5-08.戦略と戦術について
会議室の雰囲気は微妙な感じであった。
シンとルナは遅れて入室したので、なぜそんな空気になっているのかは分からない。
テーブルを囲んでいたのは三名。
男性二人が熱心に議論を交わしている真っ最中。
女性一人は頭を机に落として、“わたしは無関係”とばかりに耳をふさいでいる。
壁際に控えていた女官たちは、ものすごく不機嫌であった。筆頭女官のタチアを含めた全員が、男どもを“馬鹿じゃないの”と睨んでいる。
ただし、男性ふたりは討論に夢中だ。
まわりから咎めるような視線にさらされているのに気づいていない。
男のひとりは、シキミ・リキニウス
第一印象はインテリ・ヤクザである。
見てくれは優男ふうなのに、目つきが鋭すぎるのが欠点だ。身体つきは、ほっそりとしているけれど華奢ではない。鍛えぬいて無駄な筋肉がないが故に細くみえてしまうだけ。着やせするタイプだったりする。
「彼の古典派哲学者によれば、“美しさ”の絶対基準はイデア界にこそあり、この現実世界においても普遍的なものだという。
しかしながら、ものごとの本質を視覚や触覚といった五感では認識するなんて不可能だ。ゆえに、潜在意識の発露である心眼で直感し、さらに知識と学習によって想起するしか認知できない。で、私が考えるに…… 」
対する男の名前はセンダン・クラウディウス。
筋肉モリモリの大男だ。ガッツリとした体躯と丸太のような腕と脚。太い首のうえにはゴツイ頭が鎮座している。
ただ、顔つきが妙に愛嬌があって、じつは女性の隠れファンが多い。
筋肉の塊みたいな身体からして脳筋タイプかと思いきや、知的な会話ができる人物だったりする。
「はあ? なに世迷いごと言ってるんだ。仮にイデア界があるとしてもだな、人間が認識できないモノに意味なんてありゃしねえ。俺たちが認知可能な現世界に“美の基準”をおくべきじゃねえか。
だからこそ形而下学があるんだよ。質料因、形相因、作用因、目的因の四原因を用いて、言い換えれば人の五感と経験によって把握できる範囲にこそ判断基準を設定すべきで…… 」
三人目は、カンナ・プブリリウスという女性。
キャリア・ウーマンふうの完璧美人さんだ。
整った顔つきなうえにスタイルが良くて、現代地球ならニューヨークの大手法律事務所に勤めるやり手弁護士といったところ。
ただし、今の彼女にはデキる女の雰囲気はない。というのも、テーブルに頭をつけ耳をふさいでいたから。
彼女は、入室するシンを見つけて助けを求めてきた。
「ああ、我が君。いいタイミングで来てくれました。馬鹿どもを叱ってやってください。くだらないことで延々と論争し続けているんです。もう、聞くに堪えなくって」
「うん? カンナはげんなりしているね。で、シキミとセンダンは、熱くなってなにを議論しているんだい? 」
インテリ・ヤクザとムキムキ筋肉の大男は、よくぞ質問してくれたとばかりに応える。
「私は微乳こそ最高と確信していますが、ヤツは大きいのが美しいと…… 」
「私は巨乳こそ最高と確信していますが、ヤツは小さいのが美しいと…… 」
「誰か、このバカどもを部屋から追い出して! 」
カンナが机をバンバンと叩いて、男ふたりを罵倒した。
会議室の隅で控えていたタチアや女官たちも同様に怒っている。
ルナも頭を抱えて床にうずくまった。
だが、非難された男たちはキョトンとしたまま。
なぜ自分たちが糾弾されているのか理解していない。女性たちの気持ちを考慮しないというか、無神経すぎて呆れるほどだ。
シンは、まあまあと宥めにかかった。
会議室の雰囲気が微妙だったのは、この会話のせいだったのかと納得もする。
たかが“おっぱい”の話で、こうも哲学的な議論ができるとは。コイツら、お利口さんなのかおバカなのか判断に苦しむ。
「なるほど、美しさの基準について論じているうちに『認識論』にまで発展したのか。議論のテーマについては少々疑問を感じてしまうけれどね。
判断基準についての合理的探求として考えるなら、君たちの議論展開には感心するよ。
ならば、私としては違った観点からの価値判定を提案しよう。それは『生物学』視点からのアプローチだ」
「ほほう、興味を惹かれる切り口ですね」
「面白そうな討議になりそうですなぁ」
「さすが我が君。議論に参加したうえで、コイツらを説教するのですね」
シンは、皆が落ち着くのを確認して語りはじめた。
「私の故郷では『進化論』という学説がある」
生物は進化する。人間も例外ではない。
ホモ・サピエンスを遡ればアウストラロピテクスへ。さらに源流を辿ればサルによく似た哺乳類へと行きつく。
この祖先生物には、人間女性のような大きな乳房はない。
サルと同じように四足歩行するので、胸が大きいと邪魔になってしまうためだ。
彼女たちの発情期サイン。
それは“お尻”に現れる。臀部が膨張して赤く腫れて目立つのだ。
優秀な子孫を残すために、オスたちの視線をガッツリとあつめて興奮させるためのもの。四足で生活するサルにとって、ヒップは目の高さにあるのだし、位置も合理的であろう。
だが、ヒトが直立歩行へと移行すると状況は変わってしまう。
【ヒップ・サイン】は無意味になってしまった。
理由は、アピール効果が低下したため。なにしろ、臀部は下半身なうえに背面なので、オスどもの視野に入りにくい。
代わりに発達したのが乳房だ。
サイズは大きくなって、形もお尻のようにふっくらと丸みをおびてくる。乳頭も目立つように赤くなった。彼女たちの胸部は、性的魅力を発揮するために変化したのだ。
ちなみに、膨らんだバストは哺乳するにはあまり具合は良くない。哺乳瓶のような形態こそ最適である。
シンは、人間の進化を面白おかしく説明した。
前提知識がない者でも関心を引いてしまう語り口調だ。会議室にいたツクモ族たちは、進化論なんて初耳であったけれど、その内容はみんなの好奇心を刺激する。
いよいよ話は最期の締めへと至った。
「ここまでが前振りの話だ。で、私の主張を言おう。
女性の魅力は“おっぱい”ではなくて、“お尻“が原点なのだよ! 」
「シンのばかぁ~。最後まで真剣に聞いていたわたしは愚かだったわ! 」
ルナは、彼の頭を思いっきり叩く。
しかもハリセンで。材質は厚めの画用紙で由緒正しい造り。どこで、そんな知識を得たのかは不明だ。
男三人はそろって正座をさせられた。
彼らは抗弁しようとしたのだけれど、あっさりと降参する。女性たちの物凄い権幕に圧倒されてしまったのだ。
激怒したのはルナやカンナばかりではない。
会議室の隅に控えていたタチアや女官全員が、寄って集って、バカ男どもを説教した。長時間、正座していたせいで、足が痺れて動けなくなったのは、当然の結果である。
茶番が終わって、ようやく会議がはじまる。
議題は、冒険者組合への反撃についてであった。
報復措置をとることは、全員が賛同したのだけれど、その内容について意見が別れる。
ルナは意外にも過激な主張。
冒険者本部にカチコミをかけて、関係者全員を抹殺しようと強く訴えた。彼女は【岩柱砦】にいた当事者であったし、仲の良かった者たちを幾人も失っている。怒り心頭であったのだ。
「あんなヤツら、絶対に許さない。とことんまで追い詰めるべきだわ。もう根絶やしにしましょう」
対するシンは慎重。
「首謀者に罪を償わせるのには同意する。しかし、最後の落としどころが不明確なままで実行するのには反対だ。まず戦略と戦術の両面を検討すべきだろう」
「ふう~ん、戦略と戦術ねぇ。たまに聞く言葉だけれど、なにがどう違うのかしら? 分かりやすく教えてほしいわ」
シンは了解したとうなずく。
故郷の古典にあった話だと前置きして語りはじめた。
■■■■■
場所は大陸の東側。
国が幾つも興っては滅亡する春秋戦国時代。
とある国の王が隣国を攻めようと計画を企てました。
それを知った宰相は、地方視察にでていましたが、急遽引き返してきます。理由は主君を諫めるため。
ただ、直接的に否定すると罰せられる危険があります。あれこれ考えた末、彼は婉曲的に王様を説得することにしました。
「ご報告いたします。各地の状況は問題ありませんでした。王のご威光が地方の隅々にまで及んでいるおかげでしょう。
ついでに土産話をひとつ。都に戻る途中で気になる商人と出会いまして…… 」
宰相は、その者との会話で色々と考えさせられたのだと語りだす。
『おお、商人殿。久方ぶりですな。壮健そうでなによりです。で、行き先はどちらまで? 』
『これはこれは宰相様、ご無沙汰をしております。じつは、大きな商いの話がありましてな。これから南の港街へ赴く予定です。
そのために、わざわざ新しい馬車を買い求めました。かなりの出費でしたが、じつに乗り心地がすばらしい』
『ほう、それは良い買い物をしましたなぁ。
しかしながら、道を間違っておいででは? 貴方が向かっているのは北ですよ。このままでは鉱山都市へ行ってしまいますが』
『いえいえ、大丈夫です。馬車を曳く馬たちが立派ですから。
若くて体力もあってグイグイと重い荷物を運んでくれるので、すぐに南の港街へ到着しますよ』
『なるほど、確かにすばらしい馬ですね。しかしながら、目的地は逆の方向です。戻ったほうが宜しいのでは? 』
『ご心配なさらずに。なにしろ、一流の御者を雇いましたからなぁ。
彼に任せていれば、馬車を上手に操ってくれるので安心です。ちゃんと港街に着きますよ』
『ええ、見るからに優秀そうな御者ですね。
でも、繰り返しになりますが、商人殿は道を誤っています。悪いことは申しません。早く街道をお戻りなさい』
『アハッハッ。宰相様は心配性ですなぁ』
結局、商人は忠告を無視して北のほうへと向かいました。
宰相は、説得できませんでしたと残念そうに語り終えます。
そのうえで、主君に問いました。問題の商売人はどうなったと思いますかと。
王様は答えます。
「南の港街に到着するのは不可能であろうよ。なにしろ正反対の方向へと進んでいるのだからな。
ましてや、新しい馬車や立派な馬、有能な御者と揃えておれば、ますます目的地から遠ざかるばかりだ。準備したモノが優れているが故に、それが逆に仇になってしまう。なんとも愚かしいことよな」
宰相は、さすが王様だと褒め称えた。
その見識たるや諸国の主君たちよりも頭ひとつ抜きんでているとも。
称賛されて気分が良くなった主の姿を確認して、彼は本題にはいることにする。
「さて、ここで確かめておきたいことがございます。
貴方さまの願いは、国を草民が安心して豊かに暮らせる場所にすることでしたね?
これを実現させるために、我ら家臣は懸命に働いてまいりました。荒れ地の開墾をすすめ、交易を盛んにし、侵略を防ぐために軍備も整えました。
今までの施策は成功しており、他国からも羨ましく思われるほど。成果はすべて、すばらしい王のおかげでございます」
王様は、急に話題が変わったことに戸惑います。
とはいえ己の業績を高く評価されているのですし、中断させることもあるまいと、黙って話を聞くことにしました。
いっぽうの宰相は、ここが勝負どころと覚悟をきめて意見を述べます。
「そのご主君が、大義名分も利益もない戦争をなさろうとする。
これは、先ほどお伝えした“商人”と同じではありませんか。
『南の港街』へ行くと言いながら、実際は『北の鉱山都市』へ向かうようなもの。
隣国との戦いは、王の目的である『民が豊かに暮らせる国』とはまったくの正反対。それどころか、貴方様の願いをぶち壊すものでしかありません。
どうか、出兵計画は中止してくださいませ」
王様は他国への侵略計画を取りやめました。
宰相の指摘をもっともなことだと納得し、彼の讒言を聞きれたからです。
■■■■■
上記の説話で例えると次のようになる。
戦略は、目的地を【港街】と定め、街道を南へ進むこと。
戦術は、馬車や馬などを準備し、それらを上手に使うこと。
戦略は戦術の上位に位置する。
戦略レベルで誤りがあれば、戦術レベルでどんなに頑張っても無駄な努力に終わってしまうのだ。
シンは会議室にいる者たち全員に告げる。
「君たちツクモ族はたいへん優秀だ。でも、皆の“力”を単なる復讐に使うのには反対する。そんなことをすれば、先刻の“商人”と同じになってしまう。私はね、諸君らを見当違いな方向へと進ませる愚者になりたくない」
彼の考えは、まずは明確な戦略目的を設定すること。
組合本部に殴り込みをかけて、誰彼かまわずに害するのは非生産的すぎる。双方に大量の死傷者がでて、泥沼の消耗戦に突入するだけだ。
なによりも、大切な仲間たちに無意味なことをさせたくない。
「戦略目標として『冒険者組合を手にいれること』を提案する。
アレを潰してしまうのは勿体ない。大陸全土に支部や拠点を持つ組織なのだから、これを手駒にしよう。
もちろん、連中の首脳陣は退場させる。そのうえで我々に攻撃をしかけた責任者たちの首は刈り取るぞ」
正確にいうと、彼が求めるのは組合の情報収集能力。
組織そのものを支配したいワケではないし、運営に関わるなんて面倒だ。
彼本来の目標は、自分の寿命を延ばすこと。
だから、今まで錬金術や薬学、魔法など幅広い知識を収集してきた。
今後も継続するつもり。さらには古代遺跡や迷宮にも調査範囲をひろげる。未発見の文献や研究書物もあるはずだ。
そのために冒険者の組織を利用するのだと、会議参加者に説明した。
ただし、これは表の目的である。
上記とは別に裏の目的がある。
神々に対する用心のためだ。
シンは、ときおり神や大精霊からの仕事を請け負う。
実際には【神告】で無理やり押しつけられるのだが……。
たいていはワン・ショットで完結する内容だし、報酬も良いので、きっちりと依頼をこなしていた。
ただし、妙に気になる案件がある。
ツクモ族にかかわるものだ。
シンは、彼らを錬成する知識を【謎の上位階梯者】から授けられた。いま現在もツクモ・シリーズを創り続けている。
彼らを増やさねばという奇妙な使命感にかられているのだ。
どうして、こんな熱意が湧いてくるのか不思議で仕方がない。
で、シンは秘かに疑いをもつ。
自分は意識誘導されているのではないかと。
【謎の上位階梯者】は、彼になにかをさせるつもりだ。
そのための準備がツクモ族であろう。
彼らの身体は頑強無比だし、全員が魔法を使えるというバケモノみたいな集団。大陸でも最上位クラスの戦力なのは確実だ。これほどの世界有数の戦闘集団が、シンの眷属になっているのは、なにか理由があるはず。
でも、それがなにか全く見当もつかない。
この疑念を解くためのヒントが欲しい。
だから幅広く情報をあつめたいのだ。
冒険者の組織は大陸中に支局や拠点を置いており、たくさんの国からニュースや知らせが集まってくる。連中の情報網を利用できれば、【謎の上位階梯者】の狙いが判るかもしれない。
シンは、裏の理由を隠したままツクモ族たちに告げる。
「諸君らに頼みたい。私たちが冒険者組合を配下におく計画を立案してほしい。条件は、なるべく人間を殺さないこと。最終的には我々のために働く人材だからね。
ただし、【岩柱砦】攻撃を命令した者や関係者は例外だ。必ず罪を償わせよう」
「はっ、了解いたしました」
もうすぐ、冒険者たちとの戦いがはじまる。
■現在のシンの基本状態
HP:66/66
MP:73/73
LP:40/42
活動限界まで、あと四十日。
シキミ(インテリ・ヤクザ)は微乳派。
センダン(筋肉モリモリ)は巨乳派。
シンは、まさかのお尻フェチ。(# ゜Д゜)!!
※宰相と商人のお話について
話の元は中国古典から。
たしか『春秋左伝』だったとおもいます。知っていれば誰かおしえて!
本作での記述は筆者がアレンジを加えていますが、その主旨は同じ。
二十世紀、中国のお偉いさん方との会話では、この手の古典教養は必須でした。
でも、今世紀にはいると、彼らは拝金主義に染まってしまい、含蓄のある話ができる人が激減。なんとも嘆かわしいことです。




