4-10.治安悪化の影響
シンは応接室にいた。
受付のイザベラが詳しい話をするからと、ここに案内されたのだ。
同席者はルナだけ。護衛たちにはフロアで待機してもらった。
年かさの男性が、受付嬢とともに入室してくる。
彼は、組合の最年長職員だとのこと。
初対面の挨拶もそこそこに、状況の説明をはじめた。
「事実だけを端的にお伝えします。まず、あなたの口座は解約しました。組合規定に則ってのことで、合法的な手続きですね。
ちなみに、コルベール家から、死亡したとの連絡を受けてのことです」
「なるほど、死人の預金口座は放置できない。残していれば、犯罪行為に使われてしまうからだ。まあ、それは納得できる。
だが、本人が生きているなら、扱いは別だろう?」
冒険者組合には口座復活の制度がある。
死亡扱いの冒険者が生存していた場合に対応するためだ。
こうも良心的なサービスは珍しい。
この異世界では、権利無視が当たり前。
国家や貴族連中なら、差し押さえた資金を我がものとして接収する。
わかりやすく表現するなら、“強者の総取”。あるいは、“弱者は泣き寝入りしろ”といったところか。
組合最年長の男性職員が申し訳なさそうに、
「ええ、ご指摘のとおり口座再開設は可能です。しかしながら、お預かりしたお金の返却ができません。というのも、あなたの資産すべてが男爵家へと送金されたからです」
発覚したのはつい最近のこと。
組合長が行方不明になり、引き継ぎ作業中に判明した。
かなり問題になっているらしい。内務規定に違反するためだ。
規定で、死亡認定者の預金の扱いを定めていた。
一定期間は口座を維持し、期間経過後は共済基金にまわる。冒険者支援用の資金として活用されることになっていた。具体的には、新人冒険者の研修だとか、書籍や資料の購入費など。
「なぜ、組合長が不正行為をしたのかは謎です」
本人の所在は不明。
おまけに、副組合長や経理担当者までいないとのこと。
反男爵家勢力が攻めてきたとき、三人はコルベール家の屋敷にいたという。目撃者がいたので間違いはない。先日の貴族間紛争に巻き込まれたのは確実だ。
イザベラ嬢が、あくまで調査中ですがと前置きしたうえで、
「彼は、違法行為をしていました。現在、全容を解明中ですが、当支部の役員数名も加担していた形跡があります。
問題なのは、男爵家との関係ですね。本人主導によるものなのか、領主様の指示によるものかは調べている最中です」
「横領ね。対象は死んだ人間の口座。預金者本人からの苦情はないから、バレる心配は皆無だ。死者に対して、敬意に欠ける行為だな」
冒険者組合の仕事は、冒険者を支援すること。
適切な情報提供や、依頼主との間を取り持つなどのサービスを提供し、その対価として利益を得る。
双方は対等関係であって、一方的に搾取するのもではない。
ましてや、食い物にするなんて、あまりにも酷すぎる。
問題は、組織運営の方法だ。
不正行為防止のため、経理担当者に権限を集中させてはならない。上位権限者の承認だとか、定期的な監査をするだとか。
とにかく不正をさせないシステムを構築すべきであろうに。
「まあ、部外者が心配することではないか」
シンとしては、預けたお金が戻ってくれば良いだけ。
横領された額は多い。内容は、【邪神領域】から採取した希少な天然素材を売却して得たもの。それこそ、一般市民の生涯年収に匹敵する。
「私は被害者だ。さすがに資金が返却されないでは納得できない。ましてや、ギルドによる犯罪行為は明らかだ」
「ごもっともです。ただ、当組合支部では責任者不在の状態です。我々一般職ではどうすることもできません。なので組合総本部へ赴いていただきたいのです。
さいわい、あなたは別件で王都に行く予定だとか。
ついでと言っては申し訳ありませんが、これが最も早く問題解決できる方法かとおもいます」
イザベラ嬢が説明をつけ加えた。
すでに、横領事件の経緯は本部監査室に連絡済みとのこと。
また、詳細な報告書を携えた者が、先行して出立している。
「シュバリデン支部からの関連書類を用意します。それを監査責任者に提出してください。ここまでが、わたしたち職員にできる精いっぱいのことです」
「う~ん、どうしたものか」
シンはちょっとばかり思案する。
悪いのは行方不明の組合長や経理担当者たちだ。一般職員に罪はないとは思う。
ただ、その後始末のために、自分自身が動くのは面倒くさい。
とはいえ、横領された金額は大きい。
己の資金が男爵に渡ったのは業腹だ。自分のお金を取り戻すためには必要なこと。
「冒険者組合の総本部へ赴くのは了解した。提示すべき書面の準備をたのむ」
「ありがとうございます。お手数をかけて申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
こうして王都訪問の理由が増えた。
ちなみに、彼が王国首都へ行く主目的。
それは、錬金術師や薬師の組合に用件があるから。
先方が保有する書籍や研究書類を閲覧するのだ。獲得する知識は、LP数値の底上げに役立つはず。寿命を延ばせることを期待しよう。
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王国の情勢は不安定化している。
貴族間の派閥争いが、国内の治安を悪化させていたのだ。道中で、そのことが良く理解できた。
「街道を移動する傭兵たちが多いな」
戦場は、彼らの稼ぎ場所だ。
争いが発生しそうな地域を嗅ぎつける。鋭い嗅覚をつかって、勝てそうな陣営を判断するのだから、たいしたものだ。
まあ、自分の命をチップにして、死のゲームに参加するのだ。
その程度の才覚はあって当然であろう。
治安悪化の悪影響は他にもあった。
検問所に詰める衛兵の質が悪くなっているのだ。通常ならば、犯罪人や違法物資の取り締まりをする。
今は、イチャモンをつける馬鹿がいたりする。
たとえば、貴族の私兵ども。
「通行税を徴収する。積み荷の半分を置いてゆけ。ついでに女どもは別室で身体検査だぁ。念入りに調べてやるぜ」
隊長は業突く張りであった。
部下もグヒヒッと下卑た笑いをしている。
上司が下種だと、配下も影響を受けるのだろうか。程度の低い輩を相手にしていると、精神的に疲れてしまう。
シンたち一行は総勢で二十人以上。
ルナやタチアなど女性もいるが、全員が二脚竜に騎乗して武装もしている。護衛役だけでなく誰もが高い戦闘技術をもっていた。
ちょっと観察すれば判りそうなもの。
しかし、愚かな私兵はそれができない。
人数は五十名ほどで、武器は剣と槍だけ。マスケット銃すら持っておらず、貧弱な装備で強請をはたらく。
もう、底なしの馬鹿だ。
「そんな決まりごとなぞ聞いたことがない。いつの間に、無茶な法律ができたのか教えてほしいものだ」
「うるさい。ここでは俺様が法なんだよ。それとも領主さまに歯向かおうってぇのか。ウダウダ言わずにさっさと荷物を降ろしやがれ!」
欲に眼がくらんだ男が大声でわめく。
隊商を装うシン一行の積荷が高価なものであろうと予測し、強奪しようと考えたのだろう。ヤツの台詞から判断すると、隊長の独断だ。
この地域を治める貴族の命令ではなかろう。
衛兵の役目は治安を守ること。
自ら率先して乱暴狼藉をはたらくとは、呆れるばかり。ましてや、女性に卑猥な行為を目論むなんて、まったくもって度し難い。
「積み荷より、もっと良いものをくれてやろう」
シンは片手で相手を吊るしあげた。
彼の身体能力は高い。大人ひとりを腕一本で持ちあげるなんて簡単だ。
喉をかるく握ってやる。
業突く張り隊長は、グエェと情けない声をあげた。男は手足をバタつかせ、最後には失禁までする。
汚いので、思わず地面に叩きつけてしまった。
同行のツクモ族の反応も早い。
あっという間に、貴族私兵を制圧した。
剛腕パンチで肝臓撃ちを決めるだとか、関節を極めて腕をへし折るとか、容赦がない。彼らは怒っていて、不埒者どもを抹殺するつもりだったが……。
ルナが、それを止めた。
「殺してはだめよ」
彼女は護衛役たちを制止する。
さらに、自分が今回の騒動への対応は仕切ると宣言。
ボコボコになった衛兵たちを一か所に集め、筆頭女官を呼び寄せた。
「タチア、お手数だけれどコイツらに【治癒】をかけてやって」
「え~、イヤです。我が君への無礼なもの言いは許せません。むしろ、ゴミは燃やすか、切り刻むべきかと……。
はぁ~、ルナさまのご命令とあらば、仕方ないですね」
女官は渋々と治癒魔法をかける。
もちろん、嫌がらせ込みで。中途半端な治療を施して、別種の苦しみを与えるのだ。
折れた骨の位置を矯正しなかった。
複雑骨折した状態のまま強制治癒。上腕は歪んだ形で治ってしまった。
これでは日常生活にも支障をきたす。
元どおりにするには、大手術が必要だ。上腕骨をバラバラに砕いて、正常位置に戻したうえ、再固定化せねばならない。
ただし、当の本人は気づいていない。
驚いていたからだ。
傷口がふさがり、痛みがなくなる不思議な現象に、口をパクパクさせるばかり。
「も、もしかして魔法では。ああっ、あなた様は魔法使いでしょうか…… 」
「そう、彼女は治癒魔法を使える。ついでに補足すると、わたしたちは故あって正体を隠して移動している」
ルナは意図的に相手を誤解させた。
その表現は、自分たちが貴族階級者であると誤認識させるもの。
この異世界の常識では、魔導師は貴族と同義だ。
さらに優秀なほど階級は高いとされる。背景にあるのは、支配者たちは人材の獲得に熱心だから。才能ある者を積極的に養子縁組で自陣営に取り込むのだ。
そして魔法治癒者は希少な存在である。
つまり、【治癒】を発動したタチアは、上位貴族だと勘違いされて当然であった。
「我らの一行には、魔法の使い手が幾人もいるわ。ついでに言うと、わたしは【身体強化】をつかう超戦士なの。
ねえ、判るかしら? あなたは、強者集団に喧嘩を売ってしまった。領主様が知ったら、どう思うかしら?」
ルナは、戦いが始まる可能性を示唆した。
隊長の愚かな行為がきっかけだと。
ただでさえ、いまの王国は貴族の派閥争いが激化している。実際、コルベール男爵家は敵対勢力に武力で制圧されてしまった。この土地も戦火に巻き込まれるだろうと。
「今回の件を派閥首領に報告する。我が君の判断如何によっては戦争勃発かなぁ?」
「ああっ……」
”業突く張り”はガタガタと震えだす。
己の行いが、とんでもない危険を招いたのだと、ようやく自覚したのだ。
他の衛兵たちも同様であった。ヒェと悲鳴をあげるだとか、腰が抜けてしまう者が続出する。
「お、お許しを。尊きご身分の方々だと知らずご無礼をしました。な、なんとかご慈悲をお願します」
「そうね、こちらも正体を隠している。騒ぎも起こしたくない。
ただし、あなたが条件をのんでくれれば考えてあげるわ」
彼女は、衛士たちに言い含めた。
なにも問題は発生しなかったのだと。
隊商には犯罪者はいない。積荷は合法なものばかりで、怪しむべきことは何もなかったと。
隊長は、否応もなく提示条件を丸呑みする。
こうして、ルナは揉め事を始末した。
シンたち一行は検問所を通り抜けて、王国首都へと歩みを進める。
王都への道中、国内情勢の不安定化に気づかされた。
「臨時の関所が多いせいだな」
街道の要所にあるから避けることもできない。
通過するたびに停止させられて、じつに面倒だ。
臨検の役人たちがピリピリと緊張していた。
不審者の侵入を警戒している感じ。積荷の検査はおざなりだ。
彼らは真面目で、先刻の業突く張り隊長みたいな無法者ではない。
前回のことは、運が悪かった。検問にかこつけて金品をせしめようとする者は少数派かもしれない。
関所責任者が、シンを別室へと案内する。
「すまないが、これまで見聞きしたことを教えてほしいのだ」
相手は文官で、近隣領地の騒動を気にしていた。
特に、コルベール家の戦いについて、強い関心を持っている。
周辺地域にも悪影響がでるかもと心配しているとのこと。
「あそこの紛争は他人事ではなくてなぁ。明日は我が身なんだよ」
「噂話程度ならお話できますが。ほとんどは人伝に聞いたことばかりです」
本当のところ、シンは男爵領での戦闘に詳しい。
なにしろ、ずっと観察していたのだ。
当事者以上に戦場全体の動きを把握している。偵察用の鳥型ゴーレムを駆使して、戦場を上空から見ていたのだから。
しかし、その情報を語るなんて無理だ。
怪しい諜報員と断じられて、絶対に捕縛されてしまう。だから、適当に端折って戦いの様子を伝えるにとどめた。
ザックリした説明でも、関所の責任者は喜んだ。
お礼代わりにと、今回の争いごとの背景を教えてくれる。
「コルベール家は妬まれていたからなぁ」
羽振りが良かったのだ。
男爵領地にしては異例なほどに人口が多く、税収や独自事業でかなり裕福。財政実情は、侯爵領に匹敵するほどだから、他の貴族はやっかみもする。
歴代の当主が優秀であった。
危険な【邪心領域】に接していたが、これを逆手にとって希少な天然素材を供給する土地へと発展させる。さらに港を整備して、周辺地域の物流拠点へと変貌させた。一族郎党たちも一致団結して働いたという。
「今代の男爵当主も、切れ者だったがな。属している派閥の親分が失脚したのがケチのつき始めだ。失地回復のために随分と無理を重ねていたらしいぜ」
「なるほど」
無理の余波で、シンは殺害されそうになったのだ。
事情は判らない。なにをどう展開すれば、感謝すべき人物を抹殺しようとするのか?
彼は、男爵と面識はない。恨まれる覚えもなかった。
まったくもってはた迷惑なことである。
まあ、男爵本人は死んだ。コルベール家領地も占領されたし、厄介ごとに巻き込まれることはないはず。
とにかく今は王都を目指すことに集中しよう。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP:104/120
活動限界まで、あと百四日。




