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4-08.離館制圧

 シンは、シモンヌの姿を確認する。

 出会ったのは砦街キャツアフォートだ。

 当時、彼女は街の錬金術師組合と薬師組合の組合長を兼任していた。縁あって、錬金術の習得を手助けしてもらう。


 その点について、感謝の気持ちはあった。

 ただし、同時に恨みも。

 毒殺されかけたのだから、当然の感情であろう。まさか、相手が阿漕(あこぎ)なことをするとは想像もしていなかった。無警戒で毒入り紅茶を口に含んでしまう。


 まあ、彼の心情は“哀れみ”のほうが“恨み”よりも強い。

 彼女は、貴族のしがらみで雁字搦めになっていたのだから。

 とはいえ、キッチリと落とし前をつけてもらう必要がある。


「シモンヌ。先日は豪勢な食事を堪能させてもらった。あれほどまでに刺激的な味は、ついぞ経験したことがない」


 軽い調子で嫌みを言った。

 台詞の内容だけをとらえれば穏当なもの。

 しかし、当事者には真の意味が伝わる。

 ちなみに、“豪勢な食事”とは毒入料理のことを指していた。


 元錬金術師組合長(シモンヌ)は悪びれもせずに応える。


「コルベール家からの心づくしだ。最高の品々を楽しんで頂けたようでなにより。返礼をしてくれるつもりなら、わたしがしっかと受けたまわろう」


 彼女は精いっぱい虚勢をはった。

 どうやら、覚悟をきめた様子。

 そりゃそうだ。兵士たちに包囲された時点で己の命運が尽きているのだから。

 ましてや毒を盛っている。その行いは非道なものであり、弁明の余地はない。


「わたしは自分の罪を知っている。死をもって償えと断罪されても当然だし、甘受しよう。ただ、このお方は無関係だ。命だけは助けていただきたい」


 シモンヌは傍(かたわ)らにいる男性の命乞いをした。

 男は男爵家の令息ジュール。怪我をして意識が朦朧としているが、彼女がここまで支えて逃げてきた。


「むろん、タダとは言わん。それ相応のものを提供しよう。ひとつは、我が一族が蓄積してきた錬金術関連の研究成果。ふたつめは、古代魔導帝国時代の遺物だ」


「ほう。詳しく話してもらおうか」


 シンは関心を示した。

 相手は優秀な錬金術師だし、研究してきたものに興味が惹かれる。


 この異世界は、けっこう秘密主義的な面がある。

 特に、アルケミスト(錬金術師)や魔導師などの【理外理力(フォース)】に関わる者は、その傾向が強かった。

 知識や技術の伝承は一族一党や組織内に留める。

 外部へ公開する例は少ない。書籍や巻物といった形で世に出回るものは、ごく表面的な内容を記述したもの。あるいは公開することで栄誉などを得る場合にかぎられる。


 上記の状況をおもえば、運が良い。

 彼女の一族が蓄積してきた研究成果を獲得できるのだから。


 シモンヌは、取引成立の可能性を感じたらしい。

 ゆっくりと丁寧に説明を続けた。


「わたしたちの一族は、ずっと古代魔導帝国の調査研究を続けてきた。ここコルベール領は【邪神領域】に近いので、大森林にある遺跡なども調査対象だ。

 発掘した魔道具や古文書などは多い。さらに、買い集めた骨董品だって、たくさん所蔵しているぞ」


「ふん、よかろう。その男性を治療するし、安全な場所にかくまってやろう」


 優先すべきは、自分の寿命を延ばすことだ。

 LP数値(ライフポイント)の底上げに役立つのであれば、彼女の研究成果や遺物をもらい受けるのは“あり”だ。

 復讐は絶対条件ではない。

 怒りの感情にまかせて優先順位を違(たが)えるなんて馬鹿げたことだ。


 彼は、シモンヌを保護して野戦本部へ戻る。

 もちろん気絶している男爵令息も連れてゆき、医官に預けて手当してもらった。


 ちなみに、魔法の【治癒】は万能ではない。

 魔法治療薬(ポーション)も含むけれど、無闇やたらと使うと危険なのだ。

 たとえば、不用意に使用すると、損傷部位が歪な状態で治ってしまう。あるいは過剰な新陳代謝のせいで体力が異常消耗するだとか、最悪の場合は死亡。

 だから、専門知識がある者が、ちゃんと診断する必要があった。


 シンは簡単な事情聴取を開始する。


「さて、秘書官。まず、確認したいのだが、男爵領でなにがおきている?」


「端的にいえば、貴族の派閥抗争よ」


 いま、グリアント王国は荒れているとのこと。

 原因は、国王の不予(ふよ)。つまり病気なのだが、問題は回復が絶望的なこと。いろいろと駆け引きがあった後、後継者争いが勃発。

 中央政府が機能不全になってしまい、あちらこちらでの争いが起きた。


「なるほど。それで先刻の戦闘か。

 まあ、私には関係ないことだな。我々の活動を邪魔しないかぎり無視しておこう」


 彼は、魔導騎兵を引き連れて出立する。

 向かう先は、シモンヌの実家が所有する離館で、領都郊外に位置していた。


 一般的に、錬金関連施設は辺鄙な場所が多い。

 理由は事故を恐れてのこと。たまに実験失敗で爆発するだとか、危険な薬物が漏れ出たりする。とにかく、アルケミー(錬金術)は、なにかと物騒だ。


 一行は夜道を進む。

 目的地まで半分の距離に近づいたとき、先行していた偵察兵から念話が届いた。


『対象の館に軍隊の存在を確認。数はおよそ百。兵種は輸送部隊と護衛役です。対応はどうしますか?』


『私たちが到着するまで待機。本隊と合流後、敵勢力を排除する』


 建物を接収した者どもは、油断をしていた。

 連中は、コルベール家と敵対する貴族勢力で、糧食をはこぶ輸送隊だ。戦場から離れた安全地帯だし、男爵家の本屋敷は陥落している。


 この周辺に敵なんているはずもない。

 自然と兵たちの雰囲気はのんびりとしたものになってしまう。

 そんな彼らは知らなかった。まったく別の相手が自分たちを攻撃対象にしていることを。


 深夜。

 大量虐殺がはじまる。


 ツクモ族の術師たちが暗闇に紛れて、離館に近づいた。

 無言のままハンドサインで、それぞれの襲撃ターゲットを決定する。合図にあわせて、一斉に魔法術式を発動。


 最初の被害者は、歩哨役の兵士十数名だ。

 大地から伸び出た【石槍】に突き抜かれて、声すら発せずに絶命。

 しかも、倒れ伏すことすらできない。

 不自然ながらも起立した状態を保っていた。ちょっと見た目には、見張りを続けている感じ。念の入ったことに、傷口が凍っていて血が一滴も流れていなかった。


 屋外には、軍属の輸送業者と臨時雇いの護衛役が数十名。

 地面に雑魚寝しているところに、【麻痺】がかけられた。

 寝ていたため、我が身に何が起きたか自覚もできないうちに、殺傷されてゆく。


 離館のなかには、将校とそのスタッフ。

 彼らは正規兵として優遇されており、屋根のある場所で睡眠していた。ただ、密閉された建物のなかであることが災いする。

 魔法で生成された一酸化炭素が建物全体に充満したのだ。

 一酸化炭素は赤血球のヘモグロビンと結合して酸素運搬機能を阻害。建屋内にいた全員が中毒死する。


 ツクモ族たちは敵を全滅させた。

 離館付近を占拠していた敵兵士は百人以上。

 誰も察知することはできなかった。それどころか、被害者はなにも知らぬ間に抹殺されたのである。


 わずか十分間。


 相手勢力を制圧するのに要した時間だ。

 そのうち半分以上は、一酸化炭素が建物内を満たすためのもの。あまりに効率が良すぎて、見世物の演習ではないかと錯覚するくらいだ。


 シンは驚いていた。

 表情にこそ出さないけれど、内心では恐怖すら感じている。


 ―――な、なんやねん? 

 この手慣れた感じで、敵兵士を始末してゆく連中は……。

 いやさ、確かにウチの仲間やけど、手並みが鮮やかすぎて言葉が出えへんわ。コイツらを怒らせたら、アッサリと殺されてしまうで。

 絶対に逆らわんでおこう。


 いっぽうのツクモ魔導兵たち。

 彼らは張りきっていた。

 マスター(シン)に良いところを見せようと、奮戦しているのだ。

 なにしろ、人類文明圏において初めての実戦である。今までは【邪神領域】で魔物相手に戦っていたけれど、それは日常生活のための定型業務でしかない。人間の軍隊を相手にしても、“自分たちは役に立つ”と証明したかったのだ。


 魔導兵長の指示で、斥候兵が離館へと侵入。

 手早く館内換気をおこない、生き残りを始末してゆく。

 念入りに安全確認をした後、報告する。


「我が君、敵勢力を完全排除しました。建屋内部は安全です。入館していただいても問題ありません」


「あ、ああ……ごくろうさま。では、中の様子を確認しようか」


 館内部は荒らされていた。

 書類が床に散らばり、割れたガラス片などが散乱している。敵兵どもは、薬剤や魔導具の危険性を認識できなかったらしい。


 ここを接収した責任者は大馬鹿者だ。

 用心深い者ならば、錬金術師の工房には手をつけない。あるいは、入室を厳禁するだろうに。よくもまあ事故が起きなかったものだ。


 先頭で案内するのはシモンヌ。

 彼女は部屋の惨状を無視し、机下の隠し扉を開ける。

 そこは地下に降りる階段があった。


「地下室にわたしと祖先たちが研究したものの成果がある。古代魔導帝国時代の遺物も」

「ほほう」


 地下部屋は思いのほか広かった。

 最初に目につくのは壁一面の本棚だ。

 書籍や巻物の類(たぐ)いがギッシリと積まれている。珍しいものでは竹を小さな板にし、それを紐で繋いだ竹簡なんてものまであった。別大陸の文物なのに、こんなところにあるなんて驚きだ。


 別の壁や棚には、魔道具類が並んでいる。

 どれも古(いにしえ)の魔導帝国のものだ。

 ただ、日用生活品から武具類までと用途も大きさもバラバラでまとまりがない。収集欲にまかせて手当たり次第に集めたのであろう。


 まあ、偽物が紛れているのに、ちょっと笑った。

 意図的に汚れや傷を施して、いかにも年代物にみえるように加工している。なんだか、なんとか鑑定団で“残念ながら”とか言われそう。


「うん? これは」


 シンが注目したのは透明な板状の物体。

 手のひらサイズで、ガラス製ではないけれど硬質で軽い。

 錬金加工品の記憶媒体だ。【岩窟宮殿】には情報格納庫(データベース)があるのだけれど、よく似ている。そんな透明板が百枚ほどもある。


 ただし、内容は不明。

 見た目だけでは、どのような情報が記録されているかはわからない。参考になるラベルはないし、説明書も添付されていないのが残念だ。

 内容確認するには、補助人格のミドリに調べてもらう必要がある。


「錬金術関連のデータかもしれないな。それ以外でも有用なもののはずだ。期待しよう」


 周囲を警戒していた魔導騎兵から念話がきた。


『警告。この離館に近づくものあり。数はおよそ二百、兵種は小銃歩兵。到着まで約十分間です』


「なんとも無粋な。お宝を眺めて愉しんでいたのに、水を差すだなんて。おまけに、敵の責任者は常識がないのか? 夜半に部隊を移動させるなんて」


 夜間行軍は控えるのが普通だ。

 理由は、事故や道に迷う恐れがあるため。

 こんな非常識な行いをしてまで、ここに来る必要はないはず。いや、先ほど全滅させた輸送部隊が救援要請を発信した可能性もあるか。

 気づかれずに制圧したつもりだったが手抜かりがあったかも。


「まあ、よい。さっさと撤収しよう」


 持ちかえる遺物を選別せねば。

 時間は少ないし、運搬できる分量は限られている。

 可能ならば、あるもの全部をもらいたいが、それは無理だ。まず、件(くだん)の記録媒体は当然として、書物や巻物などは絶対にいただこう。


 問題は魔道具だ。

 用途不明なものがあって、回収すべきか判断に悩む。知らない技術が使われているなら欲しいのだが、さすがに全品は運びきれない。量は多いし、サイズが大きすぎるものもあった。


「ええい、面倒くさい。いっそのこと、近づいてくる連中を殲滅してやろうか」


 ここにいる魔導騎兵だけでも戦力は充分だ。

 ただ、これ以上の不要な殺生はしたくない気持ちもある。さらに付け加えるならば、味方陣営に死傷者がでる可能性も。

 さて、どうしたものか……。


 十数分後。


 新たな歩兵部隊が、郊外の離館に到着した。

 待機していた輸送部隊が全滅しているのを発見。

 彼らは、打ち負かしたはずのコルベール男爵の残存部隊が、急襲したのだと勘違いした。すぐに伝令が走り、部隊が皆殺しになっていることを報告。

 この夜、男爵領を占拠した勢力は、徹夜で見えない敵を警戒することになった。


 いっぽう、シンたちは【岩柱砦】へと帰還。

 結局、用途不明の魔道具類は置き去りにした。

 魔導関連の知識を獲得するチャンスは、いくらでもあるのだ。無理する必要はない。回収できた遺物や書籍類だけで、充分に満足だ。


 気分もよかったので、シモンヌへの復讐はとりやめた。

 彼女と負傷した男を保護して安全な場所へと移動させることにする。


「まあ、予定していたパーティ(戦争)は延期だけれどな。

 ツクモ族たちは不完全燃焼だけど、今回は我慢してもらおう。いずれ活躍してもらう機会もあるさ」


 こうして男爵家へのカチコミは、計画とはまったく違う結果で終了した。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP: 24/120


 活動限界まで、あと二十四日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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