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3-05.素材売却

 シンは、領都で最高級のホテルに宿泊していた。

 契約したのは、いわゆるスイートルームというやつだ。

 宿泊一室・・なのだけれど、部屋数は多い。寝室だけで三部屋、他に大きな客間や従者控えの間などがある。

 ちなみに“スイート”は“ひと揃い”という意味で、けっして“甘い”ではない。


「どの部屋を使うか決めたら教えてくれ。私は、それ以外の場所を選ぶから」


「あら、雇い主はあなたよ。優先権はそちらにあるのでは?」


「かまわないよ。どうせ空室になって余るくらいだし」


 同行者のルナとは別部屋だ。

 相手との関係はビジネスライクなもの。

 恋愛的な要素は皆無。

 そもそも、こちら側にはいろいろと都合がある。別室のほうがなにかと便利だ。


 彼女とは雇用契約を結んでいる。

 依頼した仕事は、アドバイザー(助言者役)。具体的な内容だが、彼に欠けている一般常識を補ってもらうこと。

 ずっと人外魔境の大森林(邪神領域)で過ごしてきたせいで、この異世界の法律やルールを知らない。


 これだと不要なトラブルが生じてしまう。

 周囲との軋轢を避けるためにも、適切な助言がほしいのだ。

 なお、いまはお試し期間。双方に問題がなければ、期間延長することも合意している。


 ルナは、じつに不思議な人物であった。

 分野を問わず各種知識が豊富なのだ。

 植物学や鉱物学が得意なのは、採取活動中心の冒険者ということで、納得もできよう。ただ、歴史や政治関係などにも通じていて、彼を驚かせた。

 おまけに、上流階級の儀礼やしきたりも詳しい。


 彼女いわく、自然と覚えたとのこと。

 【禍祓(まがはら)い】として各地を転々としていれば、イヤでも身につくと語った。どこまで本当かは不明だ。

 疑問は残るけれど、ホドホドのところで質問はやめておく。

 詮索好きな男は嫌われてしまうからだ。

 女性には秘密があるほうが魅力的だし、男性はそれを受け入れるくらいの度量があるべきだとおもう。


 ちなみに、【禍祓(まがはら)い】という権能について。

 特定空間の邪気を祓い、清浄にする能力だ。おもに精霊や神々から仕事を請け負うことが多く、たまに人間からも依頼がはいったりする。


翌日。


 ルナが朝食後のコーヒーを飲みながら、


「ひさしぶりにグッスリと眠れたわ。ふかふかベッドのおかげよね。でも、こんな豪勢な部屋を借りて、なにをするつもりなのかしら? 雇い主さんのお考えを拝聴したいわ」


「先行投資だな。しっかりと目的があってね。見栄や贅沢でここを確保した訳ではない。

 これから予定している商談には、立派な舞台装置が必須なんだよ。それよりも、今日はスケジュールがつまっているので、案内をよろしく」


「もちろん。ちゃんと役目は果たすわよ。気前の依頼者さんは大切にしないとね。うふふ」


 ふたりは冒険者組合へとむかった。

 

 受付で組合員証明証(カード)を提示する。


「私はシン・コルネリウスという者だ。組合長にお会いしたい。すでにアポイントメントは取っているのだが」


「はい、お待ちしておりました」


 実は、彼の証明証は偽物だ。

 正確に表現するなら、カード自体は本物なのだけれど、不正な登録手順で発行したもの。ハッキリ言えば、勝手に作っちゃったのである。

 こんな不正行為ができた理由は、証明書発行の魔導具一式を保有しているから。砦街キャツアフォートの組合事務所から入手したのだ。


 ただし、断じて窃盗ではない。

 いまは亡きモルガン組合長と密約を交わして確保している。

 あの街は破棄されて、魔物どもに荒らされる運命であった。貴重な魔導具を破壊されないように回収してあげたのだ。

 感謝されることはあっても非難される筋合いはない。


 もちろん、証明証発行器は分析済み。

 コイツ、登録時に対象者の生体情報や魔力波動を秘かに収集していた。しかも、獲得した情報を定期的に本部へ転送する機能付き。

 組合側は、本人識別の処理だと称しているけれど、それは嘘だ。

 あきらかに、口外できない目的に使用しているはず。


 シンとしては、自分の個人情報を隠しておきたい。

 なにしろ、この身体は五百年も前に創られた錬成人間である。バレると、ひと悶着おきるのは確実だ。


 絶対に実験動物(モルモット)扱いされる。

 魔導師や錬金術師からすれば、彼の肉体は貴重なサンプルだ。妙な薬物を飲まされるとか、切り刻まれるとかされる。

 そんな陰鬱な未来は、ご勘弁願いたい。

 というワケで、情報漏洩を防ぐために証明証を偽造したのである。


 領都の冒険者組合長は“白髪交じり”のオヤジ。

 第一印象は、くたびれた中間管理職だ。

 横暴な上司と好き勝手な部下に挟まれて“苦労している感”が漂っている。


「昨日はおつかれさまでした。たしか、お名前はシンでしたね。なにやら話をしたいことがあるとのこと。いったい何ですか?」


「まずは、お届けした認識票について。報奨金がでるとのことでしたが、これを辞退する。かわりに全額を避難民への支援金としていただきたい」


「ほう、それはご立派なことで。彼らも喜ぶことでしょう」


 難民化しているのは、キャツアフォートの住人たちだ。

 いま現在も、領都郊外で天幕(テント)暮らしをしている。

 食糧は常に不足気味だし、医薬品の配給は絶望的。先々のことなんて考えられないくらいに逼迫していた。現状、毎日をなんとかして過ごすのが精いっぱいだ。


 原因は、風評被害のせい。

 無知蒙昧な領都民が、近寄るだけで【バケモノ病】に(かか)る』と噂していた。まったく根拠のないデマを信じる者は多い。

 まあ、それでも近づかない程度なら問題はなかった。

 厄介なのは、避難民を排除しようと襲う(やから)がいること。


 いっぽう、庇護する側はごく少数。

 具体的には、教会や領主のコルベール男爵など。

 ただ、男爵家は砦街を失って巨額の赤字を抱えており、充分な支援はできない。あとは、冒険者組合や商業協会などが、募金を集めて細々と助力するくらいだ。

 そんな状況のなか、シンが個人的に寄付するだから、感謝もされようというもの。


 彼の目的は、評判を得ることだ。

 けっして、純粋な善意ではない。

 身もふたもない表現だけれど、お金で世間さまの“好意”を買うつもり。今後、幅広く知識や技術を獲得する予定だ。

 その際に他人からの印象が良ければ、なにかと円滑にすすむであろうと期待している。迂遠だけれど、後日に返ってくる先行投資だと割りきっていた。


「次に、【邪神領域】由来の素材の買取りを頼みたい」


 シンは、木箱をテーブルの上に置く。

 箱は、華やかな装飾を施したお洒落なもの。

 サイズは長さ約一メートル、底はちょっと浅め。ゆっくり蓋を開けてやる。


 鳥の羽根が並んでいた。

 パッと見た目は、クジャクの尾羽根のよう。

 ただし、色つやはまったくの格上で非常に美しい。

 全体的に黄金色だけれど、角度によって色彩が微妙に変化していた。


 “白髪交じり”は絶句する。


「な、なんと、【聖孔雀の金色尾羽】では……」


 これは、王侯貴族の勢威を示す象徴として扱われる。

 あるいは聖職者の権威を知らしめる装飾品として、冠や祭服に飾りつけるもの。

 売買マーケットにでることは(まれ)だ。オークションに出品されれば、価格が際限もなく吊り上がってゆくシロモノ。

 そんな“尾羽”が十本()箱のなかに並んでいた。


「ええ、もちろん本物です。しかも、折れ曲がりやキズのない、()りすぐりの上質なものばかり」


 シンは、眼前の男を観察する。

 組合長の視線は”贈り物”に固定したままであった。

 ブツブツと、“コレを提供すれば上層部からの覚えも良くなる”などと(つぶや)いている。迂闊にも、内心で思っていることが言葉になっているのに気づいていない。


 希少な金色尾羽を提示した目的。

 それは、冒険者組合と友好的関係を築くため。

 儲けを優先するなら商人に売却したほうが、断然に有利だ。組合に渡せば、受取金額は半分になるけれど、あえて買取りの依頼をだした。


 さらに、売却金は組合口座に預けるつもり。

 辺境都市のギルドでは、持ち合わせの現金なんて少ない。

 彼の申し出のとおりにすれば、帳簿上の記載だけで済む。相手側にしてみれば、至れり尽くせりの案をだしているのだ。


「いかがですか。そちらには、お得な条件ばかりですよ」


「はい。あなたのご提案をありがたく受けさせていただきましょう」


 多少のやり取りを経て、取引は成立した。

 ふたりはガッチリと握手を交わす。

 これで冒険者組合に訪問した目的は達成だ。


 次の訪問先は錬金術師ギルド。


 面談相手は、領都支部の責任者だ。

 三十代半ばのやたらと姿勢がいい男性である。

 印象は、エネルギッシュな若手起業家といったかんじ。やる気も実力もあって、上昇意欲の強そうな人物だ。


「シン殿、待っていましたよ。なにやら良い商談があるとのことですが?」


「ええ、【邪神領域】産の希少品を手に入れましてね」


 来訪目的は良好な関係をむすぶこと。

 そういった意味では、この相手はやりやすい。

 価値基準がはっきりしているからだ。きっちりと利益誘導して、下手にベタベタせず、ビジネスライクに徹すれば友好関係を構築できるはず。


 彼は木箱をドンとテーブルのうえにおいた。

 さほど大きくはないのに結構な重量がある。


「お見せしたいのはコレです」


「な、なんと、竜の……」


 正確には【三つ角竜】から剥ぎ取った生体素材。

 コイツは、恐竜のトリケラトプスそっくりだけれど、とんでもない魔力をもつ魔物だ。めったやたらと頑強なうえに、【邪神領域】の奥地にいるので発見するのが難しい。


 竜由来の素材は、たいへん強力な錬金マテリアルだ。

 角や表皮、血液、骨など、どの部位も貴重なものばかり。

 特に魔核は極上のレアもの。

 錬金術師にとっては垂涎の的であり、これひとつを売却するだけで、一生遊んで暮らせるほどの金額になる。


 先刻の【聖孔雀の金色尾羽】とは価値の“質”が違う。

 冒険者組合に提供した羽根の真価は、“美しさ”にあった。

 ほかに比肩できるものがないほど豪華絢爛であるがゆえに、権威権力の象徴として使用されるのだ。


 対する【三つ角竜の生体素材】のバリュー(価値)は“実用性”。

 天然素材を錬金加工することで、さまざまな高付加価値商品を作成できる。たとえば、薬品であれば最高級位の魔法治療薬(ポーション)。物品ならば、【鋼断ちの豪剣】や【耐魔盾】など武器や防具になる。


 シンが木箱をちょっと押しながら、


「改めてご挨拶を。昨日の会議で碌な会話ができませんでしたからね。あの場では、私から一方的な要望をだしましたが、今回は、そちら側の利益に配慮するつもりです。

 なお、この素材は組合への手土産がわり。

 値づけは貴方にお任せします。今後とも末永くおつき合いをしたいので」


 意訳:

 これからは、よろしゅう頼むわ。あんたに損はさせへんで。

 そのかわり、ウチのお願いをちゃんと実現してくれや。お互い仲ようやっていこうやないか。


 やり手の組合長は、すぐにシンの意図に気づく。

 見かけだけでなく、中身も相当に優秀な人物なのだろう。

 当意即妙の対応をしてきた。


「ご丁寧なごあいさつ痛みいります。我々としても前途有望な新人錬金術師には期待すること“大”ですよ。ましてや、希少な天然素材を定期的に持ち込める若者ならなおのこと。

 そういえば、貴方は研究論文や学術書の閲覧を希望していましたね。

 その程度なら、わたしの権限内で許可できます。ええ、今後ともよろしくお願いしますね」


 意訳:

 おぅ、若造ながら、よう分かっとるやんけ。

 論文やら本なんかを読ませるくらいやったら、まかせときぃや。でも、ちゃんと大儲けさせてくれんとアカンで。


 とまあ、こんな具合に大人の会話が続いた。

 決まったのは、【三つ角竜】素材の買取り価格。

 振込先は錬金術師ギルドにつくる新しい口座。

 一度に引き出す金額の上限設定など。いずれも組合に有利な条件であった。

 シンにしてみれば想定範囲内のことだ。問題はまったくない。


 組合責任者は満面の笑みを浮かべていた。


「いや~、良い取引をさせてもらった。あなたは若いながらも優秀なアルケミスト(錬金術師)だ。今後の活躍には期待しているよ」


「ええ、ありがとうございます」


 終始にこやかな雰囲気のなか商談は終了した。


 その後、彼は事務所の一階フロアへ移動。

 錬金術師組合の正会員登録をするためだ。

 砦街キャツアフォートの【バケモノ病】騒ぎのせいで、審査途中でとまっていた。今回は領都組合長の承認を得て正規登録をする。


 ただし、登録処理は要注意。

 冒険者組合と同じで、魔道具で登録作業をするのだけれど、やはり対象者の生体情報などを秘かに盗み取っている。

 ちなみに、処理工程はふたつの段階だ。

 第一工程は、専用魔道具の球体に触れること。

 第二工程は、一滴の血液を提出すること。


 当然、対抗策を準備しておいた。

 読取り魔道器具を(あざむ)くために、手のひらに欺瞞用魔法陣を描いている。また、体液も特別調合した偽物を用意しておいた。


 会員登録はすんなりと完了。

 失敗に備えてプランBも計画していたけれど、拍子抜けするほど簡単に終わる。欺瞞用の策が無駄になってしまった。

 まあ、トラブル発生もなかったのだし、これで“良し”としよう。


 組合建物を出ようとしたところで、声がかる。

 呼びかけてきたのは老人であった。


「おう、久方ぶりじゃな。あのあと、どうなったか心配しておったが、元気そうでなりよりじゃ」


「ああ、爺さんこそ。お互い無事でよかったな」


 相手は錬金術師の老師。

 砦街キャツアフォートを活動拠点にしていた人物である。

 シンに最新の錬金術をレクチャーしてくれた恩人だ。

 ふたりは近況を語り合う。

 ご老体は、領都に転居して錬金術師稼業をしているとのこと。並行して、避難生活中の砦街住人への支援や寄付金を募ったりしていた。


 ひとしきり情報交換をし終わって、ジジイがおねだりを始めた。


「それはそうと、もういっぺん騎竜に乗せてはくれんかのぅ。あれはホント楽しかったでなぁ」


 爺さんのいう“あれ”。

 砦街撤退戦で、二脚竜に騎乗して渡河したことであった。

 渡った大河はゴウゴウと音をたてて流れており、落ちれば溺死が確実。河川に張った補助綱は細くて頼りないけれど、ロープ上を駆け抜けた。

 アクロバティックな行動だったが、その際のスリルが忘れられないらしい。


 よほど興奮したのだろう。

 改めてウコンやサコン(二脚竜たち)に乗りたいと駄々をこねた。

 年寄りのくせに、子供みたいだ。

 命がけの綱渡りをせがむなんて、どんな神経をしているのかと疑ってしまう。


 シンとしても、老人には恩があるので無碍にはできない。


「まあ、かまわないけど、すぐは無理だ。別件の要件が予定にあるからな。数日後になってもイイなら、連絡をするけれど、どうする?」


「ええぞ、ええぞ。いま一度、アレに乗れるならナンボでも待つぞい」


 ふたりは約束を交わす。

 ただし、曲芸じみた行為はなし。ふつうに騎竜で遠出することで納得してもらう。


 その後、シンは薬師組合へ訪問した。

 やることは、冒険者組合や錬金術師組合と同じだ。

 希少な素材を提供して、お金を組合口座に預ける。

 交換条件として、学術書や研究論文を閲覧させてもらうこと。


 薬師組合側は快く応じてくれた。

 相手は好意的で、彼の発表会が楽しみだと言われたくらい。

 感染症についての研究結果に対して強い関心を持っている。


 こうして会談は終了。

 一日に三件もの面談は疲れたが、協力依頼をとりつけるのに成功したので気分は上々だ。






■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP:106/120


 活動限界まで、あと百六日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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