↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/159

4-11.ゆれる招厄草

 隊商の先頭にいたルナが振り返って笑う。


「ようこそ王都ルテティアへ。

 名前の由来は古代語の“沼沢地”なんだって」


 当時、河の中央にある島を中心に栄えていたという。

 今では、人口も経済規模も桁違いに大きくなっている。国内だけでなく、大陸でも有数の規模を誇る大都市へと変化をとげていた。

 

 ちなみに、国の正式名称は【グリアント王国】。

 古代魔導帝国時代、グリア族が周辺を支配していた。その末裔が建国したのが国家の始まりだ。


 シンが都市を眺めて感じたこと。


「なんだか浮ついた雰囲気だ」

「うん、どことなく刹那的な陽気さよね」


 大通りを行き交(か)う人々は多い。

 広場では大道芸人が客を集め、路上では素人音楽家がギーコギーコとバイオリンを鳴らしていた。賑やかだし活気があるけれど、地に足がついていない。


 不安を隠そうとするような空気。

 無理に明るく振る舞っている。

 王国内で多発する紛争、つまり貴族の派閥争いが影響しているのだ。


 ツクモ族三名が出迎えにやって来た。

 彼らは、王都に在中しているメンバーである。


「我が君、お待ちしておりました。宿泊先にご案内します」

「ご苦労さま」


 首都でも有数の高級ホテルに滞在するつもり。

 安全性を考慮してのことである。隊商は二十人以上もいるのだし、全員がまとめて宿泊できるほうが、なにかと都合がよかった。

 物価は高いけれど、この程度の出費なら、まったく問題ない。


 シンの軍資金は潤沢なのだ。

 たんまりとあるし、さらに金儲けも計画している。

 王都でも、部下たちの活動を本格化させる予定。


「別動隊の状況はどうだい? 」


「おおむね順調ですね。先日、動拠点の契約を済ませました。いまは改装中で三週間後には機能するでしょう」


 別動隊とは、新設の諜報部隊のこと。

 直近の作業は、王都内地図の作成。地形情報は諜報活動には必須だ

 ちなみに本拠点は、王都外縁部にある一軒家。そこは隠れ家(セーフハウス)も兼ねている。


「では、今日は休んで旅の疲れをとってくれ。明日から我々も動く。各々(おのおの)、任務を開始してほしい」


 翌日。


 シンは、錬金術師の組合本部へと向かう。

 場所は王都の端(はし)っこ。一般市民たちが住み暮らす住居区の外側だ。

 敷地面積は相当に広い。

 安全対策のため、周辺の民家や建物との間にはかなり距離をとっていた。事故が発生した際、被害拡大を防ぐには、面積が必要になる。


「相変わらず、不便な土地だ。まあ、アルケミスト(錬金術師)は嫌われて当然か。自分で言うのも変だが、我々は物騒で傍(はた)迷惑だしなぁ」


 悲しいかな、錬金術には失敗がつきもの。

 爆発や薬品漏れなどの騒ぎなんて頻繁におきてしまう。街から離れた場所に追いやられるのも、いさ仕方ない。


 シンは組合本部の建物内へと入ったのだが……。


「なんだ、これは?」


 透明な草(・・・・)が、正面ホールに生(は)えていた。

 奇妙なことに、無風なのにユラユラと揺れている。

 ヒョロリと長く伸びた茎は頼りない。その先端部はまるく膨らんでおり、今にも破裂しそう。

 実際、ボンと弾(はじ)けるモノも一部ある。

 飛び散る胞子は、小汚い塵芥にも似ていて気味が悪い。そんな不可思議な草木が蔓延(はびこ)る景色は、廃墟を連想させる。


 一般人は視認できていない感じだ。

 というのも、玄関広間には訪問客や職員たちが大勢いるのだけれど、誰もが無視している。


 シンには思い当たることがあった。


「もしかして【忌蟲】か?」


 以前、不可視の【蟲】を視(み)たことがある。

 場所は、砦街キャツアフォート。【バケモノ病】とよばれた感染症が大流行したときのことだ。

 病気に罹(かか)った人に、コレが集(たか)っていた。

 透明なハエのようなモノ。コレラに感染した患者に群がっており、それを利用して罹患者を判別した経験がある。


 アレは瘴気の塊だという。

 元は、人間の邪(よこしま)な念。あるいは、魔物発生源の悪い“気”など。それらマイナス・エネルギー的なものを、まとめて“瘴気”と表現している。


シンは、背後にいた護衛役たちに尋ねてみる。


「君らには、【忌蟲】が視(み)えるかい? 」

「いえ、なにも。気配どころか、異常もかんじません」


 ツクモ族ですら視認できなかった。

 彼らは魔導師、しかも、とびきり優秀な遣い手であり、一般人とは違う。それでも認識不可能であった。

 やはり、コレを認識できる資格は“魔力”の有無ではない。

 なにか別の能力が必要になる。


 たとえば、ルナみたいな特殊能力者。

 彼女は【禍祓(まがはら)い】と呼ばれる、【神の指先(デジトゥス)】のひとりだ。つまり、上位階梯者(神々)の代理執行人。人間を遥かに超える存在の意を受けて、現世(うつしよ)で請負仕事をおこなう。


「【草】が蔓延(はびこ)っているのはちょっとマズイかも」


 透明な雑草は、【忌蟲】と同系統のモノだという。

 【招厄草】がたくさん生える場所には悪運がやってくるのだとか。

 因果関係ははっきりしない。

 悪いことが起きるから、発生するのか。逆に、コイツが主因となって、災運を招くかは不明だ。


「組合本部が、厄介ごとにまき込まれるのは確実ね。ただし、どんな内容かはわからない。いつ発生するかも予測不可能。

 ただね、【招厄草】の侵食具合から推測するに、その時期は近いわ。ここには近寄らないほうが無難よ」


 シンは、悪運の予知ができるのかと驚く。

 気味悪いモノが視(み)えるなんて余計な能力だと思っていた。

 しかし、考え直したほうが良いかもしれない。


「逆に、【草】で未来を予測できる? 」


「ええ、ある程度はね。でも、さっきも言ったけれど、なにが起きるかは予見できないわよ」


「おおっ」


 運気の波を見極めるだけでも凄い。

 人生という航海において、潮の流れを読めると優位にたてる。

 追い風を受けて前進するのか。あるいは、困難の嵐を避けるべきなのか、事前に判るのだから。


 もっと手っ取り早く、成功する方法もある。


 ―――占い師として大儲けできるやんけ! 

 たいていの女性は運勢占いが好きや。

 特に恋愛関係のことになると、財布のヒモが緩くなるんやで。飲み屋のおねーちゃんにもモテモテや。

 そういえば、前世に手相占いができる“おっさん”がおったなぁ。

 取引先のハゲ頭やったけれど、ピチピチな若い娘の手を握っとったし。嫌がられず合意うえで、ニギニギするなんて、ちょびっと悔しかったわ。

 アカン、なんか発想がエロ親父になってきた……。


 ふと気づくと、ルナがジト目でにらんでいた。


「ちょっと変なこと考えていたでしょ。イヤらしい顔をしていたわ」


「そ、そんなことはない」


 彼は動揺して視線を逸らしてしまう。


 ―――なんで、わかったんや? 

 もしかして、テレパシーやろか。

 この異世界には魔導師はおっても、超能力者(サイキック)はいなかったはずやで。いや、ここはなんでもアリの幻想世界《ファンタジー》。

 精神感応者(テレパス)や念動力者(テレキネシスト)とか存在する可能性もある。

どないしようか……。


 彼女は、ジロリと睨む(にら)。


「男ってホントに馬鹿よねぇ。表情があからさま過ぎて分かりやすいし。あれ、ほんとうに自覚してないのだから呆れてしまうわ」


 すべてお見通しだ。

 ましてや、ルナはシンに強い関心をもっている。

 相手のちょっとした仕草や、感情の変化に気づくのは当たり前。好意を寄せている男性の心情なんて読めてしまう。

 とにかく女の勘は鋭いのだ。


 しかし、彼女には恋愛厳禁のルールがあった。

 随分と辛い思いをしてきたため。原因は、自分の特異体質である【復元】。別の表現をするなら、【不老不死】のせいである。

 愛するひとと同じ時間をすごせないのだ。


 家族や友人知人たちは普通の人間だ。

 最初の頃は、平凡で穏やかな生活を過ごせる。

 だが、時を経るとともに老い、最後にはあの世に逝(ゆ)く。


 いっぽう、ルナは若々しいままの姿。

 いつも、自分ひとりだけが取り残されて、死にゆく者を見送るのだ。

 もう、いやだ。ひとを愛すほど、別れは悲しく切ない思いをする。だったら、他人と親しくしないほうがずっと気楽だ。

 こうした背景があって、彼女は己に恋愛厳禁のルールを科(か)している。




 錬金術師組合の幹部たちが挨拶してくる。


「お待ちしておりましたぞ」

「頂いた素材は、高品質でしたよ!」

「あなたのおかげで新分野の研究が……」


 シンは歓迎されていた。

 理由は、【邪神領域】産の天然素材を格安で提供したから。

 ほかに、コレラ菌と寄生型魔獣の【侵蝕するモノ(エクセイザー)】のサンプルと関連資料。観察用に光学式顕微鏡なども譲渡している。

 手厚い対応をされて当然だ。


「お役に立てて良かったです」


 良好な関係を構築できて、ありがたい。

 本拠地【岩窟宮殿】の周辺で狩った魔物素材を渡すだけで、こうも喜んでくれるなら安いものだ。

 これで、先方が所有する研究資料や各種文献を閲覧させてもらえる。自分の寿命を延ばすための知識を獲得できるのだ。充分にお釣りがくるぜ。


 歓待してくれたのは錬金術師三名。

 彼らは、青年からご老人までと年齢に幅はあるが、いずれも優秀な人物ばかり。なによりも共通していたのは、皆、アルケミー(錬金術)・ラブの奇人変人だ。


「錬金術は実生活に役立つものでなければなりません。そのために私たちは【理外(りがい)の理(ことわり)】の秘密に挑み続けるのです」


「おうよ。儂(わし)らは、魔導師とは違うのじゃ。

 連中のように森羅万象の真理を追究するだけではダメだ。人間社会の進歩に寄与せんからの。あんな独りよがりな態度は好かんわい。

 アルケミスト(錬金術師)こそが、豊かな社会を実現するのじゃ」


「わはは。将来楽しみな若者が、我らの輪に加わってくれた。錬金術がますます発展するのは間違いなしじゃ! 」


 彼らは、魔法使いに対して対抗心をもっていた。

 背景にあるのは階級間の緊張関係。

 平民は搾取されて苦しい生活を強(し)いられている。

 貴族たちは贅沢三昧(ざんまい)しているという思い込があった。

 まあ、実際には支配階級には責任と義務が重く圧(の)し掛かっているのだけれど、一般市民は知る由もない。


 組合員たちとの話は盛りあがった。

 同じ錬金術仲間ということで、愉しい時間を過ごす。

 嬉しいこともあった。

 彼が希望していた研究論文類の閲覧の件だ。いつ来ても構わないとのこと。心から歓迎されているのが分かって、すごく感激した。


 先方から相談を持ちかけられた。


「シン殿。実は困ったことがありましてなぁ。コレラ菌と寄生型魔物についての検証実験についてなんじゃが……」


 安全管理に苦労しているらしい。

 危険な細菌などが、外部に漏洩しないための機器開発が大変だという。ついでに維持管理などの費用も。

 彼はしばし思案した。

 アイデアとして浮かんだのは共同研究。同様の問題を抱える他の研究機関と協力することを提案する。


 その後、幾日もかけて訪問予定先をまわる。

 王都は広いうえに、各々の場所が離れていた。

 現代日本の公共交通機関なんて便利なものは、この異世界にはない。移動には時間がかかりすぎるのだ。一日に一ケ所を訪問でするのが精いっぱいであった。


 尋ねた先は薬師組合と科学アカデミー。

 彼らは、錬金術師組合と同じようにシンを歓迎してくれた。

 違ったのは【招厄草】がなかったこと。あんな気味悪いものが生えていたら、ちょっと嫌だ。


 最後の訪問先は冒険者組合。


「まるで、前世地球の多国籍企業みたいだ」


 ギルドは、大陸の至るところに支部があった。

 活動範囲も複数の国家にまたがる。さらに、組合員として登録する冒険者数は何十万人にもおよぶ。

 小国の軍隊を凌駕する武力だ。

 事実、各国首脳は潜在的脅威として認識していた。ただし、国家運営に有用な組織でもあるので、政府機関の胸中は複雑だったりする。


 巨大組織を支えるは【念話ネットワーク】。

 もともとは古代魔導帝国の遺物である。

 これを流用して広域通信網を構築しているが、いま現在の技術レベルでは作成できない。いわゆる【ロストテクノロジー】というヤツだ。

 冒険者組合にとっては最高機密であったりする。


 実は、シンは、ギルドの念話通信網に接続できる。

 もちろん、非正規接続で違法な方法だ。

 砦街キャツアフォートが【バケモノ病】騒ぎで破棄された際に、街の組合長と密約を交わして入手したのだ。


 絶対にバレてはいけない。

 組合に知られてしまえば、報復は確実だ。あらゆる手段を講じて、彼を抹殺しようとするはず。裏の仕事人を派遣してくるぐらいに。


「ほう、これが組合総本部か。さすがに広いなぁ。大陸全土で事業展開する組織の中枢なだけある」


 ほんとうに巨大な建造物だ。

 正面玄関のホールはケタ違いの面積を誇っていた。初めて訪れた人間は、迷子になってしまいそう。

 多数の冒険者や依頼人でごった返している。

 長大な受付カウンターには、何十人もの職員がいて、みんな忙しそうだ。


 シンは受付嬢に要件を伝える。


「コルベール男爵領で登録した者だ。現地支局長が犯した横領事件の被害者でもある。経緯について書き記した手紙を預かっているので、対応してもらいたい」


「はい、承りました」


 受付職員はすぐに取り次ぐと告げてくれた。

 しかし、かなりの時間を待たされてしまう。


 担当者は、性格の悪い男であった。

 意図的に待ちぼうけを喰らわせたのだ。

 しかも、だらしない。服はヨレヨレだし、白シャツには食べカスの染(し)みがついている。性根も見かけもダメダメだ。


「こういうのって面倒なんだよなぁ」


 “食べカス”は、ハァとため息をつく。

 嫌みタップリな口調でボヤいたのだ。

 自分の職務を忠実に果たそうという気はまったくなかった。


 それでも、シンは淡々と経緯を説明した。

 内心では少々ムッとしていたが、感情を表面に出すことはしない。

 前世で得た対人スキルだ。高飛車で横柄な依頼者(クライアント)を相手にしても、無表情で商談をすすめる。

 横領されたお金を取り戻すためだ。できることは、なんだってするつもり。


 いっぽうの不正監査役の男。

 今回の横領事件の報告を受けていた。

 領都シュバリデンからは顛末書が提出されている。また、コルベール領支局の職員からも事情を聞いていた。

 だが、その対応は不誠実だ。


「胡散(うさん)臭いんだよ。辺境地の支部なんて、いい加減な連中ばかりだ。チョットしたことを大袈裟にするなんて、かわいいもんでなぁ。無いことを有るように言ってきやがる」


 事件そのものを疑っていたのだ。

 言うに事欠(ことか)いて、等級が最低位の冒険者が大金をもっているなんて信じられないと暴言を吐いた。

 まったくもって言語道断な発言である。


 シンは、コイツは愚か者だと判断した。


「もういい。これでは話にならない」


 時間の無駄だ。

 会話する価値はないし、不愉快な思いをするだけである。


 なにか別の方法を検討すべきだ。

 たとえば、担当を別人に変えてもらう。あるいは、もっと上位役職者を引きずりだす。錬金術師か薬師の組合の伝手(つて)を使うのもアリだ。冒険者組合の役員クラスを紹介してもらえれば、話も早くすすめられる。


「ついでに代理人をたてようか」


 専門家を雇おう。法律に詳しくて交渉力のある人間が良い。

 領了された金が返って来るなら、多少の手数料は必要経費だと割りきれる。いっそのこと、出来高報酬の契約にすれば、エージェント(代理交渉人)のやる気は倍増するだろう。


 シンは、“食べカス”男に見切りをつけて、別の手段をとることにした。






■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP:92/120


 活動限界まで、あと九十二日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。