17:すれ違い
クラウドのいる場所には心当たりがあった。村のハズレには丘がある。その丘に双子の木が手を繋いでいるように見える双子大木が生えているのだ。
そこは最初に私とクラウドが出会った場所。懐かしいわね。村人達に石を投げられるから木の上に隠れていたクラウドを幼い私が魔物と勘違いしたんだっけ。
私の大声にびっくりしたクラウドが木の上から落ちてきて、私達は出会った。私はあまりに綺麗なクラウドの真紅の瞳に見惚れてしまったのだ。
──『まぁ! 綺麗な真紅の瞳! 素敵ね!』
そう言って、クラウドの両頬を掴んでまじまじと彼の瞳を観察したのよね。その時のクラウドったらリンゴみたいに顔を真っ赤にしてたんだったわ。
私は思い出し笑いをしながら双子大木に寄り添って瞑想をしているクラウドを見つけた。クラウドは私の足音に気づいたのだろう、目を開く。
「クラウド。お腹すいているでしょう? 夕食の残りをもらってきたわよ。あなたには働いてもらわないといけないんだからちゃんと食べてよね」
「あぁ、すまない。色々考え事をしたらつい夜になってしまってな」
クラウドはアズールウッドの料理をじっと見つめた。私はクラウドの隣に座って動かない彼に眉を下げる。
「……ごめんなさい」
「なにがだ?」
「あなたにとってここはあまり居たくない場所でしょう? そんな場所をあなたに守らせるなんて……」
改めて考えると昼の会議はクラウドの気持ちを考えないものだったのかもしれない。自分を虐げてきた村人達を守れだなんて酷な話だ。
クラウドは私から受け取ったパンをかじりながら、月光に照らされる村をぼんやりと眺めていた。その横顔がとても美しく思えた。
「いや、そこは気にしていない。俺の役目はブルースカイ領を守ること。その中にここも含まれているのは承知だ。それに別にここの人間達は……悪い人間じゃないことは分かっている。俺が異常なんだ。母親は誰かも分からない。健康だった父が俺を連れてきた途端病気になり、病死。見慣れない髪色に瞳の色。尋常ではない体の成長。俺の異常さなんて数えきれない」
「クラウド……」
たしかにクラウドは人と違うかもしれない。でも彼の行動は? 彼は今まで誰かを傷つけた? いいえ、そんなことはなかった。むしろ今まで彼はブルースカイ領のために毎日厳しい鍛錬も欠かさなかったし、魔物の大量発生などの災害時には誰よりも早く現場に駆け付けてくれた。
彼の部下であるブルースカイ家領兵団の兵士達は行く当てのない孤児や浮浪者をクラウドが兵士として鍛えたもので、彼らはクラウドをとても慕っている。……やはり彼は周囲から化け物と呼ばれる存在ではない。
悔しい。彼の優しさや強さが周囲に理解されないのは。どうしてクラウドは彼が命を懸けて守っている人々にさげすまれなければいけないの?
「そういえば昼の会議ではなにか言いたそうだったわね? 何かあれば教えて。あなたの勘は当たるんだから」
「いや……」
クラウドは何も言わない。何か言いたそうなのは分かるのだが、言わない。
それは昔からたまに見る光景だった。彼はこうしてよく口を噤む。
その度に私はなんだか彼に信頼されていないようで悲しい気持ちになる。
「クラウド、独りになろうとしないで。何か私に伝えたいことがあるならちゃんと教えて」
「っ!」
「私が困ってる時、いつも手を差し伸べてくれたのはあなたでしょう。だから私もあなたの力になりたい」
「な、なにを言っているんだ。君は既に俺の力になっている。むしろなりすぎているくらいだろう。……もう帰ろう。君の体が冷えてはいけない」
私から逃げるようにクラウドが立ち上がる。私もすぐに立ち上がって彼の腕を掴んだ。
「ちょっと待って。逃げないで! ……クラウド、私達は家族よ。何かあるなら教えて。あなた、ここに来てからどこか様子が変よ?」
「そ、そんなことはない。それに何も君に言うことはない。大丈夫だ、クレア。すべて大丈夫なんだ」
クラウドは胸を押えて私を見下ろす。なんだかとても苦しそうな様子だった。
「クラウド? どうしたの? 体調が悪いの?」
「ッ! 頼む、クレア。ここから去ってくれ。俺の体調なんて君には関係ない」
関係ない。そう言われた途端、私の中で何かが切れた音がした。彼の突き放されたような態度に悲しい気持ちでいっぱいになった。
足早に距離をつめて、至近距離でクラウドを睨み付ける。もちろん腕は掴んだまま。
「関係なくはないでしょう!? なんでそんなこと言うの? 言いたいことがあればはっきり言ってよ」
「俺に近づくな。君には分からない!」
「私には分からないですって!? ああもう、あなたはいつもそうよクラウド! そうやって時々距離をおこうとする! 幼い頃のあなたはそんなことなかったわ。もっと自分の考えていることをはっきり教えてくれた。でも私が魔法学園に入学する前ぐらいからかしら……あなたはそうやって何かを言いかけて口を閉じるような仕草をするようになったわよね」
「それは、その……」
戸惑うクラウド。何も言い返せないクラウドに私の感情はさらに爆発してしまった。
言うつもりもなかったことをポロリとこぼしてしまう。
「昔のあなたはもっと素直だった。私のことを一生守ってくれるって、だから結婚しようって、言ってくれたのに──」
「ッ!」
私は思わず片手で自分の口を押える。馬鹿、私。なんでそんな余計なことを!
次第に感情が言葉に追いつかなくなって、ポロポロ涙がこぼれてしまう。なんて自分勝手な涙なんだろうと自分でも思った。
馬鹿みたい。ずっと幼い頃の記憶に縋ってる私が。それでクラウドを困らせるだけの私が。
みじめで、情けなくて、みっともない。
私は何度も涙を拭くけれど、止まらない。ついでに言葉も。今の私はとても酷い顔をしているのだろう。
「そりゃ、私にはあなたのこと、分からないわよ……。あなたが教えてくれないのだもの。隠すんだもの! あなたが何に悩んで、何を考えているのか、教えてくれなきゃ分からないわよ……ッ!」
クラウドが困ったように目を泳がせているけれど、私の馬鹿な口は止まらなかった。
岩のような彼の胸をドンドンたたく。ずっと我慢していた彼への思いをこんな形で伝えたくないのに。
「クラウド、関係ないなんて寂しいこと言わないで。お願いだから独りになろうとしないでよ」
「クレア……俺は……」
「お願い。何かあるなら教えて。クラウド!」
「──ッ! もう、やめてくれッ!!」
その時、視界が反転した。何が起こったのか分からなかった。
気づけば腕に激痛が走って、私は地面に尻もちをついていた。いつの間にか手に青い痣ができている。
クラウドに腕を払われたのだ。その衝撃で転倒した。
でもそんなことはどうでもよかった。それよりも気になったのはクラウドの──頭。
「クラウド? その頭……」
「────!」
すぐにクラウドが自分の頭を両腕で隠す。一瞬だったけれど確かに見た、クラウドの頭部に角があった。螺旋を描くような形の漆黒の角だ。
そして頭に角があるというのは──魔族の特徴である。
私が唖然としている間にクラウドが数メートル私から離れたところにいつの間にか移動していた。頭を押さえて、今にも泣きそうな顔で瞳を揺らしながら私を見ていた。
私は彼のそんな悲しそうな顔を見て──自分がしでかしたことの大きさを実感した。
「見ただろう。俺は化け物なんだ。君の言っていることは正解だよ、クレア」
「……!!」
「君が魔法学園に入学する直前ぐらいに……俺は──だんだん体に違和感を覚え始めて……。夜だった。自分の頭部に角が生えていることを……。感情が昂った時、俺はこうして角が生えるみたいなんだ……」
「あ……」
「アズールウッドの村人達は正しかった。俺は……。こんなものを君に見せてしまうなら……。本当ならもっと早く君から離れるべきだった。だが、どうしても離れられなかった。君が大切だったからだ」
「ごめんなさい、私……!! クラウド!」
「クレア。これを見られてしまったなら俺はもう君と一緒にはいられない。フォグ様やレインにすまないとだけ伝えてくれ。今までありがとう。君は──俺の光だ」
私がもう一度クラウドの名前を叫ぶ前に彼は夜の闇に消えていった。手を伸ばしてももうクラウドはいない。
私はなんてことをしてしまったのだろう。クラウドの気持ちなんか考えずに自分のことだけを優先して。その場で膝を崩し、頭を抱える。
「クラウド、お願い。いかないで……! 戻ってきて……!」
情けなくそう呟くけれど、それが叶うはずもなく。
真っ白な頭をなんとか動かしながら必死に周辺を探した。クラウドの名前を何度も呼んだ。
でも、クラウドが私の前に姿を見せることはなかったのだ。




