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3-14.海神(わだつみ)の怒り

 【神告】。

 字面(じづら)のとおり、“神さまからのお告げ”だ。

 ただし、その内実は迷惑なものだったりする。なぜなら、ありがたい助 言(アドバイス)などではないからだ。むしろ、神々からの厄介な依頼であったりする。


 ましてや、人間側には拒否権はない。

 受け手の都合は完全に無視され、強引に仕事を請け負わされるのだ。まあ、それなりに報酬があるのだけれど、煩(わずら)わしいのは確かである。


 ちなみに、【神告】では、情報が脳に直接ぶち込まれる。

 言葉や文字で伝えられたりはしない。強(し)いて表現するなら“ひらめき”に似ていた。突然、なにもかも解(わか)ってしまう感じだけれど、【神告】の場合は強制的に理解させられてしまう。


 逆にいえば、人間が使う言語は不完全なのだろう。

 なぜなら、どんなに注意しても、発信者と受信者の間に齟齬が発生してしまうため。その点、神からのメッセージ(神告)は正しく主旨を伝達する。

 間違えるなんて絶無と断言して良いくらいだ。


 シンは思わずため息がでてしまう。

 いつもと同じように厄介な依頼であったからだ。

 ふと、傍(かたわ)らにいたルナの姿が視界にはいる。案の定、彼女の表情も渋かった。


「貴女もアレ(・・)を受けた?」


「ええ、いきなりね。しかも、これってすごく面倒だわ」


 ふたりに委託された内容。

 それは、盗まれた宝珠を取り戻せというもの。

 依頼主は海に関係する精霊か神様だ。

 どうやら、誰かがお宝を強奪して領都シュバリデンに隠したらしい。


 問題なのは、罰則規定(ペナルティ)。

 依頼に失敗すれば、領都を海の底に沈めるというもの。

 この都市だけでも数万人の住人がおり、周辺地域も含めれば、倍以上の人数が被害を受けてしまう。


「これは断れないなぁ。依頼を無視して立ち去ったら、たくさんの人々が亡くなること確実だぞ」


 ふつう、上位階梯者(神々)は穏やかな性格だ。

 まあ、ぶっちゃけて言えば、人類に対しては無関心なだけ。

 なのに、今回はどこぞの馬鹿がヤラかしてしまった。神さまを激怒させるなんて、ある意味で天才だ。


「よりによって、超常的存在(神)の中でもかなり格上の存在なんて」


 【神告】の主は、絶大な“神力”をもっている。

 なにしろ、白霧で、二つの別次元世界を強制的に重ね合わせるほど。

 さらに多数の眷属を配下にしている。具体的には、巨大ホオジロザメや大アンモナイトなどの海洋性魔物たち。

 そいつらが宝珠を取り返そうと宙を泳ぎ(・・)まわり、いまも目につく人間たちを襲っている最中だ。ホント、頭が痛くなってくる。


 突然、ミドリから念話がはいった。

 彼女は魔造結晶体なのだけれど、主な役割は【岩窟宮殿】の維持管理だ。

 ただ、現在は臨時で、ツクモ族動物シリーズたちによる諜報活動の指揮してくれている。


『マスター、至急お報せしたいことがあります。まずは、情報を送信するのでご覧ください』


 送られてきたのは生中継(ライブ)映像であった。

 視点は、鷹タイプからのもの。領都シュバリデンから海のほうを眺めた景色だ。


 巨大な亀が沖合にいた。

 海上も白霧でおおわれているので、全体像は不明。

 それでも、全長で三千メートル以上は確実にあるのが分かってしまう。島ひとつの大きさに匹敵するサイズだ。


 映像をみて、シンは理解した。

 あの巨亀が、【神告】の主(ぬし)である。

 相手は海神(わだつみ)の御一柱で、【大亀仙霊】とでも表現すべき上位階梯の存在だ。


 恐ろしいことに、周辺の空気が揺らいでいる。

 激怒しているのだ。巨体から発する神気のせいで空間が歪んでいることから、事態の深刻ささが窺(うかが)い知れてしまう。

 はっきり言って、むっちゃヤバい。


 シンは本気でビビッてしまう。


 ―――誰や、おっかない海の神さまを怒らせよったヤツは。

 この上位階梯者が大切にしとる宝珠を盗むやなんて、とんでもない罰当たりや。豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ。

 しかも、なんでこんな厄介事にウチらが巻き込まれなアカンねん。えらいとばっちりやで。


 ルナも難し気(げ)な表情をしていた。


「どうやって依頼を完了させる? なんだか大事(おおごと)すぎて、どこから手をつければ良いのか、見当もつかないわ」


「ああ、まったくそのとおりだな。少しばかり考える時間が必要だ。とりあえずは保護した娘ちゃんを冒険者組合へつれてゆこう」


 ふたりはギルドの建物へとむかった。

 すでに目的の場所まで近いし、ちょっと歩けば目的地に着く。

 また、【神告】を受けた直後から、海洋性魔物どもの動きが停止しているので、楽に移動できる。


 攻撃がなくなったのは【大亀仙霊】の意思だ。

 槍イカやホオジロザメたちは、海神(わだつみ)の眷属であり、シンとルナは攻撃対象ではないと伝達されている。

 それどころか、協力せよと指示されていたくらいだ。おかげで攻撃はピタリと止まっていた。


 まもなく、組合建物に到着。

 頑丈な建物のなかに冒険者や付近の住人たちが籠城していたのだが、ふたりの無事な姿をみて駆け寄ってきた。


「おお、よくもまあ無傷で戻ってこれたなぁ」

「まったく無茶をして。心配してたんだよ」

「さっきから、ドンパチと凄い音がしていたが、アレはあんたたちか?」


 みんな、シンたちの生還を喜んでくれた。

 ふたりだけで、ヤバそうな白霧のなかに突入させてしまったと、申し訳ない思いもあったようだ。ふだんは厳(いか)つい顔の野郎どもが満面の笑みを浮かべている。


 冒険者は意外と仲間意識が強い。

 気は粗いけれど、勇気ある行動や同僚を守った者に対して、素直に敬意を示す。この感性は、軍や警察、消防など危険な仕事に従事する人々の集団意識に似ている。

 自分を助けてくれるのは仲間だし、自分は仲間のために動くという行動規範が同じだ。こんな感覚は一般人には理解しづらいけれど、どうやらシンたちの行為は、無頼漢どもの琴線に触れたようであった。

 

 ふたりは、籠城組に応じながらも、本来の目的を忘れない。

 喜び騒ぐ連中の前に保護した少女を紹介した。


「誰か、この娘(こ)の関係者はいないか。できれば世話をしてほしいんだが」


「ああ、ナタリー。無事でよかった。怪我をしてないかい」

「おかあさん!」


 母娘は抱きしめ合った。

 その若い母は、昨日、組合建物を出て帰宅しようと無理をした一般市民のうちのひとりである。娘ひとりを家に残したままで心配していたらしい。

 朝方、ルナが“外から子供の声が聞こえる”と言ったときに、母親はもしかして我が子ではないかと懸念していた。

 今は無事な娘の様子にひと安心だ。


 シンは、親子に“良かったな”と言葉をかけた後、食堂へとむかう。

 先刻までの戦いで疲れたし、なにか食べたい。


 ルナと食事しながら、今後の行動方針について検討する。


「【神告】の内容についてだけれど、いいアイデアはあるかしら」


「船を探すのはどうだろうか。正確には船乗りたちから話を集めれば、手がかりを掴めるかもしれない」


 宝珠を盗んだ者は船舶を使っているはずだ。

 というのも、お宝はここから離れた無人島にあったからだ。位置は、領都シュバリデンから帆船で一~二週間といったところ。

 さらに、盗品を街に運んでいるのだから、盗人はこの土地の港を利用したのは確実だ。これらを考えれば、犯人捜しのために、船員や港湾関係者から情報収集するのが近道だとおもう。


 ちなみに、宝珠関連の情報は【神告】で伝えられている。

 ほんの一瞬の精神的接触で、大量のデータを一気に脳みそにインプットされた。時間にしてコンマ何秒なのだけれど、ほんとうに身体に負担がかかるからやめてほしい。

 頭のなかは、莫大な情報量であふれてしまうのだ。

 混乱状態から落ち着くまでクラクラと眩暈がしてマジでつらい。


 今後の行動についてアイデアを出し合う。

 請け負った依頼を完了させるために、検討を重ねて基本方針を決めた。


 その後、人目に触れないようにこっそりと組合建物の裏口へとまわる。

 獣舎から騎竜のウコンとサコンに鞍を載せて、いざ出発しようとしたのだが、彼らを呼び止める人物がいた。


 グレゴワール翁であった。


「どこに行くんじゃ? なにやら、面白そうなことをするつもりなんじゃろ。ワシもつれてゆけ。役に立つぞい。フェッフェッ」


 シンは、奇妙な声で笑う老人にあきれてしまう。

 クソジジイは魔導具を使って盗み聞きをしていたのだ。

 周囲との距離はあったし、小声で会話していたから誰にもバレないと油断した。人間、年齢を重ねると保守的になって、新しいことに興味を向けないのだけれど、コイツは例外である。好奇心が強い年寄りなんて、滅多にいない稀有の存在である。


「だめだ、爺さん。余計なことに首を突っ込むと、ひどい目にあうぞ」


「はあ? 耳が遠くなって、よう聞こえんわい。おぬしが何を喋っとるかサッパリわからんぞい。齢は取りたくないもんじゃのう」


 ジジイは拗(す)ねている様子。

 シンたちが二人だけで白霧のなかに突入したのに、自分は除け者にされたとゴネているのだ。高齢者のくせして幼児のように駄々をこねるなんて、どういうつもりだろうか。


 ルナが、言い募(つの)るグレゴワール翁をみて、小さくつぶやく。


「邪魔しなければ、問題ないんじゃないかしら」


「おお、お嬢(ルナ)は賛成してくれたぞい。お主も素直になって、儂を連れてゆかんか」


「おい、クソジジイ。耳が悪いのか良いのかどっちなんだよ!」


 結局、彼はグレゴワールも連れてゆくことにした。

 くだらないことで時間を無駄にできない。優先すべきは【神告】で請け負わされた依頼を完了させることだ。なので、翁には自分の指示に従うとの条件をのませた。

 三人は騎竜に騎乗して、白霧に覆われる街へと出てゆく。


「で、お主(ぬし)らはどこに行くつもりなんじゃ?」


「最初にホテルに立ち寄る。交渉に使う手札を用意するつもりだ。海の荒くれたちに話をつけるのに手ぶらだと都合が悪いからな」


 実は、シンには別の理由もあった。

 それは、補助人格ミドリから連絡があったのだ。

 宿を留守にしている間にトラブルが発生したらしい。とりあえずの処置は済んでいるが、最終的な解決は彼本人でおこなってほしいと、彼女は伝えてきている。


 三人は濃霧のなかを移動して宿泊先へと到着する。

 騎竜を獣舎にいれるために建物の裏側にまわったのだが、そこでは珍妙な光景がひろがっていた。彼が連れてきた荷運び用の二脚竜たちが、人間たちを脚で踏みつけている。

 よく見ると、周りにも何人もの男が倒れていた。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:185/210

 LP:73/120


 活動限界まで、あと七十三日。

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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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