山攻 BC486 5月
デマラトスさん絶好調です。次回もサムニウム族討伐になるでしょう。
アーシアはそろそろ南イタリアに戻らないとまずい状況になっています。
=BC486 5月2日 サムニウム族集落山麓 デマラトス=
集落を発見した翌日、ローマ軍はゆっくりと山全体を包囲しながら、敵を山頂へ追いつめる手法をとっていた。
この手法をとった場合、敵はほぼ間違いなく女子供を含む非戦闘員を山の上に逃がそうとする。
当たり前なのだが・・・実はこれが最後の最後で効いてくることがある。
高いところに位置どった敵は、女子供でもゴリアテ並みの力を得ることができる。
上から下へものを投げおろすだけでいいのだ。
その辺に落ちている石、倒木、なんでもいいから敵が見えたら、投げればそれだけで殺傷力を得ることができる。
それを防ぐのに必須なのが盾だが、メッセニアの戦訓では最終段階では盾は失われていることが多い。
集落に近づくにつれ、敵の投槍が雨のように降ってきた。
兵士は盾を寄せ合い壁のようにしてゆっくりと登っていく。
盾には針鼠のように投槍が突き立つ。
一本が2~3kgとは言え数本も突き立つと、さすがに片手で盾を構えるのは無理だ。
今回はもともと巻き藁の幅を確保していたので木枠を両手で差さえ、壁を維持する。
やがて林に差し掛かった部隊が、盾に突き刺さった槍が邪魔をして思うように進めなくなる。
立ち木に槍がぶつかって前進を邪魔されるのだ。
敵はますますその部隊に投槍を集中させる。
しかし、その部隊から「ラッシュ!」の声が上がる。
槍を突き立てたまま林に強引に入り込む。
盾にはしているが元は藁束である。槍が刺さっていた付近が木にぶつかった衝撃で壊れ、槍が抜けたり盾の一部ごと千切れたりしている。
全体的に毛羽立って巻き藁も緩くはなっているが、いまだ体を守る役には立つ状態で、林を通り抜ける。
おそらく木の盾では今の林の部分で部隊が分裂されていただろう。
早速、藁の楯は役に立ってくれたようだ。
集落が近づいてくると敵の総数が見えてきた。
おそらくは成人男子で300人前後。集落にはそのうち200人程度がいるようだ。
残りは避難民の護衛についたか、伏兵かだが、おそらく後者だろう。
山岳民族は女子供も戦闘力を有していると考えてよい。
となると木の密集した地点の付近は特に注意だ。
盾を失った歩兵は石でも十分に致命傷になる。
それを想定して伏せているはず、そして心情的には集落より下に伏せたいはず・・・
そうやって見ると、炭焼き小屋が集落より少し下に集まっているのに気付いた。
小屋の近辺には、まばらに木が残してあり部隊戦闘には窮屈そうだ。
「炭焼き小屋が砦代わりのようだな。」
「中に兵が伏せてあるということでしょうか?」
「専用の砦を作る金が無ければ、鍛冶小屋なども代わりに使ってくる。」
セレウコスが尋ねてきたので具体的な例で返答する。
セレウコスは最近成長が著しい。指揮という点なら十分に副将を務められるようになってきた。
「セレウコス、第1歩兵隊を率いて炭焼き小屋を襲撃しろ。直前まで正面部隊の盾の後ろで待機。」
「了解しました。第1歩兵隊の盾は置いていかせます。」
セレウコスの返答におもわず喜顔で頷く。
第1歩兵隊は剣を片手に、立ち木の間を突入することになるだろう。
この時、重い藁の盾は行動の枷にしかならない。
制圧後は小屋を盾に、後続を待てばいいのだ。
後続が前線を押し上げた後、盾を回収すればいい。
「突入は炭焼き小屋10m前で、そこで盾は一時柵状に隙間を開けるぞ。俺の掛け声で各歩兵隊の十人隊、奇数番号の隊のみ2歩前進、偶数番号の部隊は次の命までその場で待機。伝令各部隊へ伝えろ。」
付近を固めていた第1歩兵隊の伝令が各部隊へ伝令に走っていく。
戻ってきたら襲撃開始だ。
=BC486 4月26日 コリントス、アリキポス商会 アーシア=
結局ヘリコン山ではデイアネイラとの関連は見つからないまま、コリントスに戻ってきた。
待っていた船に乗り、コリントスに戻ってきたボクらが商会のドアを開けた瞬間に野獣に襲われた。
飛び出してきた獣の鋭利な爪に一瞬にして腰の吊るしていた水袋が切り裂かれる。
「イシス!どうした?」
あわてて尋ねるが、毛を全身逆立てたままこぼれた水溜まりに威嚇している。
気のせいか水溜まりがうごいたような・・・粘度も高いしスライムみたい。
その水溜まりからミミズのような触手がのびた気がした。
あわてて飛びのくが足を掠られる。
掠られた時に正体がわかった。このスライムは「セラエノ断章」だ。
頭の中に目次のように綱目が並び立つ。
クトゥグァ召喚法や黄金の蜂蜜酒の作り方、「旧印」による護神術・・・同時に狂気が襲ってきてスライムに嚙みつきたい欲求が爆発しそうになる。
ボクが行動を起こす前にイシスがスライムを切り裂いて水溜りにしていた。
その瞬間に狂気は去った。
「これで、アガニッペとデイアネイラは繋がったな。ただまた現れるかは微妙だが?」
まさか本の形をしてない書物があるとは思っても見なかった。
とはいえ無理に読みたい、いや飲みたいものではないが・・・あの瞬間の狂気は飲んだら発狂しそうな甘美さを感じた。
まるで肉体が死ぬことができない存在が、精神だけでも自殺しようとしたときに飲みそうなぐらいのヤバさを感じた。
黄金の蜂蜜酒か、原料にヒッポクレーネの水とあったから、その効果で発狂しなかったのかもしれない。
しかし、詩精が降りてくるって下手したら火精が降りてくるぞ。
「イシス、サンキューな。」
「ニャー」
きっとイシスはこの世界以外の生物を、野生の勘で捕捉し倒したのだろう。
ちょっとそれ以外は考えにくい状態である。
本を倒した後のイシスは尾をピンと立てたまま、気取った足取りで館の奥に歩いて行った。
「アーシア、おかえりなさい。」
イシスに代わって、レイチェルが走ってきた。
「ただいま、レイチェル。」
走ってきた彼女を抱き留めてハグする。
レイチェルの後に師匠とパンドラがやってきた。
二人の雰囲気がちょっと暗い。
師匠がボクに重い声で尋ねる。
「なあアーシア、悪い話と最低な話どっちから聞きたい?」
・・・
そこはお約束にしたがって、いい話もほしいんですが。




