4-07.戦場模様
シンは困惑する。
想定外の状況に直面したからだ。
本来、コルベール男爵家に奇襲攻撃をかけるつもりだった。
しかし、敵はすでに臨戦態勢。相手が準備を整えて、待ち構えているなんて予想外だ。
「作戦を一時中断する。繰り返す、作戦は一時中断とする。
なお、偵察部隊は相手方の様子を詳しく調べるように。くれぐれも見つからないように立ちまわってくれ」
索敵専門の部下たちが動きだす。
現在、周辺警戒をしているのは、鷹型と狼型だ。機動力もあり、行動範囲も広いけれど、街なかでの活動は不向き。
そこで、ツクモ族の鴉型や猫型が移動開始した。
彼らなら、人間生活圏内にいても目立たないので適任だ。
数時間後、次々と報告が入ってくる。
街中では、たくさんの衛兵が街内を巡回していた。
住人たちに外出せず、屋内に留まるようにと告げる。
領都郊外では、歩兵たちが簡易陣地を構築し、騎馬砲などが配備されつつあった。
「おいおい、完全に戦いの準備中じゃないか。まさか、こちらの情報が洩れていたとか……」
情報漏洩の可能性を考えてみる。
たとえば、男爵家の諜報員が【岩柱砦】にまで侵入して、襲撃計画を連絡した。あるいは、裏切り者がいて密告する。
他にもいろいろと想像したけれど、どれも無理がある。
自陣営の奇襲計画が流出するなんて、絶対にあり得ない。
「もしかして、未来予知系の魔法があったりする?」
ここは神々や精霊が実在する幻想世界。
魔導という奇天烈パワーがある。
以前、砦街で魔導系占星術なんてモノを見かけた。未来のできごとを予知する魔導技術があっても不思議ではない。
シンは、この仮説にゾッとした。
本当に存在するなら、今後の活動に支障をきたす。
彼は、寿命を延ばすために錬金術関連の知識獲得にうごいていた。
ただ、収集方法は強引だ。ハッキリ言えば違法行為もしているし、少々の悪事だって厭わないつもり。
「相手方が、未来予知を活用して防御策を講じたらどうなる?
私は、邪魔されて技術収集ができなくなるぞ。死活問題に直結するじゃないか。絶対に対抗する手段を考えないと。まずは、使い手を調べる必要が……」
背後から、女性が声をかけてきた。
「シン、そんな難しい顔をしないで。タチア、お茶をおねがい」
相手はルナであった。
彼女はいつもの服装とは違う。ツクモ陣営の標準装備で、身体の要所を守るバトルスーツのうえに迷彩柄のポンチョを身につけている。武骨な装いなのだけれど、クール・ビューティな女性が着込むとなぜか不思議な色気が漂っていた。
彼女が小声で助言する。
「トップは常に泰然とした態度を保つべきよ。でないと周囲の者たちが動揺するから」
兵士たちが、心配そうに彼を窺っている。
その視線は遠慮がちだ。けっして不躾ではないけれども、確実にこちらの様子を気にしている。
「ああ、確かに。組織トップは泰然自若としていないと。ましてや動揺する姿を部下にみせるのは厳禁だ」
これはリーダーの心得だ。
知識として持っていたけれど、ちゃんと実践しなければ意味がない。自分は戦闘集団を率いる立場にいるのだから。
なら、彼女に指摘されたとおり、見栄でもいいから堂々としよう。
「タチアが淹れてくれるお茶はおいしいな。心が落ち着くよ」
「お気に召していただけたようでなによりですわ」
筆頭女官との何気ない会話。
意図的に、周囲に聞こえるような声で話をした。
たったそれだけで、前線本部の空気が穏やかになってゆく。彼の下手くそな演技であっても、皆に良い影響を与える。
待機していた部隊も平静さを取り戻した。
念話ネットワークを介して、リラックスした雰囲気が伝わったのだろう。突然の中断命令であったけれども、問題はまったくない。我々は、どんな状況変化に対応できると、配下の兵士たちはあらためて確信した。
シンは、己の迂闊な態度を反省する。
「ああ、私は、主としての自覚に欠けていた。自身の寿命を延ばすことだけを考え、お気楽に行動していたが、それは間違いだ」
眷属たちは、敬意を示してくれている。
だが、この状況に甘んじてはならない。
彼らの期待に応えられなければ、愛想をつかされて見捨てられてしまう。
しかも、男爵家に戦いを挑むのだ。
ツクモ族たちの怒りが凄まじくて、こんな流れになったが、よく考えてみれば当方側にも戦死者がでるかもしれない。身内を死なせてしまうという認識がなかった。
「ルナ、あらためて礼を言う。ありがとう」
「ううん、気にしないで。当然のことをしただけよ。あなたに助力するのはわたしの役目なのだから」
どうやら、彼女は本気でそう思っているらしい。
以前、互いに助け合うことで合意したが、本当に良かったとおもう。対等な立場でアドバイスしてくれるのは、いまのところルナだけだ。
部下たちは、彼を主として敬意を示しており、ちょっと遠慮がある感じ。
やはり、彼女は貴重で得難い人物だ。
しばらくすると、偵察部隊から新たな情報がもたらされた。
「報告します。領都シュバリデンの郊外に正体不明の部隊を発見。コルベール男爵勢と交戦しています」
シンは、連絡を聞いて一瞬惚けてしまった。
―――へっ? 交戦ってどういうこと?
男爵家がウチら以外の誰かと戦闘中ってことなん。
もしかして、連中が臨戦態勢やったんは、コレを迎え撃つためか。自分は見当違いの心配しとったんけ? なんや、アホみたいやなぁ。
未来予知系の魔法とかを想定してたけど、ぜんぜん違うぞ。
おっと、これは良い機会や。
この異世界の武器は知ってるけど、運用方法は判らんしな。
どんなふうに戦うのか、よ~く観察したろ。
「偵察部隊に連絡。交戦している連中の状況を記録すること。前線本部周辺を警戒している者たちをそちらにまわして構わない。空いた監視網の穴は歩兵部隊で塞げばいい」
シンの命令にしたがって部隊がうごいた。
次々と戦いの様子が【念話ネットワーク】を経由して伝えられてくる。
戦場では、マスケット銃もどきが火を噴いていた。
発砲時に一瞬だけ発光現象がおきるのは、炸薬が火薬ではなくて、蓄力鉱石の粉末による魔法反応のせい。
なお、彼らの小銃は滑腔式なので命中率は低い。
欠点を補うため、“数撃てば当たる”の考えで、歩兵たちは横一列になって一斉射撃をくりかえしていた。
周辺は煙につつまれて視界が悪くなってゆく。
小銃用炸薬が低品質なせいで、たくさんの硝煙がでてしまうためだ。数丁程度なら問題ないけれど、数千単位の鉄砲でバンバンと発砲すれば大量の灰煙が発生する。
しかも、いまは無風状態なので、煙塵はその場に滞留したままだ。
「なるほど、軍服が派手な色彩なのは、敵味方を見分けるためか」
守備側も攻撃側も、赤や緑など目立つ色を採用している。
おかげで、煙幕のなかでも敵味方識別ができる仕様であった。
シンには、陸軍兵士は迷彩色という固定観念があった。
彼の軍事関連知識は二十世紀以降のもの。実は、前世地球でも、マスケット銃が主力の頃は兵隊の服装は色鮮やかだ。
時代や武器に応じて常識は変わるという事例のひとつであろう。
「ふむ、あれは紙薬莢だな」
これは、予め炸薬を小分けして専用紙で包んだもの。
利点は弾込めの時間が短縮できること。おのずと発泡回数が多くなるので戦いには有利だ。攻勢側の兵士だけが使用しており、新しい技術なのだろう。
対する男爵家は旧式のまま。
小銃を縦に立てて小袋から炸薬剤を流し入れ、さらに弾丸を詰める手間がかかった。装填時間が長いので銃の撃ち合いは不利になる。
男爵陣営から、ひとりの男が駆け出た。
速度は非常に速くて、攻撃側の戦列歩兵へと一直線に突入する。
とんでもなくパワフルだ。
腕を振るえば、歩兵がまとめて宙に舞いあがる。
蹴りを放つと人々がドミノ倒しのように崩れた。
発揮する“力”は、もはや人間業ではない。
「あれは【超戦士】だな」
身体強化の魔法を付与した兵士だ。
出身は、第三身分の平民。
生まれが貴族階級であれば、専門教育を受けて魔導師になれたはず。だが、一般市民には、その機会はない。才能がありながらも、知識と教育のチャンスに恵まれなかった。
しかし、身体強化系魔法なら取得可能だ。
魔導関連知識はなくても、自分で試行錯誤すれば会得できる。不遇であっても、諦めず独学で道を極めた、大変に優秀な人物のはず。ゆえに、貴族階級者の目に留まり雇用されたのだろう。
その【超戦士】が後方へと跳躍。
直後、投槍が地面に突き刺さる。
それは鉄製のゴツくで太いもの。
回避が遅ければ、鉄槍に貫かれていた。
危ういところで攻撃を避けた彼は、槍の飛んできた方向をにらむ。
攻撃側の【超戦士】であった。
しかも三人。いずれも強者独特の雰囲気が漂っている。
一般の兵士とは明らかに違う存在感があった。
「ほほう、身体強化した者たちの戦いか。これは見ものだな」
三対一の戦闘だけれど、互角の勝負になっていた。
男爵家側の戦士が、地の利を活かして上手に立ち回っているからだ。
で、具体的な様子だが、とにかく凄まじい。
戦場に響く音は、耳を劈くほどに大きい。
身体全体を震わせる衝撃波が発生しているのだ。
とてもではないが人間が武器で打ち合っているとは思えないほど。
別の場所では巨大な爆炎が生じていた。
火炎が渦を巻いて範囲内にあるものを焼き焦がす。
熱風がその外側にいた兵士に甚大な被害を与えた。高温の空気は肺の奥にまで侵入。肺胞に熱傷を負わせて酸素と二酸化炭素のガス交換機能を停止させたのだ。
つまり、呼吸困難となって窒息死である。
まあ、それ以前に全身やけどで死亡する者が大多数なのだが。
「あちらは魔導師が戦っているのか」
大きな火柱が、幾本も地面から昇り立っていた。
魔法使いが引き起こす超常現象。
【理外理力】という玄妙な“力”によるものだ。
伝送映像では、術師本人の姿は見えない。
【念話ネットワーク】経由での情報通信は便利だけれど、残何得ながら、すべてを視認できるワケではない。
ましてや、カメラ役を担っているのは、ツクモ族動物シリーズのカラス型だ。防御力は低く、撃たれ弱いから、戦場のド真ん中に移動させるのは無理。上空から地上を見渡すのが精いっぱいであった。
一般兵は、敵味方ともに退避している。
巻き込まれれば、無事では済まないのだ。
うかつに近寄っただけで皮膚は裂け、手足が引きちぎれてしまう。
事実、一般兵士の間では、魔法詠唱者を見たらすぐに逃げろと言われている。
ふつうの人間では、絶対に太刀打ちできない。即行で退散すべきと教えられていた。
ただし、魔導師とて無敵では“ない”。
なぜなら敵対する側にも同種の術師がいるからだ。
爆炎の魔法使いに向けて、何十個もの岩礫が飛ぶ。
さらに、彼を中心にして地面が沸騰したように吹きあがった。
モウモウと塵芥が空中に漂い、なにも見えない状態となる。
塵煙の中から、複数の火弾が射出された。
火属性魔法によるもの。
攻撃された魔法詠唱者は、岩礫攻撃を防ぎきっただけでなく、反撃までしてのけたのだ。
こうして魔導の使い手たちの激しい争いがはじまる。
「戦いは、かなり広範囲でおきているな」
歩兵たちは戦列を組んで前進し、敵をめがけて銃をぶっ放す。
超戦士どもは人外の力を発揮して、相手を討ち斃さんと暴れまわった。魔導師にいたっては、はた迷惑なほど強力な攻撃魔法をあたりにバラまいている。
状況は男爵軍の劣勢ですすむ。
攻撃側と比較して兵力数が少ないためだ。
領軍の練度は高いし各部隊の連携もしっかりしていた。
しかし、敵方の数に圧されてゆっくりと後退。
守勢側は各所で分断されて個別に撃破されている。
降伏する兵士も多く、なかには超戦士や魔導師までもが抵抗を止めていた。というか、負傷して身動きできない様子だ。
徐々に、戦闘区域が狭まってゆく。
最初のころ、戦いは領都郊外でおこなわれていた。
夕刻になると男爵家の屋敷が建つ丘のあたりまで戦線がさがっている。
夜半。
男爵家の本屋敷に火がついた。
まっ赤な火炎が建物を覆いつくす。
火粉はチラチラと瞬きながら空中を舞った。
煙は天高くにまで昇る。さらに、領都付近は、焼け焦げた臭いで包まれてゆく。
屋敷は、小高い丘に建っていた。
領地のどこからでも見える位置だ。
夜の帳を背景にして、建造物が燃え崩れる様を領民たちが眺める。
嘆き悲しむ者。
逆に喜びを露わにする住人。
住民の反応は様々だが、共通の認識は、この土地の支配者が変わるということだ。
シンは戦場の推移をずっと観察していた。
「なるほど、人間同士の争いはこう展開するのか」
彼が知る戦いは魔物相手のものばかり。
【邪神領域】のモンスターどもは強いし凶悪だが、お利口ではない。
いっぽう、人間には知恵があった。
最小の労力で最大の効果を得るべく相手を騙し、囮を使って対象を釣りだす。自分たちに有利な場所を確保するだとか、相手勢力に本領を発揮させないように立ち回るのだ。
戦争ともなれば、さらに複雑になる。
互いに戦術や戦略まで考慮するのだから大変ややこしい。男爵家と敵との戦闘は、魔物との戦いとは全く別ものだと認識させられた。
偵察兵から報せがはいる。
「報告します。敗残兵を発見。位置は、前線本部から約三キロ近く。なお、対象者はマスターの知り合いです。現在、手出しは控えていますが、どう対処すべきかとの質問がきています」
「私の知人だと?」
シンは、転送された念信情報を確認する。
“確かに顔見知りだな”とつぶやいた。
すぐにその人物たちと接触すると決めて、ルナや魔導騎兵たちを引き連れて現場に急行する。
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夜の森。
敗残兵二人を見つけた。
小柄なほうが肩を貸して、もう一方の人間を補助している。
双方ともに呼吸は荒くて歩くのも、ひと苦労な様子だ。それでも休まないのは、少しでも遠くに逃げたいのだろう。
ツクモ族たちが、敗残兵を包囲する。
さらに相手に降伏するように促した。
対象の二名に両手を挙げさせたうえ、膝を地面につかせて、抵抗できないようにする。
シンが、敗残兵の前に姿を現した。
「やあ、久しぶりだな。シモンヌ組合長。いや、秘書官とお呼びすべきかな」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 25/120
活動限界まで、あと二十五日。