23:感謝の言葉
「く、クレア様!? 頭を上げてください!」
「お願い、どうか……。彼の外見ではなくて彼の行動を見て。化け物だと決めつけて、傷つけないで。そもそもクラウドは今まであなた達に危害を加えたことがあるの?」
「そ、それは……」
「そうよね? 彼はあなた達に何もしていないわ。対してあなた達は幼いクラウドを大勢で取り囲み、石を投げ、クラウドの体や顔に傷をつけたわよね。その時の傷は未熟だった幼いクラウドの体では完全に治せなかったから、ずっと彼の体に残っているわよ」
「……!!」
「私から見たらクラウドよりも無抵抗の子供を寄ってたかって虐げるあなた達の方が恐ろしいわ……」
それについては彼らも自覚があったのだろうか、皆が俯いて黙りこんだ。
私はクラウドを支えなおし、シーラスに「クラウドに休む場所を貸してほしい」と再び頼んだ。
ようやくシーラスが「分かりました」と小さく頷いてくれたのだけれど──
「皆、だまされるな!」
突然何者かが声を上げた。
その場にいた全員が声の主を探して辺りを見回す。
森の茂みからよろつきながらも現れたのはボロボロのゼファーだった。
彼の父親であるシーラスが慌ててゼファーに駆け寄る。
「ゼファー!? お前、なんでそんなにボロボロなんだ!?」
「クラウドにやられた。皆、だまされるな! あいつは何も罪のない俺に暴行を加えた! あいつは紛れもない魔族だ!」
ゼファーは唾を散らして怒鳴る。すると今度は村人達の表情が怒りの色を見せる。
私はゼファーを睨み付けた。
「ふざけないで! それはあなたが私に薬を盛った上に魔族とつながり、魔獣を操っていた張本人だからじゃない!」
「ふざけているのはクレア様の方だ! 俺がそんな愚行に走るわけがない! 一体、その証拠がどこにあるのですか?」
「……ッ!」
たしかに。強気な態度からおそらく今の彼が魔獣の鈴を持っているとは思えない。リムゾンズがこの場で都合よく現れてくれるわけでもない。
ゼファーの悪行の証拠は何もないに等しい。おじい様の誓約魔法があれば証明はできるだろうけど、生憎おじい様からもらった十字架はブルースカイ家の私の部屋の金庫の中だ。それにあれには既にヘイル、サンドラの馬鹿夫婦との誓約が登録されているから使えないしね。
ゼファーは村の人気者だ。アズールウッドの民達からの信頼はかなり厚い。私だって少し前までは彼に絶大な信頼を寄せていたわけだし。
……だからこそ、シーラス達の冷たい視線がとても痛い。
コツン。
視界の先で何かが動いたのが見えた。それはクラウドの頭に当たり、コロコロ地面に落ちていく。
石だ。村人達の一人がクラウドに石を投げたのだ。
「でっ、出ていけ、化け物! もう二度とこの地に足を踏み入れるな!」
その声をきっかけに周囲も再びクラウドに武器を向ける。
「ちょっと待ちなさい!」と村人達を止めようとするけれど、その前にクラウドが私の口を軽く塞いだ。
「もういいんだ、クレア。俺は大丈夫。ありがとう、君が怒ってくれるだけで十分だ」
「駄目よ! 私の大切な人がこんなひどい扱いをされて黙っていられるわけがないじゃない……! あなたは今、濡れ衣を着せられたのよ! あなたは私を、村の人間を、レインを助けようとしただけなのに……」
そこでゼファーが憤慨した。
彼は近くに落ちていた小石を拾い、手のひらに風の魔力を集め始める。その魔力を使って弾丸のように小石をクラウドへ投げつけたのだ。
小石はクラウドの肩を直撃し、微かに血が垂れた。疲労で動けないクラウドが顔をしかめる。
「化け物のくせにぃ……俺の女に、守られやがってぇ……ッ!」
「お、おい、ゼファー? お前、今なんと……」
「父さん! 皆! 早く石を投げるんだ! クレア様は今、魔族の洗脳にかけられている! クラウドを早く村から追い出さなければクレア様が危ない! クレア様を、ブルースカイ領を俺達で守るんだ!!」
「で、でも石なんて……傍にいるクレア様にも当たってしまうかもしれないぞ!?」
「大丈夫だ、それは俺の風魔法で避けさせるから! ほら皆! 早く、魔族に鉄槌を与えないとまた災いが起きてしまうじゃないか!! はやくあの化け物を追い出せっ!」
ゼファーの怒鳴り声に村人達も戸惑いながらも小石を手に持つ。
クラウドがそんな村人達の様子に察して、私を自分の胸の中に隠した。私に石が当たらないように。
「クラウド! 離してッ!」
「君を離してしまえば、俺の盾になるつもりだろう?」
私は何も言えなかった。クラウドの言う通りだったからだ。
私達がそんなやり取りをしている間にも、村人達が一斉に私達に石を投げようと腕を振り上げる。
ゼファーが悪魔のような笑みを浮かべて、クラウドをギラギラ睨み付けていた。
「化け物はこの村から、このブルースカイ領から出ていけっ! クレア様の前から去れぇ! そして、死ねぇ──ッッ!!」
ゼファーの叫び声と共に無数の小石が私達の方へ投げられる。私はなんとかクラウドの腕から抜け出そうとしたけれど、彼ががっちりと私を抱きしめていたからそれが叶わなかった。
「大丈夫、俺が守る」と小さな声が耳元で聞こえた。
ああ、なんで分かってくれないのよ!! こんなに優しい彼のことを!! それに私も守られてばっかりで情けない!!
もっと私に力があれば、大切な人を守れたのに……!!
私はぎゅっと目を瞑ったその時。
「──水よ」
聞き慣れた声が聞こえた。この声を私が聞き間違えるはずがない。
すぐに目を開けて状況を確認すると、レインの小さな背中が見えた。レインは細い両腕を大きく開いていた。私達を守るかのように。
さらによく見てみると、なんと村人達から投げられた石は水の玉に包まれてふよふよと宙を浮いている。これは明らかにレインの水魔法だ。
レインは私達に顔だけ振り向く。
「大丈夫ですか、お母さん、クラウドさん」
「レイン! あなた……」
「ごめんなさい。人前で魔法を使うなって言われていたんですが、使ってしまいました。でも、どうしても許せなかったんです……」
クラウドさんやお母さんが傷つけられそうになったこと。
レインはそう言うと、五歳児だというのに鋭く冷たい輝きを放つ瞳を村人達に向けた。
村人達はそんな子供達にどういうわけか指先一つ動くことができなくなってしまった。無意識に唾を飲み込む。
そんな彼らの様子を見て、ゼファーが必死に声を上げた。
「じゃ、邪魔をするな! そこの化け物はクレア様を洗脳し、俺に暴行を加えたんだ! 早く追い出さなければ……!」
「暴行? クラウドさんは意味のない暴力をするような人ではありません。それに僕、見ました。クラウドさんは魔獣の群れからこの村を守ってくれた。それは五歳の僕でもわかることなのに、どうしてあなた達はクラウドさんに石を投げるのですか?」
「な、何を言っているんですか! その男は魔族だ! その黒い角が見えないのか!?」
「もちろんそれは分かっています。その上で、どうしてクラウドさんに石を投げるのかと聞いているんです!」
レインはあまり大きな声を出すのは好きではない。でも、そんなあの子はクラウドのために声を張り上げたのだ。
私はそんなレインの勇敢な後ろ姿に無性に泣きたくなってしまった。
それからレインはくるりと踵をかえして、クラウドの腕の中へ飛び込んだ。
子供に抱き着かれたことなどないクラウドは目を丸くする。レインはそんなクラウドを見上げて、にっこり微笑んだ。
その時のレインの瞳は、さきほどの冷たいものとは違う、憧れの対象へ向けるような希望溢れるものだった。
「クラウドさん。村を守ってくれて本当にありがとうございます。すごく、カッコよかったです!」
「…………ッ!!」
クラウドは固まった。呼吸すら忘れたように動かなくなったのだ。
しばらくすると唇を固く結んで、その真紅の瞳から真珠のような涙がこぼれていく。
「う……!! っく……うあ……ッ!!」
「クラウド……」
クラウドは嗚咽をもらして泣いた。静かな彼にとって珍しい泣き方だった。
ずっと溜め込んでいたクラウドの悲しみ、苦しみ。それらがいっぱいに詰まった涙だった。
ごめんね、クラウド。こんなにたくさん涙を溜め込んでいたのね。気づかなくて本当にごめんなさい。
何度も心の中でクラウドに謝った。もう彼にこんな想いをさせたくないと心から思う。そのために私は……。
そんなクラウドを見て、レインはさらに言葉を続ける。
「クラウドさん、あなたに感謝しているのは僕だけじゃないんです」
「え……?」
レインが戸惑う村人の後ろを指さした。そこにいたのはレインと一緒に集会所に避難していた村の子供達だ。
子供達はキラキラとクラウドにレインと同じ、希望の輝きを宿した瞳を向けていた。
「クラウドさんっ! ありがとう! わるい魔獣やっつけてくれて!」
「かあちゃんととうちゃんをまもってくれてありがとー!!」
「さっき魔獣を一発でやっつけたパンチ、すっげぇカッコよかった──!! ありがとう!!」
子供達はクラウドにそんな言葉を投げてくれる。 子供達の純粋な感謝の言葉がよほどクラウドの心に刺さったのだろう。クラウドはさらに大粒の涙を流した。
子供達の反応を見て、村の大人達も我に返ったように苦々しい顔を浮かべて、ゆっくり小石を持っていた手を下ろす。
クラウドに石を投げようとした多くの村人達が居心地が悪そうに、恥ずかしそうに俯いた。
一方でゼファーはしぶとくクラウドに石を投げようとするが──そんな彼を止める男がいた。彼の父親である村長シーラスである。
「父さん! どいてくれ! 俺は化け物を、追い出さなきゃいけないんだ!」
「ゼファー、もういいだろう。一旦お前は落ち着け。子供達の前でやめなさい、みっともない!」
「と、父さん……!? どうして!」
ずっと自分の味方だったはずのシーラスの失望の目にゼファーはショックを受けたようだった。
がっくりと大人しくなったゼファーを横目に、私はクラウドに語り掛ける。
「偏見を持たない純粋な子供達はちゃんとあなたの行動を見てくれていたみたいね、クラウド」
「……そんな……お、俺は……魔族なのに……」
「何度も言っているけれど種族や見た目は関係ない。あなたが何者であろうともあなたの優しさは絶対に伝わる。あなたは孤独の魔族でもなんでもない。心優しいブルースカイの守護神であり私の大切な人なのよ」
私がそう彼に語り掛けると、ようやくクラウドの唇が開いた。私とレインの名前を彼は震える声で呼ぶ。
彼は俯いていた。おそらく赤くなった自分の顔を隠すためだろう。耳まで真っ赤になっているのであまり意味はないのだけど。
「……この醜い角がある限り、誰かに認められることはないと思っていた……」
クラウドは己の胸を抑える。
そんな彼に対してレインは「クラウドさんが感謝されるのは当たり前です」と珍しく強く言い放った。
「クラウドさんはブルースカイ領の英雄です。それにその角はとってもカッコイイと思います」
「ふふ、そうよね。角があるクラウドもワイルドで素敵よね」
「……俺のこの姿をそんな風に言われるなんて予想外だ」
なんだか、ずっとこの姿を隠していた俺は馬鹿みたいじゃないか。
そうクラウドは笑う。声をあげて、笑う。そして彼はゆっくり傷だらけの大きな両腕を私達に向けて開いた。
「クレア、レイン。優しくする。だから……抱きしめてもいいだろうか。どうしても今、そうしたい気分なんだ」
クラウドの予想外の言葉に私とレインはキョトンと顔を見合わせた。同時に顔が綻ぶ。
当たり前じゃない。そうして私達は彼の震える岩のような大きな背中に腕を回した。
そうすると、彼は小さく何度も「ありがとう」と私達に聞こえる声量で呟いたのだった。
私達はクラウドが満足するまでずっと彼から離れないでいた。




