3-06.商談開始
シンは、ルナと夕食を共にしていた。
「領都に来たのは、資金を調達するつもりでね」
集めたお金で錬金術や魔法関連の書籍を買い求める。
他に各種素材や魔導具の類いも購入したいところ。活動資金は多いほうが良いから、せっせと商売に励んでガッポリ儲けるつもりだ。
対して彼女は怪訝そうな表情。
「あら、そうなの? てっきり豪遊でもするつもりかと思っていたわ。だって、いきなり高級ホテルに泊まるんだもの」
「酷い勘違いだ。先日も伝えたけれど、ここを選んだのは先行投資でね。宿泊施設全体を舞台装置として利用するつもりだ」
奮発してワンフロアー全部を長期契約した。
現在、使用している部屋は、二人分だけ。
未使用の場所は、近日中にビジネスで活用することになる。
この活用方法は、前世地球の知識から。
欧米の事業家たちは、新しいマーケットを開拓する際、対象地域で最高クラスの宿泊施設をと契約する。
「理由は三つある。ひとつめは、信用してもらうこと」
彼は、別の土地からフラリとやって来た余所者だ。
誰も自分のことを知らないし、下手をすれば詐欺師と疑われてしまう。
だから、大金を使ってアピールするのだ。
こちらには、たっぷり財力もあるし、安心してくれよ~ってなかんじで。
「ふたつめの理由は、本拠地”を得ること。
ホテルの豪華な雰囲気を、一時的に借りて自陣営地とするんだ。商談は、自陣営でおこなうと、有利に交渉をすすめやすい」
「なるほどねぇ。じゃあ、相手先のオフィスは敵地ってことかしら」
「そうだね。不利な場所での勝負は避けるべきだ」
意外と、人間心理は環境に左右される。
仮に、シンが商人の店へ直接売り込みに行ったとしよう。
高い確率で、安く買いたたかれるはずだ。盗品を持ってきたと勘繰られることだってあるだろう。信用がないのだし、当然の結果だ。
運が悪ければ、強奪されるかもしれない。
この異世界の大商人は強欲だ。
商人本人が強請りを厭わないし、裏稼業の者を使役するのは普通のこと。とかく商いは世知辛く、油断は禁物である。
「理由の三つめ。ホテルの人脈を使うためだ。
すでに総支配人に話をつけてある。【邪神領域】から輸送してきた“商品”を見せた。さらに売却金の一部を報酬として支払うと約束している」
営業にはコツがある。
買手が、購入したいとやって来るように仕向けること。
売りに行くのではない。買いにこさせるのだ。
人間心理の不思議なところで、こちら側が商品売却を渋ると、相手方は熱心になったりする。入手困難なほど、価値があると錯覚するのだ。
で、支配人には、次のように伝えてもらった。
『アレは本当に、すばらしいものです。わたくしは商売柄、いろいろな物品を目にしてきましたが、あれほどのモノは初めて拝見しました。
しかし、若い錬金術師は、王都で品々を売却するつもりです。
残念ながら、領都は通過点でしかありません。いまなら、まだ間に合います。主都の偉そうな連中が手にするのは、あまりにも惜しいではありませんか』
数日後。
総支配人から報告があった。
「シン様。ご依頼の件ですが、ご興味を示された方々がいます」
詳しい話を聞くと、顧客候補が三組いるとのこと。
いずれも彼の商品に強い関心を持っていた。
商談を一日一組のスケジュールを設定することにする。あわせて、ホテル側には当日の接客要員の手配もお願いしておいた。
商談当日。
来訪者は五名。
ロイヤル・スイーツの応接間にやってきた。
領都でブイブイいわせている商会の会長と部下たちだ。
商会長は、ちょっと小太りな体形ながらも眼光は鋭い。事業経営する傍らで、街の商業協会の代表を務めている。
なんと、相手とは顔見知りだった。
先日の冒険者組合でおこなわれた会議に出席していた人物であった。
「先の報告会ではご苦労でしたな。それにしても、いまの砦街キャツアフォートが魔物たちの巣窟と化しているのには驚きだ」
「ええ、モンスターどもの繁殖力は馬鹿にできない。奪還するつもりなら、相応の準備が必要でしょうね」
最初は軽い雑談から始まった。
いきなり商売の話をするのは“はしたない”とされている。
マナー違反でもあった。何気ない会話を重ねながら、互いの緊張を和らげ、場の雰囲気を良くしてゆくのだ。
談笑タイムは、相手の性格や関心のありかを探る時間でもあったりする。
「そういえば、錬金術師どのは、【邪神領域】由来の素材を、あちこちに持ち込んでいるとか。さすがに、彼の土地で研鑽を続けただけのことはある。聞きしに勝る優秀さでありますなぁ」
「いえ、私などは修行中のヒヨッコ。ついでに言えば、アレらは、たいして価値がある品々ではありません」
“小太り代表”は耳がはやい。
領都シュバリデンでも有数の商会を運営するだけあった。
常日頃から情報収集に注意を払っているのだろう。シンが、冒険者組合や錬金術師組合に提供した物品の内容まで把握しているはず。
とはいえ、この程度の発言は軽いジャブみたいなもの。ビビることはない。
彼も、かる~く撃ち返すことにした。
「そういえば、末娘さんがご懐妊されたとか。
妊娠中の女性は精神的に不安定になりやすいので、こちらをプレゼントします。気分を落ち着かせるハーブの茶葉です。私自から調合したもので、幾種類かの香草をブレンドしました」
「ほう、それはありがたい。娘もよろこぶことでしょう」
“小太り代表”は差しだされた箱を受け取った。
次に、さりげなく壁際に立つホテル支配人に視線を向ける。
無言で、“勝手に情報を流したのか”と問いただしのだけれど、相手は怯えるように小さく首を左右に振った。
シンは、ふたりの様子をみて、ほくそ笑む。
商会長はさぞ驚いただろう。
コイツ自身、愛娘の懐妊を知ったのはつい先日のこと。しかも、話は家族親族内で限定しされており、一般には公開していない。
どこから漏れ出たのかと、疑心暗鬼になっているはずだ。
この情報を得た方法。
新設の諜報部隊を試験運用したのだ。
部隊を作った目的は、魔導関連の知識を獲得するため。ときには非合法活動も必要になるので、専門の情報収集部隊を創設したのだ。
活動の主役は、ツクモ族シリーズの動物たち。
彼らは錬金術で創生した存在だけれど、動物型もいる。
すでに、ウコンとサコンのような二脚歩行騎竜タイプは大活躍していた。実際、非常に知能が高くて頼りになる。
ただし、つき合い方には注意を要する。
というのも、彼らには自我があって、一方的にコキ使うと逃げてしまうのだ。常に愛情をもって接し、成果をだせば褒める。ルール違反を犯せば叱責しなければいけない。まあ、人間と同じだ。
今回のテスト運用では、猫型と鴉型の二種類を選んだ。
双方とも、街なかで見かけても違和感はないし、自由に動ける。空から対象者の動向を追い、地上では壁裏や屋根から会話を盗み聞きするのだ。
しかし、諜報御活動は問題ばかり。
組織的活動は手探り状態だし、集めた情報の価値判断ができてない。他にも頭を抱えてしまうことがあった。
―――無駄が多すぎるんや!
あそこのネズミは太っていておいしそうだとか、どうでもいいやんけ……。そもそも、ニャンコやカラスに情報判別なんて無理やったわ。
ちゃんと諜報組織を機能させるつもりなら、専門の指揮官や分析官を用意せんとあかんわ。
まあ、アイツらは健気に頑張っとる。
無い知恵を絞って、あれこれと奮闘してくれたのだし、その点は認めたらんとなぁ。
ご褒美をあげようか。なにが好物だっけ?
そういえば、連中、モフモフされるのが好きやった。しっかりとかわいがったろ。
モフモフ堪能できるやん。でも、それってウチへの報酬とちゃうやろか。ハッ、いかん、いかん。
そろそろ真面目に商談を始めようか。
シンは、テーブルに美しい小箱を置いた。
蓋や箱の表面に細かな植物文様が刻み込まれている。
それ自体が、立派な工芸品だ。
「本当は、王都で販売する予定のもの。ただ、どれほどの価値があるか分からなくて。そこで、アドバイスをいただきたいのですが」
「お、おう。これは……」
“小太り代表”は思わず息をのむ。
箱には大粒のダイヤモンドがひとつ。
完全無色の金剛石であった。
黄色味がかった石なら評価は下がるけれども、コレには色はついていない。透明度についても同様で、インクルージョンやブレミッシュはないので文句なし。
なりよりも、すばらしいのはカットだ。
今まで見たこともないデザインだが、きっちりとシンメトリー(対称性)を保っている。しかも研磨の仕上げは完璧。
商会長は、おもわず言葉がでてしまう。
「買い手を探すのに苦労しそうですな。予算が充分にあって、信用がおける先となると……。侯爵家以上、いや王家や公爵家を想定すべきか。
適正価格なら、裕福とされるコルベール男爵家ですら、購入するのは無理でしょう。
この宝石と比較すれば、貴方が組合に提供した【聖孔雀の金色尾羽】や【三つ角竜の素材】なんて、たいした価値ではない。
それにしても、これほどのモノをどうやって入手したのですかな?」
「なに、私が得意なのは錬金術ですよ。自分で言うのも何ですが、非常に腕の良い術師でね。いかようにでも、やりようはあります」
実は、【ペンギン精霊】が宝石原石をくれた。
彼らは非物質な存在だ。
大地のなかを自由に泳ぎまわることができる。
鉱物採取だってお手のもの。
シンとは共生関係な状態にあるので、希少鉱物はけっこうな量をもらっていたりした。
ちなみに、原石を磨きあげたのはツクモ族。
多芸多趣味な者が多くて、なかの数人があそび半分に貴石を加工した。
これに反応を示したのが同族の女性たち。
彼女たちは、“もっと宝石が欲しい”、“女には美しく装う義務がある“と、暴動まがいのデモを敢行した。男たちは強烈な圧力に負けて、要求に応える。
そんな経緯があって、加工技術は急速に進歩発展したのだ。
“小太り代表”は、配下に指示した。
「専門家に鑑定させていただく。予め告げておくが、コレを疑っているワケではない。あくまで、商品の正しい評価をしたいだけだ」
「どうぞ、納得ゆくまでお調べください」
代表が連れてきたひとりは、宝石鑑定人だ。
対象物を検査用布地に置いて、石のカラーやクラリティを確かめてゆく。次に重量を計るなど丁寧に作業をすすめた。
手早く記録紙に検査結果を記載して上司に渡す。
商会長は鑑定結果をみて、
「本物であると確認できた。品質も良いし、非常に価値の高いものだと部下は断言している。できれば、王都に持ってゆかず、わたしに売ってもらえないだろか? なお、支払金額や条件については、しばしの時間をもらいたいのだが」
「ええ、もちろん構いませんよ」
シンは金剛石を取りおきしておくと告げた。
同品質の輝石は、ほかにも保有している。
それらは別の商人に提示するつもりだとも伝えておいた。
彼としては、売却しなくても問題はない。
少し遠いが王都にまで足を延ばせば、いくらでも買い手は見つかるはず。商品は高価値あるのだし、慌てず鷹揚にかまえていればイイのだ。
翌日も、宝石売却の商談をした。
“小太り代表”を含めて合計三件である。
即決で商談成立したのが一件。
相手は、妥当な金額を示してくる。しかも、当日のうちに銀行口座へ振り込みを済ませた。
購入者は、入手したダイヤモンドを抱えて領都を離れる。
“一世一代の大商いだ~”と叫びながら……。
うん、幸運を祈るわ。頑張ってくれ。
最後の一件は、商談不成立だった。
とういか、お話にならない。
ハッキリいって、業突く張りの馬鹿者だった。
買ってやろうと上から目線。しかも、提示する価格はとんでもない安値だ。これを断ると、やばいヤツをけしかけるぞと脅しをかけてくる始末である。
丁寧に対応しつつも、強制的にご退場願った。
“小太り代表”との商談はちょっと複雑。
買取りの見積もり額は妥当であったが、同時にバーター取引を提案してきたのだ。
内容は、シンが求める書籍類。
錬金術や魔導関連の貴重な研究書や巻物などと交換するというもの。差額が発生するけど、その分はちゃんと支払うとも伝えてきた。
どうやら、会長は定期的な商取引を意図しているみたいだ。
返答を保留しておく。現物の書物を確認してから判断すると答えておいた。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP:96/120
活動限界まで、あと九十六日。




