15話「魔族の少女」
短剣の扱い方をロウに教わってから、アポカリは採集の合間に少しずつ練習するようになった。大きく振り回すのではなく、握り方と刃先の向きを確かめる。ロウに教わった動きを、頭の中で何度も繰り返した。
それでも、ジオの動きには遠かった。
その日も、アポカリは採集を終えて帰る途中だった。いつもの道を進んでいると、少し先の木々の間から、かすかな物音が聞こえた。
風で枝が揺れた音とは違う。何かを探しているような、落ち葉を踏む音だった。
アポカリは足を止めた。森で知らない相手に出会うことは、珍しくないわけではない。相手が人間なのか、それとも魔族なのかも分からない。少し迷ってから、音のした方を確かめることにした。
木の陰を回り込むと、少女がひとり、地面を見下ろしていた。落ち葉の中に何かを落としたらしい。少女はしゃがみ込み、近くの枝をどかしては首を傾げている。
アポカリ「何か落としたの?」
少女はびくりと肩を揺らし、振り返った。
魔族の女の子「わっ。びっくりしたぁ」
アポカリ「ご、ごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだ」
魔族の女の子「ううん。私が気づかなかっただけ」
少女は立ち上がり、服についた葉を払った。人間ではない。アポカリには、彼女が魔族だと分かった。
それでも、少女はアポカリを見て逃げ出すでも、いきなり敵意を向けるでもなかった。少し警戒しているようには見えたが、すぐに興味深そうに彼の籠を覗いた。
魔族の女の子「それ、採集してたの?」
アポカリ「うん。帰るところだよ。何を落としたの?」
魔族の女の子「小さなものなんだけど……あれ? どこにいったんだろ」
少女は再び足元を探し始めた。アポカリも少し離れた場所から落ち葉を見た。すぐに見つかると思ったのに、枝の間にも、倒木のそばにも、それらしいものはない。
アポカリ「どんなもの?」
魔族の女の子「えっとね、手のひらに乗るくらいで、丸くはなくて……あ、でも、ちょっと丸いかも」
アポカリ「どっちなの?」
魔族の女の子「私も今、考えてるところ」
アポカリは思わず笑ってしまった。少女は少しむっとした顔をしたものの、すぐにつられて笑った。
結局、探し物は見つからなかった。少女は「また探してみる」と言い、アポカリも帰る道へ戻ろうとした。
アポカリ「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」
魔族の女の子「あ、待って」
呼び止められ、アポカリは振り返った。
魔族の女の子「君、名前は?」
アポカリ「アポカリ。君は?」
少女は少しだけ間を置いた。名乗ることをためらったというより、どう言えばいいか考えていたようだった。
魔族の女の子「ファティマ。ファティマっていうの」
アポカリ「ファティマか。僕はアポカリ。よろしく」
ファティマ「うん。よろしくね、アポカリ」
名前を知ると、さっきまでの距離がほんの少しだけ縮まった気がした。
アポカリ「また森で会うかもしれないね」
ファティマ「会えるといいねぇ」
彼女はそう言って笑った。アポカリは手を振り、集落へ戻る道を歩き出した。
初めて会った魔族の少女。名前を知ったばかりで、どんなところに住んでいるのかも、どうしてひとりで森にいたのかも知らない。それでも、話している間、アポカリは思っていたほど身構えずにいられた。
家に帰るころには、探し物が見つからなかった少女の、少し困った顔を思い出していた。
【初登場の人物注釈】
※ファティマの年齢:16歳(アポカリより2歳年上)。
※ファティマの性格:明るく人懐っこい。少し不思議で抜けているところがあり、年上らしくからかったり、ませた言い方をしたりする。




