24:おかえり
「ふふ。レインとクウったらもう寝ちゃった」
「あぁ、本当に可愛らしいな」
私の膝の上で眠る二人に、私とクラウドは癒されていた。
今は帰りの馬車の中。ゼファーは私に暴行を加えた罪で後ろの馬車にて領兵団の警護の下、連行されている。
魔獣の鈴を使った影響なのか、今の彼は少し言語能力が低下している様子だ。だから彼には少し休ませた後におじい様の厳しい尋問を受けてもらうことになったのだ。
魔族リムゾンズとどのように接触したのか、彼に教えてもらわなければいけないしね。その後の沙汰はおじい様に任せるつもり。
ちなみにあの後、一日かけて森を捜索したのだけれど魔族リムゾンズの痕跡は見当たらなかった。ゼファーが森に捨てたという魔獣の鈴も見つからなかった。
もしかしたらリムゾンズが騒ぎに乗じて鈴を回収し、そのまま逃亡してしまったのかもしれない。
万が一のために本来の目的であった魔物調査については村に残してきた領兵団に続けてもらっている。
それにしても気になることがある。それは今、私の目の前にいるクラウドだ。
さっきからやけに熱っぽい視線で私のことを見つめてきているような気がする。私もそんな彼の熱にあてられて、頬が熱くなった。
──『でももう私がいる。あなたが好きなの。魔族だとか関係ない。私は──いつだって私を大切にしてくれて、誰よりも繊細で、心優しいクラウドを愛しているのよ』
そういえば私、どさくさに紛れてクラウドに告白したのよね……。
どうしよう、色々と落ち着いた今になってすっごく恥ずかしくなってきたわ!
……でも発言を撤回する気はない。自分の気持ちに嘘はつけない。私はクラウドと目を合わせられなくて、レインの可愛らしい寝顔を眺める。
柔らかいほっぺをぷにぷにつついて、なんとか緊張をほどこうとするのだけれど。
「クレア」
名前を呼ばれて、思わず体が震えた。
恐る恐る顔を上げると、あの真紅の瞳がまっすぐと私を射抜く。鼓動がさらに早くなってしまう。
「その……先日は俺の気持ちを伝える前に邪魔者が入っただろう? だから今、俺の気持ちを伝えてもいいか?」
「え、えぇ……」
──『君がスカー公爵家から結婚の申し出があったあの日。俺に想いを告げてくれたあの日……。俺は、本当は君のことを──』
クラウドの気持ちって、あの時の続きってことよね?
クラウドと目を合わせるだけなのにどうしてこんなに恥ずかしいのだろう。つい我慢できなくて目を逸らしたくなってしまう。
「目を離さないで。君のその綺麗な瞳を見せてくれ」
「へッ!? く、クラウド!? あなた、そんなキザなこと言えるのね!?」
「……今まで言わなかっただけだ。魔族である俺が君にそんなことを言う資格はないと思っていた。自分が魔族であると気づいてからは君と距離を置いていたからな」
クラウドの大きな手がゆっくり私の頬に触れる。ちょっと指先が触れているだけなのに、全身に触れられているように敏感になってしまう。
やめてよ、クラウド。そんな熱っぽい瞳で私を見ないで。勘違いしてしまうじゃない。
「でも君はこんな俺でもいいと言ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか」
「ちょっと。そんなあなたでもいい、ではないわ。そんなあなたがいい、よ」
「はは。そうか。ありがとう。……クレア、俺は君を──」
クラウドは言葉を少し止めた。彼の目線が下がる。
まだ自分の気持ちを吐き出すのが怖い。そんな彼の想いが伝わってきた。
どんなクラウドの気持ちでも受け止めたい。彼が私に伝えたいことがあるのなら。
私はそんな意味をこめて、私の頬に触れる彼の大きな手に自分の手を重ねた。
するとクラウドはぐっと私の耳に口を寄せて──
「──愛してる。君と初めて出会った瞬間から、ずっとそう言いたかった」
クラウドは再び「愛してるんだ」と切なそうに囁いた。私は彼の言葉を脳裏で反芻する。
ずっと聞きたかった、その言葉。気づけば私は涙が一筋流れていた。
クラウドは優しく私の涙を指で拭ってくれる。
「すまない、泣かせてしまったな」
「違うわ、これは嬉し涙よ。だからいいの」
「……本当は君がヘイルからの婚姻話を持ち出された日、俺に告白してくれたあの時。俺も君に自分の想いを伝えたかった。でも、できなかった。公爵家のヘイルの方が君にふさわしいと思い込んでいたからだ」
実際はあんなクソ野郎だったが。クラウドは不快そうに付け加えた。
「今でも俺が君にふさわしいとは思っていない。でも、それでもだ。君の傍にいたい。君を、君が大切にしているものごと俺が守りたい。君は俺の光だから」
「クラウド……あっ!」
クラウドが私の手を自分の口元に近づける。ちゅっとくすぐったい熱がリップ音と共に手の甲に残った。
「子供達がいるから今はここまでだな」と照れ臭そうに微笑むクラウド。私は何も言えずにコクコクと頷くことしかできなかった。
馬車が屋敷にたどり着くその時まで、私の手の甲に彼の唇の熱がずっと残り続けていたのだった。
***
その後、私達はブルースカイ家屋敷へ無事に戻ることができた。
屋敷の前では既におじい様が待っていてくれている。私とレインがおじい様に笑顔で駆け寄った。
「おじい様! ただいま!」
「よく帰ったな。ご苦労だったクレア。……レインも、無事で本当によかった」
「おじい様、心配させてしまってごめんなさい」
「クウ……」
素直に頭を下げるレインとクウ。
そんな二人の頭におじい様の逞しい手が乗った。
「もう二度と危険な場所に飛び込むことはしないことだ。お前達に何かあれば悲しむ人間がいることを忘れないように」
「は、はい!」
「ガウ!」
レインとクウの元気な返事におじい様も「ならばもうよい」と頷く。
そこで私はクラウドが馬車の前から一歩も動けないでいることに気づいた。
名前を呼ぶけれど、クラウドはずっと俯いている。おそらくまだ彼の中で不安が消えないのだろう。
そんな彼を見て、おじい様が大股でクラウドに近づいていく。
「ふぉ、フォグ様……」
「クラウド。お前のことはクレアの手紙で知っている」
「ッ……申し訳ございません……! 俺の正体を隠していた罰ならなんなりと受けます。ただ俺にはここしか居場所がありません。どうか、追放だけは……」
「何を言ってる!」
おじい様はクラウドの両肩に手を置き、「儂を見ろ」と俯いているクラウドに上を向かせた。
「クラウド、お前が何をしたというのだ。ただお前は儂の命令通りにブルースカイ領の民を救ってくれただけではないか。何を謝る必要がある! 堂々としなさい」
「し、しかし俺は自分の正体を、」
「それは儂のせいだ。儂の責任だ! お前が自分の正体を言えない状況を、儂が作っていたのだ。……お前の前で儂は何度かウィンドを殺した魔族の話をしてしまったな。すまなかった、クラウド。今まで苦しかっただろう。お前の孤独に、苦しみに気づけずに本当にすまなかった」
「……ッ!!」
「幼いお前と共に暮らし始めてから、お前はもう儂の息子も同然だ。そんなに不安にならなくていい。家族というものはそう簡単に壊れることはないのだからな」
クラウドはおじい様の言葉を聞いて、ぐっと唇を噛み締める。泣きそうになるのをなんとか堪えているような表情だった。
彼のそんな表情を見て、おじい様は目を細めて優しく微笑む。そしてクラウドを始めとして私、レイン、クウへ順番に視線を移した。
「──皆、よく帰ったな。おかえり」




