4-12.よろず屋ダミアン
シンたちは、冒険者組合の建屋を出た。
今回は横領事件についての事情説明で終わっている。
しかしながら、先の見通しは悪い。横領された金が戻ってくるかは微妙なところ。
「もう、ギルドに対する評価は最悪だな。総本部で働く職員があの程度とは……。組織全体の品質はかなり低いと思って良かろう」
組合担当者があまりにも酷すぎた。
“食べカス”男は、ほんとうに性格がねじ曲がっているのだ。そんな人間が問題処理の担当だとは呆れるばかりである。
高級ホテルに帰ると、客が待っていた。
支配人から聞かされて、訪問者がいるというラウンジへ移動する。
そこにいたのは、見知った老人であった。
「グレゴワール翁か、ひさしぶりだな」
「おう、元気そうじゃな。巷の噂では、コルベール男爵領で亡くなったと言うとったがの。でも、儂は信じなかったぞい。お主は、そう簡単に死ぬタマじゃなかろうて。ウハハッ」
グレゴワール翁。
彼と出会ったのは砦街キャツアフォートだ。
あの街で、最近の錬金術を教えてもらった。
以降、【バケモノ病騒ぎ】や【海神の宝珠奪還】などで、行動を共にしている。
ふたりの関係は、年の離れた悪友といった感じ。
最初の頃は、老錬金術師を目上の者として接していた。
いまでは平気で悪態をついたりする。
このご老人、かなり軽い性格だ。
“くそジジイ”呼ばわりされても怒らない。むしろ、無遠慮な態度のほうが嬉しいみたいで、ウヒョヒョと奇妙な笑い声をあげたりする。
なんとも、ひょうきんで“できた人物”なのだ。
シンも、ついつい気軽な会話で応じてしまう。
「で、何をしにきた? また騎竜に乗りたいとか」
「おお、それは良いのぅ。じゃが、次回のお楽しみに取っておこう。今回は預かりものを返しにきた」
その品々は、シンが放置したものであった。
彼は領都シュバリデンで毒を盛られてしまう。ルナの手助けで脱出できたが、すべての物資を捨て置いた。というか、命からがらで逃げるのに、余分な荷物なんて邪魔でしかない。
老人は、それら物品をこっそりと回収していたという。
「といっても、分量は少しじゃ。なんせ兵隊どもが、すぐに来よったからのぅ。軽くて高価なものか、他人に絶対に渡ってはならんモノだけを選んだ」
テーブルのうえに並ぶ希少品たち。
邪神領域産の錬金素材だとか、宝石の類。
そして魔法銃であった。
シンはなるほどとうなずく。
「たしかに、これは第三者には譲れないな。特にコルベール家や貴族なんかが、手にすると碌なことにならない。さすがグレゴワール翁。感謝する」
彼が開発した魔法銃。
前世記憶を元にして作った単発の元込め式銃だ。
参考にしたのはドイツ帝国のモーゼルM一八七一。
試作品の扱いなのだけれど、この異世界では画期的すぎる。
現在、一般的に流通しているのは、先込め式の単発銃のマスケット銃もどき。それと比較すれば、試作魔法銃は次世代の武器になる。
「なあ、くそジジイ。小銃を分解したよな? バラして弄りまくったはずだ」
「おう、やったぞぃ」
グレゴワール翁は、ふん反りかえって肯定する。
まったく悪びれる様子はない。
それどころか錬金術師として当然のことと言いやがった。
まあ、その意見には同意する。
仮に自分が同じような状況にあったら、必ず“やった”はずだ。バラバラにして内部機構やら、仕組みやらを絶対に調べまくる。
好奇心の権化みたいな人物が、我慢するなんて無理。
ましてや、眼前のアルケミスト《錬金術師》は年寄りのくせに、バリバリ第一線級の現役。やるに決まっている。
とはいえ、このままでは済ませられない。
相応の報酬を求める必要がある。
いや、それ以前に、くそジジイは強だ。何かを目論んでいるはず。
「なあ、爺さん。なにを企んでいる? 」
「ウヒョヒョ、やっぱりわかるか。敏いお主なら気づいて当然だの。でじゃ、コイツを儂らに預けてみんか?」
提案内容は、魔法銃を錬金術師組合に提供するというもの。
組合経由で小銃を世の中に広めたいそうだ。もちろん、技術料やら開発者の権利などは保証するとのこと。発明者に有利な内容で契約関係をまとめると断言した。
翁が話を持ちかけた理由。
根底には、第三階級(平民)が第一・二階級(教会・貴族)に対抗できる“力”を保有すべき、という考え。
たしかに身分の間には、越えられない絶対的な壁がある。
シンが一般市民だと仮定して、魔法使いと戦うとしよう。
最低でもマシンガンだとかアサルト・ライフルは欲しい。状況によっては遠距離用の狙撃銃。トラップ用に対人地雷なんかもがあれば心強いか。
「つまり、勝つためには強力武器がいる」
「おうよ。それほどまでに、一般人と魔導師には隔絶した差があるんじゃ。ゆえに、民衆に“力”を与えたい」
爺さんいわく、貴族階級者は選民意識を持っている
自らを神から選ばれた存在であると定義づけしていた。必然として、魔法をつかえない市民は、相対的に立場が低くなってしまう。
シンには、階級意識や選民思想が分からない。
過去世の感覚が残っていたからだ。現代日本は、法の下では誰もが平等だし、政治的な権力や義務に差別はない。
さらに、人類文明圏と接したのが短期間だ。
貴族と大衆の対立感情は、どうもピンとこなかった。
グレゴワール翁は続ける。
「儂ら平民は、魔導師に抵抗できん。だが、錬金術師は抗う。絶対に諦めたりはせん。熱心に研究し、魔導具をつくる。ひとびとの生活を豊かにしようと奮闘しているんじゃよ。
別に我らは反乱をおこそうとは思わん。ただのう、お国には、まっとうな政治をして欲しいだけなんじゃ」
老アルケミストは、穏当な治世を望んでいた。
王侯貴族たちが市民にやさしい統治をしてほしいのだと語る。
実際、王国ではそんな平穏な時代のほうが長かった。
だが、世は乱れつつある。
貴族間の派閥争いが激しくなっているからだ。
いまの支配者階級は、一般市民への配慮に欠けている。国を治めるという責任感が薄れてきたのだ。
だから、民衆には異議申し立てする”力”があってしかるべき。それを実現する方法のひとつが魔法銃なのだと、賢老は言う。
シンは考えを巡らせた。
早かれ遅かれ、元込め式小銃は開発されるはず。それに、彼の合意がなくても、ジジイは錬金術師組合に技術提供できる。
にもかかわらず、爺さんは律儀にスジをとおしたのだ。この点は高く評価するべきだとおもう。
「わかった。小銃は預ける。詳しい条件や契約内容も任せよう」
「おおう、ありがたい。恩にきるぞ」
試作銃を翁に手渡した。
ついでにサンプルの銃弾を三十発ほどつけておく。
弾頭は金属製の通常弾だ。さすがに魔法陣を刻み込んだモノは物騒すぎて提供できない。なにごとも、ほどほどなのがイイ。
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シンはカフェにいた。
ここが待ち合わせ場所なのだ。
彼がルナに、冒険者組合との折衝で代理人を探したのだと相談。すると、彼女が人を紹介すると、セッティングしてくれた。
喫茶店は、相手の指定による。
店舗スペースは建物内だけでなく広場の一部まで占有していた。いわゆるオープンカフェである。
「繁盛しているな。ショップもそうだが、街路も賑やかだ」
近世のパリに似た雰囲気だとおもう。
劇場が近くにあるせいで、利用客には俳優や劇場関係などが大勢いた。店全体が華やかなかんじだ。
カフェが王都で流行りらしい。
お店によって顧客層が異なっており、それぞれに特徴があるという。
画家や音楽家など芸術家系が集まる喫茶。
ほかに商人や投資家がばかりの場所。
作家や哲学者のたまり場だと、文学議論から政治論争にまで発展する。ときには乱闘騒ぎも。
話を聞いて、なぜかフランス革命を連想した。
革命で活躍した若者たちは、カフェ愛好家が多い。政治談議に熱中し、互いに切磋琢磨しあったのだ。
ジャーナリストや娼婦、没落貴族など職業も地位も違う。
けれど、共通していたのは若くて理想に燃えていたこと。若者特有の熱気で議論を繰り返し、最後には勢いあまって市民革命へと参加する。
歴史学者のなかには、フランス革命はカフェから生まれたと主張するほどだ。
若い男が杖をついて近寄ってきた。
「よう、ルナ。待たせたな。元気だったか? 」
「ひさしぶりね、ダミアン。急な呼び出しに応じてくれて感謝するわ。
紹介するわね。こちらが、今回の依頼主のシンよ」
「はじめまして」
互いに挨拶を交わす。
相手の男性は、自分は“よろず屋”だと自己紹介した。
簡単に言えば、便利屋的な仕事だ。たとえば、人材斡旋だとか情報の売買だとか、金になるものなら、なんだってやる。
前職は王国の兵士。しかも超戦士だったとのこと。
つまり魔法は使えないけれど、魔力を有する優秀な人材だったりする。
退役したのは、戦争で大きな負傷を受け、片足を失ったせい。
「おかげさんで、商いは順調だよ。初めは苦労してたが、ルナにいろいろと融通してもらってな。ずいぶんと助けられた。ホント感謝しているぜ」
「わたしにも都合よかったからね。まあ、お互いさま。気にしなくてもイイわよ」
彼女は、ダミアンに高評価をあたえていた。
いわく、“人を見る目”があるという。
幸運な人間とはお近づきになり、逆に危険な相手とは距離をあける。見極め能力は素晴らしく、傍で観察していると、本気で感心すると褒めた。
よろず屋も、その意見を肯定する。
なんとなく、対象者の為人”を嗅ぎ分けられるのだとか。自分でも犬みたいだと思うがなと、大きく笑う。
「話題が“人を見る目”ということでだが。
あそこに座っているペアだが、どう評価する?」
若い男女が談笑していた。
小さなテーブルを囲む彼らの年齢は、十歳代半ばといったところ。現代日本の感覚でいえば高校生あたりか。
男性の第一印象は、女誑し。
妙にスレており、笑顔は軽薄だ。手当たり次第に女性に声をかけまくっている感じがする。まあ、人間として底が浅いのが丸わかりだし、成功率は低そう。
娘のほうは、深窓の令嬢そのもの。
雰囲気は、清楚で可憐。会話の様子からして、慎ましやかな性格だろう。まさに絵に描いた”箱入り娘”である。
ルナは素直に感想を述べた。
「チャラそうな男が、純情な乙女を口説いている」
「やっぱり、そう思うか。でも、意外なことに違うんだな。アレは、ひとは”見た目”では判断できないという事例だよ」
ダミアンは、軽薄男について説明する。
あの若者は、とある法律家の令息で法律学校に通う学生さん。成績も優秀で将来を期待されている青年だという。
服装は、急ごしらえの俄かファッション。
若いときにありがちな、カッコよくありたい、悪ぶりたいという気持ちが、斜め上の方向へと発展した。
大人になれば、過去の汚点として残るわなぁと、ダミアンは笑う。
一週間前、チャラ男くんが、ひとめ惚れした。
もちろん、お相手は深窓令嬢。彼は毎日のように彼女と会っては、猛烈なアタックをしている。女のほうもまんざらではないらしい。
便利屋が、経緯に詳しいのは仕事だから。
依頼を受けて、青年の素行調査している真っ最中だ。
調査依頼主は令嬢の父親で、ずいぶんと世話になった人物だという。恩返しの意味も含めて、若者を無償で調査することにした。
「あの子が小さなときから知っていてなぁ。気分的には、俺は叔父さんなんだよ。娘っこに悪い虫がつかないか心配もあったし。よろず屋としちゃあタダ働きだが、たまには良かろうと調べたワケだ」
これまでシンは、ずっと黙っていた。
相手が、人間関係の機微をおもしろおかしく話してくれるので、ついつい聞き入っていたのだ。
ただし、彼はこの話題に爆弾を投げこんでしまう。
「たしかに、外見だけで迂闊な判断をいけないな。実際、対象の令嬢は妊娠しているし」
「えっ?」
「ち、ちょっと……」
ダミアンとルナは素っ頓狂な声をあげた。
ふたりは、理解できなかったようだ。
確かに言葉は聞こえたのだけれど、あまりにも想定外の内容だったせい。うまく頭脳が処理できておらず、混乱して立ち上がった。
まあまあと、なだめて二人を座らせる。
「件の女性は確実に懐妊している。どうやって知ったかは明かせない。特別な方法で判明したとだけ言っておこう」
先刻、彼は違和感を持ったので、確認したのだ。
ちょいと魔法の【収音】を指向性マイクのように使ってみる。
すると、鼓動が二つ。
ひとつは彼女自身のもの。
ふたつめは非常に小さな音で、音源は腹部から。
念のため【音響探査】を発動。
機能は、医療器具の超音波検査器と同じで、体内を検査できる。下腹部の子宮あたりに胎児の影がみえた。
胎児の心臓音が聞こえるのは、妊娠六週間以降。
つまり、最低でも一ケ月半以上前に深窓令嬢はヤッちゃたわけだ。
シンは、把握したことを丁寧に説明する。
「チャラ男くんが、彼女とであったのは一週間前。
確実に彼は無関係だ。赤ちゃんの父親は別にいる」
「えぇ……」
ダミアンの顔は白くなってゆく。
よほどショックが大きかったのだろう。
完全に“呆けている”と表現するのがピッタリな状態。なにしろ、自分が振った話題がとんでもない方向へ展開したのだ。混乱するのは当然であろう。
「信じられねえ……。あっ、ごめん。アンタを疑っちゃいねぇ。ルナから優秀な錬金術師だと聞いていたし、指摘された内容は本当だと思うよ。
はあ~、衝撃が強すぎて何と言っていいやら、さっぱりだ。
俺は、あの子が幼児のときから知っていてなぁ。にしても、彼女のお腹に赤ん坊がいるとなると、父親にどう説明したらよいか……」
よろず屋は、衝撃の事実に頭をかかえる。
深窓令嬢の印象は、花も恥じらう乙女。
しかし、その実態は未婚の妊婦さんである。
ギャップが激しすぎだ。まさに“ひとは見かけによらない”の典型的な事例であろう。
彼は、あたふたと席をたった。
申し訳ないが日を改めさせてくれと言って、娘の両親の元へと向かう。さすがに見過ごすのは無理だ。
もともとは、お相手男性の素行調査だったのに、令嬢の妊娠を報告するハメになっている。なんとも損な役回りだ。
後日。
ダミアンが、その後の顛末を教えてくれた。
御令嬢一家は大荒れ状態が続いているのだとか。
父親は怒りのあまり、我が子を勘当すると叫ぶ。
母親はショックで寝込んでまま。
兄は、相手の男を探し出して決闘すると息巻いているらしい。
当の本人は沈黙のまま部屋に籠城中。
チャラ男くんは深刻な女性不信に陥ったとのこと。
もう女なんか愛さないと誓ったが、これがキッカケで変な性癖に目覚めないことを祈るばかりだ。
「俺にもとばっちりがきてなぁ。あの一家全員から恨まれてんだよ」
彼は“よろず屋の仕事は楽ではない”とボヤく。
娘の両親から、なぜ悪い虫がつく前に報せなかったと怒られた。
令嬢にも、妊娠をバラしたと逆恨みされている。
しかも、今回はタダ働き。踏んだり蹴ったりだよ、と嘆くことしきりであった。
「で、アンタが依頼した代理人の件についてだ。ちょうど良いヤツがいる」
優秀な弁護士を紹介してくれた。
その人物は、若いながらも新進気鋭で、大手の司法事務所から独立したばかり。
さっそく、シンは若手弁護士と面談する。
横領事件の経緯を説明した。冒険者組合との折衝内容やら、問題の“食べカス”男への対応法も協議する。
報酬については、基本料とボーナス。
内容は、回収した金額の二割を提供する。成功すれば、けっこうな報酬金額になるし、やる気になってくれた。
ダミアンへの紹介手数料も、割り増しで渡す。
こうして、面倒な冒険者ギルドの折衝を任せることになった。
これで、知識獲得に集中できる。
明日は薬師組合へ訪問して、書籍や研究書を読みまくる予定だ。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP:89/120
活動限界まで、あと八十九日。




