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3-04.バケモノ病なんてない

 シモンヌは【バケモノ病】の恐ろしさを認識している。

 彼女は、錬金術師と薬師の組合長を兼務していたがゆえに、この病気がいかに危険であるかを実感していた。


 奇病という表現がピッタリするだろう。

 なにしろ、身体から“異形のモノ”が生えてくるのだから。

 感染者の皮膚が変質して、奇怪な化物が盛りあがってくる。先端部には口裂があるうえに、小さいながらも鋭歯がビッシリと並んでいた。

 あきらかに肉食獣の口吻で、生理的な嫌悪感を抱かせる姿形をしている。


 しかも、罹患者は凶暴化する。

 異常なパワーを発揮して、見境なくひとを襲うのだ。

 たとえば、荒れ狂う十代なかばの少女ひとりを取り抑えるのに、屈強な冒険者十人が必要になったこともある。

 さらに、コイツに噛まれれば、確実に【バケモノ病】に感染。まったくもって始末に困る病(やまい)だ。


 幸いなことに、“異形のモノ”の発症者は、ごく一部だけ。

 多くの患者は発熱や下痢に苦しんだのち、回復する。

 ただし、この病気は致死率が高くて、危険なのは確かであった。


「奇病の厄介な点は、ひとの恐怖心を煽ることだ。看護するだけでも、相当な心労がかかってしまう」


「なるほど。たしかに、いつ襲われるかと心配ですものね」


 部下はブルッと体を震わせた。

 それは想像しただけのことで、実感をもっているワケではない。


 身をもって体験した者だけが理解できる。

 アレは、看護者に強烈な精神的圧力(プレッシャー)を与えるのだ。

 病人を世話する際、“異形のモノ”に咬まれるかもしれない。

 そんな恐怖に怯えながらの看病なんて、一般人では絶対に無理だ。湧きあがる“怖(おそ)れ”を強引に抑えこみながら、容態を診るためには、強い精神力を要する。


 砦街の医師や医療スタッフは尊敬に値する。

 よくもまあ、病人を見放さなかったものだ。キャツアフォートの住人は身内意識が強いから、最後まで患者を世話できたのだろう。

 過去形で語らねばならないのは、非常に残念だ。

 人知れず、英雄的な行動をしていた彼らは亡くなって、いまはもういない。


「絶対に【バケモノ病】を封じ込める必要があった。多大な被害者をだしてでも、他領域に拡散させてはならないのだから」


「おっしゃるとおりですね。ジュール長官も橋を壊すという判断をされたくらいですし。それほどに恐ろしい病気かと」


 彼女も、コルベール男爵令息の意見に賛同した。

 『大を生かすために小を犠牲にする』のは仕方がないと。

 領都や他の地域に感染が拡大すると、とんでもないことになる。

 住人はパニック状態となり、都市機能は停止。男爵領だけでなく、広範囲で経済活動は止まるのは確実だ。

 苦渋の決断だったけれど、封じ込めには成功した。


 半年後、シンが姿を現す。

 死亡したと思われていたが、無事に生き延びたようだ。

 しかも、彼が放ったひと言、


『お前はキャツアフォートの人々を見捨てた。大勢の人間が死んでしまったぞ』


 この言葉に、彼女はショックをうける。

 心の奥底に自責の念があったせいだろう。

 街の封鎖は正しかったと、現在でも確信を持っていた。

 しかし、そのいっぽうで数千人もの犠牲者をだしたことに、後悔の気持ちも残っていたのだ。


 友人知人がたくさん逝ってしまった。

 見ず知らずの者が死去しても、心乱れることはない。

 だけれど、仲間だとおもっていたモルガン組合長や救護院の司祭たちを切り捨てたのだ。この事実は、深層心理に深い傷をおわせている。


「シン・コルネリウスか。知識は豊富だし物覚えも良い。なによりも、積極的に学習しようとする態度には好感がもてる」


「なんでも、“古式”の錬金術だとか。とても珍しいとお聞きしました」


 数百年前の理論体系である。

 いま現在では、術式は非効率だとされているが、証拠はない。むしろ、失われた高度な術法があると主張する者もいたりする。

 とにかく謎が多い古(いにしえ)の知識技術だ。

 そんな“古式”の知見を、あの若者は気軽に話してくれた。

 断片的な情報であったけれど、実に緻密で洗練された術式構築には、彼女も驚いたものである。


 彼は、見聞を広げるために人里まででてきたらしい。

 師匠が死んだのがキッカケだという。

 その人物は人間嫌いであったようだ。なにしろ、住み暮らした拠点は【邪神領域】にあるというのだから。よほど人間社会から離れたかったのだろう。


 だが、部下は疑問を投げかける。


「説明そのものが虚偽ではありませんか? 私でも、人外魔境の大森林が危険地帯だと知っています。邪悪な魔物が闊歩するので、優秀な冒険者ですら侵入するのを躊躇うほどだとか。人が生活するのは不可能でしょうに」


「いや、アレは本物だ。直接に会っておらず、他人から聞いただけなら、お前と同じことを思っただろうね。

 並大抵の者ではないのは明らかだったよ。わたしは、あそこまで桁外れな魔力を放つ人間を、初めて見た」


 あの状態こそが、ヤツの自然体であろう。

 凶悪なモンスターが蠢く場所で、錬金術の修行にうち込んでいたなら、桁外れな【理外理力(フォース)】を得ても当然だ。過酷な環境に適応した結果に違いない。


「とはいえ、残念なことだ。あれだけの魔力保有量なら、優秀な魔法使いになれたろうに。師事した人物が、錬金術師だったのが不運だったわね」


 魔導師になるには“血と知”が必要不可欠だ。

 “血”とは血脈。

 つまり家系のことで、魔法関連の遺伝は子孫に引き継がれやすい。

 “知”とは知識。

 魔法を使うためには専門的教養と適切な訓練が必要である。

 この“血と知”を独占しているのが、第一身分の聖職者と第二身分の貴族なのだ。


 もちろん、第三身分の平民にも魔力保持者はいる。

 だが、魔導師にはなれない。

 一般庶民では、【理外理力(フォース)】の制御技術を学習できない。結果として、効果的な魔法発動は不可能になってしまう。

 使用できるのは、身体強化系がせいぜいのところ。

 民衆は、【武技(アーツ)】とよんでいるが、魔導師貴族にしてみれば児戯に等しい。


 彼女は、シンの才能を惜しんでいた。

 貴族階級や聖職者家系に生まれていたなら、偉大な魔法使いとして大成できたであろうに。

 彼女自身は素質がなく、錬金術しか選択肢がなかった。

 あの若者のように天賦の才があれば、輝かしい未来を掴めたはずだ。


 しょせん、錬金関連の知識は第三階級のもの。

 “血と知”を持たない平民が、魔力を使おうとして四苦八苦しているだけと、魔導貴族は考えている。彼女は、その可能性を信じているが、いっぽうで格下扱いされて当然だとも思っていた。




 ここで、補足をひとつ。

 シモンヌは勘違いをしている。

 正確には、シンは錬金術師であるが、同時に魔導師でもあった。この時代の一般常識は『魔法使いは貴族』。

 しかし、この常識は適用できない。

 なぜなら、彼は、五百年も昔の錬成人間なのだから。




■■■■■


 シンの発言は、会議室に爆弾を投げ入れたようなもの。


「【バケモノ病】なんてものは存在しない。砦街の混乱は、寄生型魔獣と感染症が合わさったからだ。見分けがつかなかないので、みんな誤解した」


 シモンヌは、眼前の発言者を見つめた。

 彼女は、男爵令息ジュールの秘書を務めている。上司に報告するためにも、彼の発言内容を精査せねばならない。


「貴様が、そこまで断言するからには、ちゃんとした根拠があってのことだな? 説明してもらおう」


「もちろんだ。私が研究を始めたきっかけは、【邪神領域】で奇妙なウサギを……」


 その変な動物には“異形のモノ”が生えていた。

 捕らえて解剖してみると、コイツは寄生型の魔物だと判明した。飼育研究して、寄生魔獣は噛みついた相手に卵を産みつけるなど、そいつの生態を確認してゆく。


 ただし、謎がひとつ。

 寄生された生物には、発熱や嘔吐といった【バケモノ病】特有の症状が皆無なのだ。幾度も追加試験をしたが、どれも同じ病態だ。

 砦街で見聞きしたことと、実験で判明したことに大きな差異があった。どうにも納得できず野外調査までおこなったけれど、やはり同じ結果になってしまう。

 なにか間違っているのだと、あれこれと思考を巡らせた。


 最終的に、とある仮説をたてる。

 他の病気が存在するというもの。

 寄生型魔物と感染症が混在して、見分けがつかなかっただけだと。


 仮説検証すべく、本格的に研究調査をはじめた。

 もともと、【バケモノ病】を調べるために、砦街の患者から血液や臓器などを持ち帰っている。病原の元は確保できていたから問題はなかった。


 研究機器として光学顕微鏡もつくった。

 錬金術と光学レンズを組み合わせた優れもの。いずれ、公開するつもりだ。

 新開発のコレを提供して、かわりに幅広い知識を獲得できるだろう。半年かけて研究や実験を繰り返した末に、病原菌を発見した。


「私は、寄生型魔物を【エクセイザー】と命名した。古代語で『侵蝕するモノ』を意味する。また、感染症の元となる“細菌”を【コレラ菌】と名づけた」


 会議参加者たちの反応は半信半疑だ。

 シンが語る内容は本当ぽいが、どうにも信じきれない。

 彼らも寄生型の魔物なら想像もできる。腐敗した動物の死体にわく(・・)ウジ虫に似たものであろうと類推できるから。


 しかし、“細菌”は初耳である。


 シモンヌが参加者を代表して質問をした。


「お前のいう“細菌”とは微細生物のことか? しかも、ソレが病気をひき起こす原因になっていると主張するのだな」


 “微細生物”なら分かる。

 実は、この世界には既に顕微鏡があって、血小板や精子、植物細胞などが発見されていた。また、ノミなどを拡大模写した図鑑なども出版されている。ベストセラーになっているくらいだ。

 だが、目に見えない微小の生き物が感染症の元だとは、知られていない。


「ええ、そのとおりです。ただし、“細菌”は肉眼では視認不可能な極小な生命体ですが」

「なるほど。それを証明することはできるのかね? 」

「もちろん」


 彼は強く断言した。

 お偉いさんたちひとりひとりに視線を合わせて自信たっぷりに言いきる。

 ここで弱気になってはいけない。自分の意見を信用させるには堂々とした態度でいるべきだ。オドオドした挙動は不信をまねく。


「私の研究結果を公表しよう。内容は寄生型魔物の生態について。また、コレラ菌が引き起こす病気に関しても説明できる」


 すでに研究成果の発表準備は済ませている。

 本拠地の【岩窟宮殿】でまとめた資料や各種サンプル品などを騎竜たちに積んで運んできたのだ。いまは、予約した高級ホテルに保管してある。


「コレラに感染した患者に対する治療方法も公開してもよい。ただし、条件がある」


「むむっ、なんじゃそれは」

「たしかに、本当ならタダでという訳にはゆかんのう」

「ほれ、早く交換条件を言うてみぃ。大勢の病人が助かるなら安いものじゃ」


 街のお偉いさんたちが興味を示した。


 シンが提示したのは、論文や書籍を読ませてほしいというもの。

 具体的には、錬金術師組合、薬師組合、科学アカデミーの三つの組織が保有管理している研究論文や書籍類の閲覧権を求めた。


 彼の最終目的は、LP値を底上げして寿命を延ばすこと。

 身体改造するための知識や技術と引き換えに、寄生型魔物やコレラ菌に関する情報を提供するつもりだ。

 そのために、半年もかけて研究を続けたのだ。


「私の提案を検討してもらえませんかね? 」


 こうして、研究結果の発表会はおこなわれることになった。

 ただ、実施時期は未定。会議に出席していない科学アカデミーへの打診や、各組織からの参加者を調整するためだ。

 公表場所や日時については、追って連絡をもらうことになった。






■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP:107/120


 活動限界まで、あと百七日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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