5-10.アヘン密輸事件
シンは路上のベンチに腰掛けていた。
横では騎竜のウコンとサコンがガブガブと水を飲んでいる。
ここは駐馬車場の一画で、たくさんの荷車が出入りする公共広場だ。馬や使役獣のための休憩場所もあって、飲料水などは無料でもらえる。
周囲には運送会社の建物が軒を連ねていた。
「また【招厄草】が生えているとは驚きだ。人心が乱れ始めているのか、あるいは土地そのものが穢れつつあるのだろうかね」
【招厄草】。ふつうの人間には視えない不思議な雑草だ。
彼が知るかぎり、これを視認できるのはシンとルナのふたりだけ。魔法が使えるツクモ族ですら認識は不可能であった。
見てくれは、随分と奇妙な姿形をしている。
茎はヒョロリと長く伸びていて、先端部は大きく膨らんでいた。
ときおり、丸い膨らみがポンッと弾けて、なかから胞子のようなものが飛び散る。タンポポのように種子を拡散させるのかもしれない。
ちなみに“草”と表現しているが、本当のところは不明。
というのも、コイツは風もないのに自分でユラユラと揺れているので、おそらく植物ではない。動物か蟲のようなナニかだとおもう。
【招厄草】が蔓延る場所には厄災がくる。
事実、コレが繁殖していた王都の錬金術師組合は不運に見舞われた。
ただまあ、眼前で生えているモノは少ない。
街路の端っこにチラホラ根付いている程度だし、すぐに騒乱が起きることはなかろう。ただし、油断は禁物だ。いきなり繁殖範囲が拡大する可能性だってある。なにしろ、コイツの生態は不可解なのだから。
「なんとも物騒なことだ。なにが都を乱れさせるのかね」
ここはグリアント王国の首都ルテティア。
国名の由来は、周辺一帯を支配していたグリア族が建国したことから。
王の権力が強い絶対主義国家で、支配者層のすべては魔法が使える貴族だ。
いっぽう、一般人のほとんどは魔力がない。ひたすらに搾取され虐げられるだけの存在だ。そんな背景もあって、国民は不満をため込んでおり、いつ爆発するのかわからない。【招厄草】が繁殖するのと関係があるのだろうか。
あれこれ思案していると、ルナがやってくる。
彼女には、ある人物へのメッセージを渡してもらうようにお願いしていた。こちら側の要件を伝えて、可能ならば駐馬車場にまで案内してほしいと依頼したのだ。
「お待たせ。ご要望の人を連れてきたわよ。あとの商談については任せるわ。話は聞かせてもらうけれど、参加するつもりはないからね」
ルナは、後ろにさがって口を閉じた。
宣言どおり、今回の交渉事については見聞きするだけに徹する様子。
先日、“戦略と戦術”の違いについてレクチャーしたのだけれど、それ以降いろいろと思うところがあったらしい。最近の彼女は知識取得に努めていた。
シンは、やって来た男にあいさつする。
わざわざ王都に出張ってまで交渉したかった人物である。
「久しぶりだな、ダミアン。こんな騒がしい場所に出向いてもらって感謝する」
「いや、気にしなくてもかまわないさ。儲け話ならどこにでも参上するさ」
よろず屋ダミアン。
戦争で負傷して片足を失った元・超戦士だ。
じつは、脚部は完全に復元しているのだけれど、足が不自由なフリをしている。
なにしろ、元通りになった理由がヤバすぎた。
彼は身体内に魔物を飼っているのだから。
ソレは、【浸蝕するモノ】。生物に寄生して狂暴化させるモンスターであった。そんな凶悪な寄生型魔物を、彼は強靭な精神力で支配している。
シンは、これを【魔人化現象】と表現していた。
宿主優位・寄生獣従属の共生関係ともいえるだろう。ダミアンは身体を貸し与え、寄生生物は能力を提供。まあ双方にメリットはあるのだが、バケモノを体内に宿しているなんて隠す必要がある。
世間に知れたら、絶対に化物扱いされるに決まっているからだ。
ゆえに、バレないように演技を続けるしかない。
シンは、そんな事情を分かって”よろず屋”に声をかけた。
強い精神と常人離れした肉体、元軍人の経験を持つ人物なら、依頼したいことに適任だと考えたためだ。
「早速だが商談にはいろう。あなたの商いの範囲に裏情報の扱いもあったはず。今回はそれを踏まえてのことだ。
我々は冒険者組合について詳しい情報を欲している。特に上層部の人間関係や派閥の動きなどを定期的に教えてほしい。とりあえずの期間として向こう三ケ月間だ」
「あ~、なるほどなぁ。アンタたちが組合と揉めているのは知っている。俺としちゃあ、けっこう責任を感じているんだぜ」
ダミアンが悪いと思っている理由。
彼が紹介した弁護士のせいで諍いが始まったせいだ。
若い弁護士君は優秀で野心もあったが、残念なことに慎重さに欠けていた。無謀にもギルドの裏金に絡もうとして、逆に殺害されてしまう。
それだけで終わればよかったのだが、シンも暗殺部隊に襲われてしまった。
「ただなぁ、今回の仕事は断らせてくれ。あの若者を引き合わせたのはスマンと思っているし、相応の償いもするつもりだ。
でも、冒険者ギルドが相手だと話は別になる。特に上層部やら裏事情について探るのは勘弁してほしい。というのも、俺も連中に疑われていてなぁ。
そのスジの関係者が事情を聴きたいと何度もやって来たんだよ。面倒ごとに巻き込まれたくない」
「ふむ、それは残念。依頼を受けてくれるなら、充分な報酬を出すつもりだったのだが…… 」
シンのセリフは諦めの内容であったが、じつは違う。
内心では、いまからが本格的な交渉の始まりだと考えていた。彼が、わざわざ商談の場所を駐馬車場に指定したのにも理由がある。
「あなたが指摘したとおり、私は冒険者組合と揉めている。たしかに敵は大陸各所に支部を持つ巨大組織だ。しかし、どれほど強大な相手でも弱点は存在するし、弱者なりの戦い方もある。それが虚言でないことを実際に証明してみせよう。アレは我々の攻撃のひとつだ」
彼が指し示す先に王都衛士隊がいた。
兵士の隊列が往来する人々を押しのけてやってくる。その数は百名以上もいて、かなり物騒な雰囲気。
部隊の目標は王国でも有数の運送会社で、武装兵は社屋の建物を完全に包囲した。
指揮官が大声で告げる。
「アドバント運輸社に対して麻薬輸送の嫌疑あり。これより、王都治安法に則り輸送品の調査、および関連書類を押収する。
なお、あらかじめ警告しておく。捜査活動に抵抗した場合、公務妨害の罪を問うことになるぞ。我らの邪魔だてすることは許さない」
武装衛士たちが建物へと突入した。
一部の社員が抵抗したけれど、屈強な兵が容赦なく殴り倒す。しばらくの間、建屋内では罵声が響き、多人数が争う音が続いた。
やがて徹底的な調査が始まる。書棚から書類を引っ張りだし、倉庫で山積みになった木箱を崩して蓋をこじ開けるなど、その動きはかなり荒っぽい。
「ありました。生アヘンです! 通報のとおり麻薬が隠されていました」
若い衛士が樹脂の塊を高々と掲げる。
防水加工した紙袋のなかにアヘンの原材料があったのだ。
隊長は“よくやった”と発見者を褒め称えた。
そのうえで、新たな命令をくだす。
「運輸会社の職員を全員逮捕しろ! ひとりも逃がすなよ。敵国との密貿易や悪徳役人への贈賄など他の嫌疑もかかっている。ここにある資料は全部押収する」
王都衛士隊は運送社の従業員すべてを捕縛した。
上は社長や重役、下は一般の荷運び人や下働きの少年にまで及び、人数は百五十人をこえる。もう大捕り物と表現してもよかろう。
ダミアンは一連の騒動を驚きの目で眺めていた。
「これは、どういうこった? 」
「あの運送会社に司法当局の手がはいった。捜査名目は麻薬密輸の摘発。我々が衛士隊に通報したのだよ。違法薬物を運んでいるとね」
生アヘンを荷物に忍び込ませたのはツクモ族の諜報員だ。
麻薬は、領都シュバリデンの港で密輸業者から強奪したもの。
「明日以降、似たような騒ぎが、グリアント王国だけでなく大陸の主要国でおきる。各国の法執行機関が、禁制品の取り締まりや脱税摘発などで動く。あるいは、馬の伝染病が発生するだとか、倉庫火災などの不幸な事故もあるだろうね。
共通するのは、対象のすべてが冒険者ギルド資本の会社であること。
当面のあいだ、連中の物流ネットワークはズタズタに切り裂かれて大混乱だ。ある素材は在庫が不足し、別の物品は倉庫で山積みになって腐ってしまう。
彼らの損害金額は膨大なものになる」
「そ、それは本当なのか? なんというか、規模が大きすぎるぞ」
「この程度で驚いては困るな。今回の騒動には続きがある。活躍するのは王都衛士隊だけではない。報道機関にも通報したのだからね。さぞかし明日の新聞は賑やかなことになるだろう」
たくさんの新聞記者が周辺にいた。
いつの時代であっても、記者は積極果敢に突撃取材するものらしい。
現場を指揮する隊長にからんで、詳細な情報を聞き出そうとしている。なかには一般衛士に金を握らせて極秘情報を得ようとする猛者もいるくらいだ。
少し離れた場所にはスケッチする者が数名。
彼らは新聞社の専属絵師だ。今の文明社会では写真器は発明されておらず、代わりに細密なペン画が紙面を飾ることになる。
今回の麻薬摘発の騒動は各紙で大きく報道されるはず。
低俗な三流新聞などは、冒険者組合が密輸に関わっていたと、面白おかしく書き立てるであろう。
しばらくの間、ギルドは報道機関への対応に追われるのは確実だ。
シンは愉快そうに語る。
「これが我々の戦い方だ。血生臭い武力に訴えなくても巨大組織に手痛いダメージを与えるのは可能だよ」
彼の作戦計画書には幾十個ものプランが並んでいる。
ツクモ族たちと一緒に会議をおこなったのだけれど、みんなノリノリで意見をだしてきた。
憎い敵を甚振るモノだけあって、どんどんと悪辣なアイデアが出てくる。数が多すぎて、どれを実行すべきか取捨選択するのに苦労したほどであった。
「話を変えるが、質問したいことがある。
情報屋とも取引しているなら聞いているかな。とある集団が、国家保安局に報復攻撃をしかけているらしい。知っているだろうか? 」
「ああ、噂でチラリとな」
ダミアンは何気なく返答したが、内心では驚く。
じつは、“報復している集団”とは彼と仲間のこと。自分たちを実験台にした連中に復讐するために、保安局の関係者を襲っていたのだ。
すでにシンにまで風聞が届いているとは意外であった。
「ただ、詳しいことはサッパリだぜ。で、それがどうしたんだ? 」
「ふむ、あなたなら聞いていると思ったのだが。私たちの“耳”は少しばかり良くてね。面白い資料を手に入れた。国家保安局に資金提供していた組織がある。
これを読んでほしい。そのうえで意見をきかせてくれないか」
シンが手渡したのは十数枚の報告書。
冒険者組合が研究費の名目で献金しており、その資金をもとにして、保安組織が【浸蝕するモノ】を含む魔物の実験をおこなっていた。
これらの情報は【聖母】から得ている。
ギルドが保有する魔造結晶体をハッキングして強奪したのだ。
困ったことにデータが膨大過ぎて、分析作業が追いつかない。あまりの量の多さに辟易してしまい、解析を補助人格の【ミドリ】に丸投げする。本拠地【岩窟宮殿】では現在も解析中だ。今回の資料は、交渉用にわざわざ調べてもらった。
ダミアンは書類を見て唸ってしまう。
「おい、これはマジか? 報告内容が本当なら冒険者組合は人体実験に加担していたことになる。しかも最近のことじゃない。それこそ十年以上も前からだぞ」
「その文書に記載していることは真実だ。入手経路は明かせないが、組合本部から得たものだから間違いはない」
冒険者ギルドは魔物研究をおこなっている。
連中の主な仕事は魔獣を退治することだが、対策のためにも調査研究は必要なこと。そこにはなんら問題はない。
ただし、一部の研究熱心な者が暴走した。
バケモノを利用すれば人間を強化できるのではと狂気のアイデアを思いついたのだ。その後、紆余曲折あって国家保安局との共同プロジェクトが開始された。
この情報にダミアンは考え込んでしまう。
報復すべき対象が増えてしまった。保安局は、自分たちを実験動物扱いした怨敵だし、当然、罰するつもりだ。
冒険者組合まで背後にいたとは想定外であるが、極悪非道な輩を見逃すなんて絶対にできない。罪を償わせるべきだ。
だが、攻撃対象を広げて良いものだろうか?
正直なところ、保安局だけでも手に余る。国家組織を相手に嫌がらせ程度のことはできても、ぶっ壊すなんて不可能。
さらに大陸にまたがる巨大組織が加わるのだ。敵は、各国が認める公の暴力機関だし、資金や人員なども豊富。
戦い続けても、やがて自分たちがジリ貧になるのは確実である。
もうひとつ、彼らには悩みがあった。
それは【浸蝕するもの】を体内に飼っていることの“副作用”だ。
いっぽう、シンは、ダミアンが隠し抱える問題を知っている。
で、最後のカードをきることにした。躊躇う相手に請負契約を受領させるためのとっておきだ。
「依頼を受けてくれるなら、あなたたちの問題を解決しよう。
不定期にやってくる暴食衝動に困っているのだろう? 普通の食べ物ならまだしも、人間を喰らいたいなんて欲求は絶対に実行できないからな。
私なら、その極悪な欲望を抑える薬剤を提供できる」
「な、なぜ知っている? 」
「言ったじゃないか。我々の“耳”は良いとね。
私は【浸蝕するモノ】研究の第一人者でもある。おぞましい寄生型魔物を発見し、駆除方法の開発にも成功した。
被寄生者にどんな症状がでるのかも調査済みだし、対処するための薬だって用意できるさ」
ちなみに、“耳”とは諜報部隊のこと。
彼が王都を離れる際、“よろず屋”への監視は続けるように指示していたので、暴食欲求のことも把握していた。
「さて、改めて問いたい。冒険者組合に対する調査を引き受けてほしいのだが? 」
「……、わかった。だが、ひと仕事ごとに請け負うか否かの判断をさせてくれ。選択権はこちらで持ちたい。それと契約金には危険手当をつけてもらえんか」
シンは、相手の申し出を了承した。
互いに折り合える条件を交渉して、基本合意に達する。
依頼内容は、冒険者ギルドの内部事情を収集すること。特に上層部や派閥については詳しい情報を要求した。
報酬だが、金銭以外にも各種サービスをつけ加えておく。
暴食欲求を抑制する薬剤だけでなく、定期的な健康診断をおこなう予定だ。ついでに、要望があれば寄生魔獣の駆除もおこなう。
少々、好待遇な気もするけれど、それでも充分な成果を得られるだろう。今後、長いつき合いになるのだし、強力で信頼できる外注先の確保は大切なのだから。
こうして、彼らは契約締結を済ませた。
商談終了後、シンはルナとツクモ族たちに語りかける。
「さあ、次のプランにとりかかろう。冒険者組合の連中が攻撃に気づく前に準備を完了させるぞ。地味だが、出血を強いる損害を与え続けねばな」
■現在のシンの基本状態
HP:66/66
MP:73/73
LP:23/42
活動限界まで、あと二十三日。




