表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/159

4-05.豊かな実り、タチア

 美しい女性が、片膝をついて敬意を示す。

 全裸であるにもかかわらず、

 堂々としていた。まったくもって羞恥心は皆無だ。

 その態度から、眼前の人物は気が強く、かつ己自身に自信をもっていることが(うかが)い知れる。


「我が君に改めてごあいさつを。わたくしは女官筆頭を務める者。御身のお世話をする人員を指揮管理しております」


 お世話係。

 彼女たちのおかげで、シンは健全な生活を過ごせている。

 彼には、けっこう無頓着なところがあった。

 錬金術や各種研究に集中してしまうと、食事をとらない。徹夜だって平気でしちゃう。食生活や着衣への関心が薄く、優先度が低いのだ。


 そんな無精男をフォローするが女官たちだ。

 主業務は、(あるじ)の私生活全般を管理すること。

 適切なタイミングで休憩を取らせるだとか、ちゃんと食事時間を確保するなど。ときには、実力行使で強制的に就寝させることも多々あった。


 彼は、いちおう己のダメっぷりを自覚している。

 ただし、改める気は全然ないけれど……。


「あ~、いつも迷惑をかけているね。貴女たちには感謝しているよ」


 片膝をつく相手を見て、思いあたることがあった。

 お世話係のなかで、すごく目立つ女性がいる。たいへん情熱的というか、こちらが心配するくらいに献身なのだ。

 その姿を脳裏に浮かべながら、眼前の人物を観察した。


 筆頭女官は、ずいぶんと華やかで勝気な感じ。

 身体改造前の第一形態だと、ツクモ族は白大理石のような肌合いのせいで、個人の区別はしにくかった。


 しかし、いまは違う。

 第二形態の姿形は普通の人間と同じだし、個性がハッキリと分かる。

 人の関心を惹く(あで)やかさが全身から溢れていた。きらびやかな雰囲気で、どこぞのお姫さまのよう。もしかしたら、本当に貴族階級出身の女性かもしれない。


「仲間を代表してお礼を申し上げます。わたくし達が、再び現世に肉体を得られたのは、すべて我が君のお力によるものですわ」


 現在、彼女たちツクモ族の総数はおよそ三千人。

 当初、シンは二~三人ほども錬成すれば充分だと考えていた。

 しかし、熱烈に()われて人数を増やしている。

 

 なぜか、()めようという気になれなかった。

 むしろ積極的に増員しようととしたくらいだ。自分でも、そんな暴走的な判断をしたか釈然としない。

 で、とある疑念をいだく。

 【天啓】を授けてきた正体不明の神様による意識誘導ではないかと。

 ただし、証明することは不可能。そもそも上位階梯者(神々)の意図なんて、人間が理解できるはずもない。


「なに、礼には及ばない。私にも思惑があってのこと。お互いに頼り合う運命共同体だし、気にせずともよいさ。

 それよりも早く服を着てくれ。見目麗(みめうるわ)しい女性が裸のままでは、目のやり場に困る」


 そう、彼女は全裸のままなのだ。

 バランスのとれたプロポーションで、たいへん美しい。

 胸の膨らみは見事なサイズだし、腰のくびれはキュッと引き締まっていた。全体的に白い肌と、乳首の淡いピンク色のコントラストが、(つや)っぽくて息が止まるほどだ。


「申し訳ございません。お目汚しでしたね。では、いったん下がらせていただきます」


 筆頭女官は、立ち上がって優雅に一礼。


 その後、彼女は意外な行動にでた。

 退出すると思いきや、くるりと身体を反転させる。

 さらに、後方に控えていた同僚たちに、とんでもない言葉を投げかけたのだ。


「うふふ。あははっ! 敬愛する我が君に、最初にご挨拶したのは、この、わ・た・し。マスターの“はじめて(・・・・)”を得る栄誉は、私のものよ。有象無象のアンタたちなんか、お呼びじゃないわぁ~」


 仲間にむかって挑発し始めた。

 お世話係たちの神経を逆なでするかのように高笑いする。

 全裸のままで左手を腰にあて、右手を天に突きあげる姿は、世紀末覇者みたい。なんというか、圧倒的な存在感があった。


 シンは、ツッコミをいれてしまう。


 ―――なぁ、おまえ笑うたびに、おっぱいが揺れてんぞ。

 凄くブルンブルンしてるやんけ。

 やめろや。感心するくらい豊満な胸に、目が釘づけになってしまうわ。


 それと、ウチの“はじめて(・・・・)”ってなんやねん! 

 ふつうに初対面の挨拶をしただけやぞ。

 なんで誤解を招くように言いかたするん? 

 それともなにか。本気でウチの“はじめて”を狙ってんの。


 無理、むり。むっちゃ怖いって。

 後々の面倒ごとを考えればヤバすぎる。

 お前みたいな初物狙いの女なんか、相手する勇気なんてあらへんで。


 挑発された側は怒り心頭。

 彼女たちは、すごい勢いで詰め寄って、筆頭女官を責め立てた。

 そりゃ、あんな高飛車な態度をされたら、誰だってムカつくわな。


 なかには、ハンカチを口に咥えてキーッとやっている者もいる。

 漫画のなかだけの動作だと思っていたけれど、本当にアレをする人物がいるとは驚きだ。なんだか貴重なモノを見た気がする。


「ああん? 聞こえない~。そっか、アンタたち声が出ないもんねぇ。

 選抜戦に負けるなんて、弱すぎるんだわ。恨むなら己の実力の無さを恨みなさい。オ~ホホッ」


 ”選抜戦”。

 それは、身体改造をする被験者を選ぶものであった。

 

 先日、シンは一名だけ試験的改造を(ほどこ)すと告知。

 安全を考慮しての決定だ。すでに改造技術は確立していた。動物タイプでの検証試験は非常に満足のいくもの。

 とはいえ、錬成人間に施術するのは初めてなので、慎重にすすめたかった。


 そこで、被験者候補一人を(つの)ることにする。

 予見できない失敗もあるからと、くどいほど説明をした。

 結果は、意外なことに申し込みが殺到。

 大勢が、自分を被験対象にしてと、熱心に自己アピールをはじめる始末だ。もう収拾がつかなかった。


 で、面倒くさくなって選抜戦を提案。

 熾烈な戦いに勝ち残ったのが、この筆頭女官というワケである。


 ちなみに、研究室には多数のツクモ族たちがいた。

 錬金術師として、今回の試験的施術に協力してくれた者たちである。みんな、呆れた様子で“またか~”とか“いい加減にして”といったかんじ。


シンは、助手役たちにむかって、


「あ~、いったん解散しようか。あのようすだと、身体改造はうまくいったみたいだしね。みんなごくろうさま」


 下手に女官たちの諍いに介入すると、酷い目にあいそう。

 それに、騒ぎをみるかぎり、カラリと陽気な雰囲気である。

 陰湿さはまったくない。ふだんの彼女たちは仲良しだし、結束もしていた。あれはジャレているだけ。放置しても問題なしだ。




 第二形態への改造は順調にすすんだ。

 選抜した被験者たちに施術し、しばらく経過観察しているが、彼らの身体は健康そのもの。心配していた後遺症や不具合はない。

 そろそろ本格的な改造計画を実行してもよかろう。


 ある日のこと。


 シンは、お願いをされていた。

 相手は全裸で仁王立ちしていた筆頭女官である。

 今は、ちゃんとした服を着用しているけれど、熱烈な忠誠心に変化はなし。

 でも、奇妙なプレッシャーを感じる。ちょっと警戒して、身構えてしまうほどだ。


「な、なにか用件があるのかな」


「ええ、我が君。先日、お願いした件についてです。

 その後はいかがでしょうか? もちろん、わたくしだけ(・・)を特別扱いにしてくれても大歓迎ですわ」


「わ、わかっているとも。もう少し考える時間をもらいたいのだが」


 お願いとは、ツクモ族全員に名前をつけること。

 ただし、少々困っていた。最初は簡単だと思ったけれど、対象数が多すぎて大変なのだ。みんな、唯一自分だけの固有名称を欲しがっているし、要望には応えてやりたい。


 補足すると、彼女たちは古代魔導帝国時代の人間だ。

 聞き取り調査をして判明したのだけれど、皆には、わずかに生前の記憶が残っていた。


 検討の結果、名づけは帝国流儀に(なら)うことにする。

 個人名と氏族名の組み合わせで、日本の姓名と同じだ。

 氏族情報は、【岩窟宮殿】の情報格納庫(データベース)にあった。具体的な例だと、アエミリウス、クラウディウス、ドミティウスなどで、これをそのまま使用。


「個人名称については過去世記憶を参考にしたよ。

 男性には樹木名を流用する。たとえばウツギ(空木)。エンジュ(槐)。ヒイラギ(柊)など。女性名には草花の名称でアザミ(薊)。モクレン(木蓮)。リンドウ(竜胆)だね」


「すばらしいですわ。帝国式を不採用にしていただき感謝しております。だって、女には個人名がないのですから。本当に()()いですよね」


 古代魔導帝国の文化は、いい加減だった。

 なんと、女性の呼び名は氏族名を女性形にするだけ。

 娘がたくさんいても、全員同じ名前にしちゃうのだ。混乱するだろうに改めようともしない。

 男性名とて似たり寄ったり。

 例えるなら、太郎、次郎、三郎と順番にする。どこの家庭でも同じだから、太郎君が町中にあふれていた。ボツ個性もいいところだ。


 もちろん、お騒がせ筆頭女官にも名をつけた。

 【タチア・ヴァレリウス】だ。


「わたくし、感激しましたわ。由来がタチアオイ(立葵)とは。

 花言葉は“気高く威厳に満ちた美”や“豊かな実り”だなんて。

 さすが我が君、深い愛情を感じます。もう、あなたさまに一生ついてまいりますね」


「そ、そうだね……、今後も頼りにさせてもらうよ」


 彼は曖昧に笑ってごまかした。

 まさか、ブルンブルン揺れるおっぱいから“豊かな実り”を連想したなんて言えない。教えるつもりもない。

 相手が満足してくれるなら、万事良しだ。


 名づけ以外にも、面倒な要望が届いていた。

 内容は、コルベール男爵に報復しようというもの。

 彼女たちツクモ族にしてみれば、(マスター)が毒殺されかけたのだ。もう、文字通り”怒髪天を()く”状態である。


「黙って見過ごせない」

「不埒な者に鉄槌の裁きをくだすべきだ」

「いまこそ、我らの力を知らしめるべし!」


 シンへの圧力は増すばかり。


 ―――なんか物騒な声が増えてきよったなぁ。

 ああ、アイツら喋れるようになったせいか。

 いきなり貴族家にカチコミをかけようぜって、血の気が多すぎへん? まあ、ウチも男爵本人には憤慨しているんやで。

 かといって面倒くさいもの事実やしなぁ。どないしよか。


「そもそも、男爵家は、私に感謝すべきだろうに」


 彼の行為は賞賛されても良いだろう。

 【邪神領域】で死んだ兵士たちの認識票を回収して、これを届けた。

 砦街キャツアフォートでの感染爆発(パンデミック)でも活躍している。大量の魔法治療薬(ポーション)を作成し、拡大抑止に努めた。都市封鎖の騒動では、見捨てられた住人数千名を救ったのだ。

 領都シュバリデンでも同様。

 怒れる海神(わだつみ)を鎮めて、都市が水没するのを防いでいる。


「なのに、相手は私の殺害を図った。八つ当たりで殺そうとするなんて、見当違いだろうが」


 いっぽうで、実行犯のシモンヌに対する恨みは少ない。

 むしろ憐憫のほうが強かった。

 彼女は、彼に毒を盛ったけれど、男爵の命令に抗しきれなかっただけ。しかも、事前に逃げるようにと警告をしていた。

 とはいえ、キッチリと落とし前はつける必要はある。


「やはり、コルベール家には報復すべきかな」


 敵戦力の概要は、以下の通り。

 領兵はおよそ三千。

 なお、歩兵や騎兵だけでなく、街の治安維持を担う衛士も加算しての人数だ。主要武器は、単発先込め式のマスケット銃もどき。“もどき”と表現しているのは、炸薬が火薬ではなくて含魔鉱石の粉末を使っているから。


 忘れてならないのが魔導師の存在。

 男爵本人と係累を含めて十人ほど。ただし、戦力の程度は不明。

 魔術師は、上位と下位の差がありすぎて、どうにも読みきれないのだ。


 補足すると、魔導師は貴族と同義だ。

 彼らの数はものすごく少ない。

 この異世界では、魔導力活用には“血と知”が必須とされていた。

 “血”は血統のことで、素質は子孫に受け継がれてゆく。

 “知”は知識を意味し、幼少期から英才教育を施した末に、ようやく一人前となるのだ。


 むろん、平民階層にも才能ある者はいる。

 しかし、“知”が欠けているので、超戦士になるのが精いっぱい。肉体強化系の魔法ならば、専門知識が不要だからだ。

 有用な人材なので優遇はするけれども、厳格に区別もする。


 上記の背景もあって、男爵家配下の魔導師はごく少数だ。


「ふむ、報復の方針案はザックリと二つかな」


 第一案は、対象を男爵本人に限定する。

 この案ならば、攻撃参加者は少数で済むし、無関係な者をまきこまない。

 ただし、シンが主犯だと疑われる恐れがある。特にシモンヌ秘書官あたりが可能性を指摘するはずだ。


 第二案は、男爵領全体を攻撃対象にする。

 もう大規模テロか反乱って感じだ。ここまですると、彼が襲撃犯だとは思われないはず。

 たかが野良(のら)の錬金術師が軍隊と同等の兵力をもっているなんて、誰も想像できやしない。自分でも信じられないくらいだ。


 男爵家への対応について、ツクモ族たちに意見を求めた。


「……と、おおまかに二つの方針案があってね。皆の考えを聞きたいのだが、どうだろうか?」


「今回の責任は男爵家全体に取らせるべきです」

「組織的犯罪への対処は厳格にしないと」

「我らに報復の機会を与えてください」


 全員が、全面攻撃案を支持した。


 筆頭女官のタチアも、なかなかに過激な発言。


「我が君に悪意をむけた者なんぞ抹殺ですわ。いや、男爵一族すべてを地上から完全に消滅させるべきです」


 ―――まあ、そうなるわなぁ。

 相談する前から、なんとなく結果が読めてたしな~。

 まっ、殺されそうになったワケやし、男爵本人には相応の罰は受けてもらわんと。世の中には、”因果応報”っていう言葉があるって、思い知らせたろうか。


 ということで、カチコミが決定した。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP: 60/120


 活動限界まで、あと六十日。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[良い点] シン君が中古品に!(・∀・;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ