3-13.白霧での戦い
シンたちは白霧のなかを移動中。
先刻、大アンモナイトの群れを撃破した。
しかし、戦闘音のせいで魔物たちの注意を引いてしまった。モンスターどもがぞくぞくと寄ってくる。ヤツらに見つからないように、身を隠しながら歩くしかない。
突然、長槍が十数本も飛来してくる。
視界が悪いせいで不意討ちのような攻撃だ。しかも濃霧の中では音の伝わり方が歪んでしまう。耳だけで攻撃者の位置を特定するのは難しい。
次々と飛んでくる槍を魔法で迎撃した。
【探知魔法】が充分に機能しているおかげだ。撃ち漏らすことはない。
もし、彼ひとりなら、こんな面倒くさい真似はしなかっただろう。さっさと逃げるほうが、ずっと楽なのだから。
しかし、今は背後に保護した少女がいる。
この娘が怪我をしないよう、すべて叩き落としてゆく。
「うん? なんだコレは。動いているぞ。」
攻撃がやんだところで、妙なことに気づいた。
地面に落下したスピアがビクビクと痙攣しているのだ。
不思議におもって調べてみる。
なんと、イカであった。
姿かたちはスマートで全長一メートルほど。
先端部が刃物のように硬くて鋭い。
「これぞ、本当の槍イカ」
つい親父ギャグをつぶやいてしまう。
彼が知る地球のヤリイカはもっと“すんぐり”した形態をしている。ましてや、人を襲う危険生物ではない。
いっぽう、眼前のバケモノは全体的に細身で長大だ。特攻まがいの突撃攻撃をしてくるなんて物騒すぎる。
ルナが呆れたようにつぶやいた。
「宙を泳ぐモンスターがいるなんて驚きだわ。どんな原理なのかしらね」
「おそらく、白霧が媒介になっている。海洋性魔物がいる別次元世界と、この世界が重なっているんじゃないかな。
いやはや、なんでもアリの幻想世界だね。まあ、魔法なんて摩訶不思議なものがあることだし、今さらウダウダと騒ぐことでもないけれど」
次々と化物が襲ってくる。
一ケ所に留まっては危ないので移動を開始。
広い街道は見つかりやすいので、裏道を通ってコソコソと隠れながら、場所を変えてゆく。だが、いかんせん敵の数が多すぎた。
やむなく石造りの壁を背にして魔物の迎撃を試みる。
シンは迎撃魔法を連発し、ルナが剣で打ち払う。
海洋性モンスターどもの波状攻撃には波があって、一度の攻撃で十数体ほどが突っ込んできた。ときには三十体以上が一斉に飛びかかってくる。
時間が経過するにつれてバケモノが増してきた。
「これ以上は危険だ。いったん、建物のなかに避難してやり過ごそう」
「賛成。なりよりも、この娘を休ませてあげたいわ。」
彼らは、頑丈そうな建造物に逃げこむ。
裕福な市民が入居する大型の集合住宅だ。建屋の正面扉が開放されたままだったので、そこをくぐり抜けて内部に侵入。長い廊下を駆ける。
いちばん奥にある扉を蹴り破って強引に部屋にはいった。
平時であれば犯罪行為だけれど緊急避難だ。許してもらおう。
「お騒がせして申し訳ない。誰かいませんか」
室内は薄暗く静かだ。
人の気配がない。
なんだか悪い予感がする。
というのも、薄っすらと白霧が漂っているから。
ほのかに潮の香りがするのも怪しい。
どこかに隙間があるのか、窓が開いているかして、外気が侵入しているはずだ。用心しながら奥へとすすむ。
遺体が五つあった。
床に倒れていたり、壁にもたれかかったりしている。
いずれの死体も苦悶の表情をうかべていた。相当に苦しんだらしい。爪をたてて掻きむしった傷跡が喉に残っていた。
シンは、背後にいる少女にむかって声をかける。
「危ないから、ジッとして動かないようにね。ルナお姉さんの手をつないで、離さずにいるんだよ」
クラゲが空中に浮遊していた。
数は十匹ほどで、直径十センチほどの小さなもの。
フヨフヨと宙を浮かぶ様は、妙に心を和ませる雰囲気がある。でも、その幻想的な姿に騙されてはいけない。
コイツらは毒をもっている。
本体から長く伸びている触手が危険だ。
さきほどの遺体の状態から推測するに、神経毒の一種だとおもう。
「【風乱】」
魔法で圧縮空気の塊を生成。
隣の部屋に投げ入れる。同時に扉を閉めて隣室とのあいだを遮断した。
ドンと凄まじい音と共に建物全体が揺れる。
少し時間をおいて室内をのぞきみた。
手榴弾が爆発したみたいにグチャグチャになっている。
ちょっとやり過ぎな気もしたけれど、危険な魔物を排除できたのだから勘弁してもらいたい。
慎重に各部屋を調べてゆく。
奥にある書斎の窓が開放されたままだった。
そこからクラゲたちが侵入してきたのだろう。キッチリと窓扉を閉めておく。他の部屋もまわって、白霧やバケモノが入らないようにした。
いっぽう、ルナは少女にパンを食べさせてやる。
女の子は昨日から食事をとっておらず、ずいぶんとお腹を空かせていた。小さな口をモゴモゴさせる姿は、かわいらしい。
「アラアラ、頬っぺにジャムがついているわよ。お姉さんがとってあげるね。
おいしい? 」
「うん。甘いイチゴジャムは大好き」
「そう、よかったわね。眠たくなったら、寝ちゃっていいわよ。」
一時間後。
彼らは逃げ込んだ建物裏側から外に出た。
周辺に魔物の群れはいないことを【探知魔法】で確認している。
化物どもがいないうちに、さっさと組合建物まで移動しよう。
ときおり小型魚型の魔物と遭遇する。
前衛役のルナが静かに始末した。
剣を一閃してモンスターを切り落とすのだが、身のこなし、剣裁き、適格な状況判断、どれをとっても一級の戦士だ。特に、周囲にも気づかれることなく敵を斃す技術はすごい。
シンには、そんな芸当はできない。
攻撃魔法は目立ちすぎるからだ。
【邪神領域】でも強かに戦ってきたが、密かに相手を撃破する必要はない。強力な魔法をぶっ放すか、錬金罠で仕留めれば、解決できたのだから。
上述のような背景もあって、今は彼女を先頭にしている。
ちなみに、彼の背中には、疲れて眠ってしまった少女がいた。
三人は大通りに到達する。
この先は、冒険者組合の建物まで見通しの良い大路が続くばかり。身を隠すものはないので、魔物たちに見つかる可能性が高い。
実際、物陰から前方を眺めるだけでも巨大サメの影が幾つもみえる。
「戦闘を回避できるのはここまでだ。今後は強引にパワーで押し切るしかないよなぁ」
「ええ、他の方法は思いつかないわ。もっとも、貴方は初めからそのつもりでしょう? 」
「まあ、得意分野だしね。私に任せてもらおう。この娘を頼む。」
シンはひとり、中央街道に出て姿をさらした。
囮役として、モンスターどもの注意を集めるため、わざと大きく足音をたてて歩く。
なお、ルナと眠ったままの少女は、路地裏で待機中。
彼女の判断に委ねているが、戦いの状況によって組合建物まで逃げてもらうつもりだ。なるべき早く、女の子を安全な場所へと避難させたい。
「【徹甲射】」
空中を泳ぐホオジロザメに攻撃する。
腹に響く射撃音とともに、魔導生成した疑似物理銃弾を射出。
サメの巨体が中央部で千切れて地面に落下した。
ソイツは身体が半分になったにもかかわらず、口を開けて噛みつこうとする。とんでもない執念と生命力だ。
しかし、しょせんは悪あがきでしかない。すぐに絶命した。
でも、それを見届ける余裕はない。
周辺にいたモンスターどもが集まってきたのだ。
特に、周辺は巨大ザメが多くて、次から次へと姿を現す。海洋性肉食獣の勢いは凄まじく、仲間が撃ち落とされても臆することなく突進してきた。
もう、多勢に無勢な状態だ。
押され気味になるが、それでも現位置を維持し続ける。
突然、ホオジロザメが爆発した。
あらかじめ放っていた【浮遊爆雷】に触れたのだ。
コレは魔法で機雷を再現したモノ。
空気中から水素だけを抽出し、それを圧縮して空気膜でコーティングした。さらに発火用の火系属性魔法を重ねた混合魔法だ。
無色透明で視認しづらいので、対空戦用の罠としても優れものである。
次々と襲ってくるバケモノを撃退する。
彼の動きは安定していて、ほとんど一方的な戦いになっていた。コイツらの特徴は、宙を泳いですばやく攻撃すること。
しかし、【浮遊爆雷】と【徹甲射】の組み合わせは、ヤツらの優位点を完璧に封じ込める。ほどなく、モンスターの姿は消えてなくなった。
ルナは、戦闘がひと段落したのを確認した後、声をかけてくる。
「もうちょっと加減できないかしら。魔物を退けているつもりだろうけど、実際には建物を破壊しまくっているわよ。
街への被害を考えたら、あなたのほうが悪者だからね」
「あ~、ゴメンなさい。ちょっと、見逃してくれないかな。まあ不幸な事故みたいなものだと思ってほしい。これでも火力を極力抑えているんだ」
周囲の建物が半壊していた。
石造りの壁には亀裂がはいり、屋根が吹き飛んでしまっている。
領都の中央街道は石で舗装しているのだけれど、石畳がめくれていた。どう見てもやり過ぎだ。
じつは、シンの攻撃魔法は強力すぎる。
彼が、開発した魔法を採用する基準は、【邪神領域】で通用するか否か。なにしろ、人外魔境の大森林にいるのは最凶最悪の魔物ばかりだ。
獰猛なモンスターを相手に戦うのだから、それ相応の破壊力や効果が必要になる。
結果として、自ずと効果は強烈なものばかり。過酷な環境下で生存するための選択なのだから当然のことだ。
彼にとって市街での戦闘は相性が悪い。
たとえるなら、街のチンピラを逮捕するのに、戦車を持ち出すようなもの。パワーが桁違いに強すぎるのだ。対象者を取り押さえようとして、身体をバラバラに吹き飛ばしてしまう。
かといって、威力を性能低下するのは不可能。
彼の活動拠点は人外魔境の大森林なのだ。生き残るためには、高火力の攻撃魔法は必須だし、手間をかけたくない。
ルナはあきれた様子だ。
「あなたは魔導師だったのね。錬金術師だとおもっていたのに、すっかり騙されたわ」
「うん? 騙すなんて酷い言いがかりだ。私は黙っていただけで、嘘はついていないぞ。それに魔法使いが錬金術を使っちゃマズいのかい」
「なに馬鹿なこと言っているのよ。 魔導師と錬金術師は別物でしょうに。お互い、目の敵にしているじゃないの」
「え、なんで? 」
どうにも会話がうまくかみ合わない。
原因は、ふたりの常識が違っているためだ。
シンの認識では、両者は兼任できる。
ソーサリーとアルケミストは両立するものだ。
彼は各種知識を【情報転写】で得たのだが、大枠として魔導的知識は同一カテゴリに分類されていた。単に分野が異なる情報として扱っている。
実際、魔法も錬金術も並行して使えるのだし相反するものではない。
いっぽう、ルナの感覚だと、双方は対立する関係だ。
魔導系知識は、第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)が独占するもの。錬金分野は、第三身分(平民)が担当するのだ。
この区分は数百年間の歴史の積み重ねによる。
ちなみに、これは身分間対立の一面を含んでいた。
上記の社会階層間の争いは、やがてふたりを巻き込むことになるが、それは先々のこと。
ふたりの会話は、言葉は通じるが、意思疎通が不完全なまま。
どうにも話がグダグダだ。まあ、他愛のない雑談なのだし問題はない。保護した少女を冒険者組合へ届けるべく歩き続ける。
突然、何者かがシンに接触してきた。
ただし、“接触”表現しているが、その実質は精神的なもの。
相手は、大精霊あるいは神霊とでもいうべき存在であった。つまり、人間をはるかに越える上位階梯者が、彼らにあることを告げてくる。
「こんなときに【神告】か。また面倒な。」
「ほんとに。この忙しいときに、どういうつもりかしらね」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:185/210
LP:73/120
活動限界まで、あと七十三日。




