3-01.身体改造
コポッ、コポッ。
小さな泡が、幾つも浮かびあがっては弾けてゆく。
水のなかから水面を見あげた。
天井の淡い明かりが波で揺れて、なんだか妙な景色だ。
シンは身体再生用の培養カプセルのなかにいる。
肉体の改造をおこなっていたのだ。
今回の処置は三日間。いつもの倍以上の時間を要したけれど、ようやく完了する。
「ゲホッ、ゲホッ……、【状態管理】」
上半身を起こして魔法を発動させる。
これは身体の状態を把握するためのものだ。
<基本状態>
HP:198/198 (更新:172→198)
MP:210/210 (更新:183→210)
LP:120/120 (更新:90→120)
「よかった。身体改造は成功したな」
「おめでとうございます。マスター」
魔造結晶体のミドリも喜んでくれる。
彼女は、三項目すべてが上昇していると追加説明をした。特に、ライフ・ポイントを大幅上昇できたのは、おおきな成果だ。
いままで、数値の上昇幅は一~三程度。
今回は、三十も上乗せできたのだから万々歳であろう。
彼は、たいへんな努力を重ねてきた。
自分の命にかかわるのだから当然のこと。
【LP】は、活動可能な日数を示す。カウントがゼロになると活動限界、つまり死んでしまう。
現在のLP値は『120』。
これでも随分と増えているのだ。
目覚めた時点では、『15』しかなかったのだから。
幸いにも、培養カプセルで再生処理をすればリセットできる。
上手にやれば、身体改造を施して上限値の引きあげも。あれこれと試行錯誤を繰り返し、十年間をかけてLP値をあげてきた。
ただし、ライフ・ポイントの上昇は『90』で頭打ちになる。
保有する錬金術や魔導関連の知識は五百年前のもの。いま以上の改善は不可能であった。
そこで打開策を思いつく。
最新の学術情報を取得すれば問題解決だと。
ということで、人間社会への接触を図ったのだ。
「街からガッポリと持ってきて良かった」
初めて訪れたのは砦街キャツアフォート。
価値がありそうなもの全部を回収して、本拠地の【岩窟宮殿】まで運び込んだ。
人類文明圏で得たものは大量だ。
知識関連では書籍や巻物など。魔導具の類いも多数。冒険者組合の通信機器から、日用品の加熱用コンロまで。領主館からは書類や帳簿など行政関係の情報。
他にもお金や貴金属、用途不明な道具だとかを入手した。
「研究を重ねて、約六ケ月間。苦労した甲斐があったというものだ」
最初に分析したのは、錬金術や魔導関連のもの。
かたっぱしから読解して基礎理論の習得に努め、関連技術も獲得している。
ようやく明るい未来が見えてきた。もっと、がんばろう。
シンは、培養カプセルを出てバスタオルを受け取った。
「ありがとう」
ツクモ族の女性が、タオルを渡してくれる。
その外見は、大理石の白い彫刻。
見た目だけで判断すると土人形と勘違いしそうだ。
ただし、それは間違い。相手は自意識がある錬成人間なのだから。
「なんとも、まあ……」
彼女は和服姿であった。
振袖に女 袴の組み合わせだ。
大正時代の女学生さんか、卒業式の女子大生といった感じである。
いま、【岩窟宮殿】では“大正モダン”が流行っていた。
和洋折衷の服装で、当時の言葉で表現するなら『ハイカラ』だ。男性たちも着物とコートで着こなし、頭には山高帽。まさに『モダンボーイ』なファッションだったりする。
―――う~ん、違和感がありまくりやわ~。
大理石の彫像みたいな連中が“大正モダン”で歩くんかい。
でも、それを口にするのは厳禁や。コイツらが楽しんでいるのに、水をさすような真似は野暮やしな。みんな喜んでいるからなぁ。まあ、あたたかく見守ったろう。
ちなみに、流行り廃りのスピードはけっこう早い。
ひと月ほど前のトレンドは、現代風スーツであった。キッチリした制服で、高級ホテルのコンシェルジェといったかんじ。
来月は、どんな波が来るのかチョッピリ不安だ。
「いや、たしかに自分が情報源なのは認めるよ。面白半分にファッション画を描いて渡したし」
想定外だったのは、彼女たちの好奇心の強さ。
要望がどんどんエスカレートして、日夜連続で催促されてしまった。
そこで一計を講じる。
前世記憶の情報を引っこ抜いて、彼らに手渡した。
方法は魔法の【情報転写】を応用。普通の人間だと脳への負担が大きすぎて廃人になってしまう。しかし、シンは錬成人間なので問題なかった。
ミドリは指摘する。
「ええ、ツクモ族たちは、もっと欲しいと強固に要求してきましたからね」
補助人格でさえ苦笑い。
滅多に感情表現をしない魔造結晶体ですら、二度とゴメンだといった様子だ。というのも、ふたりは情報提供のために過重労働を強いられたから。
内容は多岐にわたる。
現代日本のファッションをはじめ、社会風俗、政治経済、科学技術など。閲覧不可にしたのは、プライベート情報だけだ。
なお、このデータ公開は問題をはらんでいた。
伝えたのは数百年先の未来技術や知識。
ハッキリ言って、周囲に与える影響が大きすぎる。
■■■■■
「ほう、魔導式の小銃か。ミドリ、これは、砦街キャツアフォートで回収したものかい?」
「はい。領主軍の施設にありました」
シンが手にするのは、先込め単発式のマスケット銃。
でも、コイツは火薬を使用していない。
代わりに魔力鉱石を砕いたモノを使っている。さらに、銃本体に魔法陣を刻んでいた。
「なんてファンタジー! ロマンをくすぐる代物じゃないか。
ただし、改良の余地ありだ。というか発展途上な火器でしかない」
彼からすれば、この魔導小銃は骨董品だ。
銃弾の装填は、銃身の先端部から押し込む方式。
こんな方法では時間がかかるし連発できない。
おまけに、射程距離は短く命中精度も悪いのだから、武器としてはイマイチ。自前の攻撃魔法のほうが、よほど効果的に敵を排除できる。
「まあ、時代とともに進化するはずだ。前世地球では、弾の装填方法は元込め式へと変化している。銃砲身内を螺旋加工して飛距離を伸ばし、命中率を向上させた。
小型化すれば拳銃へ。火力優先ならアサルトライフルやマシンガンへと進歩するだろう」
「はい、そうですね。でも、マスターの記憶情報によれば、百年単位の開発期間を要したはずでは?」
「う~ん、もっと短期間で進むとおもうんだ。だって、魔法や錬金術があるのだし、発展速度は早いかもしれない。なんだか、こうワクワクするくらい楽しみだよね」
彼はフッと思いつく。
―――自分で作ればイイやん!
この異世界の技術進歩を待つ必要はあらへんで。
発展先のイメージは既にあるんやし、自作したろうやないか。
さすがに複雑な機構の自動小銃は無理やな。
簡単な構造の回転式銃やボトルアクション式ライフルなら、なんとかなるやろ。そもそも完全再現する訳やないし。
せや、弾丸に属性魔法を付与したろ。
着弾したら火炎が噴き出すとか、敵を氷漬けにできたらオモロイやん。魔導技術など不思議パワーでゴリ押しすれば、何とかなるで。
いや~、ウチって天才ちゃうやろか。
……なんて空想していたが、現実は厳しい。
「銃弾作成で、かくも苦労するとはな。小銃本体よりも、弾開発のほうが高難易度なんて、想像もしてなかったぞ」
もう、試行錯誤の連続だった。
この世にないモノを初めて創るのだし、当然の結果であろう。
試作した銃弾は、三つの構造になっている。
まずは弾頭部分。
小さな円盤状の金属板に細密な文様を刻み、それを複数枚重ねて立体型魔法陣を形成。標的に命中した衝撃で魔法が発動する。
火薬を詰め込んだ砲弾と同じで、威力は非常に強力だ。しかも、刻印する魔法陣を変えれば、攻撃を火属性や水属性などと使い分けができる。
次は薬莢。
真鍮製の金属で内部には錬金加工した粉末を充填した。
原料は【理外理力】を含んだ鉱物で、弾頭射出のエネルギー源となる。ただ、魔力が強ければ良いというものではない。
最適な魔力含有量を確かめるために随分と研究した。
最後が雷管の部分だ。
薬莢底部に雷管代わりの魔方陣を刻んである。
小銃の撃鉄と接触すると、薬莢内の錬金粉末が起爆して、弾頭部分を発射する仕組みだ。
小銃本体は、元込め式単発銃を試作した。
開発では、ミドリにも手伝ってもらっている。さすが、元・研究室専属の補助人格だけあって、魔導関連の知識は豊富だし、助言も的確だ。
「なぜ、モーゼルM一八七一を参考にしたのですか?」
「敬意とロマンかな。なんといっても、モーゼル式ボルトアクションライフルの元祖だからね。コイツから派生して名品名作が続々と生まれた。なによりもカッコイイじゃないか」
構造を単純化するため内部に弾倉はない。
一発撃つたびにボルトアクションで銃弾を装填する必要がある。
まあ、試作品だから問題なしだ。ついでに趣味半分で専用の銃 剣も作ったから、近接戦闘も可能である。
試作魔法銃の実地テストはツクモ族に依頼する予定。
彼らは魔法が使えるが、技術発展のためだし協力してくれるはず。もちろん、シンも検証試験に参加するつもり。
通信用の魔導具も砦街から回収している。
元の所有者は、冒険者組合と錬金術師組合だ。
それぞれ形も通信方式も違っており、これには興味をひかれてしまう。
「コイツらは遠距離通信用だから通信基盤があるはず。我々と同じように【念話ネットワーク】を構築しているのは確実だ。
いずれは、他組織と接続する可能性もあるかな。ミドリはどう思う?」
「マスターのおっしゃるとおりですね。
ただし、互いのデータ形式や通信方法が異なっているため、現在は送受信できません。時間をかけて解析すれば、交信可能となります。
それが平和的か敵対的なのかは予測できませんが」
「そうだろうな。となると念話網上の戦いも想定しないと」
イメージは現代地球の電脳戦争。
不法な情報取得や、基幹システムへの介入、世論操作など、幅広い領域で熾烈な争いがあった。
この異世界でも同様のことがあるとおもう。
今は情報不足だから判断はできないけれど、万一に備えて対策は必要だ。
■■■■■
【地母神の雫】。
高濃度な【理外理力】を含んだ液体である。
十年前、地下深くに満々とたまっているのを発見した。
エネルギーという観点からみると、巨大な油田を掘り当てたのに等しい。概算だが、現代の大都市が消費する燃料の数百年分に匹敵する。
地底湖は最重要拠点だ。
彼の各種活動や【岩窟宮殿】を支えているのが【地母神の雫】なのだから。故に外敵を断固として排除し、侵入を許してはならない。
シンの眼前に、なぜかペンギンの群れがいた。
外見は『皇帝ペンギン』そのもの。
だが、動物ではない。
相手は、神々のような上位階梯の存在。人外魔境の大森林を闊歩している【嵐の巨神】や【昏森の精霊】と同類なのだ。
彼は、ペンギン神霊と良好な関係を築いていた。
あとで判ったことだけれど、制約条件があって巨大地下空間に拒まれていたという。それを、シンが無自覚なままに解除したらしい。
以降、彼を地下空間の開拓者と扱ってくれる。
よく理解できなかったけれど、結果オーライということだ。
そんな経緯もあって、双方合意のうえで契約を交わしている。
内容は賃貸契約と同じ。
貸主の大家さん役はシンだ。
役目は、地底湖を居住地として提供し、環境整備をすること。
「いや~、整備作業が本当に大変だった。まさか、南極の環境を再現するなんて、想像外の仕事だぞ」
きっかけは、神霊たちの要望。
最初に申し入れを聞いたとき、絶対に無理だと断ったくらいだ。ただ、相手の“お願い”という名の、強烈なプレッシャーに負けてしまう。
結局、四苦八苦しながらも頑張って、施設を完成させた。
まず、地下空間の気温を下げることに着手。
温度操作用の魔法陣を多数設置して、マイナス十度を実現する。無尽蔵のエネルギー源が近場にあるからこその力業で、強引に南極海岸部と同じにした。
不思議なことに、【地母神の雫】の凝固点は低くて、この程度の低温では凍結しなかった。
景観だって抜かりない。
天井部には、映像表示用パネルをビッシリと張りつめた。
これで、晴天の青空から吹雪によるホワイトアウト状態まで再現できる。太陽の浮き沈みや、夏季と冬季の違いも完璧だ。
「まあ、苦労した甲斐はあった。充分以上の見返りをいただいているのだし」
借主側である、ペンギン神霊からの提供は二つ。
ひとつめは、鉱物資源。
種類は多種多様であった。
鉄や銅などのありふれた鉱物から、金や銀などの貴金属。またダイヤモンドなどの貴石まで。さらに聖銀や、名前すらない未知の金属なども含む。
彼らは、鉱物採取が得意であった。
なにしろ物理的な制限を受けないのだ。
地中を自由自在に移動できるなんて、反則級の権能だとおもう。
ふたつめは、地底湖を守備すること。
具体的には外敵の排除だ。彼らにしてみれば縄張りを守るようなもの。超強力な警備員が常駐しているのと同じで、とても頼りになる。
シンは、お辞儀をして敬意を示した。
「お供えものをもってまいりました。どうぞ、お召あがりください」
相手は、ペンギン神霊の長だ。
歩く様子は少々コミカルな感じがする。
でも、さすがに上位階梯者である。
近づくにつれて聖なる権威というか、神々しい波動が強烈すぎて、目が眩みそうになった。
差し出したものは果物。
彼らの大好物だし、いつも喜んでくれる。
非物質な身体なのに、フルーツを突いて食べられるなんて、ホント不思議。どんな理によるものかまったく理解できない。
「本日はご挨拶にまいりました。他の土地へと赴きます。数ケ月ほどの間、ここに来ることができません。
捧げものは、定期的にお届けするように手配しております。その点はご安心くださいませ」
長が、了解したと鳴き声をあげた。
神は言語を使用しないけれど、精神感応による意思疎通はできる。“旅の無事を祈っている”という主旨の思念を伝えてきた。
ものすごく親愛の情がこもっている。なんて心優しい精霊さまだ。
シンはお辞儀をして、しばしの別れを告げる。
さあ、明日は人間社会にむけて出発だ。
どんな知識や技術を習得できるだろうか。
じつに楽しみである。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198 (更新:172→198)
MP:210/210 (更新:183→210)
LP:120/120 (更新:90→120)
活動限界まで、あと百二十日。




