5-04.侵入者と魔道具
お待たせしました。
今年、最初の更新です。お楽しみください。
タチアは地下三層の再生処理室にいた。
毒ガスが漂っていた空間を無理やり走り抜けて辿り着いたのだ。
それは治癒魔法の使い手だからこそできる強引な方法。息をするたびに、肺胞が有害物質によって、やけ爛れるが、魔導の力で強制的に修復した。
無茶をとおり越して無謀ともいえる強行突破である。
幸運だったのは、途中で硬殻兵士と合流できたこと。
シンの眠る部屋へとむかう経路で、何度か敵と遭遇したのだけれど、ゴーレムが冒険者どもを薙ぎ倒した。魔造の戦士には有害ガスなんて効きやしない。
防毒マスクをつけた不格好な侵入者を排除しながら目的地に到達する。
彼女が着いたときには再生処理室での戦いは終わっていた。
主戦力は、部屋に詰めていた錬金術師たち。彼らの役目は魔導機器の管理と維持なのだけれど、戦闘ができないワケではない。
むしろ、錬金術も魔法もつかえる優秀な人材だ。ちょっと研究バカなところもあるが、怒らせると非常に怖い連中である。
そんな彼らは、襲ってきた馬鹿どもを一瞬で灰にしてしまった。
まあ、壁や廊下も黒焦げになったが、緊急対応であったので不問としよう……。
もうひとつ、幸運な点があった。
この区画の空気がきれいで、毒ガスの侵食がなかったこと。
空調システムが別系統であったのだ。【岩柱砦】は増築に増築を重ねていて、継ぎ接ぎだらけの構造になっている。
自ずと吸排気機構も後付け。意図してなかったけれど、ゴチャゴチャした造りが安全確保に役立ったかたちだ。
タチアは培養カプセルを眺める。
特殊溶液で満たされた容器のなかにシンが眠っていた。
いま、彼は再生処理中。数日前、LP数値が下限に達したので、延命の処置を施している。
その間、意識はなくて完全に無防備な状態だ。
「ああ、我が君。わたしの命に引き換えにしてでも、必ずや貴方さまをお守りいたします」
彼女は決意を口にする。
敬愛する主のためなら生命なんて惜しくはない。言葉だけでなく、実際にそのときが来たならば、迷うことなく己の身を投げ出すつもりだ。
そんな機会がやってこないだろうか。
この覚悟が本物だと証明できるのに。
わたしは、抱きしめられながら死んでゆくのだ。もちろん抱擁してくれるのはシン・コルネリウス。愛しの君は、自分のために涙をながしてくれる……。
いつの間にか、悲劇のヒロイン的な物語を空想していることに気づいて、思わず赤面した。我ながらバカだなと自嘲する。
気分を切り替えよう。いまは、甘い妄想に浸っている場合ではない。
念話で作戦指令室へ問いかける。
『こちら、タチア。現状はどんな感じかしら? 』
『だいぶ盛り返していますね。ちなみに、そちらの区画には戦力を重点的に配備中です。いまは防衛線がふたつですが、さらに三つ目を構築中なのでかなり安全になりますよ。なお、負傷者は安全な場所へ後送中です』
返答してくれたのは男性の管制官だ。
彼によると、タチアのいる部屋に至る通路は、侵入者を通さない鉄壁の防衛線を敷いているとのこと。
また、指令室も硬殻兵士を含めた歩兵小隊が掌握していた。毒ガスの強制排気も間もなく終了する予定だ。
どうやら侵入者を排除できそう。
前半戦は一方的にやられっぱなしであったが、ここにきて戦いは拮抗してきた。時間が経過するにつれて、状況は守備側が優勢になるはず。
もともと地力では、こちらのほうが優っているのだ。
たかが冒険者、しかも魔法を使えない普通の人間ごときに、してやられるツクモ族ではない。岩柱砦に攻め込んできた罪を必ず償わせる。生きていることを後悔させてやろうではないか。
「とはいえ、不届き者の成敗は他のひとに任せるしかないのよねぇ。わたしたちの務めは、主さまをお守りすること。それこそが、我ら“だけ”の栄誉だもの。みなさんも同意してくれるでしょう? 」
タチアは同僚の【特務女官】たちを見やった。
彼女らの仕事は、マスターが快適に日常生活を過ごせるように整えること。職務の範囲には主の安全確保も含んでいる。
この任務は、器量良しなだけのメイドでは担えない。いざとなれば、襲い来る敵を退ける戦闘技術と覚悟が求められるのである。
彼女の問いかけに、女官たちは“是”とうなずいた。
当然だ。敬愛する主君の傍に控えていることに比べれば、冒険者どもを蹴散らす業務なんてゴミのようなもの。
どちらを優先するかだなんて悩む必要すらない。
“あの御方”の笑顔こそが、彼女たちの勲章なのだから。
タチアは改めて室内を見渡した。
再生処理室にいるのは特務女官と錬金術師だけ。他の戦闘要員は室外で待機している。
理由は、遠慮したというか憚りがあるため。
シンは再生治療を受ける際に全裸になる。ただ、崇拝する者の裸姿をおいそれと晒す訳にはゆかない。そんな配慮もあって入室者を厳選していた。
代わりに心強い警護者がいる。特別護衛兵士の【ゲンブ】だ。
シンが、この世界で初めて目覚めたとき、つまり十年ほど前から、彼を守護している最古参のゴーレムである
もともとは旧型の岩石兵士であった。それを幾度も改造を施して特別仕様の護衛役に仕立てあげたのである。
タチアの主は、【ゲンブ】に深く感謝していた。
理由は、亡き母君であるアウレリア・コルネリウスの棺に花を捧げ続けてきたから。その期間は、なんと五百年以上。
命令したのは、父君のルキウス・コルネリウス。
なんとも甘くロマンチックな願いではないか。ただ、指示した本人とて、数百年ものあいだ、このゴーレムが野山に咲く花々を摘み、霊廟で献花を継続するとは想像しなかったけれど。
岩石兵士は意志を持たない。命じられたことを実行するだけ。
それでも、五世紀にわたって同じ仕事を黙々と続けてきたのだ。まこと尊敬に値する行為であろう。
タチアは、しげしげと特別護衛兵士を見やった。
「我が君が、あなたを大切に……、えっ? 」
突然、ゲンブが剛腕パンチを放った。
しかも、何も“ない”空間にむかって。
バキッと凄まじい音がする。なにかが鉄拳で殴られたのだ。
強打されたソレは、テーブルの上の機器や錬金用の道具類をガシャガシャとなぎ倒しながら壁に激突。
ひとりの冒険者であった。
頭蓋骨は半分ほど吹き飛んでしまい、灰色の脳漿が露出している。身体がピクピクとうごいているが、それは不随意運動であって意味のある動きではない。もう助からないだろう。
タチアは、張り倒された男を見て叫ぶ。
「チッ、侵入者よ! 女官は培養カプセルの周りに集合して。絶対に我が君をお守りするの。錬金術師は誰でもいいから外の警備役たちをすぐに呼ぶように」
彼女は死体を観察する。
撲殺された遺骸には奇怪しいな点がふたつもあったから。
違和感のひとつめ。
冒険者の身体が上半分しか見えていない。
胴体が真っ二つに切れている訳ではないし、ちゃんと下半身は存在している。薄布のようなものが被さっていた。それが腰から下の部位を透明にしているのだ。
目を凝らして調べると、薄っすらと下肢が視認できる。
完全に透明化しているワケではない。でも、なにも知らない状態であれば、気づかないであろう。
「なるほど、これは魔道具の一種ね。【不可視化被膜】とでも表現すれば良いのかしら? 」
違和感のふたつめ。
死体をよく観察しようとジッと見つめるのだけれど、なぜか集中力が続かない。意識が逸らされてしまうのだ。
しっかり確認するつもりなのに、ついつい他のことを考えてしまう。
元凶は、黒い金属製の背嚢。
この奇妙な物体から、なにやら魔導術的な怪しい波動が放たれている。それが彼女の精神活動に影響を及ぼしているのだ。
「黒箱が原因か。たぶん【認識阻害】のアイテムよね。知識としては知っていたけれど実物は初めてだわ。それにしても不格好な形だこと。重いし携帯性も悪そう。なによりも欠点がある」
欠点とは、ゴーレムには効かないこと。
この魔道具の機能は、人の認識力を鈍らせるもの。
つまり、対象は人間なのだ。だから、意識や精神を持たないゲンブを欺くことは不可能。まあ、高性能な特別護衛兵士なんて人間社会にはないのだし、対策なんて考えつかなかったはず。
死んだ冒険者は、欺瞞不可能な相手がいるとは知らなかったのだろう。
それでもツクモ族は騙されてしまう。
事実、特務女官や錬金術師たちは侵入者に気づけなかった。全員に注意を喚起すべきであろう。
『作戦指令室、こちら筆頭女官のタチア。再生処理室に敵が侵入しましたが、撃退には成功。なお、連中は【認識阻害】と【不可視化被膜】の魔道具を所持しています。人間の五感では発見困難ですが、硬殻兵士なら発見でき…… 』
再び、鈍い音がする。
タチアが背後をみると、ゲンブが鉄腕を振っていた。
先ほどと同じく、なにも見えない空間にむかって、太い棍棒のような腕を豪快にフルスイングしたのだ。
不可視のナニかがボールのように転がる。
室内にある錬金術用の機器類を弾き飛ばしながら姿を現したのは女性冒険者。なんとか即死は免れたようで、ゲーゲーと胃液を吐き出している。
続けて悲鳴があがった。
声の主は女官のひとりだ。切りつけられたようで、肩から脇にかけて裂傷ができている。同僚たちが、あわてて倒れた彼女を介抱しようと駆け寄ったが……。
タチアは思わず叫んでしまう。
「カプセルから離れてはダメ! 女は陽動よ。主さまを守って! 」
侵入者が室内に隠れ潜んでいたのだ。しかも二人。
ひとりは、囮役になって意図的にゲンブの注意を引く。
残るひとりが女官を切りつけて、培養容器に近づいた。
姿を露わにした男が短銃二丁を構える。
それは元込式単発の銃。右手に持つひとつを再生中のシンに向けていた。
「全員うごくな! ジッとしていろ。ちょっとでも変なことしやがったら、ズドンといくぞ」
―――主君を人質にとられた!
その場の空気が一瞬で凍てつく。
女官や錬金術師たちが、氷の像と化してピクリとも動けない。
彼らの視線は、冒険者とカプセルに固定したままだ。迂闊な行動をすれば、取り返しのつかない結果を招いてしまう。
そんな予感が、ツクモ族たちを縛りつけた。
脅迫した男は、タチアたちの態度に気を良くする。
「そうそう、それでいいんだよ。お前ら、壁際まで退きやがれ。ゆっくりとだ」
ソイツの台詞は勝ち誇っていたが、身体はボロボロ。
もう半生半死の状態である。額が割れて赤い血が流れ落ちているし、衣服はところどころ焼け焦げていた。時おり上腕が痙攣して、短銃の狙いが定まらない。
男は、切りつけた女官に反撃されていたのだ。
剣を振るったとときに、カウンターで火炎魔法の攻撃を受けてしまった。
そのせいで、隠蔽の魔道具も機能停止。ほんとうなら、姿を消したまま仕事を済ませる予定であったのに。計画通りにはゆかないものである。
「ふ~ん、これが賞金首の錬金術師かぁ。冒険者組合が史上最高の報奨金をかけたにしちゃ、ずいぶんと優男だぜ。もしかして組合総長の専属男娼だったりしてなぁ。嫉妬に狂ったおっさんと、逃げる美青年ってか? 笑えるぜぇ。ウヒャハハハッ~ 」
脅迫者の卑猥なセリフは続く。
もう聞くに堪えない言葉ばかりだ。
これにタチアはブチきれてしまった。
彼女にしてみれば、大切にしている宝物が泥だらけの手で穢されるようなもの。まさに冒涜された気分だ。
彼女は、常に冷静な人物であった。
ただし、崇拝するシンのことになると一変して感情的になってしまう。平時なら笑って済ませられるが、いまは非常時。しかも、主君を人質に取られた状況で怒りを露わにするのは非常にマズイ。
だが、怒りのエネルギーは分別を吹き飛ばした。
「我が君からはなれろ! 薄汚い冒険者。その御方を侮辱するのは許さないわよ! 」
「うるせぇ。黙れって言ってんだろうが」
男が発砲した。
鉛玉がタチアに命中。
まぐれ当たりもよいところだ。侵入者は負傷しており、片手で短銃を持つことすら覚束ない。十発撃って一発が標的にヒットするか否かというぐらい低い確率なのに。
不運にもタチアは被弾して床に倒れこんだ。
うつぶせ状態になった身体の下には真っ赤な血だまりが広がってゆく。
そんな瞬間にルナが到着。
すばやく状況を把握して、適切な言葉を口にした。
「銃を離して投降しなさい。おとなしくするなら命は助けるわ。無事にここから逃がしてあげるわよ」
「うるせぇ! 俺たち兄妹は三人そろってチームなんだよ。兄貴は逝っちまったし、妹だって半分死にかけだ。自分もくたばっちまうだろうよ。もう、冒険者組合の命令だとか懸賞金とかどうでもいいんだ。とことんまでやってやるぜぇ」
冒険者の目は狂気の光で満ちていた。
気絶しそうなのに、膨れ上がる怒気のおかげで意識を保っている。
残る一丁の短銃を構えた。
狙う先は培養カプセル。そのなかには再生処理中のシンがいて、まったくの無防備な状態。
一発の銃声が響く。
培養容器のガラス部分が割れて、爆発が生じた。
■現在のシンの基本状態
HP:---/205
MP:---/236
LP:---/145




