21:漆黒の魔族
「珍しい魔力リソースを得るためにこの土地へ来て正解でしたネェ。まさかこんなところで新たな同族に会えるとは驚きデス」
知らない男の声。私達は瞬時に声の方へ振り向く。
少し離れた大木の枝の上に影があった。
クラウドには劣るけれど長身の男。真っ赤な長髪に丸眼鏡。人形かと疑ってしまうほどかなりの美形だがまず目がいくのはそこじゃない。
男の頭だ。そこにはジグザグに曲がっている灰色の角が二本あった。
魔族。目の前の男こそゼファーが言っていたもう一人の魔族なのだと確信する。
男は私達に丁寧にお辞儀をする。今この状況では逆にそれが不気味に感じた。
「初めまして、私はリムゾンズ。魔王ネヴラ様に仕える忠実なる僕でございマス」
「魔王ネヴラ……?」
「魔王様を知らないのも無理はありまセン。魔族は基本群れたりはしない生き物デスし、自らが王になろうと同族を殺すのもいとわない野蛮な種族デスから。その証拠に魔王様に自ら従おうとする魔族なんて変人のワタシくらいデス」
くつくつ喉の奥で笑いながら、リムゾンズと名乗る男は軽やかに木から飛び降り、着地をする。
クラウドが私を抱えたまま、一歩後ずさった。リムゾンズはそんなクラウドへ興味深そうに熱のこもった目を向けている。
「それにしても興味深い。フェンリルの魔力を辿り、神獣の祭壇があるというこの村を念のため訪れてよかった。まさか希少な同族に会えるとはッ! しかもその同族は魔王様と同じ“漆黒の角”を持ちでありながら人間の女と仲睦まじい様子! ……ふふふ、面白い。実に面白い! ワタシの大切な作品をあの人間に渡した価値は十分にあったというもの!」
「あっ!」
私は思わず声を出す。リムゾンズの指先に紫色に輝く鈴を見つけたからだ。あれはゼファーが持っていたものと同じ鈴!
「ゼファーに魔獣を操る鈴を渡したのはあなただったのね!」
「ゼファー? ……あぁ、あの人間の名前デスか。ご明察の通りデス。ワタシが彼に魔獣の鈴を与えた。なぁに、ちょっとした気まぐれデスよ。ワタシの発明した魔道具の動作確認のためにね。ワタシは魔道具の開発が趣味なのですが、ワタシ自身には魔力がないもので自分で動作確認ができないんデス。魔族デスから!」
「滑稽デショ?」とけらけら笑うリムゾンズ。
私は何と言い返せばいいのか分からず黙り込む。すっかり男の独特の雰囲気に吞まれてしまっていた。
「それより。そこの……クラウドさんと申しマシタか? その立派な漆黒の角……もっと近くで見てもよろしいでショウか?」
「……あぁ、俺なんかを見たかったら存分に観察するといい。そうすれば貴様の頭を潰しやすくて助かるぞ……!!」
「物騒ですネェ。でもそういうの嫌いじゃありまセン。どうです、クラウドさん。我が主──魔王ネヴラ様の僕になりませんか?」
クラウドは聞くまでもないとばかりに「断る」とすぐ言い放った。
リムゾンズは「残念だ」と思ってもないことをニヤニヤ不気味な笑みを浮かべて肩を竦める。
「まぁいいデス。あなたは貴重な“漆黒”。しつこくアプローチさせていただきますよ。魔王様の為にね。それにしてもアナタは一体誰の子なんデス? 王族の、誰の血を継いでいる?」
「何の話をしている?」
「漆黒の角を持つ魔族は王族以外ありえない。我ら魔族は普通、魔力を得ないと飢えて死んでしまう! しかしその漆黒の角をもつ者は別デス。魔力がなくても飢えたりはしない。それどころか鋼のような強靭な肉体と強さが備わった、いわば完成された個体の証!! 我々魔族の上位存在の証……それが“漆黒”!!」
そういえば。たしかにクラウドは魔族だというのに今まで魔力を、ひいては魔物や人間の血を求めた様子はない。
だからこそ周囲やクラウド自身だってその角が生えるまで自分の正体に気づかなかったわけだ。
クラウドのお父様は間違いなくアズールウッド村長シーラスのお兄様のはず。
つまり“漆黒”の魔族の血はクラウドのお母様から継がれた者だとは思うのだけれど……。
そんなことを考えている間にリムゾンズはにんまりと口角を上げる。
何かよからぬことを考えている悪魔のような顔に私もクラウドもさらに警戒を強めた。
「ふむ。せっかく若い“漆黒”の魔族に出会えたのデス。その強さを存分に観察したいところデスねぇ……? あのゼファーとかいう人間に色々聞いておりマス。そこの……クレアといいましたか? クラウドさんが大切にしている人間の女。その養子が今、あのちっぽけな村にいるんだとか」
「ッ!!」
リムゾンズは慣れた手つきで腰に下げた筒状の何かを手に取った。彼は艶めかしくその楽器の平べったくなっている先端を唇で挟み、奏でる。その時、その筒状の物体が楽器であることに気づいた。蛇が地を這うような……どこか不安になる不気味な音だ。
彼は楽器を唇から離すと歌うように言った。
「ワタシは魔物使いでもありマシテね。自作の楽器を使って調教した魔物を自由自在に操ることができマス。そして今、森に放してあるワタシの魔物達にアズールウッドを襲撃するようにお願いしマシタ」
「なんですって!?」
私はすぐにアズールウッドの方を見る。その瞬間、森のどこかで狼の遠吠えが複数聞こえた。背筋がゾッと凍る。
ふいに脳裏に愛らしいレインの笑顔が浮かぶ。ギリッと奥歯を噛み締め、リムゾンズを睨みつけた。
「最低ねッ! なんでそんなに簡単に人を陥れることができるの!?」
「おやおや、いいのですか? ワタシよりもアナタ方には守らなければならない存在がいるのでショ?」
「……ッ!!」
罵倒の一つでも浴びせたいところだけれど、リムゾンズの言う通り今はレインとクウのところへ行かなければいけない。こんな頭のおかしいヤツの相手なんて時間のムダ!
そんな私の意思を察してくれたのかクラウドが私を抱えたまま、膝をグッと曲げる。
「クレア。全力で村まで飛ばす。口を閉じていてくれ。舌をかまないようにな」
「分かったわ! お願い、クラウド!」
その刹那──視界が一変する。木々が次々に視界の端を通り過ぎていき、目が回った。
クラウドが稲妻のような速さで走り出したのだ。ま、まさか本気のクラウドがこんなにも早いなんて! 馬車なんて目じゃないくらいよ!
──レイン、待っててね。すぐに助けに行くから!
私は次々と過ぎ去っていく森の先を見据え、レインの無事を祈り続けた。




