4-09.再び領都へ
砦街キャツアフォート。
コルベール男爵領にかつてあった街だ。
名前の由来は、第四の砦。人類生存圏における最前線基地のひとつ。役割は【邪神領域】からやってくる魔物を撃退して人間社会を守ること。
だが、いまでは廃墟と化している。
人々が【バケモノ病】と恐れる感染症がひろがったせいだ。
最終的に、都市ごと破棄されてしまった。全住人が退去後、火災が発生して建物の大多数が焼失。
さらに追い撃ちで魔獣が侵入した。
現在、五月蠅なすモンスターどもが、街中を我がもの顔でのし歩いている。
シモンヌは、そんな廃都市に滞在していた。
元・市庁舎で頑丈で立派な建造物の一室だ。火事で屋舎の半分が焼け落ちたけれど、それでも無事な部分もある。
使用可能な部屋に仮住まいして、すでに一ケ月間が経過した。
一緒にいるのは男爵家の令息だ。
名前は、ジュール・デ・コルベールジュール。有能な人物で、砦街の行政長官として辣腕をふるっていた。
魔導師としてもたいへん優秀。
反男爵家勢力との戦いで最前線にたち、たくさんの敵を屠っている。しかしながら、情勢は多勢に無勢で、敵兵に包囲されて大怪我をした。
「叔母上。また外を眺めていたのですか」
「ええ、他にすることもないですしね。ただ、街の惨状を見ていると虚しくなります。我らは領地を発展させるため、多大な努力してきました。それなのに全部、無に帰して……」
ふたりがいる区画は安全地帯だ。
凶悪なバケモノでも、この一画に侵入するのは不可能。
理由は、頑強な岩石ゴーレムたちが守りを固めているため。外敵が来ても、情け容赦なく叩き潰すのだ。
岩石兵士はとんでもなく強い。
姿形は、古代魔導帝国時代の重装歩兵そのもの。
発揮するパワーは強烈だ。両刃剣を振れば敵をぶった切る。大盾は防具であるはずなのに、鈍器と化して相手をなぎ倒すのだ。
しかも、武具は驚異的な魔道具でもあった。
各種属性魔法が、幾種類も付与されていて、魔物を圧倒する。ひとつだけでも家宝級の価値があるのに、ここでは量産品扱い。まったくもって驚くばかりだ。
ジュールは第三者的な視点での評価をした。
「ゴーレムの本領は集団戦にありますね。
単体でも充分に強力だが、それ以上に統制のとれた動きは圧倒的だ。柔軟防御であれ積極攻勢であれ、適切な陣形をすばやく組んで戦える。
まさに無敵軍団と表現しても良いでしょう」
「ええ、わたしが知っているモノとは全く別物ですわ。一般的な泥人形は鈍重だし、できることは単純な行動ばかり。
ましてや高度で複雑な自律的行動は不可能です」
区画を守る岩石兵士は錬度が高い。
グリアント王国の正規軍よりも優れているのだから、恐れ入った。
あれを作った人間はとんでもない技術を持っている。
ジュールが問いかけてきた。
「ゴーレムの製作者は、どのような人物なのですか?」
男爵令息は、若い錬金術師との面識がない。
シモンヌとともに保護されたときは、大怪我で意識を失っていたためだ。
「彼は最高クラスの錬金術師ですわ。
王国、いや大陸全体を見渡しても、稀有の存在。ああも高性能なゴーレムを作成できるなんて、現物を見ても信じられません。
しかも相当数の兵力を揃えている。
いかほどの生産能力があることやら。いまだに無名なのが不思議です」
底知れぬ人物だともつけ加えた。
彼と再会したときに感じたこと。
それは圧倒的な存在感。
威厳にあふれ、多数の猛者どもの頂点に立つ風格があった。アレが覇気というものなのだろう。
同行する兵士も強烈であった。
あの連中は、彼女が毒を盛ったことを把握しているはず。
事実、己に向ける目は、殺意に満ち溢れていた。当然の反応だとおもう。
そのとき、シモンヌは死を覚悟した。
自分は人を殺めようとしたのだ。
未遂だが無実ではない。自分自身の罪を認めているし、報いを受けて当然だとも告げた。
しかしながら、彼女は生きている。
被害者から許されたのだ。
さらに血縁者のジュールに対して治療すら施してもらった。
相手の考えは判らない。
いちおう、対価として錬金術の研究成果や古代魔導帝国の遺物を渡した。けれど、どう評価されたかは判らない。深慮遠謀があってのことなのか、単なる気まぐれなのか。
とにかく今は感謝するばかりである。
「おや、伯母上。誰かがやって来ます。
二脚竜に騎乗していますね。私が思うに、あれはシン・コルネリウスではないですか?」
「ええ、そのようね」
■■■■■
シンは、シモンヌたちを庇護下においた。
砦街のひと区画を確保して、彼女たちを匿っている。
廃棄都市ならば、敵勢力に発見される恐れは低い。ほとぼりが冷めるまで、食料やら衣服などの生活物資も定期的に届けるつもり。
外敵対策も万全だ。
安全確保のために岩石兵士が周辺警備をしている。反コルベール男爵家の兵士や魔導師といえども、侵入は不可能。
ちなみに、ゴーレムは旧型のもの。
最新型の硬殻兵士を他人に見せたくなかったのだ。【邪神領域】の浅層に生息する魔物ならば、古いタイプでも充分に対応できる。
運の良いことに大型魔獣の馬頭竜はいない。
ヤツらは廃墟となった砦街を繁殖地にしていたが、いまは子育ても終わって他所の土地へと移動していたのだ。
彼は、今後のことについてシモンヌたちと協議した。
「まとまった金銭と移動用の騎馬を供与しよう。
貴女から提供された錬金術の研究資料や古代魔導帝国の遺物だが、たいへん価値あるものであった。あなた方ふたりを敵から秘し隠すだけでは、対価としては不充分だと、私は判断しているくらいだ」
「ありがとうございます」
「ついでに、の国の首都まで送ろうか。幾人かの護衛をつけても構わないが」
この提案は断られた。
ふたりには、なにやら思惑があるらしい。
一方的に善意を無理やりに押しつけるのは無粋だ。なので、自由にしてもらった。
数日後。
一行は、砦街キャツアフォートを出る。
「ここでお別れだ」
「ずいぶんと世話になりました。感謝します」
シモンヌは軽く頭をさげる。
その言葉は短いが、言いたいことはたくさんあるだろう。
シンには、彼女の本心は判らない。
他人の心のうちなんて理解不可能だ。
そもそもが、自分に毒を盛った加害者である。身近に置いても警戒し続けるばかりだし、そんな状況は億劫だ。
「最後に、餞別代りにペンダント渡しておこう。
コイツは簡易連絡用の魔導具でね。会話はできないけれど、双方向で合図を送ることができる。なにか連絡をしたい時に使用してくれ。あるいは、私から報せる」
これを手渡した理由。
“貸し借りの天秤”が、シモンヌ側に傾いていたため。
というのも、彼女から譲り受けた件の透明な板状の記録媒体に大きな価値があったのだ。
中身は医療系の情報で魔法や錬金術、薬学など多岐にわたる。たとえば薬学分野だと抗生物質らしき薬剤だとか、人間を一時的に仮死状態にするものなど。
驚いたことに【復元】に関するものもあった。
これは、ルナの特異体質である【完全復元】の下位互換に相当する。部分欠損を治療する医療技術なのだけれど、彼女が抱える問題を解決する手がかりとなるはずだ。
上記の背景もあって、“借り”のほうが大きいと感じている。
だから簡易連絡用ペンダントを手渡したのだ。
こうしてシモンヌたちとは大河を渡った時点で別れた。
シンたちは領都シュバリデンを目指す。
同行者は多数だ。
当初の計画では、ルナと二人だけで行くつもりだった。
しかし、ツクモ族たちに反対されてしまう。
彼らは、護衛は必要だと強く諫言したのだ。あれこれと押し問答した末、警護部隊を認める。
ただし条件をつけた。
随伴するのは、“第二形態”へと改造済みの者だけ。
つまり、外見は完全にふつうの人間になっている人物に限定した。さすがに“第一形態”の大理石風の白い肌の錬成人間は、連れてゆけない。
同行メンバーの内訳だが、まずは護衛役。
武闘派の精鋭で、大々的に実施した選抜戦の勝者たちだ。そんな強者どもをまとめる隊長は、じつに有能な男である。
他に、各分野の専門家や後方支援役。
錬金術や魔法、薬学などの学術知識の担当であるとか、会計管理などシンの活動を支えてくれる部下たちだ。
なお、“支援役”だけれど、その戦闘能力は高い。
そもそもが、全員、優秀な魔導師なので、イザという時には頼りになる連中ばかりである。
さらに新設の諜報部隊も投入するつもり。
以前から、情報収集の方法や分析などを試行錯誤している。
今回は、領都シュバリデンでテスト運用をするつもりだ。
筆頭女官のタチアも同行者のひとりだ。
実に多芸多才な人物で、治癒系魔法を得意とするうえに事務処理能力がある。おっぱいをブルンブルンさせるだけの、おバカでは“ない”。
「我が君にまとわりつく悪い羽虫どもは追い払いますわ。もちろん、ルナさまは別です」
「あら、ありがとう。でも勘違いしているわ。たしかに彼とは互いに助け合う“契約”はした。けっして恋愛関係ではないのよ」
「あらあら、そんなことをおっしゃっても、わたしには隠せませんわ。だいじょうぶです。女官たちは、皆、あなた様の味方ですからね」
意外なことに、タチアは、ルナに対して融和的だった。
筆頭女官は、シンを狙っている節がある。だから、邪魔な恋敵を排除するかと思っていたが、どうやら間違いみたい。
女性の人間関係はよく分からん。
まあ、仲良くしてくれるなら問題なかろう。
一行は、無事に領都に到着。
街の様子がガラリと変化して、荒れた雰囲気が漂っている。
壊れた建物。崩れ落ちた壁や折れた柱。大通りや路地の道には、瓦礫や木材の破片などが散乱したまま。
彼は、丘上にある男爵家の館に視線をむけた。
「あの建物の残骸は、敗者の象徴だな」
屋敷は火事で焼け落ちてしまった。
残っているのは黒焦げの柱や梁だけだ。
しかも、廃墟と化した建屋は、小高い丘にあって、都市のどこからでも見えてしまう。男爵領に住む人々には、辛い景色のはずだ。
実際、住人たちの表情は険しい。
誰もが不満げな顔をしているか怯えた感じ。
笑みを浮かべている者は皆無だ。店は開いているのだけれど、商品は少ないし価格も割高。さらに都市住人の数が減っているのだから、不景気になるのも当然だ。
「そりゃ、敵対勢力に占領されれば、街の雰囲気も悪くなるわなぁ」
兵士たちが巡回していた。
他領の貴族私兵で、強圧的な態度だ。
現地領民を監視し、ちょっとでも不審な行動をみかければ、抑え込む役目を担っている。
もともと、コルベール家は慕われていた。
男爵の統治は穏当で、一般市民から非難されることもない。
そんな土地を余所者が攻め落としたのだ。領都民が反感を抱くのは自然なこと。暴動をおこす可能性は充分にある。
上記の背景もあって、街中を見回る兵隊はピリピリとしている。
そのせいか、シン一行は幾度も職務質問された。
二十数人もの隊商だし、全員が二脚竜に騎乗しているのだから、どうしても目立ってしまう。止められる都度、積荷の内容を説明し、訪問先やら宿泊予定などを返答した。
まあ、兵士たちは威圧的だけれど、強請り集りをするほど悪辣ではない。揉めごとは起こさないように厳命されているのだろう。
とはいえ、連中の過剰な警戒心には、ウンザリするばかりだ。
宿泊先は、以前に利用した高級ホテル。
支配人は再会に喜んでくれた。
「よくぞご無事で。風の噂では、死んだとのことでしたが、所詮は根拠のないデマでしたね。再び、お会いできて嬉しゅうございます」
支配人は、本当に感謝しているのだと語る。
なにしろ、怒れる海神を鎮めてくれたのだ。
いわば、領都を守った恩人。
最上級のもてなしをするとも約束してくれた。
その後、シンは幾つかの場所をまわる。
まずは錬金術師組合。
事前予約なしでの突然の訪問だったけれど、運良く責任者と面談できた。軽く挨拶を済ませて、邪神領域で採取した希少な錬金素材を格安で提供する。
互いにビジネスライクなつき合いを好む者同士だ。話はトントンとすすみ、素材売却の取引はすんなりと完了。
その後、軽い雑談をした。
「街中はピリピリしていました。組合長はこの状況をどう判断しています?」
「まあ、住人の不安は当然でしょうな。しかしながら、占領軍は略奪行為や暴行を禁止しています。実際、被害の報告はありませんね。
ただ、王国全体が不安定化しているのが問題でして」
貴族の派閥間の争いが激化しているとのこと。
内戦とまではいかないが、かなり荒っぽい諍いが各地で発生している。長距離の移動をするなら、道中は充分に注意するようにと警告された。
シンは王都に行く予定がある。
目的は、錬金術師組合の本部にある各種資料の閲覧だ。
極端に低いLP数値を引き上げて寿命を延ばさねばならない。そのためには知識情報の収集は必須だ。
ついでに確認したいこともあった。
サンプル提供したコレラ菌と寄生型魔物についての検証結果も教えてもらうつもり。求められれば検証実験に参加するのもアリだ。
薬師組合にも訪問する。
先刻の錬金術師組合と同様、天然素材をお友達価格で売却した。
こちらは希少素材を渡し、相手方は薬学知識や各種情報と交換する。双方にメリットある関係だ。末永いおつき合いをさせてもらおう。
最後にむかったのは冒険者組合。
受付カウンターにはイザベラ嬢がいた。
「ああ、良かった。生きていましたか」
彼女によると、シンは死亡扱いとなっていた。
情報提供はコルベール男爵家。
もっと正確に言うならシモンヌ秘書官であった。ギルド側は、その報せを否定する根拠はない。ましてや、貴族を疑うのかと強弁されてしまえば、抵抗もできない。
結局、死亡者リストに追加することになったとのこと。
彼は両手を大きく広げて、
「心配してくれてありがとう。まあ、これで生存確認は取れただろう?」
自分は健在だと示し、受付嬢に感謝の意を伝える。
次に組合長に面談を求めた。
目的は、希少素材の売却と近辺の情報収集。
錬金術や薬師の組合への訪問と同じで、関係強化のためである。他に、当面の活動資金として幾許かの金銭を口座から引き出したいと告げた。
ところが、返ってきた言葉は意外なもの。
「申し訳ありません。本人は行方不明となっています。
また、あなたの預金口座は解約されており、出金は不可能です」
はぁ? なんじゃ、それは……。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP:113/120
活動限界まで、あと百十三日。




