表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/159

3-13.白霧での戦い

 シンたちは白霧のなかを移動中。

 先刻、大アンモナイトの群れを撃破した。

 しかし、戦闘音のせいで魔物たちの注意を引いてしまった。モンスターどもがぞくぞくと寄ってくる。ヤツらに見つからないように、身を隠しながら歩くしかない。


 突然、長槍が十数本も飛来してくる。

 視界が悪いせいで不意討ちのような攻撃だ。しかも濃霧の中では音の伝わり方が歪んでしまう。耳だけで攻撃者の位置を特定するのは難しい。


 次々と飛んでくる槍を魔法で迎撃した。

 【探知魔法】が充分に機能しているおかげだ。撃ち漏らすことはない。

 もし、彼ひとりなら、こんな面倒くさい真似はしなかっただろう。さっさと逃げるほうが、ずっと楽なのだから。

 しかし、今は背後に保護した少女がいる。

 この娘が怪我をしないよう、すべて叩き落としてゆく。


「うん? なんだコレは。動いているぞ。」


 攻撃がやんだところで、妙なことに気づいた。

 地面に落下したスピア()がビクビクと痙攣しているのだ。

 不思議におもって調べてみる。


 なんと、イカであった。

 姿かたちはスマートで全長一メートルほど。

 先端部が刃物のように硬くて鋭い。


「これぞ、本当の槍イカ」


 つい親父ギャグをつぶやいてしまう。

 彼が知る地球のヤリイカはもっと“すんぐり”した形態をしている。ましてや、人を襲う危険生物ではない。

 いっぽう、眼前のバケモノは全体的に細身で長大だ。特攻まがいの突撃攻撃をしてくるなんて物騒すぎる。


 ルナが呆れたようにつぶやいた。


「宙を泳ぐ(・・)モンスターがいるなんて驚きだわ。どんな原理なのかしらね」


「おそらく、白霧が媒介になっている。海洋性魔物がいる別次元世界と、この世界が重なっているんじゃないかな。

 いやはや、なんでもアリの幻想世界(ファンタジー)だね。まあ、魔法なんて摩訶不思議なものがあることだし、今さらウダウダと騒ぐことでもないけれど」


 次々と化物が襲ってくる。

 一ケ所に留まっては危ないので移動を開始。

 広い街道は見つかりやすいので、裏道を通ってコソコソと隠れながら、場所を変えてゆく。だが、いかんせん敵の数が多すぎた。

 やむなく石造りの壁を背にして魔物の迎撃を試みる。

 

 シンは迎撃魔法を連発し、ルナが剣で打ち払う。

 海洋性モンスターどもの波状攻撃には波があって、一度の攻撃で十数体ほどが突っ込んできた。ときには三十体以上が一斉に飛びかかってくる。

 時間が経過するにつれてバケモノが増してきた。


「これ以上は危険だ。いったん、建物のなかに避難してやり過ごそう」


「賛成。なりよりも、この娘を休ませてあげたいわ。」


 彼らは、頑丈そうな建造物に逃げこむ。

 裕福な市民が入居する大型の集合住宅だ。建屋の正面扉が開放されたままだったので、そこをくぐり抜けて内部に侵入。長い廊下を駆ける。

 いちばん奥にある扉を蹴り破って強引に部屋にはいった。

 平時であれば犯罪行為だけれど緊急避難だ。許してもらおう。


「お騒がせして申し訳ない。誰かいませんか」


 室内は薄暗く静かだ。

 人の気配がない。

 なんだか悪い予感がする。

 というのも、薄っすらと白霧が漂っているから。

 ほのかに潮の香りがするのも怪しい。

 どこかに隙間があるのか、窓が開いているかして、外気が侵入しているはずだ。用心しながら奥へとすすむ。


 遺体が五つあった。

 床に倒れていたり、壁にもたれかかったりしている。

 いずれの死体も苦悶の表情をうかべていた。相当に苦しんだらしい。爪をたてて掻きむしった傷跡が喉に残っていた。


 シンは、背後にいる少女にむかって声をかける。


「危ないから、ジッとして動かないようにね。ルナお姉さんの手をつないで、離さずにいるんだよ」


 クラゲが空中に浮遊していた。

 数は十匹ほどで、直径十センチほどの小さなもの。

 フヨフヨと宙を浮かぶ(さま)は、妙に心を(なご)ませる雰囲気がある。でも、その幻想的な姿に騙されてはいけない。


 コイツらは毒をもっている。

 本体から長く伸びている触手が危険だ。

 さきほどの遺体の状態から推測するに、神経毒の一種だとおもう。


「【風乱】」


 魔法で圧縮空気の塊を生成。

 隣の部屋に投げ入れる。同時に扉を閉めて隣室とのあいだを遮断した。

 ドンと凄まじい音と共に建物全体が揺れる。


 少し時間をおいて室内をのぞきみた。

 手榴弾が爆発したみたいにグチャグチャになっている。

 ちょっとやり過ぎな気もしたけれど、危険な魔物を排除できたのだから勘弁してもらいたい。


 慎重に各部屋を調べてゆく。

 奥にある書斎の窓が開放されたままだった。

 そこからクラゲたちが侵入してきたのだろう。キッチリと窓扉を閉めておく。他の部屋もまわって、白霧やバケモノが入らないようにした。


 いっぽう、ルナは少女にパンを食べさせてやる。

 女の子は昨日から食事をとっておらず、ずいぶんとお腹を()かせていた。小さな口をモゴモゴさせる姿は、かわいらしい。


「アラアラ、()っぺにジャムがついているわよ。お姉さんがとってあげるね。

おいしい? 」


「うん。甘いイチゴジャムは大好き」


「そう、よかったわね。眠たくなったら、寝ちゃっていいわよ。」


 一時間後。


 彼らは逃げ込んだ建物裏側から外に出た。

 周辺に魔物の群れはいないことを【探知魔法】で確認している。

 化物どもがいないうちに、さっさと組合建物まで移動しよう。


 ときおり小型魚型の魔物と遭遇する。

 前衛役のルナが静かに始末した。

 剣を一閃してモンスターを切り落とすのだが、身のこなし、剣裁き、適格な状況判断、どれをとっても一級の戦士だ。特に、周囲にも気づかれることなく敵を(たお)す技術はすごい。


 シンには、そんな芸当はできない。

 攻撃魔法は目立ちすぎるからだ。

 【邪神領域】でも(したた)かに戦ってきたが、密かに相手を撃破する必要はない。強力な魔法をぶっ放すか、錬金罠で仕留めれば、解決できたのだから。

 上述のような背景もあって、今は彼女を先頭にしている。

 ちなみに、彼の背中には、疲れて眠ってしまった少女がいた。


 三人は大通りに到達する。

 この先は、冒険者組合の建物まで見通しの良い大路が続くばかり。身を隠すものはないので、魔物たちに見つかる可能性が高い。

 実際、物陰から前方を眺めるだけでも巨大サメの影が幾つもみえる。


「戦闘を回避できるのはここまでだ。今後は強引にパワーで押し切るしかないよなぁ」


「ええ、他の方法は思いつかないわ。もっとも、貴方は初めからそのつもりでしょう? 」


「まあ、得意分野だしね。私に任せてもらおう。この娘を頼む。」


 シンはひとり、中央街道に出て姿をさらした。

 囮役として、モンスターどもの注意を集めるため、わざと大きく足音をたてて歩く。

 なお、ルナと眠ったままの少女は、路地裏で待機中。

 彼女の判断に(ゆだ)ねているが、戦いの状況によって組合建物まで逃げてもらうつもりだ。なるべき早く、女の子を安全な場所へと避難させたい。


「【徹甲射】」


 空中を泳ぐ(・・)ホオジロザメに攻撃する。

 腹に響く射撃音とともに、魔導生成した疑似物理銃弾を射出。

 サメの巨体が中央部で千切(ちぎ)れて地面に落下した。

 ソイツは身体が半分になったにもかかわらず、口を開けて噛みつこうとする。とんでもない執念と生命力だ。

 しかし、しょせんは悪あがきでしかない。すぐに絶命した。


 でも、それを見届ける余裕はない。

 周辺にいたモンスターどもが集まってきたのだ。

 特に、周辺は巨大ザメが多くて、次から次へと姿を(あらわ)す。海洋性肉食獣の勢いは凄まじく、仲間が撃ち落とされても臆することなく突進してきた。

 もう、多勢に無勢な状態だ。

 押され気味になるが、それでも現位置を維持し続ける。


 突然、ホオジロザメが爆発した。

 あらかじめ放っていた【浮遊爆雷】に触れたのだ。


 コレは魔法で機雷を再現したモノ。

 空気中から水素だけを抽出し、それを圧縮して空気膜でコーティングした。さらに発火用の火系属性魔法を重ねた混合魔法だ。

 無色透明で視認しづらいので、対空戦用の罠としても優れものである。


 次々と襲ってくるバケモノを撃退する。

 彼の動きは安定していて、ほとんど一方的な戦い(ワンサイド・ゲーム)になっていた。コイツらの特徴は、宙を泳いで(・・・)すばやく攻撃すること。

 しかし、【浮遊爆雷】と【徹甲射】の組み合わせは、ヤツらの優位点を完璧に封じ込める。ほどなく、モンスターの姿は消えてなくなった。


 ルナは、戦闘がひと段落したのを確認した後、声をかけてくる。


「もうちょっと加減できないかしら。魔物を退けているつもりだろうけど、実際には建物を破壊しまくっているわよ。

 街への被害を考えたら、あなたのほうが悪者だからね」


「あ~、ゴメンなさい。ちょっと、見逃してくれないかな。まあ不幸な事故みたいなものだと思ってほしい。これでも火力を極力抑えているんだ」


 周囲の建物が半壊していた。

 石造りの壁には亀裂がはいり、屋根が吹き飛んでしまっている。

 領都の中央街道は石で舗装しているのだけれど、石畳がめくれていた。どう見てもやり過ぎだ。


 じつは、シンの攻撃魔法は強力すぎる。

 彼が、開発した魔法を採用する基準は、【邪神領域】で通用するか否か。なにしろ、人外魔境の大森林にいるのは最凶最悪の魔物ばかりだ。

 獰猛なモンスターを相手に戦うのだから、それ相応の破壊力や効果が必要になる。

 結果として、(おの)ずと効果は強烈なものばかり。過酷な環境下で生存するための選択なのだから当然のことだ。


 彼にとって市街での戦闘は相性が悪い。

 たとえるなら、街のチンピラを逮捕するのに、戦車を持ち出すようなもの。パワーが桁違いに強すぎるのだ。対象者を取り押さえようとして、身体をバラバラに吹き飛ばしてしまう。


 かといって、威力を性能低下(デチューン)するのは不可能。

 彼の活動拠点は人外魔境の大森林なのだ。生き残るためには、高火力の攻撃魔法は必須だし、手間をかけたくない。


 ルナはあきれた様子だ。


「あなたは魔導師だったのね。錬金術師だとおもっていたのに、すっかり騙されたわ」


「うん? 騙すなんて酷い言いがかりだ。私は黙っていただけで、嘘はついていないぞ。それに魔法使いが錬金術を使っちゃマズいのかい」


「なに馬鹿なこと言っているのよ。 魔導師と錬金術師は別物でしょうに。お互い、目の(かたき)にしているじゃないの」


「え、なんで? 」


 どうにも会話がうまくかみ合わない。

 原因は、ふたりの常識が違っているためだ。


 シンの認識では、両者は兼任できる。

 ソーサリー(魔導師)アルケミスト(錬金術師)は両立するものだ。

 彼は各種知識を【情報転写】で得たのだが、大枠として魔導的知識は同一カテゴリに分類されていた。単に分野が異なる情報として扱っている。

 実際、魔法も錬金術も並行して使えるのだし相反するものではない。


 いっぽう、ルナの感覚だと、双方は対立する関係だ。

 魔導系知識は、第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)が独占するもの。錬金分野は、第三身分(平民)が担当するのだ。

 この区分は数百年間の歴史の積み重ねによる。


 ちなみに、これは身分間対立の一面を含んでいた。

 上記の社会階層間の争いは、やがてふたりを巻き込むことになるが、それは先々のこと。


 ふたりの会話は、言葉は通じるが、意思疎通が不完全なまま。

 どうにも話がグダグダだ。まあ、他愛のない雑談なのだし問題はない。保護した少女を冒険者組合へ届けるべく歩き続ける。


 突然、何者かがシンに接触してきた。

 ただし、“接触”表現しているが、その実質は精神的なもの。

 相手は、大精霊あるいは神霊とでもいうべき存在であった。つまり、人間をはるかに越える上位階梯者が、彼らにあることを告げてくる。


「こんなときに【神告】か。また面倒な。」


「ほんとに。この忙しいときに、どういうつもりかしらね」






■現在のシンの基本状態


HP:198/198

MP:185/210

LP:73/120


活動限界まで、あと七十三日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ