9話「パーティでの戦闘はかっこいい」
ジオが手を上げた。全員が止まる。
森の奥から、湿った石を引きずるような音がした。枝が一本折れる。間を置いて、もう一本。足音は重いのに、近づく気配が妙に分かりにくい。
ジオ「左の奥。……いや、少し右へずれた。地面を擦ってる。何かを探してるのか?」
アポカリ「動物を探してるのかな」
ジオ「知らない。知ってたら、こんなに嫌な顔してない」
次の瞬間、森を震わせる唸り声が響いた。
耳の奥を殴られたような衝撃だった。アポカリは反射的に耳を塞ぎ、エリナは顔をしかめてしゃがみ込む。葉が震え、枝から小さな虫がばらばらと落ちた。
ジオ「うっわ、鼓膜が破れるかと思った! おい、森じゅうに聞こえてるぞ! 声量ってもんを考えろ!」
エリナ「魔物に苦情を言ってる場合!?」
ジオ「言わないと二回目が来るだろ!」
唸り声の主が、木々の間から姿を現した。4本の脚で地面を踏む、岩塊のような巨体。背と肩は重なった硬い外殻に覆われ、泥と苔がこびりついている。頭部は低く、前脚の爪が地面をえぐるたび、土が塊で飛んだ。
ミレザ「岩メルガラ……! こんなところまで出てきたの?」
その名を聞いた直後、岩メルガラが前脚を振り下ろした。地面が割れ、倒木が跳ね上がる。巨体は速くない。だが、動くたびに周囲の木や地面が壊れた。あれに押し潰されたら、避けるのが間に合っても立ち上がれる保証はない。
ローガン「左右へ散れ! 木を盾にしろ、背後を取られるな!」
全員が飛び退く。岩メルガラは1番近いローガンへ向き直った。ローガンは矢を放つ。矢は外殻に当たり、鈍い音を立てて弾かれた。
ローガン「外側は通らん!」
エリナは横から駆け込み、脚の付け根を短剣で斬った。刃は表面を滑り、浅い傷しか残さない。岩メルガラが体をひねる。尾ではなく、装甲の張り出した腰が彼女の脇をかすめ、エリナは倒木へ叩きつけられそうになった。彼女は片手で幹をつかみ、ぎりぎりで踏みとどまる。
エリナ「硬いどころじゃない! 刃が入らない!」
ミレザは一歩も引かず、短く詠唱した。
ミレザ「マナよりの賜りし根源の力を行使する――アッツィーヒ!」
火球が岩メルガラの肩へ直撃した。赤い炎が外殻を舐め、焦げた泥がはじける。魔物は一瞬だけ首を振った。だが、傷ついた様子はほとんどない。すぐに頭を低くし、ミレザへ体を向けた。
アポカリは思わず息をのんだ。言葉を唱え、何もないところから炎を生み出す。あんなふうに魔法を使えるなんて、かっこいい。目を離したくないほどだった。
なのに、胸の奥が小さくざわついた。炎の明るさを見ていると、理由も分からないまま、自分の中にある何かまで揺さぶられる気がした。
ミレザ「効いてない……! 表面を焼いただけね」
火が消えるより早く、岩メルガラは頭を横へ振った。外殻の張り出しが近くの幹を叩き、太い枝がアポカリの足元へ落ちる。彼は飛び退いたが、枝先が靴を引っかけ、片膝をついた。
ローガン「立て! その場にいるな!」
アポカリは手をついて起き上がる。岩メルガラは追いかけて走るのではなく、進路を塞ぐように1歩ずつ詰めてくる。逃げる側が木を回り込むたび、魔物は外殻で幹を押し倒し、通り道を広げてしまう。
ダーク「木を盾にするのは長く持たん! 倒れる方向を見ろ!」
エリナは短剣を持ち直し、魔物の横へ回りかけて足を止めた。切れる場所を探しても、目に入るのは硬い殻ばかりだ。正面から斬れば刃が欠ける。近づきすぎれば、体をひねられただけで弾き飛ばされる。
エリナ「これ、剣を何本持ってきても同じじゃない?」
ジオ「少なくとも、俺の短剣で殻を削るのはやめておく。刃が傷むし、俺の機嫌も悪くなる」
ジオ「じゃあ、次は顔に頼む! いや、俺に向けるなよ、俺の顔は大事だから!」
冗談の途中で、岩メルガラが踏み込んだ。重い前脚が泥を掻き、巨体が低い姿勢のまま迫る。速さで追いつくのではない。道を塞ぎ、逃げる場所ごと押し潰す動きだった。
ローガンは横へ走り、矢をつがえた。魔物の注意を引きつけようと、別の幹へ矢を当てる。乾いた音が鳴ったが、岩メルガラはそちらを見ただけで追ってこない。頭を少し傾け、最短の道を選ぶようにローガンへ向き直った。
ローガン「誘いに乗らないか……!」
ジオ「こいつ、思ったより付き合いが悪いな!」
岩メルガラは突進する代わりに、前脚で地面を掘り返した。石混じりの泥が飛び、アポカリの目の前の幹に叩きつけられる。欠片が頬をかすめた。アポカリは息を止めた。あの爪が体に当たれば、傷では済まない。
ジオ「アポカリ、木の後ろ! 今すぐ!」
アポカリは身を投げた。次の瞬間、前脚が幹をえぐり、樹皮が大きく剥がれた。耳の奥ではまだ唸り声が残っている。
アポカリ「……あんなの、どうやって倒すの?」
ローガン「正面からは無理だ。外殻を狙うな。動きを見ろ!」
ローガンは低い枝をくぐり、岩メルガラの反対側へ回った。矢を1本、魔物の足元へ放つ。音で注意を引き、ぬかるみの浅い場所へ誘うつもりだった。
岩メルガラは矢の落ちた場所を見た。だが、追ってはこない。頭を戻し、今度はローガンとアポカリの間にある倒木へ向かって歩き出した。
ローガン「こっちへ来い!」
魔物は歩みを止めず、前脚で倒木を押し潰した。乾いた幹が割れ、2つに裂ける。ローガンの誘いは失敗した。魔物は人の動きを追っているのではない。邪魔なものを押しのけ、目の前にいる相手へ進んでいる。
ジオ「おいおい、道を作りながら来るなよ! 森の管理人に怒られるぞ!」
エリナ「あなたが謝っておいて!」
岩メルガラが頭を上げた。残った枝を角のような外殻で押し分ける。大きな身体が通るたび、若木が根元から曲がった。遅い。それなのに、逃げ道がひとつずつ消えていく。
アポカリは横へ回り込もうとしたが、足元の泥が崩れた。膝まで沈み、片足が抜けない。
アポカリ「ちょ、待って、抜けない!」
エリナはすぐに戻り、腕をつかんで引いた。岩メルガラの前脚が地面を叩き、泥が2人の背中へ飛ぶ。
エリナ「立ったまま埋まるの、やめてくれる!?」
アポカリ「好きで埋まってないよ!」
ジオが横から走り込み、2人の後ろへ回った。
ジオ「口げんかは走りながら! あいつの次の一歩、こっちへ来るぞ!」
全員が倒木の向こうへ退いた。岩メルガラは追ってきたが、細い道へはすぐに入らず、外殻を木へこすりつけるようにして進路を探した。枝が折れ、苔の塊が落ちる。アポカリはようやく足を抜き、息を吸った。
岩メルガラは急に頭を下げ、地面へ鼻先を押しつけた。次の瞬間、前脚で土をまとめて掻き上げる。泥と小石が倒木の上を越え、ミレザの頬をかすめた。彼女は腕で顔を守りながら横へ飛び、魔法を使うための距離を取り直す。
ミレザ「近づけないわね。あれだけの土を飛ばされたら、詠唱どころじゃない」
ローガンは矢を1本つがえたが、狙いを決めきれず、弦を戻した。無理に放てば、外殻に弾かれるだけだ。エリナは短剣を握ったまま、倒木から出る隙を探す。誰も攻められない。だが、じっとしていれば、魔物が道を壊しながら近づいてくる。
ジオ「このまま待ってたら、森ごと押し出されるぞ。何か考えてくれ、頭のいい人たち!」
アポカリは、魔物が足を置き直すたびに泥が盛り上がるのを見た。大きな身体を支えるため、前脚の片方へ体重を移す。その一瞬だけ、頭の向きも変わる。そこに何かある。
彼らはまだ、魔物を傷つける方法も、どこへ誘導すればいいかも見つけていなかった。
岩メルガラは頭を持ち上げ、もう一度、森を震わせる唸りを放った。ジオが両耳を押さえて顔をしかめる。
ジオ「だから声がでかいって! お前、聞こえないふりってものを知らないのか!」
誰も笑わなかった。岩メルガラの前脚が地面を踏みしめる。足元の泥が盛り上がり、硬い外殻の隙間から、わずかに柔らかい皮膚がのぞいた。
アポカリはそれを見逃さなかった。
アポカリ「待って……。曲がるとき、前脚を踏み直してる。外側は硬いけど、脚の付け根は全部が殻で覆われてない!」
ローガン「そこを狙う。だが、まずは頭をこちらへ向けさせる必要がある」
岩メルガラがゆっくりと首を巡らせる。次に誰を狙うのか、まだ分からない。森の中で、全員の呼吸だけが聞こえていた。
【注釈】
※岩メルガラ:マフラ深林の古木林・沼・霧の環境に生息する大型の岩獣型魔物。硬い外殻で身を守る。記録上の大きさは約4.6メートル、基準体重は約1.4トン、危険度4。今回の個体は外殻への攻撃が通りにくい。
※アッツィーヒ:火球を放つ魔法。ミレザは短い詠唱で発動し、敵を負傷させるよりも注意をそらし、進路を変えさせるために使う。
※峠影レムラの弓:ローガンが使う弓。特別な魔法効果は付与されていない。




