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2-20.撤収

 イザベラは目の前の光景を見て思わず叫ぶ。


「ああ、なんてこと! 」


 浮橋が流されていた。

 連結していたイカダの半分がなくなっている。

 正確には、こちら岸から大河の中央部までの仮設橋が壊れており、河のなかほどから向こう側までは無事だ。


 他の生き残りたちも嘆きの声をあげてしまう。


「せっかく、ここまで逃げてきたのに、ぜんぶ無駄じゃないか」

「神さま、どうか哀れな我らに救いの手を」

「もうダメ。わたしたち死んでしまうのよ」


 恨めしいことに、河川の反対側には大勢の人間がみえる。

 昨日のうちに渡河し終えた人たちで、昨夜ひと晩を岸辺で過ごしたのだ。

 住人の多くは傷ついていた。

 包帯を巻いている者。手当てする人たち。両親を探して泣いている子供。だいぶ苦労したのだろう。


 それでも、イザベラは羨ましいとおもう。

 彼らとて怪我をしているが、いまの自分たちのように命の危険は迫っていないのだから。


「お願いだから助けて。そちら側から船をだして」


「だ……、から。……すれば…… 」


 彼女は大声を張りあげて救助を求めた。

 しかし、返ってくる言葉は断片的に聞こえるだけ。

 意味がわからない。大河の水流が強くて声がかき消されてしまうせいだ。なんとか身振り手振り意思疎通を試みる。


 向こう岸からの返答は、“無理”というもの。

 彼らもイザベラたちを救いたいと思っているけれど、手段がない。もともと、周辺には小舟はないし、浮橋を作ろうにも原材料もなければ道具もなかった。

 技術を持つ者たちは魔物に襲われるか、河に転落して流されるかして、死亡している。


 イザベラは絶望してその場に崩れ落ちた。

 大河は生死を分ける境界線と化したのだ。

 こちら側は、魔物たちが(うごめ)く死の領域。

 あちら側は、人間が住まう安全な文明社会。

 河川を渡る(すべ)がない。幅は百メートル未満だが、いまの彼女にとっては絶望的な距離であった。


 いっぽう、シンはジッと壊れた仮設橋を眺める。

 確かに、イカダはなくなっている。それでも、河の中央から反対側までの浮橋は半分()残っているのだ。

 中央部分まで移動できれば、渡河できる。

 ひとつのアイデアが浮かんだ。


「だいじょうぶだ。やりようによっては、向こう岸に行ける」


「ど、どうやって? 」


 イザベラが反応する。

 駄目だとあきらめていたところに、可能性があると聞いて顔をあげた。もう(わら)にも(すが)る思いだ。


「あれを利用する」


 彼が指し示したのは補助ロープ。

 それは、安全用の太綱であった。浮橋工事の際に作業員が落下しても流されないようにするものだ。橋が完成すれば不要なのだが、時間を惜しんだせいか撤去されていない。


「あの補助ロープを渡る。なに、ちょっとばかり強化すれば切れることはない」


 懐からワイヤーを取り出す。

 錬金加工を(ほどこ)しており、魔力を流せば自由自在に動かせる優れものだ。操作可能な範囲も広く、河のなかほどまでの距離なら充分に届く。

 魔力を伝導させて操作。

 金属綱(ワイヤー)を補助ロープに巻きつかせて補強した。


「準備はできた。さあ、いくぞ」


「な、なによ、それ。あんなの絶対に落ちてしまうわよ」


 彼女は無理だと拒否した。

 ロープは細くて頼りないうえに、風が強いせいですごく揺れている。転落すれば、大河に流されて溺死する。

 細綱を渡れるのは、曲芸師のようなバランス感覚が優れた者ぐらいだ。自分みたいな一般人にはできっこないと言いきる。


 シンは、“そういうことか”と得心した。

 受付嬢は勘違いしている。

 自分自身の足で渡河するだと思っているらしい。

 確かに、説明不足であった。ただ、彼女の(かたく)なな態度をみるかぎり、言葉で伝えても納得しそうにない。

 実演してみせるほうがよかろうと判断する。


「爺さん、協力してほしい。ちゃんと渡れるのだと証明してみせたい」


「ええぞい。いまは四の五のと言ってられんからのう」


 声をかけた相手は、老齢の錬金術師だ。

 このご老人、砦街を拠点に活動している人物で、錬金術師組合の建物に住みこんでいた。組合長シモンヌと共に最新の錬金術技術を、彼に教えてくれた恩人でもある。


 見かけは、ひとの良さげな年寄り。

 しかし、実は歴戦の古強者(ふるつわもの)で肝っ玉も太い。渡河してみせるには最適の人間だ。


 シンは、老錬金術師と共に騎竜ウコンに騎乗した。

 二人乗りの感触を確かめるために辺りを軽く一周した後、一気に加速して補助ロープに飛びのる。細い綱は、彼らの重みで(たわ)むけれど、錬金ワイヤーで補強済みだ。切れる心配はない。


 二脚竜は抜群のバランス感覚で駆けてゆく。

 足元が不安定に揺れていても、勢いを落とすことなく補助綱を渡った。さらに残存するイカダに降り立ち、反対側の岸まで走りきる。


 老錬金術師は“うほ~”と声をあげた。

 その口調は興奮して喜ぶもの。

 しかも、“もう一回やってくれ”と言いだす始末。

 このご老人、余裕がありすぎる。渡河の実演にはうってつけの人物であったが、アクロバティックな騎乗をせがむのには参った。

 子供のように駄々をこねるジジイを(なだ)めて、ウコンから降ろす。


 シンは、イザベラたちがいる場所へと戻り、


「見てもらったとおりだ。騎竜に任せれば、ちゃんと向こう側までゆける」


「わ、わかったわ。あなたと一緒に乗ればだいじょうぶなのよね」


「いや、私は同乗できない。無粋なお客さんがやって来たから。それに対応する」


 “お客さん”とは魔物たちだ。

 ヤツらは森奥から岸辺へと移動しており、間もなく戦いが始まる。


 イザベラたちは二頭の騎竜に騎乗した。

 彼女たちに乗馬の経験はない。ましてや二脚竜を操るなんてできないのだが……。


 だが、ウコンとサコンは賢い。

 双子兄弟の竜たちは、あたふたとする人間たちを無視して走り、頼りない補助ロープのうえを渡ってゆく。

 イザベラはもちろん、冒険者や女性薬師、修道女は、騎竜にしがみついて情けない声をだすしかなかった。


 一方、シンは森林のほうに視線を向けている。

 樹々の間を抜けてやって来たのは小鬼騎兵(ゴブリン・キャバリエ)二十数匹だ。そのあとには猪豚鬼(オーク)の集団が続いてやってくる。


「いらっしゃいませ、お客さま。まずは、軽めの前菜料理からどうぞ」


 彼は、腰のポーチから直径三センチほどの球体を取り出す。

 それは【爆煙玉】と名付けた魔導具。

 数個まとめて放り投げると、大きな爆発音がしてモウモウと煙が広がってゆく。これの用途は広範囲に煙幕を展開して視界を悪くすること。

 自分を中心にして周辺の様子を隠したいのだ。


 実は、岸辺での戦闘はヤラセだ。

 現れた魔物たちだが、奴らは硬殻兵士(ゴーレム)に追い立てられただけ。タイミングも、シンの指示に合わせてツクモ族が誘導している。


 連中は、彼を襲おうとした訳ではない。

 むしろ、背後から襲われて逃げてきただけ。しかも、一方的に殲滅される運命にあるのだから、完全な被害者である。


 シンの目的は、この場から姿をくらますこと。

 砦街に戻るのを目撃されたくないので、戦っているように見せかける。最後に行方不明を演出するつもりだ。

 だから、スモークを発生させてあたりの見通しを悪くした。

 適当に火炎や光弾を放ち、爆発音を響かせてゆく。モンスターどもの駆除は、ついでの作業みたいなもの。

 たいした手間をかけずに終了させた。


 最後に、仮設橋や補助ロープを完全に破壊。

 もちろん、騎竜のウコンとサコンが戻ったのを確認してからの作業だ。

 これらの処理をすませた後、砦街へと向かう。


 冒険者組合の建物内は無人であった。

 出入口は厳重に閉鎖していたため、室内は窃盗者や化物たちに荒らされていない。きれいな状態を保っていた。


「ふむ、モルガン組合長は約束を守ったようだな」


 ふたりは秘密契約を交わしていた。

 シンが提供するのは建築資材。

 浮橋の原材料となる大量の木材を三日間で調達するというもので、これがあれば孤立した住人たちが助かる。


 モルガンが差し出すのは、二つの魔導具。

 正確には、組合事務所に放置しておき、”それら”が盗まれても魔物のせいにすること。

 ひとつは、冒険者登録用の道具。

 ふたつめは、業務通信用の機器。冒険者組合の支部や本部のあいだで連絡や情報をやり取りするためのものだ。


 冒険者組合長(モルガン)は、密約の条件を提示されて苦悩した。

 組合が保有する魔導具を他者に渡すのは背任行為だ。普段の彼であれば、問答無用で拒否するはず。

 だが、彼は秘密の契約を承諾した。

 なにしろ、己の判断に数千人の生命がかかっている。自分の首だけで、済むなら充分に見合うと、覚悟を決めたのである。


 そんな経緯があって、シンは目的の物品を手にいれた。

 他にも帳簿や書類、登録者名簿など価値がありそうなものをゴッソリといただく。それらの運搬は、配下に任せる予定だ。

 ただ、砦街には魔物たちが徘徊していて排除する必要がある。


『ミドリ、回収作戦開始だ。応援部隊を寄こしてくれ』


『了解しました。部隊は幾つかに分けて順次出発させます』


 幾日も前から、回収部隊を準備させていた。

 出発地点は、最前線基地の【岩柱砦】だし、半日もあればキャツアフォートに到着するだろう。


 要請した応援が来るまで、街中を丹念に物色してまわる。

 まずは、統治の中心である領主館。行政関連の書類、一般教養の書籍や巻物、他に用途不明の魔導具などを見つけた。

 領軍駐屯地には武器類がある。職能別の組合でも珍しい物品を発見した。もちろん、錬金術師と薬師の組合建物からは、貴重な知識関連の書物など。


「大収穫だ」


 今回は、第一回目の人類文明圏との接触である。

 はじめは、人間社会や文化文明に軽く触れるだけで充分だと考えていた。結果として、大量の品々を収得できたのだから、望外の大成功であろう。


 結局、砦街には一週間も滞在することになった。

 いろいろと雑務が多かったせいだ。

 街周辺から魔物を完全排除。燃える建物の消火。確保した物品の移送などに結構な時間を要してしまう。


 これ以外に、ひとつ、丁寧な作業をしたことがあった。

 住人の遺体回収と埋葬だ。さすがに捨て置くには忍びなかったので、必要な処理をする。

 

 探す範囲はけっこう広くて苦労した。

 街内はもちろんのこと、大河までの街道や浮橋近くの川岸周辺、さらに周辺の森のなかまで調査した。さすがに河で溺死した者たちの回収は無理。それでも可能なかぎり下流域も調べる。


 集めた遺体は荼毘(だび)()した。

 街の一画に大きな穴を掘って、数日間にわけて火葬してゆく。

 獣や魔物に喰い荒らされるとか、魔物化して【動きまわる死体(リビングデッド)】になるのを防止するためだ。

 ひと通りの作業が終わったあと、大理石の柱を立てておく。

 これは廃墟と化した市庁舎から拝借してきたもので、墓石がわりだ。


 最期の締め括りは、砦街全体を焼き尽くすこと。

 モンスターどもがここに巣食うことを防ぐためだ。

 特に人型魔物の猪豚鬼(オーク)緑色鬼(ゴブリン)に安全な生活拠点を与えてはいけない。連中の繁殖能力は高くて、良い条件が重なれば大勢力になってしまうのだ。


 しばしの間、燃える街を眺めていた。

 小高い丘の上から見えるのは、真っ赤になって崩れ落ちる建物。チラチラと光って空中を舞う火の粉。黒い煙の柱が何本も立って空を灰色に染めてゆく。

 なんとも(せつ)ない光景だ。


「さらば、キャツアフォート。短い期間だったが世話になった。ありがとう。そして、さよなら」


 配下に撤収の命令をくだす。

 ツクモ族や硬殻兵士(ゴーレム)からなる大部隊で、砦街から徴収した大量の物品を抱えている。

 特に錬金術関連の書籍や魔導具は貴重品だ。

 これらを分析すれば、彼の錬金術レベルは向上する。身体改造でLPの最大値の底上げもできるだろう。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:27/90 


 活動限界まで、あと二十七日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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