4-04.岩窟宮殿
【岩窟宮殿】。
シンの本拠地である。位置は【邪神領域】の最深部で、ここに到達できた人間は皆無。周辺に生息する魔物や獣が凶悪すぎるからだ。
たとえ一流の冒険者であっても立ち入ることすらできない。
その実態は地下都市である。
もともと、岩山ひとつ分のサイズ程度の地下施設だった。
だが、彼の眷属であるツクモ族たちが、ものすごい熱意で拡張工事をし始める。あれよあれよという間に面積が広がり、今でも作業は続いていた。
もう、彼らのマスターでさえ、全体像を把握できないほどだ。
シンとルナは【岩窟宮殿】の研究室にいる。
数日前、最前線基地の【岩柱砦】からへと移動してきた。
彼女の特異体質を調べるため。検査機器や情報格納庫などが揃っているので、こちらのほうが都合よかった。
機器を操作しながら指示する。
「ゆっくり深呼吸して。時間がかかるし、眠たいのなら、そのまま寝てくれてもかまわない」
「ええ、わかった。終わったら起こしてね」
彼女は全裸で検査用寝台に横たわっていた。
台が静かに動いて、円筒形の大型測定器のなかへと格納されてゆく。パッと見ためは医療検査器のMRI装置に似ていた。
内側では、さまざまな色彩の魔法陣が前後左右に行ったり来たりする。
魔導惹起現象による光が、裸体を照らした。
プロポーションは綿密に計算された古代の彫刻像のよう。完璧なバランスに“お見事です”と賞賛の言葉がでそうなくらいだ。
とてもではないがエロティックな気持ちにはなれない。
人間、美しすぎる裸をみると、敬虔な心がおきてしまうようだ。獣じみた欲情なんて、微塵も湧いてこない。
検査は約三十分で終了。
「ごくろうさま。とりあえずの測定は終わった」
「りょうかい~」
彼女は、ツクモ族の女性技官からガウンを受けとる。
今しがたまで全裸であったけれど、恥ずかしがる様子はなかった。堂々とした態度だ。必要なことだと割りきっている感じ。
まあ、シンも気にしない。
彼とて【岩柱砦】で素っ裸の姿を見られたが、再生処理中のこと。医療行為中なら、不思議と羞恥心はなかったりする。
お互いに大人だ。
相手に好意をもっているけど、裸体を目にしたからといって、妙な気持ちはならない。その程度の自制心はもっている。
「疲れたかい」
「どうということないわね。ずっと横になっていただけだし。そんなことよりも何か判ったかしら? 」
「いや、今回は基本的なデータをとっただけだ。しばらくの間は、それを元にして大雑把な分析をするつもり」
本格的な分析作業は、もっと先になる。
いまは全体把握が優先だ。
サイズや骨格、血液型、保持している魔力量と属性系統など、調べる範囲は多岐にわたった。特異体質をキッチリ把握するためにも基礎情報の収集は必須である。
すでに、ルナの体組織は確保済だ。
確保したのは、彼女が自分で切り落とした指四本。腐敗しないように冷蔵保存している。細胞レベルで再生能力が高いと判明していた。
これを研究するだけでも充分な知見を得られるはずだ。
【復元】は謎が多い。
どのような理が働いているのか分からない。
いちおう滅亡した魔導帝国の【情報格納庫】に記録が残っていた。補助人格ミドリに探してもらったのだ。
ただし、内容は数行の記述があるだけ。
原理や仕組みについての情報は、いっさいなかった。当時でも、おいそれと手を出せない超高度技術の領域にあったらしい。
ちなみに、【情報格納庫】は半壊状態である。
彼が目覚めた時点で、大半が破損していたのだ。
現在、それらをコツコツと復旧作業をおこなっている最中。未だに完全修理の見込みはたっていない。
運が良ければ、【復元】に関するデータがみつかるかもしれない。
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シンは、とかく忙しかった。
最優先なのは、自分の寿命を延長するための研究。
他にも以前から続けている実験や調査もある。もちろん、砦街キャツアフォートや領都シュバリデンから持ち帰った書籍や文献の整理と解析などは必須作業だ。
試作した魔法銃の検証作業もそのうちのひとつ。
ルナが地下射撃場から戻ってきた。
試作品の射撃テストをしてもらっている。
「ときどき操作レバーが詰まっちゃうのよねぇ。余裕があるときは良いけど、急場でアレじゃあ命取りになるわ。
連続で発砲していると、着弾精度がおちてくるし。他に気づいた点もレポートにまとめておいたから読んでみて」
「ああ、ありがとう。参考にさせてもらうよ」
試作した魔導銃。
単発の元込め式銃でドイツ帝国のモーゼルM一八七一をモデルにした。
操作桿は銃弾の装填・排莢のためのもの。これが動かないと弾を込めることができない。
試作銃は、彼女が指摘したとおり、全体的につくりが甘いので動作不良がおきやすかった。
ツクモ族たちも試験に参加している。
彼らからも命中精度が悪いだとか反動が大きいなどが報告されている。問題や改善すべき課題が多かった。
ルナは好意的な意見もだしてくれる。
なにも否定的なことばかりではないのだ。
「でも、試験者は魔法小銃の有用性を認めているわよ。彼らは魔導師だけれど、補助武器として便利なんだって。自分の魔力を消費しないで済むのは利点だとも言っていたわね」
「ああ、射程距離が長いのが良いとの評価もあったな。
補足しておくと、一般的な魔法攻撃の有効範囲圏は三十~五十メートルほどだ。魔法銃なら百メートル以上先にいる敵に攻撃できる。ただし、命中率をあげないと使いものにならないけれどね」
もちろん、いろいろと改良をおこなうつもりだ。
まずは銃弾サイズの変更。
弾口径を縮めて、薬莢内の炸薬粉末量を減らす。これで、発泡時の反動力を小さくできるだろう。飛距離は短くなるけれど、反動を抑えれば銃身が跳ねない。
結果として、命中精度があがるはず。
「弾頭部の魔法陣も要修正だな。いまの造りは精巧で丁寧だけれど、作成に時間がかかってしまう。術式刻印を簡易化して生産性向上を図りたい」
「ああ、なるほど、銃弾は消耗品だものねぇ」
「弾のない小銃なんて、こん棒と同じだ。在庫切れになる事態は回避したい。だから、大量供給できるように製造工程を簡素化したいんだよ。
また、高火力の銃弾一発より、低威力の弾丸を多数ばら撒くほうが、戦いでは有利になるしね」
当然、銃本体にも改良を加える。
管状弾倉を組み込んで連射できるようにしたい。
試作品は単発式だが、弾倉があれば連続射撃が可能になる。
ライフリングも要検討だ。
銃砲身内にらせん状の溝を刻んで、銃弾を回転しながら直進させるのだ。これによって、射程距離は伸びるし命中精度も向上する。
ただし、前世の漠然とした知識が元なので、適切な施条加工の方法を開発する必要があった。かなり試行錯誤を繰り返すことになる。
完成すれば、すばらしい小銃になるだろう。
この異世界ではマスケット銃もどきの元込め式単発銃が主流だ。滑腔式銃身だから、射程は短く命中率も悪い。
現在、使用されている武器と比較すれば、彼が改良を施す新型魔法銃は革新的なものになる。
「ほかに、硬殻兵士の改造も計画している。駆動系のエネルギー効率を良くして稼働時間を長くしたいんだ。現在の仕様は、発揮するパワーは凄いが燃費が酷くてね」
「あれもこれもと、欲張りなことね」
「あ~、そこは否定しない。燃費向上に関する文献をみつけてしまったからな。砦街キャツアフォートの錬金術師組合から持ち帰った書籍類にあったんだよ。だから、それを試してみたくて」
ちなみに、硬殻兵士には充分な改良余地がある。
開発当初から設計思想として、拡張性を重視していた。リリース時点で不具合が多くても、あとから修正しやすいものにしたのだ。
最初から完璧を目指さない。
初期時点で完成度が高くても、拡張余地がないと製品寿命は短くなってしまうのだ。逆に、はじめはポンコツでも、修正余地があると長期間の利用が可能だ。
拡張性についての事例をひとつ。
旅客機にダグラス社のDC10という名機がある。
しかし最初期の製品は欠陥品であった。重大な問題があって、大事故を起こすほど。製造会社は何度も改修を行い、ユーザーからの要望をうけて改良を重ねる。
もともと素直な構造設計で改善しやすかったのだ。
最終的に、当機は非常に使い勝手の良い飛行機として多くの航空会社が使用することになる。
ライバル機はロッキード社のトライスター。
この機種は技術的に優れていた。自動航法装置など当時の最先端技術を採用している。なによりもDC10みたいに、墜落事故を起こすほどの欠陥はなかった。
ただし、改良余地のない構造。
就航時点で完成されすぎていたのだ。これが災いして、次々と開発される新技術を組みこめない。つまり拡張性に欠けていた。
結果的にあまり活躍できない機体でおわってしまう。
シンは、上述の航空機開発の寓話を知っていた。
だから硬殻兵士に充分な余地をもたせていたのだ。単にいろいろと手を加えるのが好きなだけともいえる。まあ、趣味みたいなものだ。
―――う~ん、楽しい。
魔法銃やゴーレムをいじくるのは、ちょ~愉しいやん。
やっぱ、錬金術はおもろいわ。魔法もイイけど、どちらかといえば生き延びるために訓練してきた感じやし。
前世の現代地球でも、モノ作りに熱中していたせいかな。
時間があったら、自作PCを組み立てるだとかプラモデルをつくったりしてた。なんか、それらに相通じるものがあるんやね。きっと。
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ツクモ族は錬成人間である。
シンが【天啓】を受けて造った。
正体不明の上位階梯者が、彼の頭に知識を突っ込んできたのだ。
以降、憑かれたように錬成作業に没頭する。
魔力のかたまりである【地母神の雫】や、希少な素材を惜しげもなく使って誕生させた。
ちなみに名前の由来について。
日本の御伽草子にでてくる付喪神から拝借している。
彼の眼前には培養カプセル。
透明な容器のなかに、ひとりの女性が浮かんでいる。
「ふむ、順調だな。一週間をかけて、第二形態への改造処置を施こしてきたけれど、問題なさそうだ」
彼のいう“第二形態”。
ツクモ族の身体を生物学的人間に変質させた状態を意味する。
ちなみに、第一形態は錬成誕生したままの状態。
身体的特徴として、その肌は大理石製のように硬質なものだ。また、発声器官がないので言葉による会話もできない。
知らない者がみれば、ゴーレムかと勘違いするだろう。
今日、すべて施術が終わる予定だ。
既に同じ処置をツクモ族動物シリーズにおこなって、良好な結果を得ている。今回、初めて人間タイプに実施したのだ。
改造に関わる知識は超常的存在からもらった。
以前、彼は、新たに生まれ出る神を迎えるために立ち合ったことがある。報酬として錬金術情報をもらったのだ。
「さあ、起きて。目覚めの気分はどうだい? 」
「ええ、上々ですわ。我が君。ありがとうございます」
全裸の女性が培養カプセルから出てきた。
ポタポタと水滴をこぼしつつ、片膝をついて優雅な一礼をする。
美しい裸体をさらしていても、恥ずかしがらず堂々とした態度だ。
―――う~ん。むっちゃ胆力があるやん。
この女、なんだか手強いわぁ。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 90/120
活動限界まで、あと九十日。




