5-11.嫌がらせ継続中
シンは談話室で寛いでいた。
ここは彼の本拠地である【岩窟宮殿】の一室である。
「なあ、ルナは冒険者組合という組織をどう認識している?
もう少し具体的に言うなら、連中はなにをしてお金を稼いでいるか。あるいは、どんなサービスを提供して利益を確保しているか、という質問なのだけれど」
「その問いかけの意図は何かしら。ちょっと気になるけど、まあいいわ。
簡単に表現するなら“斡旋仲介業者”よ。
依頼主者は、欲しい物品だとか護衛などの依頼を持ち込む。
冒険者が個人事業主として依頼業務を請け負う。
ギルドの役割は仲介者として両者を引き合わせ、手数料を徴収する。
一般的におもわれているのは、こんな感じかしらね」
この返答は、彼女の経験を基にしたもの。
単独活動者として希少な素材を獲得し、生活費を得てきた者の見解は正しい。一般市民も似たような返事が返ってくるはずだ。
だが、シンの意見はまったく別であった。
「なるほど、素直な答をありがとう。正解だけれど、それは連中が見せたい一面だね。私の見解では、冒険者組合は多国籍の【コングロマリット】だ」
コングロマリットとは複合企業体を意味する。
それぞれが違った業種やサービスを提供する会社で構成されたグループだ。
冒険者ギルドに当てはめると仲介斡旋業以外にも次のものがある。
補足すると、組合が直接運営するよりも専門子会社を設立して業務委託する場合が多い。
『運輸業』
・回収した素材などを供給先から需要地へ輸送する。
『飲食&宿泊業』
・組合に併設する食堂。大きな支局では簡易宿泊所も運営。
『教育業』
・新人研修のほか、薬草学や魔物学などの専門知識を有料で提供。
『郵便業』
・拠点間の定期輸送網を流用して手紙や小包を運ぶ。
『徴税代行業』
・国に代わって、冒険者から税金を徴収する。
『雑貨販売業』
・衣類やブーツ、携帯食料品などの必需品を販売。
『各種専門品の小売業』
・武器や防具類、魔法治療薬などを扱う。
「もっとも注目すべきは金融業だ。はじめは冒険者の金銭を預かるサービスから始まったが、現在では大陸有数の巨大金融企業にまで成長している」
連中の総資産は、そのへんの国家の予算を超える。
当然、集めた金は運用する必要があった。マクロ経済的な視点でいえば、お金はまわしてこそ価値が生まれるからだ。個人ならタンス預金もありだろうが、巨額の現金を死蔵させるバカはいない。
組合が選んだ投資先は、各国が発行する国債。
ついでに領主貴族の私募債も買っていたりする。
最初期は少額であったけれども、時代が過ぎるにつれ保有債券は膨れるばかり。気がつけば、冒険者組合は大陸最大の国債保有組織になっていた。
簡単にいえば、資金繰り苦しむ国家や貴族にお金を貸している状態である。
「これがあるから、冒険者ギルドが独立独歩でいられる。
連中は民間の武装兵力であり、国からみれば潜在的脅威だ。それでも排除されないのは、彼らが最大の債権者という立場のおかげなのさ。
古今東西、お金を貸している側が強いのは共通している。経済原理の前では王侯貴族の身分は無意味だ。債権と債務の関係があるだけだ」
ときおり、借金を踏み倒すバカ貴族がでる。
主な理由は、天に選ばれた魔導師が平民風情に頭を下げるなんてプライドが許さないなど、情けないモノばかり。
当然、組合本部は報復する。
経済封鎖や相手の銀行口座を凍結、組合の総撤収など、制裁手順が決まっていた。最終的には、有力大貴族たち―――全員、組会にお金を借りている―――に協力を要請して対象貴族を潰してしまう。
なんというか世知辛い。
異世界であっても、“魔法”よりも“お金”のパワーのほうが強いのだなぁと、感心させられてしまう事例だ。
「かくも冒険者組合は強大だ。大陸各地に地域支部や出張所をもち、実稼働している冒険者はおよそ二十万人。他業種との兼業者や休眠登録者を含めれば、その数は数倍になるだろう。組合が保有する潜在戦力は膨大で、資金力は国家をも動かす。連中に対して、武力で真正面から戦いを挑むのは下策だ」
「それが理由で、こんな迂遠な攻撃方法を選択していると? 」
ルナは、テーブル上の新聞紙を指し示した。
過去一ケ月間のモノで、紙面にはギルド関連の記事が掲載している。
発端は、生アヘンの密輸事件であった。
摘発されたのは冒険者組合資本の運送会社。押収した資料から判明したのは、いくつもの犯罪行為だ。虚偽申請しての関税逃れ。通商禁止しているはずの交戦敵国からの物品輸入。他に役人への贈賄や、売上金隠しによる脱税などの違法行為などが出るわ出るわ。
さらに世間を驚かせたのが、多国間密輸ネットワーク。
グループ会社や取引先などと結託して闇の輸送網を構築していたのだ。
近隣諸国は通報を受けて、司法当局の捜査を始めている。
どの国も麻薬には神経を尖らせており、司法当局間での情報交換や捜査協力もあって、犯罪者が次々と逮捕されている状態。
王都衛士隊の素早い動きの裏側にはシンがいた。
彼が提供する犯罪情報を基にしているため、的確で無駄のない摘発がすすむ。
ちなみに、衛士隊の隊長とは協力関係にあった。
王都で発生した【浸蝕するモノ】騒ぎで、シンは被害者を隔離するためにホテルを貸きるなど、ずいぶんと手助けしている。
そういった経緯もあって衛士隊隊長の協力をとりつけたのだ。
だが、ルナは不服そうであった。
新聞各紙は冒険者ギルドとグループ会社の犯罪について書き立てている。現在までの“嫌がらせ作戦”は順調だと言っても良いだろう。
しかし、彼女は否定的な言葉を口にするのだ。
「わたしはね、こんな生ぬるい方法に納得していないの。
もっと分かりやすい罰を与えるべきだわ。お頭の軽いバカな連中にはキツイ躾が必要なのよ! 」
「い、いや。作戦計画は、みんなで検討したものじゃないか。貴女も参加していたはずだし、反対もしていなかったよね」
シンは当惑してしまう。
彼としては、ルナを含めた主要メンバーから意見をきいたつもりだ。
実際、作戦行動計画書には参加者のアイデアが随分と盛り込まれている。よくもまあ、これだけ悪辣なことを思いつくものだと感心したくらいだ。
にもかかわらず、彼女は不機嫌であった。
頬を少し膨らませて“わたし怒っています”的な表情をしているのが、ちょっぴり可愛い。普段の彼女は、感情を露わにしないクール・ビューティだ。他人の前では、ハッキリと喜怒哀楽をださず、謎のアルカイック・スマイルで相手を煙に巻く。
だが、いつも冷静な女性がナーバスになっていた。
まあ、彼にだけ心を許しての甘えた態度ともいえるのだが……。
「あなた、自分が殺されそうになったのに何故そんなに冷静なのよ?
わたしは激怒しているの。いますぐにでも、連中の本拠地に乗り込んで全員をぶっ飛ばしてやりたいわ。声をかければ、タチアや女官たち、いえ、ほとんどの者が喜んで参加するでしょうね」
彼女はつけ加える。ツクモ族たちも怒り心頭なのだと。
敬愛する主を殺害されそうになったのだ。当然の反応であろう。
ただ、シンの方針が、あからさまな武力衝突ではなくて、ゲリラ的な戦いであったから、それに従っているだけ。
無分別な戦闘で死者を出したくないという彼の意見には賛成だ。理屈として正しいし納得もできる。
しかし、感情は収まりがつかない。
「ねえ、シン。あなたが死んだら、きっと、わたしは怒りで爆発するわ。冒険者組合どころか、無関係の者にだって手にかけてしまうかも。全世界を敵にして戦えば、いくら自分が不死であっても絶命できるとおもうのよ」
「お、お願いだから、そんな自暴自棄なことはやめてくれ」
シンは心底から動揺する。
目に狂気の光を宿すルナなんて初めてだ。その場の勢いで出た台詞ではなくて、もう完全に本気である。
彼女は超戦士であるうえに【不死身体質】だ。とんでもなく物騒な人物が見境なしに暴虐のかぎりをつくしたら、どれだけの大惨事がおきるやら。想像しただけでゾッとする。
彼は、ルナが納得していると思っていた。
少し前に戦略と戦術の違いについて説明したことがある。その後、彼女は極端な発言を控えるようになったし、態度もおとなしかった。
実際、よろず屋ダミアンとの交渉でも余計な口を挟まずに聞き役に徹している。だから彼の方針に同意していると判断していた。
だが、それは勘違い。
彼女は我慢していただけで、まったく賛成していなかった。
「な、なぜ、急に過激なことを言い出したんだい? 」
「嫌なの。わたしの愛した人、気の良い仲間たちは、みんな先に逝くのが嫌なのよ。もうこれ以上耐えられない。ああ、お願いだから、自分を独りだけ残して死なないで」
ルナは身体を震わせながらすすり泣いた。
両手で顔面を覆うけれども、指の隙間から涙がポロポロと流れ落ちてゆく。彼女は独りで人生を切り拓く強い人物だけれど、いまは弱りきって非常に頼りない。
シンは悟ってしまう。彼女は不安なのだ。
以前に聞いたことがある。ずっと、他人との接触は最低限なものにしていたと。
だが、現在の彼女はシンと深い関係にある。
身も心も許した状態であったのに、愛した者を失いかけたのだ。情緒不安定になるのも仕方ない。
シンができることはただひとつだけ。
「約束しよう。私は、ルナを残してこの世を去ることなんてしない。貴女には【安息の死】を、自分には【寿命の延長】を実現させる。そして、現世でのひと時を一緒に過ごし、共に逝こう」
彼は、彼女をきつく抱きしめる。
これ以上の言葉は不要だ。態度でしか伝わらないこともあるのだから。
【岩窟宮殿】の大会議室にはツクモ族たちが着席している。
これから始まるのは報告会。
冒険者組合と戦うために作戦計画を立案した。プロジェクト数は多く、同時並行で進行している。関係者との情報は共有すべきだし、計画の修正も必要であろう。
シンは、陣営の責任者として状況把握は必須であった。
会議進行役はカンナ・プブリリウス。
彼女は三賢人のひとりで、見た目はキャリア・ウーマンふうの完璧美人さん。内政部門の総責任者で、約三千名もいるツクモ族が問題なく【岩窟宮殿】で生活できているのは、彼女のおかげである。
「では、我が君。作戦の進捗状況報告会を始めさせていただきます。
まずは、目的と方針について改めて確認します。
最終目標は、我々が冒険者組合への関与を可能にすること。しかしながら、連中を支配するだとか、運営に参加することまでは含みません。最低限、ギルドの情報ネットワークと情報収集機能へのアクセス権を確保することを…… 」
これは戦争だ。単なる復讐ではない。
シンたちは奇襲攻撃を受けて、多くの死傷者をだしてしまったが、死んだ仲間たちの仇討ちだけなんてケチな真似はしない。
もっと大きな成果を勝ち取るつもりだ。でなければ、亡くなった者たちに申し訳が立たない。
「……とします。作戦方針は、組合内部の抗争を誘うこと。
敵は各国に拠点や支部を設置し、実働構成員だけでも約二十万人もいる巨大組織なのですから、多数の派閥があります。けっして一枚岩ではありません」
作戦前半では、組合の派閥争いを煽ることに専念する。
どんな戦いでも敵に全力を出させないことは重要だ。相手が大きな組織ならなおさらのこと。可能ならば、連中の内輪争いだけではなく、外部勢力を巻きこんだ仲間割れに発展させたい。
というか、冒険者組合はその業務性質上、どうしても国家やその他組織との関りが深い。呼ばれなくても、欲張りな輩が群がってくるはずだ。
派閥抗争の激しい組織は弱い。
実際、前世地球では似たような事例は多数ある。
例えば李氏朝鮮。常日頃から内ゲバが絶えない王朝としても有名であった。
『自分がやればロマンス。他人がやれば不倫』なんて皮肉が、まかり通るお国柄だ。
己さえ良ければ他の迷惑なんて顧みない。
自派閥を有利にするために、外国勢力を呼び寄せるなんてことを平気でした。敵対派閥も同じことをするので、国内政争が国内外の諍いへと発展した。
で、最終的には国が滅んでしまう。
過度な派閥争いは組織そのものを破滅させる典型例だ。
「逆に、相手を一致団結させるのは回避すべきです。たとえば、組合本部を急襲して関係者全員を殺害すれば、連中は内部争いを一時中断して、外敵と戦うでしょう。そうなれば確実に消耗戦へと突入し、数の少ない我々は摺り潰されて…… 」
ここまでの作戦は順調だ。
組合への嫌がらせは予定通りに進んでいる。
新聞各社への情報提供も抜かりない。
諜報部門では、試験運用も終わって本格的な活動を開始。
寝返らせた冒険者たちのフォローも忘れていない。
代表例はA級冒険者ペネロープ。彼女たちは身内を人質に取られるだとか、多額の借金を背負わされて、ギルド本部の汚れ仕事をしていた。
そんな奴隷状態から解放するための工作が必要だったのだ。
「次は、組合の魔造結晶体に対する作戦について。
最初の計画では、【聖母】にハッキング用の侵入経路をつくる予定でした。しかしながら、すでに対策が施されており、【念話ネットワーク】経由での遠隔工作は不可能と判断。
まあ、予測していましたので問題はありません。代わりにプランBに切り替えます。これは【清浄なる娘】への直接工作をおこなうものであり…… 」
【清浄なる娘】。
ギルド本部が所有する補助人格で、【聖母】のバックアップ役を担っている。他に過去数百年分の情報を格納するなど、裏方に徹する結晶体だ。
バーミリオン・ヒルという都市に設置されているのだが、組合本部よりもセキュリティ強度が低いため、潜入して工作活動を行う計画である。
幸い、目的地は【邪紳領域】に接する位置にあった。
人外魔境の大森林を突き抜ければ、グリアント王国などの諸国を経由せずに到達できる。そのために新しい経路を開拓中だ。幾つもの中継点を築いて、【岩窟宮殿】からバーミリオン・ヒルを結ぶ。もともと、人間社会へ至るために複数ルートを作るつもりだったので、多少の計画変更だけで済んだ。
シンは大きく頷く。
「なるほど。では、予定通り私はバーミリオン・ヒルに向かうとしよう」
「はっ、了解いたしました。ただ、異議を唱えるわけではありませんが、いま一度ご再考願えませんか? 我が君が直々にご参加せずとも、本作戦は我々だけで完遂できます」
「君たちの実力や能力を疑ってはいない。むしろ絶大な信頼をおいている。
だがね、安全な後方で結果を待つだけなのは性に合わないのだよ。私はね、苦労を厭わず現場に立つからこそ、皆が信じて従ってくれるのだと思っている。それがリーダーというものじゃないか」
こうして、シンは【岩窟宮殿】を出立した。
■現在のシンの基本状態
HP:82/82(更新:66→82)
MP:98/98(更新:73→98)
LP:54/64(更新:42→64)
活動限界まで、あと五十四日。




