↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の大書庫  作者: 九重 孤楽
PR
17/18

廃列車の車窓から 1

「おう、今日も来たのか。」

「うん。来ました。」

 そう言って僕はドルトスの隣に腰掛ける。ドルトスと僕が座っているのは今はもう使われなくなってしまった列車のシートだ。その車窓からはほかにも役目を終えて静かにたたずむ列車が複数見て取れる。ここは墓場だ。懸命に働いて、生きて、運んで、助けてくれた彼らが、もう動けなくなってしまったものたちが無残にも打ち捨てられた悲しい場所だ。

 そういう私の感傷をまるで世捨て人の日記のようだとジョークにもならないシニカルを素でかましながら、がはははと気前よく笑い捨てたのは、ちょうど私の隣に腰を下ろしているこの中年男性だ。私が彼と初めて会ったのはこの町、ミレニアの検問所だった。彼は衛兵として仕事をしていた。いや、さぼっていたので厳密には仕事をしていたとは言えないのかもしれないが。ミレニアは周辺地理にも恵まれているうえ、大規模な町であるため防衛機能は充実している。そんな中で、衛兵の一人くらいがぼんやりしていたり通行人との立ち話に興じていたところで実際問題それほど大きな問題にはならない。



 ドルトスは自由だった。実際彼は自分のポジションに大した価値がいないことも理解していたからそうして自由にいられたということもあるのだろう。自由で、奔放で、その一方で見下されていた。さぼり常習犯の彼はたいてい上官からは苦い顔をされたし、町の人の中にも彼をあざける人は多かった。給料泥棒だのなんだのと、彼はひどい罵倒をうけることもあった。しかし、彼はそれらすべてをがははと笑い飛ばしてしまう。

 一方、僕は不自由だった。両親は一応いる。父親はミレニアの町の中で科学技術を研究する最先端企業の取締役をしており、当然のように僕もその企業に勤めた。優秀なわけではないが僕はそれなりに毎日を過ごしていた。しかし、苦しいことも退屈なことも、彼のように笑い飛ばすことなんてできない。僕にとって毎日が流れるように過ぎていっているそのこと自体が絶えず胸を裂くような悲しみであって、そのことはわかるのにいつまでたっても私はその悲しみをどうにもすることはできなかった。身の回りを取り巻く様々な不安や疑念が槍のように私を刺し続けた。

 そんなどうしようもない毎日に僕は胸を痛め続け、頭痛に苦しみ、ついには睡眠障害をきたすようになってしまった。父は一応会社の便宜を図ってくれる程度のことはしてくれた。しかし、それ以上のことには何もしてはくれなかった。いつも私が目に付くと、苦々しげに眉を顰め、やれ体調管理の不足だ、ふらふらとしているからだ、いつまでたっても頼りないやつだと、一通りの苦言を呈してさっさと目の前から消えていってしまう。その様子はまるで路肩に撃ち捨てられたごみを一瞥するかのようだった。そしてその態度は僕の頭痛に拍車をかけていった。

 そういった意味では母の態度はまだ救いがあったともいえる。彼女は僕と父に対して文字通り何も感じていない。彼女の仕事は僕と父の身の回りの世話であり、それさえこなしてしまえば彼女にとって僕と父は、いてもいなくてもいいがあえて言えば金だけおいてどこかに行ってくれればそれが一番都合がいい程度の存在でしかなかった。彼女は父から渡される彼女の取り分を存分に使い、運用し、程よく愛人をかこっていた。家のことをさっさと終わらせて、昨日も今日も明日もおそらく彼女は愛する人のもとへ通っていくのだろう。そんな彼女の様子を父も知っていたが、さして気にする様子もなかった。父にとってもまた、彼女は便利な家政婦程度の存在でしかなかったのかもしれない。

 やがてまともに食事ものどを通らず、僕の体重が健康だった時から一割ほど減ったころ、僕は彼と出会った。

 ミレニアの町には大きなゲートがある。東西に一つずつ設けられたそのゲートはこの町に入るための正門に当たる。地理的に恵まれた町とは言ってみても外を歩けば獣に出会う。もっと進めば魔獣にも出会う。守らなくてはならぬのは変わらないのだ。人も文化も、多くのものが集まるこの町には、巨大な城壁が町を丸く囲ってしまうように設けられていた。

 その日たまたま僕は町のはずれにある病院にかかりに行っていた。特に名医ということもなかったが、有名な病院には一通りかかった後で、どこも芳しい効果を上げることはできなかった以上、藁にも縋る様な気持ちでいっそこの町の病院すべてをめぐってみるつもりになっていた。願わくば本当にすべての病院に見放されてしまう前にこの無為で悲しい病院巡りにエンディングが設けられてほしいものだが、あいにくとその兆候は見えない。

 半ば自暴自棄になり、それでいてあの寒々とした家に戻る気にもなれず、温かい日差しをたどって街の中を散策してみようという気になった。私は、ゆっくりと町の防壁に沿うように歩いていた。すると、ちょうどそれは正門の近く、普段は見られないほど大きな人だかりができていた。よせばいいのに僕は物見遊山気分のもたらしたふわふわとする高揚感にいざなわれるまま、その人だかりの中を覗き込んだ。どうやら、外部から町の中に不正に侵入しようとしてきた男が取り押さえられているところのようだった。その時、僕はあまりに不用心に、男の姿を視界に入れてしまった。その時、男はぎょろりとした瞳をこちらに向ける。その瞳はマグマのようだった。腐ったようなにおいを振りまきながら、どろどろと崩れていってしまいそうになりながら、それでも抑えきれないほどの高温を、野心の光を湛えていた。

 その光を認めた瞬間、僕はぐらりと世界が歪んでいくのを感じる。耐えがたいほどの眩暈に僕は思わず付近の建物に手をつく。幸い、と言っていいのか残念と言っていいのか、僕は人だかりの後ろからその男を眺めていただけであったため、僕のあたりには人はおらず、ぶつかってしまうようなことはなかったが、支えてくれる人も助けてくれる人もおらず、僕はそのまま手をついた壁にしなだれかかるように地面に伏してしまった。そしてそのまま、僕の意識は途切れる。

 


 グラグラと世界が揺れる感覚。どれほど続いたのか、一瞬だった気もするし、もう少し長くそんな中途半端な感覚に囚われていたような気もする。そんな前後不覚の中僕は何とか少しずつ落ち着きを取り戻し、意識がはっきりとしていった。

 しかしせっかく取り戻したはずの落ち着きはすぐに失われることになった。気が付くと僕は、見覚えのない天井の下で縄に縛られて横たえられていたのだ。もしこれが縄に縛られていなかったのならば、誰かが倒れこんでしまった私を介抱してくれていたのだという好意的な解釈も取りうるようなものだが、残念ながらそんな状況で他人の好意を信じられるほど僕は世間知らずでもなかったし、気を病んでもいなかった。

 縛られた不自由な体のまま首から上をぐりぐりと動かし、周囲の状況を確認する。低い天井に頑強そうな鉄格子で区切られた狭い空間。そして外側には衛兵。どう考えても、拘束されているとしか考えられなかった。

 そうとしか考えられないとは言っても、それについてまったく理由が思い浮かばなかった。確かにいきなり倒れたのは間違いない。誰かが気づいて衛兵に知らせてくれたとしたら屋内で横寝かせてもらっていることは納得できる。しかし、このように両手足を拘束されるようないわれは全くないはずだ。それとも、茫然自失の中自分でも知らないうちに何か大事をしでかしたのだろうか。

「あの、すいません。」

 外の衛兵に声をかけ、事情を聴こうと考えた。しかし、その時僕は言いようのない違和感に戸惑いを隠せなくなってしまった。確かに自分ののどから出た声のはず、なのにこの違和感は何だろう。いったい今のは誰の声なのだろう。喉の調子がおかしい程度では済まないほどにはっきりとした違和感を覚えた僕が次の言葉を出せずにいると、僕の呼びかけに答えてこちらを見ていた衛兵が不審そうに眉を顰める。

「うーん。どうしたんでいあんちゃん。悪いが縄ならほどけねえぞ。」

 衛兵は、その田舎臭い見た目通りどこかあか抜けない訛りの強い口調でこちらにそう話しかけてくる。こちらに対して注意は払っているようだが、僕を警戒してまではいないような様子だった。これは幸いと僕はその衛兵から僕が今どうなっているのかを聞き取ることにした。

「あ、あの、それってどうしてでしょうか。」

 僕がそういうと、彼はきょとんとした間抜け面になる。酔っぱらったような赤ら顔に浮かぶ表情がひょうきんで場に似合わず少し気が落ち着いた。

「えっと、僕。病院帰りに騒動を眺めていたら、突然倒れこんでしまって。」

「はあ。騒動ねぇ。眺めていたらっていうが、あんた当事者だろうに。」

 は?っと素っ頓狂な声を上げてしまう。先ほどから様子がおかしく全く要領を得ていない状態の僕に衛兵は備品入れから手鏡を取り出し、こちらに向けてくれる。

「ほれ、見てみろお騒がせ。」

 そういって衛兵が掲げてくれた手鏡の中に移ったのは見慣れたさえない顔の僕ではなく、荒々しく、武骨な男の顔だった。その顔はまさしく、僕が見ていた騒動の中心人物その人のものであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。