5-02.奇襲
ルナは念話で問いかける。
『ヤマブキ、聞こえる? 』
『はい、感度良好です。ご用件をどうぞ』
相手は補助人格の【ヤマブキ】。
岩柱砦を統合管理する魔造結晶体だ。数か月前、シンが本拠地の【岩窟宮殿】から苦労して運びこんできた。目的は、冒険者組合に対してハッキング攻撃をおこなうため。
その性能はすばらしく、人間社会において最高とされる【聖母】を圧倒するほどである。
『ねえ、【念話ネットワーク】はまだ機能しているのかしら? 』
通信手段は集団戦の要だ。
皆が連携して戦うのと、各個人がてんでバラバラに抵抗するのとでは雲泥の差がある。既に砦内部に敵が潜入しているのだ。不利な状況から逆転するには効率よく動く必要がある。
懸念しているのは、思念通信網が分断されていること。
もし、彼女が攻撃側ならば、初っ端に守備側の意思伝達手段を遮断する。
【ヤマブキ】の返答は“肯定”、つまり念話網は健在であった。
どうやら、襲撃者はそこまで手がまわらなかったらしい。これなら相手を撃退できるチャンスは充分にある。
彼女は、ツクモ族全員に対して念話で指示をおくることにした。
『全員に伝える。現在、【岩柱砦】は敵の攻撃を受けている。最優先で守るのは再生処理室と作戦指令室の二か所だ。各自の判断で行動せよ。
これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない。我々は襲撃されている。最重要施設を死守せよ! 』
伝えるべきは二つのみ。
混乱の原因と、為すべき行動だけを報せた。
いま、砦は混乱状態にある。みんな精神的に余裕がない。複雑なことを指示されても対応は不可能。
だから要点だけを単純明快に告げる。
冷静になれた者から順次、適切な判断をして必要なアクションをしてくれるだろう。
もう一つ確認すべきことがあった。
【ヤマブキ】なら教えてくれるはずだ。
『ねえ、シンは身体再生中なのよね。処理途中で目覚めさせることはできるのかしら? 』
『回答します。強制覚醒は可能です。ただし、お勧めはできません。これまでマスターが向上させてきたLP値に悪影響を与えるからです。もちろんHP値やMP値にも。
また、再生中断には実績がありません。理論構築は完了していますが、検証実験は未実施です』
『なるほど、やったことがないのかぁ。しかも、いままで積み重ねてきた寿命の延長期間を損なうのね。ちなみに、無理やり覚醒させたとして、彼が活動できるまでにどれくらい時間がかかるのかしら? 』
『推定ですが、約一時間から三十六時間といったところです』
随分と幅があるものだ。
まあ、初めてのことだし、予測値がブレてしまうのは仕方あるまい。正確な時刻を教えろというのは無理難題であろう。
ただ、シンが目覚める予定時刻が定かでないと、この先の対応に悩んでしまう。
どうしたものだろうか……。
シンを覚醒させるメリットとデメリットを比較してみる。
有利な点は選択肢が多くなること。
彼が目覚めて自律的に動けるなら、徹底抗戦であれ撤退であれ、こちら側がとり得る戦術の幅は広がる。
護衛対象自身が非常に強いパワーをもっている。そんな人物が易々と負けるなんて考えられない。
問題は、彼の寿命を縮めてしまう点。
ほかにも体力値や魔力量の激減が予測される。
彼が、十年ちかくの歳月をかけてコツコツと基礎数値を底上げしてきたのに、今回の件でその苦労をぶち壊してしまうのだ。
そんな酷なことはできない。さすがに気が引けてしまう。
とはいえ、優先すべきはシンを生き延びらせることだ。
死んでしまっては元も子もない。
生存していれば挽回のチャンスだって訪れるはず。彼を死亡させてしまうなんて最悪の結末を迎えるよりも、ずっとマシだ。
万が一のことを思えば“保険”をかけておくべき。
『強制覚醒を開始して。責任はすべてわたしが取るから』
『了解しました』
ルナは館のなかにはいる。
白い煙が薄っすらと屋内に立ち込めていた。視界が遮られているせいで、いつもの見慣れた雰囲気とはずいぶんと違う。かすかに異臭がするのは、なにか可燃物が燃えたせいだろう。
女性が倒れていた。
岩柱頂上にある屋敷を維持管理する女官だ。つい一時間ほど前に、食事の給仕をしてくれた人物である。
「ル、ルナさま…… 」
「だいじょうぶ? どこをやられたの? 」
女官は小さく呻くばかり。
息が苦しそうだし、意識が朦朧としていた。それでも懸命になにかを伝えようとしているのだが、口が麻痺してうまく言葉を発せられない。
ルナは異常を感じる。
いつの間にやら頭の奥のほうが痺れつつあった。なにか健康に悪いモノが喉の粘膜から浸透してくるようだ。長時間、この場に留まっていては身体の自由が利かなくなりそう。
「毒ガスか! 」
元凶は建物内にこもる煙だ。
わずかだけれど、妙に甘ったるい香りが空中に漂っている。生理的に受けつられない不快な匂いだ。種類は不明だけれど、確実に肉体に悪影響を与える物質が含まれているはず。
『【ヤマブキ】、緊急排気よ! 施設内の空気を全部入れ替えて。出力は最大で。砦の隠蔽措置は不要。外部にバレてもかまわない。とにかく有毒ガスの排出を最優先で! 』
『了解しました』
もし、岩柱を眺める人がいたら、奇妙な現象を目撃できただろう。
高さ三十メートルにもおよぶ巨大な岩石の柱から煙が噴出しはじめたのだから。あちらこちらからブオォと大きな音と共に風が吹き出てゆく。
なにも知らなければ、大地に突き刺さっている巨岩が破裂するのではと勘違いするだろう。
しかし、強制排気には問題もある。
盛んに燃えている炎に新鮮な空気を供給するからだ。
ルナの指示によって、毒ガスの脅威は低下したけれど、今度は火勢が強くなって延焼拡大するおそれがある。
『火事の状況をおしえて。できれば発生個所と規模をおねがい』
『回答します。その質問は間違っています。火災はおきていません』
『えっ? 』
ルナは、自分たちが騙されたのだと悟る。
不埒な侵入者どもは、こちら側を混乱させるために火災発生を装ったのだ。しかもご丁寧なことに毒性成分を含んだ気体をまき散らす悪辣ぶりである。
はじめから誤認識していた。
筆頭女官のタチアが勘違いしたように、最初は錬金術師がバカをしでかしたと思い込んでいた。身内の不始末なら、さほど危機を感じもしない。せいぜい火元を探して消火する程度のこと。
敵のことを認識していたなら、まったく別の対応をしていただろうに。
「ちっ、ずいぶんと洒落た真似をしてくれる。おそらく、攻撃者は冒険者組合ね」
連中には裏仕事専門のチームが存在する。
組織に不都合なことがあれば出張ってくる厄介な者どもだ。
けっして表にはでてこず、人知れず汚れ仕事をこなす。今回のような破壊工作からはじまって、請負殺人や諜報活動、買収、ハニートラップまでありとあらゆる非合法活動をするのだ。
「それにしてもヤツらを甘くみていたわ。【邪神領域】のなかにまで入りこんでくるとは思わなかった。【聖母】をハッキングされたことで、心底から怒ったのね」
【岩柱砦】の警戒網は人間を想定していない。
主な監視対象は魔物である。実際、冒険者たちは人外魔境の大森林に侵入してこなかった。だから、用心する必要がないのだ。
周囲に設置した感知器は露出したまま。隠すつもりはなかったし、注意していれば容易に発見できる。おそらく、ヤツらはセンサーを上手に回避したのだろう。
しかも、あたり一帯には自然にできた道がある。
この施設は人間社会に接触するための前線基地だ。地勢の関係上、文明圏へと至る経路は限定されていた。
シンとその一党が、頻繁に行き来しているうちに草木を踏みつぶし、地面を押し固めてしまう。足跡を辿れば、砦の位置を特定するなんて簡単なものだ。
「いや、反省は後回しだわ。なによりも、早く彼のところにいかなくっちゃ」
ルナは気持ちを切り替える。
今は行動すべきときだ。これまでの失敗を悔やむ時間はない。検証と改善は、あとでゆっくりとすれば良い。
彼女は階段をくだって砦内部へとむかった。
ぐったりしている女官には申し訳ないけれど、屋敷に残してゆく。
【岩柱砦】の構造だけれど、地上部は巨大岩石の内部をくり抜いて五層構造になっている。地下は三層のみ。でも、面積を大きくとっているのでけっこう広い。
シンを再生処理するための処置室や補助人格【ヤマブキ】が鎮座する作戦指令室など、重要機能は地底に集中していた。
砦内の白煙はずいぶんと薄くなっている。
強制排気が効いてきたのだろう。呼吸をしても不快な感じはしない。確実に空気中に漂う有害物質の濃度が下がっている。
このまま順調にゆけば、あと数分で完全に空気は入れ替わるはずだ。
倒れ伏した者が幾人もいた。
シンの眷属であるツクモ族たちだ。有毒ガスをたっぷり吸い込んで気絶している。いまの彼らは普通の人間と同じ姿形だ。
改造前の彼らなら、毒気にも平然と耐えることができたはず。
なぜなら、その身体は大理石のような硬質のもの。
一見するとゴーレムにも似た錬成人間であり、体躯は頑強無比の特別性であったのだから。
しかし、彼らは肉体改変の処置を受けていた。
構造は人類そのもの。だから毒物や麻痺などの状態異常にも反応してしまう。
それでも毒ガスに侵されても立ちあがる者はいる。
フラフラとしているが、ちゃんと意識もあった。
「ああ、ルナ様。やられてしまいました。我が君はだいじょうぶでしょうか? 」
「無理はしないでね。わたしは地下にむかうけれど、あなたは他の人たちを介抱してあげて」
彼女はこの場から去る。
時間に余裕があれば、彼らを助けてあげたいのだけれど、いまはシンの安全確保が最優先だ。冷たいようだが、負傷者たちを見捨てるしかない。
階段を下りつづけて、地上一階へと到達。
正面玄関の大ホールで幾つもの円筒缶をみつけた。筒の端っこに穴が空いていて、黒く煤けた跡がついている。
有毒ガスを発生させる魔導具だ。
まったくもって侵入者どもは厄介な道具を持ち込んでくれた。
ホールには戦闘の痕跡がのこっている。
いつもなら床はピカピカに磨きあげられているのに、現在は汚れて血だらけだ。細やかな装飾を施した壁には、大きなひび割れがたくさんあった。天井の一部は崩れ落ちており、床一面に瓦礫が散乱している。
「ああ、なんてこと。こんなにもたくさんの……」
たくさんの死体があった。
多くは砦の警備担当の者たちだ。
本来、ツクモ族は強い。
なにしろ、全員がなにがしかの魔法を使えるのだ。
しかも戦いに慣れている。彼らの本拠地は【岩窟宮殿】で、邪神領域の最深部にある。群れ為すモンスターどもをなぎ払い、自分たちの生存圏を拡大し続けているのだ。
この世界においてトップクラスの戦闘集団と評しても良かろう。
ただし、どんな強者でも不意打ちを受ければ脆い。
人間であれ動物であれ、無警戒なところに攻撃されれば、混乱して右往左往するばかりだ。ましてや、今回は有毒ガスによって身体の自由を奪われている。反撃する余裕もなかったであろう。
襲撃してきた連中は手強い。
戦闘において格上であるツクモ族たちを相手にして、一方的なワンサイドゲームを成功させているのだから。
「ごめんね。もっと早くに気づいていたら、こうもやられることもないだろうに。すぐに弔ってあげたいけれど、少しだけ待っていてね。絶対に仇をとってあげるから」
ルナは幾つもの遺骸を避けて歩みをすすめた。
■現在のシンの基本状態
HP:---/205
MP:---/236
LP:---/145
目下、再生処理中




