4-24.ハッキング(後編)
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
クロス・チェックをしていても、ミスはなくせないものですね。
冒険者組合総本部の地下空間は緊張に包まれていた。
彼らは防衛戦、正確にはハッキングに対抗している真っ最中。
オペレーターたちは底知れぬ不安を感じている。
というのも、絶え間ない波状攻撃がずっと続いているからだ。【聖母】への不正接触はよくあるのだけれど、今回は従来のものとは全くの別物であった。
既に敵の攻撃は八回目。兵力は百二十八体。
地下泉の上に水でできた小鬼どもが蠢いている。これは、非正規接続する側のパワーを表現するために、【聖母】が水属性魔法で形成したモノだ。
迎え撃つのは水塊の兵士。総数は二百六十体。
防衛側の勢力を意味している。組合総本部の方針として、常に敵側の二倍以上の戦力を投入することになっていた。今回の第八次迎撃戦において二百体以上の兵力投入だ。
なお、この時点で戦士たちの縮尺が変わっている。
第七次迎撃戦までは、水製戦士たちは高さ三十センチほどであったが、いまは約十センチにまで縮小していた。
理由は、戦いの規模が大きくなったため。
敵味方合わせて四百体にも及ぶ戦闘を表現するには、ここまでスケールを変化させる必要があったのだ。
地下泉の周囲にいるオペレーターたちは不安そう。
「なあ、誰か教えてくれ。なぜ、敵は攻撃のたびに軍勢を二倍ずつで増やしているんだ? 戦力の逐次投入なんて無駄だろうに。一気に攻め込めばいいじゃないか」
「わかりません。ただ、この波状攻撃を見て連想できるのはストレス・テストですね」
「おいおい、世界最高の魔造結晶体である【聖母】に負荷試験だと。どこのどいつか知らんが、随分と世間知らずなヤツだな」
そうこうするうちに迎撃戦がはじまる。
水の兵士たちは小鬼どもを包囲、ヤツらを袋叩きにして勝利した。この程度の敵数ならば負けることはない。
普通ならひと安心するところだが、できなかった。次の攻撃が予測できてしまうからだ。
やはり第九次攻撃がはじまる。
相手の総数は二百五十六と、相変わらず倍々ゲームのように増強していた。
ちなみに、【聖母】が保有する戦力数は三千。この調子で敵性勢力が増大してゆくなら、近いうちに味方の数を凌駕する。
「敵はどこまで増えるんだよ。敵兵力が二倍増の法則を維持してゆくなら、いずれ一千単位を越えてしまうぞ」
「通常の業務はすべて中止させろ。全部のリソースを防御にまわすんだ。急げ! トロトロしていると間に合わないぞ」
「すぐに朱色の丘の【清浄なる娘】に応援要請をだせ。【聖母】だけでは防衛ラインを突破されてしまう。今回のハッキングは異常だ。かつて我々が経験したことのない勢いで敵軍がくるぞ」
システム部長は総力戦の準備を命じた。
こうも波状攻撃が続くとイヤでも悟ってしまう。
今回の非正規接続は、いままで帝国や商業連合がおこなってきたものとは、まったく次元が違うのだ。場合によっては守りを突破されてしまう。
関係者に緊急招集をかけて、長く苦しくなるであろう戦いに備えた。
最初のハッキング攻撃から十二時間が経過。
不正接触は十三回目をむかえる。
敵の戦力は四千九十六と、律儀に前回の二倍の兵力をそろえていた。
対する防御側は三千で、これが最大兵力数である。
つまり、今次防衛戦で敵味方の兵力差が逆転したのだ。
地下泉のうえで疑似戦闘がはじまる。
水属性魔法で形成した兵士と小鬼たちが正面からぶつかり合った。
ただ、守備する側の戦い方が変化している。
先刻までは敵の撃退を目的にしていたのだけれど、今回は負けないための戦術へとかえたのだ。
水塊の軍団兵は隊列を組んで方陣となる。
最前列が崩れそうになると、その戦列が後退、後方に控えていた兵と入れ替わる。まことに手堅い。それでもジリジリと守勢側が押されてゆく。
まあ、実際には人間が戦ってはいない。
魔造結晶体が疑似的戦闘を表現しているだけだが、それでも地下管制室に居並ぶ職員には戦況が的確に伝わる。
今は負けてはいないが、このままではジリ貧だ。
泉の端っこに第三勢力が現れた。数は一千体。
ものすごい勢いで突っ込んで、小鬼どもの軍勢を崩す。
「やった、朱色の丘からの援軍が間に合ったぞ」
「ああ、【清浄なる娘】が来てくれたのね。これで勝てるわ」
【清浄なる娘】。
冒険者組合が保有する補助人格のひとつだ。
古代魔導帝国の遺跡から発掘された結晶体で、世界第二位の性能を誇るとされる。“失われた技術”の塊であり、いま現在の技術や知識では製造は不可能な代物だ。
彼女の役割は、【聖母】の補助とバックアップ。
さらに今回のような緊急事態に応援役として機能する。ちなみに“朱色の丘”とは【清浄なる娘】が設置されている土地のことである。
応援を得た守勢軍が反撃にでる。
これまで防御に徹していたのだが、最前列の兵士が小鬼の群れを中央突破して、敵を分断した。さらに後続の戦列兵が敵右翼を、応援部隊が敵左翼を包囲して、憎っくき鬼どもを全滅させる。
「やった! 撃退した。守り抜いたぞ。我々の【聖母】は世界最高なんだ。どんなヤツが来ても返り討ちさ」
「ああ、待って! 新たな不正規接触がありました。第十四次攻撃。総数は八千百九十二」
「なんてこった! やっぱり、こちらの戦力の二倍を投入してきやがった。このままじゃ突破されてしまうぞ。なにか現状を打開できる案はないのか? 」
泉の表面に小鬼の軍勢が姿をみせる。
反対側には水の軍団兵たちが陣を構えていた。
戦士たちのサイズがさらに縮み、大きさは三センチほど。
敵味方合わせて兵数一万を超える戦いを表現するには、ここまでスケールを縮小する必要があったのだ。
守勢側四千、攻撃側八千が激突する。
互いの中央部が真正面からぶつかる。両翼に位置する部隊は、相手の側面を回り込んで背後へと抜けようと試みていた。
個々の兵士の力量は同等。採用する戦術も似たようなもの。
となると、もう数が多いほうが有利な展開となってしまう。
戦況は守勢側の不利なまま推移。
しかし、水の兵士たちは徹底的に抵抗した。この戦いが本物の人間であれば、敵前逃亡するような状態なのだが、【聖母】の軍団はけっして屈しない、あきらめない。
それどころか反撃までおこなった。
手堅く守りをかためるだけではなく、隙をみてカウンター攻撃をしかける。あっぱれと称賛しても良かろう。
それでも数の差は明らかだ。
時間が経過するにつれて水塊兵士がどんどんと減ってゆく。
「いかん、もう全滅してしまう。組合間の念話ネットワークを緊急遮断しろ! このままでは【聖母】がハッキングされてしまう。魔造結晶体の記録倉庫に侵入される前にシャットダウンするんだ。」
「ダメです、遮断できません! 回線の制御が奪われています。複数の伝達回路に強制接続……、いや、非常用回線まで乗っ取られました」
「最終防壁が突破された! 敵が第一階層の情報庫にとりついている。第二から五も同様。ああ、なんてことだ。最重要の機密庫が開錠されました。冒険者組合のデータ群がすべて外部に流出しています。阻止できません」
地下管制室は騒然となる。
鉄壁だと思っていた守りが破れてしまったのだ。彼らが世界最高であると信じていた【聖母】が負けたのだからショックは大きい。
しかも、機密情報まで漏れ出る始末。
組合には隠しごとがたくさんある。
冒険者稼業なんて綺麗ごとだけでは済ませられない。大陸全体で事業展開しているうえに、百年以上もの長期間を事業継続しているのだし、外部に知られては都合の悪い記録が山のように積もっている。
その秘密がすべて漏洩したのだ。もう大失態である。
「ああ、どうしよう。組合の秘匿データが悪用されれば、各国の政治バランスが崩れてしまうぞ。下手をすれば戦争がおきてしまう…… 」
「そ、そんなことってあり得るんですか? だって昔の活動記録や帳簿に価値なんてないですよね」
「お前は馬鹿か。情報は、使い方によって人を生かしたり殺したりするんだよ。ましてやマザーの情報庫には列強各国と結んだ秘密契約やら、裏稼業の記録がわんさかとあったんだぞ。それがどこの誰かも判らんヤツの手に渡っちまった。
この先、なにがおきるが見当もつかん。おい、本部役員会へ緊急報告だ。すぐに対応策を検討するぞ」
システム部長は、呆然自失する部下たちを叱りつけた。
やるべきことはたくさんある。【聖母】はハッキングされてしまったけれど、これで勝負が終わったわけではない。
敵の正体は不明だが、必ずどこのどいつだか明らかにしてやる。
こうも大規模な不正アクセスをしたのだから、それなりに痕跡は残っているはずだ。時間をかければ追跡だってできるだろう。
「冒険者組合を舐めるなよ。絶対に復讐してやるから待っていやがれ」
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【岩柱砦】の作戦指揮室には魔造結晶体が鎮座している。
補助人格の“ヤマブキ”だ。
名前の由来は淡い山吹色の光を発しているから。彼女は、本拠地の【岩窟宮殿】にいる“ミドリ”と同型の結晶体である。
「敵の最終防衛ラインを突破しました。相手方の情報格納庫の仕様を解析します……完了。情報群は六つに分割した状態で格納されており、それぞれに機密の程度によって区分しています。これより各倉庫の開錠を…… 」
室内にはたくさんの管制官が働いていた。
彼らツクモ族たちはコンソール席に座って、制御パネルを操作しながらハッキングの進捗状況をチェック中だ。
「相手側の情報総量は約五万単位。【岩柱砦】の情報庫に納まる範囲内です。今からデータ転送を開始します。終了予定時刻は…… 」
「冒険者組合の補助人格について中間報告です。先方の魔造結晶体の通称は【聖母】、演算処理能力はおよそ三千単位。これとは別に【清浄なる娘】と呼ばれる補助体が存在しており……」
「コピー作業の第三十工程が完了。伝送途中のデータ欠損はありません。並行して確認プログラムをはしらせましたが、すべて正常です。計画していた目的は達成しました」
シンは、管制室の後方に設えた座席に腰かけている。
忙しそうに働く管制官たちの様子をずっと眺めるだけ。この場で彼がすることはない。細かな作業は眷属のツクモ族が担ってくれるのだから。
彼に期待されているのは、作戦完了の宣言と関係者への労いの言葉がけだ。
「みんな、ご苦労さま。たいした問題もなく本作戦は無事に終了した。懸念されていた逆接続や不慮の事故がおきなかったのは、諸君らの働きが大である。改めて感謝したい。ありがとう」
冒険者組合へのハッキングは大成功だ。
今回の作戦で獲得できた情報量は膨大である。
例えるなら、現代地球における多国籍企業の基幹システムから全データを抜き取ったようなもの。しばらくの間、分析作業だけで手いっぱいになるだろう。
入手した情報の分野は多岐にわたる。
冒険者たちの活動記録からはじまって、各国の政治情勢や地理、歴史。第一身分の聖職者たちの歴代リストや、第二身分の王侯貴族たち家系図や領地の経営状況など。また、列強各国の秘密情報や支配者階級たちのスキャンダルなどもあったりする。
おもしろいところでは、迷宮のデータもあった。
なかには古代魔導帝国の遺跡がダンジョン化したものもあるらしい。いずれは、それらを発掘するもの一興であろう。
もちろん、錬金術や薬学の情報はガッツリ獲得している。
取得した知識や技術は膨大なので、研究や検証に時間がかかるけれども、LP数値を引きあげることができるはず。
ルナが近寄ってきた。
あれこれと思案しているシンに声をかけてくる。
「どうやら上手くいったみたいね。おめでとう。これで貴方の目的である『寿命を延ばす』ことができるのかしら? 」
「ああ、たぶんね。しばらくの間は解析作業で忙しくなるだろうが、期待は充分にできる。それに君が求める『人生を終わらせる』に役立つ技術知識も含まれているとおもう。ゴールに向けて一歩前進だ」
「ええ、是非にそうあって欲しいわ」
シン・コルネリウス。
彼は【導灯を掲げる者】であるが、錬成人間としては不完全で稼働可能期間は短い。そのため己の寿命を延ばすために奔走していた。
ルナ・クロニス。
彼女は【月の彷徨人】として数百年間も生き続ける者。人生に疲れており、安息を得るために“死”を望んでいた。
彼らは互いに好意を持っている。
しかし、その想いを告白しない。
なぜなら、彼らは“生”において対極の関係であり、相手に対して引け目を感じていたからだ。相手を傷つけたくない。嫌われたくない。
いまは現状維持だけでじゅうぶんだ。
■現在のシンの基本状態
HP:205/205(更新198→205)
MP:236/236(更新210→236)
LP: 42/145(更新120→145)
活動限界まで、あと四十二日
第四章の終了です。
最後のお話「ハッキング」のために、ずっと以前から複数の伏線を用意していました。
例えば、冒険者組合の通信用魔道具を回収する。他に多額の預金を組合口座にいれるだとか、横領されてしまうなど。
ただ、ここまで話が長くなるとは思いませんでした。
ストーリーを構想(妄想)するのは楽しいのですが、実際に書くのは苦労ばかり。しかも、『ハッキング』は中継点でしかないという、とんでもない状況。
自分の文才のなさを嘆いてしまいますね。
次から第五章がはじまります。
物語の展開を考えるため二週間ほど更新が中断する予定です。
暫しのあいだ、お待ちくださいませ。




