5-03.A級冒険者
ルナは前傾姿勢で前へと突っ込んだ。
敵が振り下ろす剣を躱しつつ、刃で相手の腹を切り裂く。男は苦悶の表情を浮かべて倒れるけれど、彼女には確認する余裕はない。
別方向から凶刃が迫ってきたからだ。
己の長剣を、襲い来る攻撃の軌道上にそっと置く。
ふたつの武器が浅い角度で接触。金属同士がこすり合わさる音とともに、敵方の両刃剣はあさっての方向へとズレる。
絶妙な“受け”のせいで、冒険者はバランスを崩してたたらを踏んだ。
ほんの一瞬、それこそ一秒にも満たないコンマ何秒でしかないが、無駄なアクションは致命的な隙である。
スルリと剣を軽く滑らせた。
“力”はいらない。身体をひらく流れにまかせているので、腕の筋肉はやわらかで弛緩したまま。余計な力みはいっさい不要だ。
鋭い刃が侵入者の頸動脈を切断。
ヒューと笛を吹くような異音がして、男の首筋から血が勢いよく噴き出した。相手はなにか叫ぼうとしたが、気管に入り込む体液のせいで声がでない。
ルナは、敵方冒険者の背後にまわる。
ソイツの左手を背中側にひねって関節を極めて倒れることを許さなかった。無理やり引き起こした男性を盾にして、少しばかり向きを変える。
その先には短銃を構えた女がいた。
持つのはフリントロック式、いわゆる先込め式単発の鉄砲だ。
連射はできないし、銃砲身内にライフリング加工をしてないので命中率は悪い。はっきり言えば使い勝手の良くない武器である。
それでも至近距離から鉛玉をくらえば、ただでは済まない。当たりどころが悪ければ死んでしまう。避けるにこしたことはない。
銃声がした。
身代わりの男に命中。
被弾した大柄な体躯はビクンと跳ねる。弾丸は丈夫な革鎧に穴をあけ、太い血管を引き裂きながら身体の重要な臓器を破壊した。先刻まで、男冒険者はかろうじて生きていたけれど、このダメ押しの攻撃で絶命する。
ルナはスローイングナイフを投擲。
男の陰に隠れての攻撃なので、完全に相手の死角になっていた。短銃を撃ち終えたばかりの女冒険者は対応できるはずもない。
狙い違わず腹部に突き刺さる。
女は訳が分からず呆けてしまった。
銃で敵を倒したはずなのに、なぜか自分の腹にナイフがくい込んでいるのだ。現状を認識できなくて、短剣とルナを交互に見やる。
しばらくして、自分の怪我を自覚。
慌ててナイフを引き抜こうとするが、手が思うように動かない。不意にその場に崩れ落ちた。うつぶせになった体躯の下から、ゆっくりと血が広がってゆく。
ルナが斃した侵入者は三名。
要した時間は一分間にも満たず、まさに秒殺である。
彼女は【超戦士】と呼ばれる存在だ。
魔力を身体にまとわせて肉体機能を強化できる。見かけこそ嫋やかな女性だけれど、強烈なパワーと驚異的スピードで相手を圧倒するのだ。
しかも高度な格闘技術を持っている。
一般的な【超戦士】だと、並外れた体力にものをいわせて力押しするタイプが多い。
しかし、彼女は違う。ごく人並みの“力”だけでも、敵対者をあっさりと倒す技量を有しているのだ。
そんな人物と対戦すれば、優秀な冒険者であっても敵うはずもない。
侵入者の三人はマスクを装着していた。
毒ガスから身を護るためのモノだ。
先ほどまで【岩柱砦】に充満していた有害物質のせいで、すでにたくさんのツクモ族が死傷している。
補助人格の【ヤマブキ】が強制排気してくれて助かった。
砦全体の空気を入れ替えていなければ、碌な抵抗もできぬままに、砦を制圧されていただろう。
ルナは念話で作戦指令室に報告する。
『地下二階の南側三番通路にいた侵入者三名の排除を完了。ほかの場所の状況をおしえて。応援要請があるなら、すぐに行くから』
『敵排除の連絡を受領しました。ご質問のありました現在の状態は次のとおりです。侵入者は地下層に分散しています。砦の一階から最上階までには敵は存在しません。
なお、再生処理室の前に防衛ラインを形成して、冒険者たちの撃退に成功。指令室は硬殻兵士を含む歩兵小隊が完全掌握しています。負傷者については順次、安全なところへ後送中です』
どうやら事態は好転してきたようだ。
前半戦は一方的にやられっぱなしであった。有害ガスを空気中に散布されたうえに、襲撃に気づかないままに守備側は個別撃破されている。
だが、今は逆転しつつある。
強制換気で建屋内の空気を清浄にした。【念話ネットワーク】を活用して、現在は組織的に対抗中だ。
また、硬殻兵士を投入したことも大きい。
冒険者どもの武器は通用しないのだから。剣や槍などの武器はもちろん、マスケット銃モドキの火器でも跳ね返す。魔導師の放つ攻撃魔法であっても、高い耐性防御力を誇るゴーレムは歯牙にもかけないのだ。
さらにツクモ族は圧倒的な戦力である。
彼ら全員が魔法を使えるし、戦闘経験も豊富。行使する破壊力は凄まじく、自分たちよりも巨大な魔物どもを一撃で打倒するほど。
さすがに人外魔境の大森林で生活圏を構築しているだけある。ちゃんと実績に裏付けられた実力があるのだ。
まあ、そんな彼らにも欠点はある。“力”が強すぎること。
事実、岩柱砦での防衛戦では魔法行使を制限している。
理由は自分たちの拠点を破壊する恐れがあるから。ほんとうなら全力で侵入者どもを排除したいのだけれど、フル・パワーでの魔法発動は禁止だ。
やむなく、敵排除の方法は限定的になる。
肉弾戦で物理的に制圧するか、ソフトな魔法でやんわりと相手を撫でるくらい。
これでは、時間がかかってしまうのも当然のことだ。
ルナは、つくづく思ってしまう。
シンと眷属たちは制御能力を鍛えるべきであろうと。
なんでもかんでも、強引な力業で課題解決するのは良くない。彼らは人間社会に入り込んで、錬金術やその他の学術知識の獲得を図っているのだから。
ごく一般人のなかで活動するつもりなら、適切な力加減を学ぶ必要がある。
作戦指令室のオペレーターから念話がはいった。
『三〇三班から応援要請がきています。侵入者から交渉の要望があるとのこと。相手は、ルナさまを直接指名しており、会談したいと言っているようです。いかがしますか? 』
守備隊が判断に困っているらしい。
彼らは敵を追い詰めて、さあ鎮圧しようかとしていた。その直前に、敵方の冒険者チームから申し出があったのだとか。
相手は、ルナの顔見知りだと告げたという。
ツクモ族の独断で始末するワケにもゆかず、助言を求めてきたのだ。
どうにも釈然としなかった。
わざわざ人外魔境の大森林をくぐり抜けてやってくる襲撃者なんぞに、心当たりなんてない。いたとしても嫌みなヤツにきまっている。
会いたくないけれど、断ることもできなかった。
ルナは問題の現場へと移動。
助言を求めた守備隊に詳しく状況を教えてもらう。彼らが指さした先には、廊下をふさぐバリケードがあって、その奥に交渉を希望する者がいるらしい。
「わたしがルナ・クロニスだ。要件を聞くが、簡潔かつ手短にしてもらう。無駄に時間稼ぎをするつもりなら、すぐに会話を打ち切る」
「わかった。今からそちらに行くから攻撃しないでほしい」
ひとりの女が姿を現す。
木箱や机などを積み重ねた障害壁を越えて、出てきたのは二十代半ばくらいの女冒険者だ。
「久しぶりね、ルナ。こんな物騒な場所で再会するのは残念だわ」
「なるほどペネロープでしたか。なぜ、ここにいるの? 人外魔境の大森林にまでやって来たうえに毒ガスをまき散らすなんて、随分と無作法じゃないかしら。
嘘だと思っていたけれど、貴女が“堕ちた”という話は本当であったようね」
ペネロープ・ルーホン。
彼女はA級冒険者だ。さらに女性だけで構成するチームのリーダーとして活躍していた。数々の実績、高潔な精神などが理由で、他の冒険者から尊敬される人物でもある。
そんな彼女が裏社会に転向したとの流言がながれた。
金さえ積めば、盗みや誘拐、他人を陥れる捏造工作、あげくには殺人まで請け負うのだという。
多くの人は噂話を否定した。しかし、一部の事情通は事実だと密やかに肯定している。
ルナは信じなかったうちのひとり。
何度か一緒に仕事をしたことがあって、ペネロープの為人を知っていたことが理由だ。仲間には忠実だし、周囲への気配りも細やかである。大半の冒険者は粗暴で野卑だが、あの女冒険者は一線を画していた。
だが、今の状態を鑑みるかぎり、“堕ちた”という話は本当のようだ。
「交渉なんて時間の無駄よ。攻撃魔法のひとつでもぶち込んでしまえば、すぐに面倒ごとは終わるわ。なに、怪我をしていても丁寧に尋問してあげる。鞭をもちながらね」
「ちょっと、あなた、いつからそんな物騒な性格になったのよ。以前に共同戦線を張ったことだってあるんだし、もう少し穏便にできないかしら」
ペネロープは、ルナをなだめにかかる。
ただし、セリフ内容とは真逆で、態度は非常に落ち着いていた。慌てる雰囲気はまったくない。それどころか協議が成立すると自信満々な様子だ。
提示する条件内容に価値があると確信しているのだろう。
「こちらの要望は、わたしの仲間だけを見逃すこと。交換条件として、ここに侵入している他チームの情報を提供するわ。
忠告しておくけど、早く決断しないと手遅れになるわよ」
彼女の申し出は完全な裏切り行為だ。
しかし、“堕ちた偶像”であるペネロープにしてみれば、なんら痛痒を感じていない。優先すべきは自分と仲間の生命。他の連中の生死はどうでも良いと、言外で表明している。
ペネロープの言葉から察するに、侵入したのは雑多な集団だ。
軍隊のように統一された組織ではあるまい。実際、ツクモ族の反撃で個別撃破できているし、侵入者どもの連携はできていなかった。放っておいても、攻め入ってきた不埒者たちを全滅させるのは可能だ。
ただし、けっこう時間がかかるが……。
―――さて、どうしたものだろうか?
ルナは思案する。最優先事項はシンの安全確保だ。
ペネロープが言う“潜入工作の専門家”が潜り込んでいるなら、早く発見せねばならない。
いっぽうで、どうにも不愉快だ。
理由は、冒険者に対して怒りがあるせい。
ヤツらが原因で、多くのツクモ族が傷つき死んだ。毒ガスで倒れ、刃物で刺されている。みんな親切で気立ての良いひとたちだったなのに。
大切な仲間を奪った悪漢どもには、それ相応の罰を与えねば。絶対に報復しないと気持ちが収まらない。
―――いけない。冷静にならないと。
ルナは深呼吸を何度もした。
正しい判断をしなければ、あとで取り返しがつかなくなる。けっして優先順位を間違えてはいけない。
ニヤけているペネロープは気にくわないけれども、虚言を弄する愚か者ではない。あの女冒険者は、無駄な駆け引きをしないタイプだ。提供される情報には価値があるはず。
「わかった。取引に応じる。貴女と仲間の生命は、わたしルナ・クロニスが保証するわ。ただし、武器の所持は認めない。おとなしくしていれば危害を加えないと約束する」
「よかった。まあ、あなたなら受け入れてくれると思っていたわ」
隠れていた別の女冒険者たちがバリケードからでてくる。
すなおに武装解除の指示に従って、武具や魔道具類を差し出した。ツクモ族たちが、女たちを安全な部屋まで後送。
例外はペネロープだ。
他の冒険者たちの情報を吐かせる必要がある。
ルナたちは別室へと移動した。
内心では、早く詳細情報を聞きたくて気が急いているが、表情にはださない。意識して泰然とした態度を維持する。
こちら側が優位な立場であることを示しておかないと、相手はつけあがってしまうからだ。
「では、話して」
「最初に言っておくけど、わたしたちは冒険者組合から命令を受けてきた。目的は、組合の魔造結晶体へハッキングをおこなった犯罪者の討伐。
連中は犯人をシン・コルネリウスだと断定しているわ」
ペネロープが経緯を語り始める。
補助人格【聖母】は念話ネットワーク経由で攻撃されて機能を停止した。
ただ、バーミリオン・ヒルという土地には【清浄なる娘】が控えていたのだ。
バックアップを担う結晶体が念信攻撃の通信処理をトレースしており、敵拠点の特定に成功。
そこは【邪神領域】のど真ん中という驚きの報告であった。
組合首脳部は、すぐさま情報収集を開始する。
コルベール男爵領の領都シュバリデンや砦街キャツアフォートなど、人外魔境の大森林に近い地域で、徹底的な聞き込み調査を実施した。
その結果、容疑者として浮上したのがシン・コルネリウス。
ギルドを強請った極悪人ということもあって、今回の犯行はシンだと断定したのだ。
「【聖母】が機能停止する前代未聞の大事件よ。帝国や商業連合だって不可能だったのに、野良の錬金術師が成功させるなんて未だに信じられないくらい。
それにしても組合総長が顔を真っ赤にして激怒する姿は面白かったわ。クソ親父がメンツを潰れたって、ほざいてさ。
でもね、陰では胸がスッとした者が多いんじゃないかしら」
ペネロープは痛快だと言って笑った。
どうやら彼女は組合トップを嫌っているらしい。
いっぽう、怒り心頭の総長は報復を決定。
ただし、討伐は計画段階ですでに大赤字であった。
なにしろ危険な【邪神領域】の奥地にある敵拠点への攻撃なんて、ふつうの冒険者では実行できない。
優秀な人物への依頼は高額なのだ。補足するなら、裏稼業の専門家を使うのは、もっと金額を上積みせねばならない。
しかも一定数以上の数を揃える必要があった。人数が少ないと作戦成功どころか、実行要員の生還すら不可能なのだから。
それでもギルドは金よりもメンツを優先する。
「そんなこんなで、わたしは奇襲に参加したワケ。複数チームによる合同作戦なんだけれど、メンバーに偵察や監視に特化した“蟲使い”がいてね。ソイツが昆虫を利用して、この砦のことを調べあげたのよ。だから、内部構造や人員配置のことなんかも把握しているわ」
驚くべき内容である。
すでに冒険者組合は【岩柱砦】のことを調査済みなのだ。
連中の実力を舐めていた。しっかりと下調べをおこない、綿密な計画を組み立てている。ルナたちが後手にまわったのも当然のこと。
同席していたツクモ族も動揺していた。
彼らは砦の警備役として真面目に働いていたのに、敵の侵入を許していたのだ。役立たずと非難されても言い返せない。
ペネロープの話はつづく。
「わたしのチームは陽動よ。できるだけ守備側の注目を集めるのが役目なの。で、本命は潜入工作のヤツら」
そいつらは希少な魔道具を所持しているらしい。
“らしい”と表現したのは、彼女も詳しい機能を知らないため。ただ、どんなに注意していてもスルリと警戒網を突破するとのこと。とにかく、驚異的な実績を誇っているのだとか。
「連中はどこにでも忍び込める。目的はシン・コルネリウスの殺害。対象者の居場所もキッチリと特定しているわ。はやく逃げたほうが良いでしょうね」
「ふん、問題はないわ。彼には優秀な警護役がついているから大丈夫よ。でも、情報提供には感謝しておきましょう。
この後は、貴女の仲間がいる部屋へ移ってもらう。歓待はできないけれど、不自由はさせないわ」
ルナは虚勢を張って強気な返答をした。
震える手をテーブルの下に隠しての発言だけれど……。
早くシンのところに行きたいが、ペネロープの前では狼狽える態度を見せてはいけない。
こちらが不利だと判断すれば、このA級冒険者は反旗を翻す可能性だってある。絶対に油断できない相手なのだ。
ルナは、ツクモ族に囲まれて移動するペネロープを見送る。
その姿が完全に消えてから、念話で作戦指令室に呼びかける。
『ちょっと連絡したいのだけれど…… 』
『ああ、ルナさま。回線が通じてよかった。緊急事態です! 地下三層の再生処理室に敵が侵入しました。現在、戦闘中です! 』
■現在のシンの基本状態
HP:---/205
MP:---/236
LP:---/145
目下、再生処理中




