば、帰り道の分かれ目で出会う日もあった。会うたびに長く話すわけではない。挨拶だけで別れることもあったし、気づけば少し遠回りして話し込んでいることもあった。
ファティマは明るく、よくアポカリをからかった。時々、何でも知っているような口ぶりをするのに、妙なところで失敗する。枝を拾おうとして自分の足元につまずいたり、話の途中で何を言おうとしたのか忘れたりする。
アポカリ「ファティマって、しっかりしてるのか、抜けてるのか分からないね」
ファティマ「両方ってことじゃない?」
アポカリ「そんなことある?」
ファティマ「あるよ。今、証明してるところ」
そう言いながら、彼女は手に持っていた枝を落とした。
アポカリ「……証明できてるかも」
ファティマ「そこは否定してよ!」
笑い声が森に広がった。
何度か会ううちに、アポカリはファティマの姿を見つけると、自然に声をかけるようになった。ファティマも、彼を見つけると手を振った。ふたりとも、会うために森へ来ているわけではない。けれど、会えた日は少しだけ帰り道が楽しくなった。
ある日、いつものように別れようとした時、ファティマがふと口を開いた。
ファティマ「ねえ、アポカリ。今日は何しに来たの?」
アポカリ「採集の帰りだよ」
ファティマ「ふーん、私に会いに来てくれたんじゃないんだぁ」
ファティマ「私は会いたかったよ?」
まっすぐに言われ、アポカリは返事に詰まった。ファティマは少し首を傾け、彼の顔を覗き込む。
アポカリ「……そういうこと、普通に言うんだね」
ファティマ「言っちゃだめだった?」
アポカリ「だめじゃないけど……」
何を言えばいいのか分からず、アポカリは籠の紐を直すふりをした。ファティマはそれ以上からかわず、満足したように視線を外した。
ファティマ「じゃあ、また会おうね」
アポカリ「うん。また」
ふたりはその日も、次に会う日を決めずに別れた。
けれど、偶然会えるのを待つだけでは、なかなか会えない日もある。次に会った時、ファティマはそのことを思いついたように話した。
ファティマ「ねえ。毎回、偶然会うのを待つのって、ちょっと面倒じゃない?」
アポカリ「まあ、会えない日もあるね」
ファティマ「だったらさ、ここで会うって決めない?」
彼女が示したのは、木々の間が少し開けた場所だった。倒木が横たわり、周囲を見渡しやすい。特別な場所ではないが、森の音も聞こえやすかった。
アポカリ「待ち合わせ場所にするの?」
ファティマ「そう。来られる日に来るの。毎日じゃなくていいから」
アポカリは少し考えた。採集の場所によっては寄れない日もある。それでも、ここに来ればファティマに会えるかもしれないと思うと、悪くなかった。
アポカリ「うん。分かった。来られる日は、ここに来るよ」
ファティマ「約束ね!」
アポカリ「毎日来られるとは限らないからね」
ファティマ「そこは分かってるってば」
彼女は笑い、アポカリも笑った。
それからふたりは、森で偶然会うだけの関係から、決めた場所で会うこともある関係になった。特別な約束をしたというほど大げさなものではない。ただ、次に会う場所がひとつできた。それだけで、森を歩く時に少し楽しみが増えた。




