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4-13.ダウンタウンの騒乱

 シンたちは薬師組合に通い詰めていた。

 組合が所有する書籍や研究論文などを閲覧するためだ。


 大量の文献を自由に読める機会は少ない。

 というのも、この時代の専門家は秘密主義者だから。薬師や科学者などの知識人、あるいは石工や陶器職人などの技術職は情報が漏洩するのを嫌がる。

 知識は自分たちの飯のタネだ。ゆえに長年の慣習によって秘密をまもってきた。彼らは知見を伝える相手を限定する。書物などを外部者に公開することは滅多にない。


 逆にいえば、例外扱いのシンは大したものだ。

 彼が自由に書籍を閲覧できるのも、それに見合うだけのモノを薬師組合に提供したから。具体的には、邪神領域産の希少な天然素材、コレラ菌などの研究資料に生体サンプル、新式の光学顕微鏡など。どれも途轍もなく価値ある品ばかり。

 薬師組合として彼を優遇するのは当然だ。


「ああ、ひたすら同じ作業だと飽きてしまう」


 連日、シンと護衛たちは書物をせっせと画像複写(コピー)し続けている。

 本当は研究論文を読みたいのだけれど、今は知識獲得を最優先だ。コピーデータを【念話ネットワーク】経由で【岩柱砦】へと送っていた。ただ、複写作業(コピー)は単純動作の繰り返しなので、どうしても飽きてしまう。


 ただし、こんな流れ作業を他人には見せられない。

 薬師組合には書籍閲覧を許可してもらっているが、複写(コピー)の許しは得ていないのだから。

 まあ、知らぬ人間がみてもこの魔法(コピー)を知らなければ理解できないだろう。しかし、不信感をもたれるのは間違いない。


 なので、ツクモ族(改)のひとりが見張りにたっている。

 他人が来れば、シンたちは画像複写(コピー)を中止して書籍を調べているフリをするのだ。なんとも面倒なことだけれど、この地道な作業がLP数値(ライフ・ポイント)の底上げにつながるので我慢する。


 閑話休題

 シンが、いちばん最初に薬師組合の図書館を選んだ理由。

 正確に表現するなら、錬金術師組合を最後にした理由でもあるのだけれど、それは【招厄草】が生い茂っていた場所を避けたためだ。


 この透明な草は不幸なできごとがおきる場所に生(は)える。

 因果関係は不明。この透明な草が原因で不幸がやってくるのか、逆に厄災がおきるからコレが現れるのかは判らない。確実なのは、不運に見舞われるということだけ。


 【招厄草】や【忌蟲】は普通の人には視(み)えない。

 その存在を視認できるのは、シンが知るかぎり彼自身とルナだけである。

 優秀な魔導師である女官タチアや他のツクモ族(改)たちにすら視(み)えなかった。仮説だが、古(いにしえ)の神々と関係する者、つまり、【神告】を受け取る者だけが認識できるのかもしれない。


 廊下にいた見張り役が合図してきた。

 女性職員が図書室へと駆けてくる。彼女はずいぶんと慌てており、ノックもせずに部屋の扉をバンと勢いよく開けた。


「シン様、お付きのかたがた。申し訳ありませんが正面玄関までお越しください。至急です」


「うむ、わかった。すぐに行こう」


 シンたちは階下の玄関ホールへと移動する。

 広いロビーがやたらと騒がしい。薬師や職員たちが忙しそうに行き来(き)し、たくさんの薬品や止血帯やらを倉庫から運んでいる。雰囲気は緊急事態に対応するような感じである。


 顔見知りの上級薬師が近づいてきた。

 彼は領都シュバリデンにまで出張(でば)ってきて、シンのプレゼンテーションに参加した人物であった。


「ああ、シン殿。急な呼び出しですまないが、我々と一緒に現場に行ってほしい。たしか、君は医術の心得(こころえ)があったよね」


「ええ、簡単な医療行為ならできますが。いったい何があったのですか? 」


 上級薬師によると、王都の商業地区(ダウンタウン)で大勢の怪我人がでたらしい。

 衛士隊からの要請をうけて、薬師と応急処置用の医療物資を供出することになったとのこと。


 いわゆる警察機関からの要請だ。

 断ることはできないし、なによりも優先すべきは人命救助。応援として使える人材を集めて現場へと送るのだと、上級薬師は説明してくれた。

 シンは、ルナや護衛役を含めて全員で協力することにする。


 問題の商業地区(ダウンタウン)は混沌とした状態であった。

 負傷した人が多数、それを介護する者、周辺を警戒する兵士、恐ろしそうに眺める野次馬たち。大きな事件か事故がおきた後みたいだ。緊張と恐怖がない混ぜになった空気があたりを支配している。


 上級薬師が代表して警備中の衛士に声をかけた。


「我々は要請をうけてやってきた薬師組合の者です。止血帯や薬剤など応急処置に必要なものを持ってきましたが、救護拠点はどこですか? 」


「ああ、助かります。あそこに怪我人をあつめています」


 臨時の救護所は広場の真ん中に設置されていた。

 数人の医者や看護師がいて患者を診(み)ているが、患者の数が多すぎる。

 しかも、手伝いの人々が次から次へと負傷者を運んでいた。誰もが懸命に働き、少しでも怪我人を助けようとしているが、手当がまったく追いついていない。

 非効率なのだ。組織的な動きはできておらず、個人のあつまりが頑張っているだけである。


 シンは、この混乱状態に無理もないとため息をついた。

 少人数で多数の業務をこなそうとすれば役割分担するべき。けれど、駆けつけた医師たちは目の前で苦しむ患者に集中している。

 ついでに指摘するなら、この時代には識別救急(トリアージ)、つまり負傷者の重篤度に合わせて治療の優先順位をつける概念がない。ここでは誰もが目先のことに追われている。


「しかたあるまい。私も手伝うことにしよう」


 シンは自主的に全体指揮をすることにした。

 医師や看護師に協力してもらって救護所を三分割する。そこに患者の負傷具合別に緊急、中程度負傷、軽傷と振り分けるようにした。死者は別扱いだ。


 また、薬師組合のメンバーに担当を割りふって、薬剤の供給をまかせる。

 追加の資材やら備品やらの手配もお願いしておいた。

 急報を聞きつけてやってくる医療関係者には状況を説明する。人手の足りない場所へと赴(おもむ)いてもらった。

 まわりにいた住人たちに、洗浄用の清潔な水や、止血のための布きれ、骨折治療用の添え木などを持ってきてもらうように頼む。


 ルナや護衛たちも手助けしてくれた。

 ただし治癒系魔法は使用禁止である。魔法を使えるのは貴族だけという、この国の常識に反した行為は避けるべきだ。

 今ここで魔法を使用すれば厄介ごとにまき込まれることは必至なのだから。


 そうこうするうちに皆の動きが組織的なものへと変化してくる。

 応援の医療関係者も増えてきた。まわりの人たちも、自分ができることをおこない、さらに手が空いている人々に声をかけている。

 これなら、シンが全体指揮をしなくても大丈夫だ。


 彼は怪我人を診(み)てまわる。

 ざっと観察したかぎりだと骨折や打撲などが多い。ただ、ときおり獣に咬まれたような傷の患者がいたりする。


 街なかで咬傷(こうしょう)とは妙な感じだ。

 野や山なら動物がいても当然だが、王都のど真ん中に獣がいて人間に咬みつくというのは、どうにも面妖(おか)しい。

 ここに来る前に、乱闘騒ぎだと聞いていたのだけれど、怪我の具合を診(み)ていると、この騒ぎは複雑な気がする。


 彼は不思議に思ってヒアリングを試みた。

 比較的軽傷な患者や治療の手助けをしてくれている一般人に、なにがあったのかを尋ねてまわる。


「急に暴れだした男がいたんだよ。アイツ、広場にいたひとたちに襲いかかったんだ。野獣みたいなうめき声をだしていた。見ていて気持ち悪いったらありゃしねぇ」


「ヤバいクスリを使っていたはずだ。とんでもない馬鹿力で男を殴りとばした。いや、ホラじゃなくて本当に人が宙を飛んだんだぜ。通りがかりの冒険者たちが、ソイツを取り押さえようとしたが全員返り討ちにされちまった」


「大勢の人間が一斉に走ってパニックですよ。恐ろしいことに犯人は捕まっていません。もう完全に野放し状態でしてね」


 騒ぎの元は一人の男らしい。

 ずいぶんと人間離れしたパワーだったようで、手練(てだ)れの冒険者たちを相手に一歩も引かずに、これを撃退。

 しかも逃亡に成功しているのだから、人間離れしたヤツだ。ソイツはまるで超戦士のようだったと証言する住人もいたくらいである。


 怪我のほとんどは二次被害によるもの。

 たくさんの人が同時に逃げようとして転倒する者が続出。さらに上から踏みつけられるのだから怪我人も増えてしまう。犯人に襲われた者以上に、二次被害者のほうが多くなったのは集団パニックのせいだ。


 ただし、咬傷(こうしょう)の原因は不明なまま。

 どうして獣に咬まれた傷があるのかわからない。


 突然、悲鳴が響きわたる。


 続けて罵声や叫び声やらが聞こえてきた。

 声がしたほうを見やると、人々が必死になって逃げようとしている。


 中心には大きな男がひとり。

 先ほど騒ぎをおこした犯人がここに戻ってきたのだ。

 異常な精神状態にあるようで獣のような唸り声をあげていた。目は充血して真っ赤。ギョロギョロと目玉を動かしているけれど、その焦点はあっていない。


 体躯は大きくて身長二メートルほど。

 筋肉がしっかりあって、無駄な脂肪はないので肉体労働者だろうか。ただし腹部や背部の一部が膨らんでいて妙な感じがする。

 服で隠れているのだけれど、膨らみがモゾモゾと動いているのが不気味だ。


 兵士たちが大男をとり囲む。

 彼らは王都衛士隊で、騒ぎの現場を警戒していた。隊長の命令のもと、一斉に飛びかかって取り押さえようとした。しかし、男の剛腕パンチをまともに受けて数人が後方へ吹きとぶ。この狂人、腕一本で大人数人を殴り倒すなんて信じられないパワーだ。


 ただし、大男自身にも大ダメージがある。

 異常な“力”は本人の腕に過負荷を与えたのだ。右手の前腕部が骨折している。しかも開放骨折というやつで、折れた骨の先端が皮膚を突き破って外に出ており、見るからに痛そう。


 だが、大男は気にする様子はない。

 それどころか折れた右腕で倒れている衛士に攻撃を加えた。痛みを感じていないらしく、何度も腕を振るう様(さま)はあきらかに狂っている。


 ほかの兵士たちは剣を抜いた。

 今までは犯人捕獲を試みていたが、こうも凶悪な相手だと武器使用もやむを得ない。しかし、それが裏目にでてしまった。

 大男が本気になってしまい、さらにパワーアップして暴れまわる。その姿は、もう人間ではなく手負いの獣と同じで、下手に近寄ると危ない。次々に衛士たちが倒れてゆく。


 ルナが、兵士たちの苦戦する様子に、


「見ていられないわね。手助けするわ」


 彼女の動きは早い。

 さすがに、超戦士なだけあって、あっという間に大男との距離を詰めた。しかも彼女は武器を持たず徒手空拳のままだ。


 ルナは、狂人が振り回す剛腕をかい潜(くぐ)る。

 スルリと男の懐に入り込んだ。相手の二の腕あたりに手を添えて重心をちょっとだけズラす。たったそれだけで大男はバランスを崩し、よろけてしまった。


 そのまま彼女は大男に投げ技をきめる。

 合気道の四方投げに似ているが、彼女のそれは非なるもの。護身の術とは違って、とことんえげつ(・・・)ない。

 投げる直前、相手の肘と肩を逆関節で極(き)めて骨を折る。さらに狂人の後頭部を硬い路面に打ち落とした。

 この技はあまりにも危険すぎる。単に昏倒だけでなく、下手をすれば脳を損傷して死亡しかねない。まさに情け容赦ないとはこのことだ。


 ルナは、素手で戦うとき柔法を良くつかう。

 突き蹴りの剛法よりも、投げや関節技を多用するのは、敵が防具をつけているため。兜や胸甲などを着込む相手にパンチを当てても効果は薄い。おのずと、極(き)技や投げ技を使うことになってしまう。


 彼女は狂人を抑(おさ)えつけた。

 うつ伏せ状態になった男の左腕を捩じりある。自分の片膝を相手の首筋に押しつけて、完全に無力化させた。ここまで極(き)めれば、どんなに力自慢の者でも身動きできない。


 だが、シンは警告を発した。


「ダメだ、ルナ。その男からすぐに離れろ! 」


「え? きゃ! 」


 ルナは手首のあたりを噛まれてしまった。

 大男の肩口あたりが盛り上がって服を突き破り、ナニか(・・・)が彼女を襲ったのだ。


 それは【異形のモノ】。

 パッと見た目は肉食獣の口だ。実際に奥のほうにはギザギザした歯がみえていた。不気味なバケモノが、大男の身体から生(は)えていてモゾモゾと蠢(うごめ)いている。

 コイツは寄生型の魔物だ。

 しかも質(たち)の悪いことに、手当たり次第に噛みついて、相手の体内に卵を産みつける。


 つまり、ルナは【異形のモノ】に寄生されてしまう。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP:72/120


 活動限界まで、あと七十二日。


※『ダウンタウン』の表記について

日本語に直訳すると『下街』だと、ついつい勘違いしますよね。

でも、米国英語では『商業地区』だとか『ビジネス街』を意味するそうです。

というワケで、この物語では王都中心にある商業地区を『ダウンタウン』としました。


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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[良い点] ルナさんが一児の母に!(・∀・;)
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