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5-09.反撃開始


 砦街キャツアフォート。

 元コルベール男爵領にあった街だ。【邪神領域】の近くに位置しており、危険な魔物たちから人間の生活圏を守る最前線基地であった(過去形)。

 謎の伝染病が発生し、それを拡散させないために、領主一族が住人ごとまとめて封鎖を決定。完全放棄されてしまう。

 今では、バケモノどもが巣くう魔窟と化して……“いなかった”。

 ツクモ族がモンスターどもを徹底的に駆除したからである。


 いまは、土木工事用の多脚ゴーレムが動き回っていた。

 蜘蛛に似た巨体が焼け落ちた建物を突き崩し、別の場所では地面を均(なら)している。


 シンがいるのは作業小屋の一室。

 とある女性と面談をするために、ここへ立ち寄ったのだ。


 相手はペネロープ・ルーホン。

 陰で“堕ちた偶像”と噂されるA級冒険者である。先日の【岩柱砦】攻防戦で、彼女は自ら投降して捕虜となっていた。チーム・メンバーの助命を交換条件として各種情報を提供。

 現在は、捕えられた冒険者とともに虜囚生活を過ごしている。


「おっ、ようやく話がわかる人物のご登場だね。はじめまして、わたしはペネロープだ」


「ああ、よろしく。私はシン・コルネリウスだ。申し訳ないが、ゆっくりしている時間がなくてな。要件だけを伝える。

 貴女たちの捕虜生活は終わりだ。解放するので、どこに行ってもかまわない」


「ほう、ありがたいこった。まあ、食事もちゃんと出ていたし、のんびりとさせてもらったから不平不満を言うつもりはないよ。

 むしろ感謝しているくらい……いや、なにか企んじゃいないかい? 」


 ペネロープは疑念を口にする。

 シンの思わせぶりな態度を訝(いぶ)しがったのだ。以前から、捕虜の扱いに関して気にしていたし、用心深くなって当然だ。


 彼女が見るかぎり、捕虜は二つに区分できた。


 第一グループは、一般の冒険者たち。

 彼らは、冒険者組合の強制依頼で駆り出された。主な仕事は【邪神領域】での斥候や警戒役、ベースキャンプの設営など支援である。

 ちなみに【岩柱砦】への攻撃についてはなにも知らされていない。


 第二のグループは裏稼業の荒事師たち。

 連中は、シン殺害の依頼を請(う)けて、襲撃に参加した。多くは戦死しているけれど、一部は捕獲されている。


 捕まった者は全員、砦街へと送られたが、その扱いは明らかな差があった。

 第一グループは穏当な待遇。

 食事は充分な量が提供されたし、負傷者もしっかりと治療を受けている。限定された区画内ではあるが、自由に動き回ることが許されているくらい。かなり寛大な処遇だ。


 反対に、第二グループへの対応は厳しい。

 食事は一日一回。分量も少なくて死なない程度に最低限なもの。個別に独房に入れられて、個々の会話すらできない。

 しかも、ある日突然に姿を消してしまう。

 看守がどこかに連れ去っているのだが、何をされているのかは不明。誰も帰って来ないので、知りようがないのだ。


 唯一の例外はペネロープとチーム・メンバーのみ。

 いくら、“身の安全を保障する”と言われても、それを全面的に信じるほど、彼女はお気楽ではない。

 眼前に座るシンの言葉には、なにか裏があるのではと疑って当然であった。


「解放するってぇのは信じるよ。でも、どうにも素直に聞けないねぇ」


「気づいてくれて良かった。テストは合格だ。さすがルナが推薦しただけはある」


 シンは提案されていたのだ。

 ルナから、このA級冒険者を雇わないかと。

 彼としては、腕自慢なだけの冒険者は不要。逆に冒険者組合を相手にして上手く立ち回れる人物ならば契約したいところ。

 で、彼女と協議した結果、試験することにしたのだ。


 ペネロープは思わず眉をひそめる。

 知らないうちに試されれば不機嫌になるのも当然だ。


「もし、わたしが釈放されて真っすぐに帰っていればどうなったんだい? 」


「最低限でも依頼主から徹底的な取り調べ。最悪なら抹殺処理」


 彼は、その推測について解説をはじめた。

 解放されるのは、領都シュバリデンで活動する地元冒険者ばかり。

 共通しているのは、シンに対して恩義を感じていること。というもの“海神(わだつみ)の宝珠”騒動や伝染病騒ぎで、命を助けられたからだ。

 実際、今回の【邪神領域】への侵攻目的がシン殺害だと知らされると、彼らは大きく動揺している。


 逆に解放不可の者たち。

 それは【岩柱砦】を襲撃した冒険者。すなわち組合本部の依頼を請け負った裏稼業専門の連中だ。

 彼らは任務を失敗したうえに、全員が戦死したか捕えられている。依頼主である冒険者組合本部からすれば、攻撃の中核メンバーが未帰還な状態。


 そんな状況下で、ペネロープが帰還することになる。

 五体満足で負傷した形跡はない。チーム・メンバーとて一人も欠けることなく全員が無事だ。依頼主は疑うであろう。組合を裏切って、敵と取引したのではないかと。


「そういう訳だ。貴女が解放の話を鵜呑みにして本部に戻れば、どうなっていたやら」


「チッ、逃げ場なしかよ。判った。アンタらの依頼は受けてやる。ただし、お代は高くつくよ」


「ああ、報酬は心配しなくてよい。見返りは金銭だけではない。君たちは組合から脅迫されているか、弱みを握られているのだろう? 諸問題を我々で解決してあげようじゃないか」


 ペネロープは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 シンの指摘は図星であったからだ。彼女自身を含めて、チーム・メンバーは莫大な借金を背負わされているだとか、身内を人質に取られている。

 それが後ろ暗い世界に“堕ちた”原因だ。


 実は、他にも取引に応じる裏稼業者がいるとのこと。

 あとで聞かされたが、シンは“脳みそしぼり”をしたのだと言う。言葉の響きからして、碌でもない所業であろう。

 彼は、捕虜たちを丹念に調べあげたうえで、条件適合者に契約を持ちかけたらしい。いっぽうで品性愚劣な連中は処分したとも。


 ペネロープは同意するしかない。

 そもそもが選択肢なんて皆無。提示された条件は都合も良かったし、組合の汚れ仕事にはウンザリしていた。迷わずに依頼を受けることにする。


 シンは損はさせないと断言した。

 冒険者ギルドのような阿漕(あこぎ)な取引ではなく、あくまで対等な関係での条件だとも付け加える。


「依頼内容についてはルナから聞いてくれ。申し訳ないが、私は席を外させてもらう」


 彼は、”あとは任せた”とルナに告げて部屋をでた。

 彼女たちは知り合いだし、一緒に仕事をしたこともある。上手く話をまとめてくれるだろう。ペネロープへの依頼は、組合本部に関しての情報収集だが、すぐに活動させるつもりはない。

 それよりも、彼女たちのトラブル除去を優先する。先に誠意を示したうえで、後でシッカリと働いてもらおう。


 小屋の周辺は工事で騒がしい。

 幾台もの多脚ゴーレムが忙(せわ)し気(げ)に動いていた。今、おこなっているのは旧砦街を軍事要塞化するための作業である。


 先日、シンは戦略立案を指示した。

 命令を受けたのは三賢人。

 シキミ・リキニウス(インテリ・ヤクザふう、微乳派)。

 センダン・クラウディウス(筋肉モリモリ巨漢、巨乳派)。

 カンナ・プブリリウス(完璧美人さん、苦労人)。

 ツクモ族の代表三名である。


 彼らは配下の専門家とともに入念な検討を重ねる。

 その結果、完成したのが作戦計画書。基本戦略はもちろん、各種戦術や人員、費用、タイムスケジュールなども考慮したプランであった。

 シンは最高責任者としてコレを承認。

 以降、作戦要員を選抜して一斉に活動を開始した。


 実行計画のひとつが、砦街の軍事基地化である。

 奇襲攻撃を受けて破棄した【岩柱砦】に替わるものを建設するのだ。都合の良いことに、街は魔物どもが支配したままで、人間側は奪還できていない。ならばと、こちら側でさっさと横取りした。


 もちろん治外法権の領域だ。

 ここはシン陣営の支配地であり、外部の人間は侵入不可。冒険者だけでなく、貴族や他の組織も完全に排除する。

 当然、警備体制も見直した。先日の【岩柱砦】のように奇襲されるなんてヘマは、もうゴメンだ。


 並行して人間社会への経路を複線化する。

 今までは【邪神領域】から砦街を経由して領都シュバリデンまでのルートだけであった。不便なので複数経路の開拓を決定。

 現在、人外魔境の大森林では新しい中継点を設営中だし、各所で前線基地の建設もおこなっている。


 情報戦もはじめる。

 手始めに、解放する捕虜たちへの事情説明をおこなう。

 これは非常に簡単だ。シンが、彼らに真実を語るだけで良いのだから。伝えるのは、本当にあったことばかりだし、嘘偽りを混ぜる必要もない。事実だからこそパワーがある。

 最初期は、組合への影響は微々たるものであろう。

 だが、それで充分だ。現場の冒険者たちが組織に対して不信感を持つだけで構わない。小さな穴でも、やがて大きな堤防をも決壊させるのだから。


■■■■■


 領都シュバリデン。

 元はコルベール男爵領の首都であったが、いまは別の貴族が支配している。新しい領主の統治能力は低くて、治安は悪化するばかり。昼夜関係なしに物騒な気配が街を覆っていた。


 シンは夜の港を眺める。

 夜空には月が浮かんでいて、海上はほんのりと明るかった。

 港湾内には幾隻もの帆船が停泊している。いずれの船も帆を折りたたんでおり、ゆったりと揺れるばかり。聞こえるのは波の音だけで、あたりはたいへん静かだ。


 背後から、連絡役のツクモ族が報せをもってきた。


「我が君。現場の制圧が完了したとのことです。目的の対象物も発見しており、キッチリと押収しました」


「うむ。ごくろうさま。では、モノを確認しようか」


 彼らは雑然とした倉庫街へと移動。

 目指す先は少々くたびれた感じの古い建物で、武装したツクモ族たちが出迎えてくれた。


 倉庫内には粗野な男どもが三十名ほど。

 全員、手足は縛られ、床に転がっていた。多くは怪我をしており、痛みで呻(うめ)くか悪態をついている。


「ちくしょう、こんなことしやがって。俺たちはガリアーノ・ファミリーだぞ。あとで酷い目にあいたくなければ、さっさと縄を解きやがれ」


 コイツらは犯罪者だ。

 密輸人と買取業者たちが密売取引をしていた最中に、ツクモ族が急襲をかけた。


 問題の物品がテーブルのうえに並んでいる。

 それは小さな紙袋。防水加工を施しているうえに蝋で厳重に封をしてあった。


 シンが袋を破くと、拳(こぶし)ほどの塊がコロコロと出てくる。


「なるほど、生アヘンか」


 麻薬の中間加工物だ。

 ケシの実の表面を削り、滲(にじ)みでる汁を乾燥させたもの。これを精錬加工すると阿片(アヘン)になる。

 多くの国で使用禁止されている違法ドラッグだ。

 禁制のヤバイ品を入れた紙袋は、木箱にギッチリと詰め込まれており、箱が全部で十二個もある。


 末端価格で金貨数千枚の値がつくらしい。

 たいした金額だ。ちょっとした町の年間生産額に匹敵する。

 尋問で判明したのは、大陸東方の国々からわざわざ運んできた品だという。しかも麻薬取引には領都を支配した貴族がからんでいるとのこと。

 いやはや、この国の支配層は腐っている。


 シンは、控えていた作戦実行の小隊長に声をかける。


「任務ごくろうさま。あと、破落戸(ごろつき)どもの本拠地はどうなっている? 」


「すでに制圧は完了しています。裏金や貴金属類なども強奪しました」


「なるほど。作戦は順調だな」


 彼はニヤリと笑う。これで小道具は準備できた。

 さあ、冒険者組合への反撃を始めようか。

 我々を理不尽に襲ったことを後悔させてやるぞ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:66/66

 MP:73/73

 LP:31/42


 活動限界まで、あと三十一日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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