22:英雄に投げるのは
大丈夫、きっとお母さん達が悪い魔獣を倒してくれるから。その言葉がいつまで効力をもつのか、レインには分からなかった。
村の近くに魔獣の痕跡があったということで、戦闘能力のない女子供は村の集会所へ集められた。皆が震えて身を寄せ合っている。そんな中、レインは歯がゆい思いをしていた。
自分も外にいる自衛団や領兵団と一緒に村の護衛に関わりたい。自分の力があれば役立たずにはならないだろうと自負している。
でも。
──『村の子供達はすごく不安なはず。だから守ってあげて。お願いね』
クレアの言葉を思い出し、外に飛び出したい衝動を抑えた。マトモな戦闘経験がない子供の自分がうぬぼれてはいけないと自分に言い聞かせる。なによりもうこれ以上クレアに迷惑をかけるのは嫌だった。
だが、迷惑をかけない範囲で村の子供達を支えることはできる。レインは意を決して立ち上がった。そして震える少年少女達に笑顔を向けた。皆がレインに注目する。
「大丈夫だよ! もうすぐお母さん達が助けてくれるから!」
あまり大きな声を出すのは好きではないが、堂々と胸を張って言えた。おかげで泣きそうな村の子供達の顔にわずかな輝きを取り戻せたような気がする。
レインは怖がらせる暇を与えないように励ましの言葉を続けた。
「僕のお母さんはすごい人なんだよ。お母さんの魔力を剣に込めれば剣が綺麗な虹色に輝きだすんだ! お母さんの光の魔力は魔物を寄せ付けない。それに剣だけじゃなくて光の刃もだせるんだよ。遠くからでも攻撃できるんだ」
「光の刃!? すごい! それって本当!?」
「うん、本当! それに僕のおじい様は“魔人”って恐れられているくらい強いんだ。そんな人が鍛えた最強のブルースカイ領領兵団もこの場所を守ってくれてる。だから絶対大丈夫!」
レインは力強くそう言うと、徐々に子供達の顔に明るさが戻ってきた。
ウォオオオオオオオオオオオオン……。
──だが、そんなレインの気遣いも無駄だとばかりに狼の遠吠えが聞こえる。しかも複数。ここから遠くない。
再び子供達や周囲の女性達の顔に怯えが戻ってきた。
「なに!? 今の鳴き声はなに!?」
「お、俺たちやっぱり食べられちゃうの!?」
「い、いやだよぉ……誰か、誰か助けてよぉ……!! うわぁああああん」
我慢できずに泣き出す子供が一人出ると、それが周りに伝染していく。その不安は大人の女性達にまで広がっていった。
恐怖と不安が混じる集会場の中で、次第にレインの心も不安で押しつぶされていく。
さらに──
ガンッ!
──なにかが集会所の壁にぶつかる音がして、ビクリと体を揺らす。
外からの音だ。魔獣の唸り声と兵士達の怒鳴り声が交わって聞こえてくる。戦闘が始まっているようだ。
怖い。レインは震えるクウの身体を抱きしめて泣きそうになった。
でも泣いてはいけない。自分はブルースカイ家の人間なのだ。そんな情けない姿を守るべき民に見せるわけにはいかない。
心まで、弱くなるもんか。そう思いながら必死に涙を堪える。
「大丈夫、もうすぐお母さん達がなんとかしてくれる……大丈夫……」
「クウン……」
大丈夫、大丈夫とレインは何度も自分にそう言い聞かせた。身体の震えをなんとか抑えながら、万が一何者かが集会所に侵入してきた時に備えて警戒を怠らない。
そうなった時、魔法を使える自分が目の前の民達を守らないといけないことを自覚していたからだ。
それからどれほど時間が立っただろうか。長い時間が立った気がするし、そんなに経っていない気もする。気を張りすぎて、正直よく覚えていない。
外が急に静かになったのだ。レインは恐る恐る窓から顔をのぞかせる。
そこには──。
「黒い、稲妻……?」
最初はそう間違えたけれど、違う。
あれはクラウドだ。目にも止まらぬ速さでクラウドが村中を駆け、狼の首をひっつかんでは振り飛ばし、十数メートル先の森の茂みへ投げ飛ばしているではないか。
まるで嘘みたいな光景だった。クラウドの手にある狼がぬいぐるみではないかと疑ってしまうほどあっさりと彼は魔獣を蹂躙していく。
それを見ていた外の自衛団達もそんな彼を間抜け面で見守ることしかできないでいた。おそらくレインもあの自衛団達と同じような顔になっているに違いない。
「す、すごい……!」
圧倒的。それ以外に浮かんでくる言葉がない。いつの間にかレインの体の震えは消えていた。いとも簡単に魔獣を蹂躙するクラウドに今まで抱えていた不安が吹き飛んだのだ。
レインは拳を握りしめ、クラウドの活躍を見るために前のめりになって窓にかじりつく。
次第にレインの後ろから子供達が「すごい!」とクラウドへの称賛の声を上げるようになった。さきほどまではあんなに恐怖と不安で泣いていたというのに。
自分には何もできなかった。でもクラウドはあっという間に彼らに希望をもたらしたのだ。
「……僕も、クラウドさんみたいに強くなれたら……」
ぎゅっと拳を握りしめて、レインはポツリとそう呟いた。
それから一時間もしない頃、クラウドのおかげで辺りに魔獣は見えなくなった。
それを確認したレインは我慢できずにクウと共に集会所の外へ飛び出したのだ。
***
「はぁ、はぁ」
周囲にはクラウドの荒い呼吸音だけが響いた。
今まで休まず大量の魔獣を村から追い払ったのだ。しかもほとんど一人で。流石のクラウドも体力をだいぶ消費したようだ。
もしかしたら魔族の角が生えている間はいつもよりも体力の消費も激しいのかもしれない。尋常ではない汗の量だ。疲労のせいかクラウドの両手が痙攣しているのがハッキリ分かった。
クラウドが戦ってくれている間、私も運よく落ちていた剣を拾って応戦したのだけど、あまり役に立たなかった。
正直、役立たずの自分が情けない。でも今は自分の未熟さを責めるより魔物が村に残っていないか確認しないと。
疲れているクラウドの代わりにブルースカイ領領兵団へ指示をする。
手分けして魔物を村からすべて追い払ったことを確認し、村人達全員がほとんど無傷であることも分かった。
私はすぐに疲労で動けないでいるクラウドの背中を叩いて、声をかける。
「クラウド! もう魔獣はいないわ! 本当にありがとう!」
「あぁ、それなら……よかった……」
私の声を合図にクラウドはようやく身体の力を抜いてくれた。彼がその場でぐったりと膝をついたものだから私はクラウドを支えるために慌てて駆け寄る。
ずっしりとしたクラウドの重みを感じた。クラウドの岩のような背中を私は優しく撫でた。労いと感謝をこめて。
「お疲れ様。早く休みましょう。本当にありがとね、クラウド。あなたのおかげで死傷者なしよ」
「あぁ。……ッ! ……だが、ここには俺の休む場所はなさそうだな」
「え?」
私はハッとする。周りを見てみれば、いつの間にか村長のシーラスをはじめとするアズールウッドの自衛団達が集まって、私とクラウドを中心に円を作っていた。
皆が真っ青な顔をしてクラウドを見ている。その表情にあるのは明らかな“恐怖”!
そりゃそうよね、今のクラウドには漆黒の角が生えているんだもの。でもクラウドが全力を出さなければきっとこの村は助からなかった……。
シーラスはクラウドを指さし、唾を散らす。
「つ、つつっ! 角が生えてるぞ! ま、魔族……! クラウドはやはり化け物だったんだ! 俺達は間違ってなかった! 早く出ていけ、化け物めぇっ!!」
「クレア様! 早くそいつから離れてください! でないとまたこのブルースカイ領に災いが降りかかってしまいます!」
「みんな、落ち着きなさい! 大丈夫よ! クラウドはこの村を守るためにあんなに一生懸命戦ってくれた! あなた達に危害は加えないわ! 落ち着いて話をしましょう」
「し、信じられませんっ! 大昔、このブルースカイ領で大干ばつがあったのは何故かお忘れですか!? 魔族ですよ!? 魔族が神獣を狩り、神の怒りに触れたからだ! そんな魔族なんか匿ったらまた災いがふりかかるにきまってます! クレア様、目を覚ましてくださいぃい!! い、一刻も早くその化け物を村から追い出しましょう!」
シーラスが真っ青な顔でそう叫ぶ。他の村人達も大きく頷いてシーラスに賛同した。
私はそんな薄情な彼らに怒鳴りたくなった。でも怒鳴ってはいけない。彼らの気持ちにも寄り添わなければいけない。
「落ち着きなさいと言っているでしょう。以前の大干ばつのように彼が神獣を狩った? 狩ってないわよね? むしろクラウドは今まであなた達のために戦ったのよ!? 大事なのは彼の見た目や種族じゃない! 彼の行動を見てよ! どうか彼に休む場所を貸してちょうだい!」
「い、嫌です! 魔族を家の中にいれることはできません! 呪われてしまいますっ!!」
村人達はクラウドに休息の場を用意してくれるどころか持っていた武器を構えて、クラウドにじりじり寄ってくる。
私は剣を構えようとしたが、愛するブルースカイ家の領民に剣を向けることだけはできなかった。
この人たちは自分の身と自分の家族、故郷を守りたいだけ。
そのために彼らは長年神獣の祭壇を守り続けたのだ。ブルースカイ領の平和のために。彼らが悪い人たちでないのは分かってる……。でも!!
悔しくてたまらない。そんな優しい人達ですらクラウドのことを誰も理解しようとも思っていないことが。
クラウドは怪物だから傷つけても大丈夫だと、彼を虐げることになんの疑問を抱いていないことが。
クラウドはたしかに尋常ではない力を持っているかもしれない。でもそれは──彼が傷つかないわけではないのだ。クラウドの体は丈夫でも心がそうだとは限らない。
そうよ、私はもうこれ以上クラウドに傷ついてほしくない。私がクラウドを守らないと。守られてばかりは駄目よ、クレア!
「お願いよ、みんな。よく考えてみて。彼が一生懸命人の命を救ったから災いが降りかかるとでも? そんなの馬鹿げているでしょう……。お願いだから……」
「く、クレア様!?」
私は村人達に深く、深く頭を下げた。村人達の戸惑いの声が聞こえてくる。
「お願いだから、クラウドを休ませてあげて……ッ! 彼は化け物なんかじゃない。彼はこのブルースカイ領の守護神であり、自分の正体を曝してでもあなたたちの命を守ってくれた優しい人でもあるのよ……」
領主の孫の立場として今の私の行動は相応しくないかもしれない。それでも今はこうしてお願いするしかない。
クラウドは私達に決して危害を加えたりするような人ではないことを諦めずに彼らに伝えていくしかないのだ。




