3-11.見えない敵
大きな悲鳴が響き渡った。
複数の人間が必死に助けを求めている。
しかし、なにが起きているか視認できない。濃い霧のせいで、視界不良なためであった。
声の主は、建屋から出ていった住民たち。
彼らは、ギルド長の制止を振りきって組合建物から脱出した住人たちだ。忠告を無視した結果、危険な状態に陥ってしまった。
自業自得ともいえるけれど、さすがに見捨てるワケにもいかない。
救助のために、冒険者たちが外にむかった。
ただし、その歩みは慎重でゆっくりしている。
敵の正体もわからないまま、一直線に助けにむかうのは、危なすぎるからだ。
恐怖で身が竦んでしまう。
相手の姿が見えないと、どうしても変な想像力がはたらいてしまうのだ。
それでも、悲鳴をあげる人々を助けるべく動いた。湧きあがる恐怖心を抑え込みながら、前進する態度は大変に立派なものであろう。
ちなみに、彼らは幾つかの組に分散して行動している。
建屋から出た市民たちが、てんでバラバラの方向に散っていたからだ。
シンも救援グループのひとつに加わる。
ルナやグレゴワールの爺さんも一緒だ。同行するのは冒険者三名で、前後左右を警戒しながら、白霧のなかを移動してゆく。
霧の奥から、ひとりの漁師がヨタヨタと近寄ってきた。
「た、たすけてくれ。なにかに襲われた。さっきまで横にいたヤツの頭が吹き飛んじまった!」
男は全身、血まみれだ。
しかしながら、それを気にする様子はない。逃げるのに必死で気持ちに余裕がないせいだろう。
「だいじょうぶか。他の人たちはどうなっている?」
「わ、わからない。俺は仕事仲間と一緒に家へ帰ろうと……、うわぁ!」
男がゴンと鈍い音をたてて倒れる。
ナニかに足をつかまれてバランスを崩してしまったのだ。
手足をバタつかせて懸命に抵抗するが、すごい勢いで引きずられて霧の奥へ消えてゆく。
頭上から凄まじい悲鳴がした。
出元は上のほうで、建物の三階よりも高い。
つい先刻まで、男性は地面に這いつくばっていたはず。ほんの一瞬で、そんな所にまで上昇しており、その動きは異常すぎた。
同時に、血と肉片がボタボタと落ちてくる。
真っ赤な液体が広範囲に飛び散り、四肢などの身体の一部が路上に散乱した。
シンはとっさに試作銃で発砲する。
三連続だ。狙いは定めずに、男の叫び声がするあたりにむかって攻撃した。レバーをガチャガチャと操作して、射撃、排出、装填を繰り返す。
この銃は単発式だ。一発撃つたびに空薬莢を抜き、次弾を込める必要があった。
「効果が低い? 干渉されているのか」
錬金弾の効果範囲が妙に小さい。
刻印している魔法陣は火系属性のもの。しかし、空中で広がる火炎の大きさが、通常の半分くらいしかない。
不具合かもしれない。
銃本体もそうだが弾丸も実地試験中だし、不良品が混じっていても不思議ではなかった。
それ以外の可能性もある。
魔法発動が阻害されているかもしれないのだ。
根拠は【探知魔法】の索敵機能が低下しているため。状況把握範囲に空白が生じているのが、ちょっと悔しい。
彼は、独自開発の魔法に自信を持っていた。
なにしろ、危険な魔物が闊歩する【邪心領域】で、実績を積み重ねてきた優れモノなのだ。
コイツの索敵能力に死角がない。なにせ、【集音】【熱源探知】【精神体識別】【超音波反響】【振動感知】などの機能を組み合わせているからだ。
しかし、今は【探知魔法】の調子が悪い。
どうやら、謎の白霧には、魔法効果を半減させる性質があるみたいだ。
―――ふん、おもしろいやんけ。
この霧、ウチの魔導技術力に挑戦しているみたいやん。
おもろいわ、受けてやる。もっと改良して、絶対に敵を捕まえたるで。待っときや。
ルナが声をかけてくる。
「あなたには相手がみえていたのかしら?」
「いや、適当に撃っただけだ。でも、退いたようだな。もう敵の気配が失せてしまった」
その後、彼らは逃げてきた市民二名を救う。
怯える住人を中心にして、周囲を用心しながら冒険者組合へと戻った。
他の救助グループも次々に組合建物に帰ってくる。
残念なことに、助けた人数は少ない。生き残った人間はわずかに八人だけ。建物の外に出た市民は二十人以上もいたのに、半分以上が行方不明になってしまったのだ。
組合長を中心にして話し合がはじまった。
「さて、どうしたものか。なにか意見はあるか?」
「男爵様がなんとかしてくれないかな。兵隊さんが大勢いるのだし」
「期待したいが、いつになるか予測できん。現状、外に出るのは危険だ。ここに閉じこもるしかあるまい。しばらく待っていれば、白霧が晴れるかもしれないからな」
全員が、籠城に賛成した。
建屋内にいる人数は全部で三十人ほどだ。一般市民もいるけれど、いざとなれば戦える冒険者が多いのが幸いであろう。
日暮れ前。夕食の時間になった。
組合建物には食堂が併設されていて、食材の備蓄量もたくさん。ギルド所属の料理人も無事なので、まともな食事を提供してくれた。
この条件だと、数週間は飢えることなく過ごせる。
シンと同席するのは、ルナとグレゴワール翁。
三人は晩御飯を食べながら意見交換をするが、すべてが憶測でしかない。先々のことは予測不可能だし、基本的に様子見に徹すると意見が一致した。
ジジイが話題を変えて、興味深げに質問してくる。
「のう、シンや。お主の銃を見せてはくれまいか」
「触るのはかまわないが、手荒く扱って壊さないでくれよ」
爺さんは、喜んで小銃を受け取った。
ホウホウと奇妙な声をあげながら、ガチャガチャといじくる。
現在、世間一般に流通している鉄砲は“先込め式”。
炸薬を銃身の先から流し込み、さらに丸い銃弾を押し入れる。
しかし、この試作銃は“元込め式”だ。
銃身後部から薬莢と一体なった弾を装填するタイプ。発砲後、レバーを操作して空薬莢を排出して、次弾を交換すればよい。
射撃の間隔はわずかに五秒ほど。従来のマスケット銃はおよそ二十秒もかかるので、所要時間は四分の一にまで短縮していた。
「ふむ、複雑な構造じゃなぁ。銃本体だけでなく、弾丸にも工夫があるんじゃろう? みせてくれんか」
「だめだ。タダでみせるつもりはない。見返りになにを提供できる?」
シンの返答はにべもないもの。
爺さんは優秀な錬金術師だ。試作銃の仕組みをみただけで革新性を理解した。しかも、小銃本体だけでなく銃弾にも、未知の技術があると予測したのだから、たいしたものである。
実際、弾にこそ新技術の粋がつまっている。
そんな秘密のかたまりを無料で見せるワケにはいかない。
グレゴワールはしかめっ面をした。
翁は“ケチ臭いことを言うな”とプンスカと怒るフリをする。
でも、それ以上の要求はしてこない。対価なしに、機密を公開せよというのは無理があると自覚していたからだ。
しかし、業突く張りなジジイは有用な情報を得ようとする。
「しゃあないのう。では、新式銃をどうやって手にいれよった?」
「売っていないぞ。自分で作ったからな。ついでに言うが、誰に売却するつもりもない」
「な、なんと、そりゃまことか」
グレゴワールは本気で驚いた様子だ。
ジジイいわく、自作品だとは思わなかったとのこと。
というのも、錬金術の範囲は広いこともあって、アルケミストには得意・不得意の分野があるから。翁は、シンの主分野は戦闘系で、生産系は嗜む程度だと推測していたと、語った。
「おぬし、手広くやっとるのぅ。これだけの細工を為すには、結構な技術と手間暇がかかるだろうに。いや、若いのにエラいもんじゃ」
「褒めても、何もでないぞ。というか、その強請るような目つきが気味悪い。やめろ」
「冷たいこと言わんくりゃれ。わしゃ、老い先の短い老人じゃ。おんしは、もそっと労りの心を持たにゃアカンぞい」
グダグダな会話が続くなか、食事は終わった。
夜間は、交代で不寝番をたてることになった。
全員が寝るのは無防備だし、危険すぎる。何が起きるか予測できないのだから、用心すべきであろう。
冒険者と一般市民との組み合わせで、適当にチームを編成した。
シンは、自らすすんで深夜の担当を申しでる。
嫌な予感がしていたから。
予知能力なんてないけれど、こんなふうにザワザワした感覚には従うべきだ。危険な【邪神領域】で過ごしてきた経験から学んだことである。
不寝番になって、しばらくした頃。
外部から音が聞こえてきた。
場所は、組合建物の裏手から。物音は小さいけれど、確実になにかがいる。他の見張りたちも気づき、どうするか話を始めた。
「裏側は獣舎と宿泊施設だぞ」
「いや、解体場かもしれん。あそこには肉やらエサになるものがある」
「とにかく確かめよう」
シンを含めて、みんなで裏口から外に出た。
ルナやグレゴワール翁も続く。解体所は組合建屋から少し離れた位置で、そこからゴソゴソと何か聞こえてきた。
ジジイが【燈火】を発動させて周辺を照らす。
使用した魔道具は金属製の腕輪型だ。同一形状で別機能のモノを幾つか腕につけていた。別のタイプではネックレス型が三つ。
複数のマジック・アイテムを装備するのは、様々な状況に対応するためだ。
「なんじゃ? 不具合かのぅ。光量が半分ぐらいしかないぞい」
「爺さんのも同じか。たぶん、白霧が原因だとおもう。コイツは魔法効果を半減させるみたいだ」
「そいつは初耳じゃ。そんな怪しげなこともあるんかいな」
シンは、魔法銃の効果が半減したことを説明した。
試作品なので不具合が発生した可能性もあったけれど、爺さんの【燈火】も効果半減している。やっぱり、この霧は魔法効果に影響を与えるのだ。
再び、解体場から物音が聞こえてくる。
なにかを叩きつけたような感じだ。続けて、バケツやら小道具やらがひっくり返る音が響いてくる。
建物の扉は大きく開いたままなので、外から何者かが侵入したのだろう。
室内はけっこう広い。
面積はバスケットコート二面分ほどもある。天井も高くて四メートルくらい。しかし、テーブルや棚は倒れ、道具類が散らばって雑然としていた。
どうにも薄暗い。
光源は、グレゴワール翁の【燈火】なのだけれど、光量が不足なせいだ。かろうじて、部屋が荒らされているのが認識できる程度。
不意に、正体不明のナニかが床を移動した。
冒険者たちが叫ぶ。
「あっちの隅っこに何かがいるぞ」
「逃げやがった。早ぞ。気をつけろ」
「うわ、なんかが足を引っ張る。助けてくれ!」
ひとりの男が転倒してしまう。
太い粘着質の触手が、脚部に絡みついてきたのだ。
幾本もあって、ウネウネと動く様は気味悪い。ソレは、解体場の裏扉から伸びてきており、その先に本体があるに違いない。
「扉を閉じるわ!」
ルナが勢いよく扉に体当たりした。
触手は木製扉に挟まれてしまい、ビタンビタンと床を叩く。
しかし、男の足を離す様子はなかった。
それどころか、さらに強く絞めつるので、捕まっていた者が苦しみの声をあげる。
シンは、机上の手斧を手にとり、振り下ろす。
斧刃がソレを切断。
ブシャっと緑色の体液があたりに飛び散った。
触手の根本部分はドアの隙間から引っ込んでゆく。切り落とされた断片はビクビクと動いていた。
斧を捨てて、試作銃を構える。
木扉は閉じたままで相手の姿は見えなかった。
でも、敵の位置は、【探査魔法】で朧気ながらも把握できる。
「ルナ、カウントするから扉を開けてくれ。いくぞ、一、二、三」
「いまよ!」
開放したドアの向こう側にむけて発砲。
発射、排莢、装填を五回繰り返した。
膝立体制を維持したまま、外側をにらみ続ける。
気配はまったくない。
どうやらこの場を去ったようだ。
彼女が安堵の息をはいて、声をかけてくる。
「やっつけたかしら?」
「わからない。多分、やってないな。妙に手ごたえがなかった」
射撃に慣れると、命中したかどうかは判るものだ。
視認できなくても標的に当たったか、外したかは、なんとなくの感覚でつかめる。
ただ、今回の相手は奇妙であった。
負傷させたという感触が皆無だ。なんだか、虚像にむかって無駄弾を使わされた気がする。どうにも得体の知れない敵だ。
背後で冒険者が騒ぎだした。
切り落とした触手を調べていたのだが……。
「おい、あのウネウネはどこにいった?」
「いや、スゥーと消えちまったんだよ」
「ホントだ。俺も見ていた。なんかこう溶ける感じだったぞ」
触手が消失していた。
つい先刻まで、床上でビチビチと蠢いていたのに、いまは見当たらないのだ。幻覚ではない証拠に、床には緑色の体液が散らばったままで残っている。
触手を切断したのは確かだ。
グレゴワール翁が疲れたようにため息をつく。
「なあ、シンや。この現象をどう解釈する?」
「わからん。そもそも敵は、魔物どころか生物かも怪しい」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:205/210
LP:74/120
活動限界まで、あと七十四日。




