4-05.豊かな実り、タチア
美しい女性が、片膝をついて敬意を示す。
全裸であるにもかかわらず、
堂々としていた。まったくもって羞恥心は皆無だ。
その態度から、眼前の人物は気が強く、かつ己自身に自信をもっていることが窺い知れる。
「我が君に改めてごあいさつを。わたくしは女官筆頭を務める者。御身のお世話をする人員を指揮管理しております」
お世話係。
彼女たちのおかげで、シンは健全な生活を過ごせている。
彼には、けっこう無頓着なところがあった。
錬金術や各種研究に集中してしまうと、食事をとらない。徹夜だって平気でしちゃう。食生活や着衣への関心が薄く、優先度が低いのだ。
そんな無精男をフォローするが女官たちだ。
主業務は、主の私生活全般を管理すること。
適切なタイミングで休憩を取らせるだとか、ちゃんと食事時間を確保するなど。ときには、実力行使で強制的に就寝させることも多々あった。
彼は、いちおう己のダメっぷりを自覚している。
ただし、改める気は全然ないけれど……。
「あ~、いつも迷惑をかけているね。貴女たちには感謝しているよ」
片膝をつく相手を見て、思いあたることがあった。
お世話係のなかで、すごく目立つ女性がいる。たいへん情熱的というか、こちらが心配するくらいに献身なのだ。
その姿を脳裏に浮かべながら、眼前の人物を観察した。
筆頭女官は、ずいぶんと華やかで勝気な感じ。
身体改造前の第一形態だと、ツクモ族は白大理石のような肌合いのせいで、個人の区別はしにくかった。
しかし、いまは違う。
第二形態の姿形は普通の人間と同じだし、個性がハッキリと分かる。
人の関心を惹く艶やかさが全身から溢れていた。きらびやかな雰囲気で、どこぞのお姫さまのよう。もしかしたら、本当に貴族階級出身の女性かもしれない。
「仲間を代表してお礼を申し上げます。わたくし達が、再び現世に肉体を得られたのは、すべて我が君のお力によるものですわ」
現在、彼女たちツクモ族の総数はおよそ三千人。
当初、シンは二~三人ほども錬成すれば充分だと考えていた。
しかし、熱烈に請われて人数を増やしている。
なぜか、止めようという気になれなかった。
むしろ積極的に増員しようととしたくらいだ。自分でも、そんな暴走的な判断をしたか釈然としない。
で、とある疑念をいだく。
【天啓】を授けてきた正体不明の神様による意識誘導ではないかと。
ただし、証明することは不可能。そもそも上位階梯者の意図なんて、人間が理解できるはずもない。
「なに、礼には及ばない。私にも思惑があってのこと。お互いに頼り合う運命共同体だし、気にせずともよいさ。
それよりも早く服を着てくれ。見目麗しい女性が裸のままでは、目のやり場に困る」
そう、彼女は全裸のままなのだ。
バランスのとれたプロポーションで、たいへん美しい。
胸の膨らみは見事なサイズだし、腰のくびれはキュッと引き締まっていた。全体的に白い肌と、乳首の淡いピンク色のコントラストが、艶っぽくて息が止まるほどだ。
「申し訳ございません。お目汚しでしたね。では、いったん下がらせていただきます」
筆頭女官は、立ち上がって優雅に一礼。
その後、彼女は意外な行動にでた。
退出すると思いきや、くるりと身体を反転させる。
さらに、後方に控えていた同僚たちに、とんでもない言葉を投げかけたのだ。
「うふふ。あははっ! 敬愛する我が君に、最初にご挨拶したのは、この、わ・た・し。マスターの“はじめて”を得る栄誉は、私のものよ。有象無象のアンタたちなんか、お呼びじゃないわぁ~」
仲間にむかって挑発し始めた。
お世話係たちの神経を逆なでするかのように高笑いする。
全裸のままで左手を腰にあて、右手を天に突きあげる姿は、世紀末覇者みたい。なんというか、圧倒的な存在感があった。
シンは、ツッコミをいれてしまう。
―――なぁ、おまえ笑うたびに、おっぱいが揺れてんぞ。
凄くブルンブルンしてるやんけ。
やめろや。感心するくらい豊満な胸に、目が釘づけになってしまうわ。
それと、ウチの“はじめて”ってなんやねん!
ふつうに初対面の挨拶をしただけやぞ。
なんで誤解を招くように言いかたするん?
それともなにか。本気でウチの“はじめて”を狙ってんの。
無理、むり。むっちゃ怖いって。
後々の面倒ごとを考えればヤバすぎる。
お前みたいな初物狙いの女なんか、相手する勇気なんてあらへんで。
挑発された側は怒り心頭。
彼女たちは、すごい勢いで詰め寄って、筆頭女官を責め立てた。
そりゃ、あんな高飛車な態度をされたら、誰だってムカつくわな。
なかには、ハンカチを口に咥えてキーッとやっている者もいる。
漫画のなかだけの動作だと思っていたけれど、本当にアレをする人物がいるとは驚きだ。なんだか貴重なモノを見た気がする。
「ああん? 聞こえない~。そっか、アンタたち声が出ないもんねぇ。
選抜戦に負けるなんて、弱すぎるんだわ。恨むなら己の実力の無さを恨みなさい。オ~ホホッ」
”選抜戦”。
それは、身体改造をする被験者を選ぶものであった。
先日、シンは一名だけ試験的改造を施すと告知。
安全を考慮しての決定だ。すでに改造技術は確立していた。動物タイプでの検証試験は非常に満足のいくもの。
とはいえ、錬成人間に施術するのは初めてなので、慎重にすすめたかった。
そこで、被験者候補一人を募ることにする。
予見できない失敗もあるからと、くどいほど説明をした。
結果は、意外なことに申し込みが殺到。
大勢が、自分を被験対象にしてと、熱心に自己アピールをはじめる始末だ。もう収拾がつかなかった。
で、面倒くさくなって選抜戦を提案。
熾烈な戦いに勝ち残ったのが、この筆頭女官というワケである。
ちなみに、研究室には多数のツクモ族たちがいた。
錬金術師として、今回の試験的施術に協力してくれた者たちである。みんな、呆れた様子で“またか~”とか“いい加減にして”といったかんじ。
シンは、助手役たちにむかって、
「あ~、いったん解散しようか。あのようすだと、身体改造はうまくいったみたいだしね。みんなごくろうさま」
下手に女官たちの諍いに介入すると、酷い目にあいそう。
それに、騒ぎをみるかぎり、カラリと陽気な雰囲気である。
陰湿さはまったくない。ふだんの彼女たちは仲良しだし、結束もしていた。あれはジャレているだけ。放置しても問題なしだ。
第二形態への改造は順調にすすんだ。
選抜した被験者たちに施術し、しばらく経過観察しているが、彼らの身体は健康そのもの。心配していた後遺症や不具合はない。
そろそろ本格的な改造計画を実行してもよかろう。
ある日のこと。
シンは、お願いをされていた。
相手は全裸で仁王立ちしていた筆頭女官である。
今は、ちゃんとした服を着用しているけれど、熱烈な忠誠心に変化はなし。
でも、奇妙なプレッシャーを感じる。ちょっと警戒して、身構えてしまうほどだ。
「な、なにか用件があるのかな」
「ええ、我が君。先日、お願いした件についてです。
その後はいかがでしょうか? もちろん、わたくしだけを特別扱いにしてくれても大歓迎ですわ」
「わ、わかっているとも。もう少し考える時間をもらいたいのだが」
お願いとは、ツクモ族全員に名前をつけること。
ただし、少々困っていた。最初は簡単だと思ったけれど、対象数が多すぎて大変なのだ。みんな、唯一自分だけの固有名称を欲しがっているし、要望には応えてやりたい。
補足すると、彼女たちは古代魔導帝国時代の人間だ。
聞き取り調査をして判明したのだけれど、皆には、わずかに生前の記憶が残っていた。
検討の結果、名づけは帝国流儀に倣うことにする。
個人名と氏族名の組み合わせで、日本の姓名と同じだ。
氏族情報は、【岩窟宮殿】の情報格納庫にあった。具体的な例だと、アエミリウス、クラウディウス、ドミティウスなどで、これをそのまま使用。
「個人名称については過去世記憶を参考にしたよ。
男性には樹木名を流用する。たとえばウツギ(空木)。エンジュ(槐)。ヒイラギ(柊)など。女性名には草花の名称でアザミ(薊)。モクレン(木蓮)。リンドウ(竜胆)だね」
「すばらしいですわ。帝国式を不採用にしていただき感謝しております。だって、女には個人名がないのですから。本当に度し難いですよね」
古代魔導帝国の文化は、いい加減だった。
なんと、女性の呼び名は氏族名を女性形にするだけ。
娘がたくさんいても、全員同じ名前にしちゃうのだ。混乱するだろうに改めようともしない。
男性名とて似たり寄ったり。
例えるなら、太郎、次郎、三郎と順番にする。どこの家庭でも同じだから、太郎君が町中にあふれていた。ボツ個性もいいところだ。
もちろん、お騒がせ筆頭女官にも名をつけた。
【タチア・ヴァレリウス】だ。
「わたくし、感激しましたわ。由来がタチアオイ(立葵)とは。
花言葉は“気高く威厳に満ちた美”や“豊かな実り”だなんて。
さすが我が君、深い愛情を感じます。もう、あなたさまに一生ついてまいりますね」
「そ、そうだね……、今後も頼りにさせてもらうよ」
彼は曖昧に笑ってごまかした。
まさか、ブルンブルン揺れるおっぱいから“豊かな実り”を連想したなんて言えない。教えるつもりもない。
相手が満足してくれるなら、万事良しだ。
名づけ以外にも、面倒な要望が届いていた。
内容は、コルベール男爵に報復しようというもの。
彼女たちツクモ族にしてみれば、主が毒殺されかけたのだ。もう、文字通り”怒髪天を衝く”状態である。
「黙って見過ごせない」
「不埒な者に鉄槌の裁きをくだすべきだ」
「いまこそ、我らの力を知らしめるべし!」
シンへの圧力は増すばかり。
―――なんか物騒な声が増えてきよったなぁ。
ああ、アイツら喋れるようになったせいか。
いきなり貴族家にカチコミをかけようぜって、血の気が多すぎへん? まあ、ウチも男爵本人には憤慨しているんやで。
かといって面倒くさいもの事実やしなぁ。どないしよか。
「そもそも、男爵家は、私に感謝すべきだろうに」
彼の行為は賞賛されても良いだろう。
【邪神領域】で死んだ兵士たちの認識票を回収して、これを届けた。
砦街キャツアフォートでの感染爆発でも活躍している。大量の魔法治療薬を作成し、拡大抑止に努めた。都市封鎖の騒動では、見捨てられた住人数千名を救ったのだ。
領都シュバリデンでも同様。
怒れる海神を鎮めて、都市が水没するのを防いでいる。
「なのに、相手は私の殺害を図った。八つ当たりで殺そうとするなんて、見当違いだろうが」
いっぽうで、実行犯のシモンヌに対する恨みは少ない。
むしろ憐憫のほうが強かった。
彼女は、彼に毒を盛ったけれど、男爵の命令に抗しきれなかっただけ。しかも、事前に逃げるようにと警告をしていた。
とはいえ、キッチリと落とし前はつける必要はある。
「やはり、コルベール家には報復すべきかな」
敵戦力の概要は、以下の通り。
領兵はおよそ三千。
なお、歩兵や騎兵だけでなく、街の治安維持を担う衛士も加算しての人数だ。主要武器は、単発先込め式のマスケット銃もどき。“もどき”と表現しているのは、炸薬が火薬ではなくて含魔鉱石の粉末を使っているから。
忘れてならないのが魔導師の存在。
男爵本人と係累を含めて十人ほど。ただし、戦力の程度は不明。
魔術師は、上位と下位の差がありすぎて、どうにも読みきれないのだ。
補足すると、魔導師は貴族と同義だ。
彼らの数はものすごく少ない。
この異世界では、魔導力活用には“血と知”が必須とされていた。
“血”は血統のことで、素質は子孫に受け継がれてゆく。
“知”は知識を意味し、幼少期から英才教育を施した末に、ようやく一人前となるのだ。
むろん、平民階層にも才能ある者はいる。
しかし、“知”が欠けているので、超戦士になるのが精いっぱい。肉体強化系の魔法ならば、専門知識が不要だからだ。
有用な人材なので優遇はするけれども、厳格に区別もする。
上記の背景もあって、男爵家配下の魔導師はごく少数だ。
「ふむ、報復の方針案はザックリと二つかな」
第一案は、対象を男爵本人に限定する。
この案ならば、攻撃参加者は少数で済むし、無関係な者をまきこまない。
ただし、シンが主犯だと疑われる恐れがある。特にシモンヌ秘書官あたりが可能性を指摘するはずだ。
第二案は、男爵領全体を攻撃対象にする。
もう大規模テロか反乱って感じだ。ここまですると、彼が襲撃犯だとは思われないはず。
たかが野良の錬金術師が軍隊と同等の兵力をもっているなんて、誰も想像できやしない。自分でも信じられないくらいだ。
男爵家への対応について、ツクモ族たちに意見を求めた。
「……と、おおまかに二つの方針案があってね。皆の考えを聞きたいのだが、どうだろうか?」
「今回の責任は男爵家全体に取らせるべきです」
「組織的犯罪への対処は厳格にしないと」
「我らに報復の機会を与えてください」
全員が、全面攻撃案を支持した。
筆頭女官のタチアも、なかなかに過激な発言。
「我が君に悪意をむけた者なんぞ抹殺ですわ。いや、男爵一族すべてを地上から完全に消滅させるべきです」
―――まあ、そうなるわなぁ。
相談する前から、なんとなく結果が読めてたしな~。
まっ、殺されそうになったワケやし、男爵本人には相応の罰は受けてもらわんと。世の中には、”因果応報”っていう言葉があるって、思い知らせたろうか。
ということで、カチコミが決定した。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 60/120
活動限界まで、あと六十日。