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3-12.白霧のなかで

 翌朝。


 領都シュバリデンは薄暗いままだ。

 もう太陽が昇っているはずなのに、昨日からずっと陽光が差しこまない。原因は、白霧が街と周辺平野部をつつんでいるためだ。


 冒険者組合は静かであった。

 いつもなら、仕事を求めて冒険者たちで混雑している。

 しかし、今日は誰ひとりとしてやって来ない。それどころか、建物正面の扉は固く閉じたまま。外部からの来訪者を断固として拒否する構えであった。


 現在、みんなで組合建屋内に籠城中。

 一般市民を含めて、およそ三十人が立てこもっていた。

 濃霧が発生した理由は不明だし、外にでれば正体不明の化物が襲ってくる。そんな危険な状態で、彼らは不安な一夜を過ごした。


 シンは組合併設の食堂で朝食をとっている。

 同じテーブルにはグレゴワール翁とルナ。三人は、今までの出来事について意見を交わしていた。


「のう、この状況をどう思っちょる?」


「ジジイ、その質問は曖昧すぎる。というかボンヤリした尋ね方は、頭の程度が低すぎるぞ。もうちょっと工夫しろよな。でないと、ボケてしまうぞ」


「余計なお世話じゃ。だいたい、年寄りを労(いた)わる気持ちがないのか。もっと儂(わし)を敬え。そうすれば、きっと幸運が舞い込むぞ。ホレホレ、なんか言うてみよ」


「ウザイ、本当にうざい」


 シンは爺さんに対してぞんざいな態度。

 最初の頃は、丁寧に接していたのだけれど、会話を重ねているうちに、そうなってしまった。不思議と遠慮なく話せてしまう。

 けっこう親近感をもっていたりする。けっして嫌っているワケではない。


 他のテーブルでも冒険者や一般市民たちが食事中だ。

 彼らの様子は深刻そのもの。

 白霧のこと、この先どうするかなどで、内容はグタグタである。霧がいつ晴れるかなんて誰も予想できない。そもそも、濃霧の正体が分からないのだし、対策のしようもない。


 不意に、ルナが立ち上がった。


「ちょっと、みんな黙って! 外からなにか聞こえてくるわ」


 彼女の大きな声で、室内は鎮まりかえった。

 全員が聞き耳をたてる。

 なかには気はしの利(き)く冒険者もいて、武器を手にして正面扉や窓に近寄って警戒態勢をとった。残った者は外部の様子を確かめようとする。


「……のぅ。お……、ど…… 」


 たしかに、物音が微かに聞こえる。

 人間の声のようにも動物の鳴声のようにも思えた。

 どうにも出所がよく判らない。遠いような近いような奇妙な感じだ。おそらく、白霧のせいで音の伝わり方が歪んでいるのだろう。


 突然、ルナが建物の外に出ようとした。


「あれは子供よ。わたしは助けにいく。このままだと殺されてしまうわ」


 彼女の動きは早かった。

 なんの躊躇(ためら)いもなく危険な屋外へと出てゆく。

 周囲にいた冒険者が止めようとしたが間に合わない。ただ、後を追って建物から飛びだした人間がひとりいた。


「あら、シン。別に付き合わなくたって良いのに。建屋内にいたほうが安全よ」


「まあ、その場の勢いかな。契約は継続中だし、貴重な助言役(アドバイザー)を失うのはもったいないからね」


 原因不明な霧のなかを慎重に移動する。

 組合建物で籠城していても事態解決にならないし、現状打破のきっかけが欲しかった。


 それに、ちょっとルナに興味がある。

 今まで、彼女のことを冷静で合理的な判断をする女性だと評価していた。危険な状況下で、見返りなく子供を助けようと即座に行動するなんて、意外だ。見かけによらず情にあつい面がある。

 好奇心を刺激されただけだが、これはこれで面白い。


 声の主を探すが、どうにも距離感がつかめない。

 彼らの立つ位置によって音の大きさが変わってしまうのだ。

 音源が近いのか遠いのかの判別が難しい。白霧が原因だろう。嫌な感じがする。


 しばらく、行ったり来たりを繰り返した。

 ときおり、濃霧のなかを得体の知れない影が動いていたが、幸いにも、こちら側に近寄ってくる気配はない。

 そうこうするうちに、相手を発見できた。


 女の子だ。年齢は五歳くらい。

 途方にくれて泣いている。


「うわぁん。おかあさん、どこにいるの~」

「もうだいじょうぶよ。わたしがママを見つけてあげるからね」


 ルナは少女を抱きかかえ、優しくあやす。

 たどたどしく話す娘によると、ひとりだけで一晩を過ごしたとのこと。昨日から両親が帰ってこないのだとか。

 食べ物がなくて空腹なうえに、独りだけだと淋しくて、親を探そうと街中を歩き回ったらしい。


 この女の子は運が良かった。

 家を出て以降、謎の化物に襲われていない。

 よくもまあ無事であったなと感心するばかりだ。とはいえ、幸運な状態がずっと続くなんてワケもない。さっさと冒険者組合の建物に戻るべき。


 シンは周辺を警戒していた。

 【探知魔法】を展開しているのだが、相変わらず補足できる敵影は曖昧模糊としている。それでも、大きな物体が近づいてくるのはわかった。


「ルナ、注意しろ。ナニかやってくるぞ。その子供をしっかりと守ってくれ」


 巨大な影が、彼にむかって突進してきた。

 とっさに身体をズラして避ける。

 しかし、後ろから続く尻尾がぶつかってくる。


 【反応爆壁】の魔法が発動した。

 指向性の火炎と爆風が敵にむかって吹きつける。

 これは強い衝撃を受けると自動的に起動する優れモノだ。いちおう防御系魔導に分類しているのだが、攻撃を防ぐと同時に、爆発反応で相手にダメージを与える凶悪仕様である。


 ホオジロザメが落下してきた

 とにかくデカい。体長は四メートル以上もあろうか。全身傷だらけなのは【反応爆壁】のカウンター攻撃を受けたためだ。

 とはいえ、謎の白霧の影響で、魔法効果は半減している。本当ならば、巨大鮫が被った被害はもっと甚大なものであろうに。


 不思議なことに、怪物鮫の姿が薄くなってゆく。

 調べているうちに、スッと溶けるように消えてしまった。昨日、解体場で切り落とした触手が消滅したのと同じ現象だ。


「なるほど、そういうことか。コイツは、ここの世界次元と少しだけ重なっている別次元へ戻ったのか」


 世界の多次元積層構造。

 魔導を嗜(たしな)む者にとって常識だ。

 錬金術師や魔導師は、魔力のことを【理外理力(フォース)】とも表現する。そして、“この世界の理(ことわり)”の外にある“別世界の理(ことわり)”によって超常的な事象を惹起させる技術を、魔法だと定義していた。


 眼前のホオジロザメは別次元世界の生き物だ。

 この世界層に所属するものではない。

 アイツの姿が溶け消えたのは、元の場所へと帰っただけだ。


 彼は、二つの世界が重複しているのだと確信する。

 ただし、現在の状況は異常だ。

 影響範囲が大規模すぎる。今回の不可思議現象は領都を含めた広大な面積で発生していた。さらに、昨日から今朝までの長い時間、連続して継続しているなんて尋常ではない。

 魔導技術による超常現象なんて一瞬のこと。

 有効範囲だって限定的だ。こうも巨大スケールの大きな魔法発動なんて、人間には絶対に不可能な業(わざ)だ。


「まあ、それでも【探知魔法】の反応がクリアになったのはありがたいが」


 周囲の状態がハッキリと判別できるようになった。

 たとえるなら、無線ラジオの周波数がピタリと合致した感じ。コイツらが別世界存在だと認識したことで、魔導的波動が一致したのだ。

 魔法は“意識や精神に大きく影響を受ける”という良い事例である。


「魔物たちが空を飛んでいる? いや、白霧のなかを遊泳しているのか」


 自分が海中にいると錯覚しそうだ。

 【探知魔法】で周辺確認をおこなうと、頭上ではクラゲが漂い、小魚の群れが悠々(ゆうゆう)と泳いでいた。なんとなく大型水族館を連想するが、勘違いしてはいけない。

 ここは地上だ。絶対に海洋性生物が空中にいるはずがない。


 ルナが、呆然と上空を見あげている彼に声をかけてきた。


「ちょっと、危ないじゃないのよ。周りにいる者のことを考えてよね」


 彼女は怒っていた。

 【反応爆壁】の爆炎に巻き込まれそうになったから。少女に怪我をさせかねない攻撃魔法は迷惑だと責める。

 たしかに、あの防御魔法は、まわりの人々にとっては危険だ。

 優秀な彼女だけなら、対応のしようもあったけれど、ふつうの人間には無理である。ましてや、年端(としは)もゆかない女の子には回避不可能だ。


「本当に申し訳ない。指摘のとおり、爆発系魔法の使用は軽率だった」


 ―――ルナの言い分はもっともやわ~。

 【反応爆壁】の扱いは慎重にせんと。

 いや、“防御”なんて言葉をつけているのが間違いかもしれへん。コレは【邪神領域】で闊歩する魔物どもを対象にしているからなぁ。

 一般人がいる場所で使ったらムッチャ危ない。巻き添えで怪我人が大量発生するん確実やで。街で活動するときは使用禁止にせんと……。


 組合建物に戻ることにした。

 白霧の騒動が続くあいだ、女の子を保護してもらいたい。シンやルナが世話するのは無理だが、あそこには一般女性もいる。

 いざとなれば組合依頼(クエスト)として誰かに任せれば良かろう。


 彼らは移動しようとしたが、すぐに停止した。

 巨大アンモナイトが、大通りにいたためだ。

 サイズは、人間よりもはるかに大きくて、全高で三メートルほどもある。螺旋状の殻はいかにも堅そうだ。

 外殻の開口部から、本体が姿を現(あらわ)しており、幾本もの触手がウネウネと蠢いていて気持ち悪い。


 しかも群れをなしていた。

 大きな貝殻を背負った魔物たちが、建物を取り囲んで離れない。

 十数匹が、窓や玄関に張りついて、家屋のなかに触手を伸ばす。何かを引きずり出しては、自分の口部に運んでモシャモシャと喰っていた。

 よく見るとそれは人であった。

 生きた人間を絡め捕っては、食べやすいサイズに切き裂き、かぶりつく。


 建屋に立てこもる住人たちは、必死に抵抗していた。

 だが、懸命な努力は報われることない。

 ひとり、またひとりとバケモノに捕獲されてゆく。


 しばらくすると静かになった。

 先刻まで大きな叫び声が響いていたが、今は止(や)んでしまった。建物内部からまったく音がしない。

 誰もいなくなったからだろう。

 その証拠に、建造物にへばりついていた巨大アンモナイトが離れ始める。エサがなくなったと判断したようだ。


 物陰に隠れて観察していたシンとルナ。

 彼らは保護した少女を守りながら相談する。


「さて、どうしようか?」

「隠れてやり過ごすべきかな」


 ルナの意見は、道を迂回すること。

 ふたりだけなら中央突破もありだ。しかし、保護した少女を危険にさらしたくない。なるべく戦闘行為は回避して、密かに組合建物を目指すべきだろう。

 相談した結果、敵に見つからないように、遠回りして移動することになった。


 五分後。


 迂回作戦を断念するハメになる。

 周辺を回遊するバケモノが多すぎるためだ。

 どの経路を選んでも、必ずぶつかってしまう。むしろ、巨大アンモナイトの群れがいる場所を突破して、最短経路を進むほうが接敵機会は少ない。

 結局、女の子を発見した所に戻ることにした。

 

 再び、シンは魔物に遭遇する。


「徹甲射!」


 攻撃的超常現象を【理外理力(フォース)】で発動。

 魔導惹起による発光現象とともに、轟音が響き渡る。

 その衝撃は空気だけでなく、周囲の建物をも揺らした。霧がトンネル状に吹き払われているのは、疑似生成物質が通過した跡だ。


 魔弾が、特大アンモナイトを打ち砕く。

 硬く分厚い螺殻に大きな穴をあけ、中の柔らかい本体部分を引き裂いた。モンスターは耳障りな悲鳴をあげて地面に落下。しばらく身体を痙攣させていたが、やがて姿が溶けるように消滅してゆく。


 【徹甲射】は、対戦車ライフルの再現したモノ。

 土系属性と火系属性魔法の複合で【理外理力(フォース)】で岩石銃弾を生成する。これに硬化処理を施し、超加速で射出。

 さすがに完全再現は無理だったが、それでも大型竜の鱗を貫通する破壊力はあった。思いのほか、消費魔力は低いし連射もできるので、彼が使用する頻度は多い。


 次々と巨大アンモナイトを撃墜した。

 敵の動きは遅いので良い的だ。連中の強みは硬い螺殻なのだが、【徹甲射】の前では紙と同じ。身を守るには、なんの役に立たない。

 手際よく、十数体の化物を撃破することに成功した。


「いかん。すぐにこの場を離れよう。射撃音のせいで、他の魔物たちが集まってきたぞ」


 攻撃魔法の選択ミスだ。

 周囲に漂う白霧は魔導効果を半減させるので、シンは破壊力の高い【徹甲射】を使った。だが、大きすぎる発射音が災いする。

 周辺に散らばっていた異界のバケモノどもが、群れ為(な)してやって来た。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:193/210

 LP:73/120


 活動限界まで、あと七十三日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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