第8話「別行動」
「アキ君おはよ!」
「おはよう、ナツちゃん」
いつも通りの登校。小学校六年間、中学校三年間。高校も同じになったから今年で10年目だ。
ナツちゃんがブリッツに喧嘩を売ってから1週間が過ぎていた。約束の勝負の日は明後日。しかし、未だにブリッツのバディの正体は掴めず、対策は遅々として進んでいなかった。前衛クラスへの対策の連携はいくつか練習していたが、相手の前衛が一人なのか二人なのか。一人だとしたら、もう一人は何のクラスなのか。バディズソウルはビルドの組み合わせで無数の戦術がある。その全てに対策を考えるのは物理的に不可能だ。
とはいえ、僕らの調子は悪くはなかった。バトロイでも何回もトップを獲っている。最悪、アドリブでも何とかなるかもしれない。僕にもナツちゃんにも焦りはなかった。どちらかというと連日の出費の方に頭を悩ませていたかもしれない。
「ナツちゃん、今日はどうする?」
僕はいつもの調子でナツちゃんに聞く。
「ごめん、アキ君!今日はクラス委員の集まりがあるの」
両手を合わせて謝るナツちゃんに、大丈夫だよと答える。
ナツちゃんは帰宅部だが、クラス委員を務めている。隣のクラスだから経緯は知らないが、ナツちゃんには人を惹きつける力がある。推薦多数で断れなかったのは容易に想像できた。
ちなみに僕は一応新聞部に所属している。月一で発行される学内新聞にクロスワードパズルを載せているだけなので、ほとんど部活に顔を出すことはないが。
「じゃあ、今日は先に帰るね」
新聞部の部室で待つことも出来たけど、僕もナツちゃんも四六時中一緒にいるわけではない。
放課後、僕はホームルームの終わりと共に教室を出た。昼休みに知らない上級生から放課後体育館裏に来るように言われたりしたが、とりあえず無視。
こういう手合いには中学の頃からしょっちゅう絡まれてきた。
「春日さんを紹介してくれ」
くらいなら可愛いものだが、
「お前のようなチビのネクラが春日の横にいるなんて許せない」
なんて言われた日には温厚な僕でも、憤慨してしまう。
一方的な約束を無視して帰宅しても、僕に非はないだろう。僕は正々堂々見つからないように、裏門からこっそり学校を出た。
校門を出て、バス停に着くと、僕はそこで見知った人影を見つけた。精悍な顔つき。だけど身長は僕よりちょっと高いくらい。ライトさんだ。
「高校の近くでの待ち伏せはストーカーと間違えられますよ」
ライトさんが通う大学はパレスを挟んで反対方向のはずだ。彼がこんなところに立っているのは僕らに用があるとしか思えない。普段から制服でパレスに通っている僕らだから、ライトさんも僕らの学校を把握していてもおかしくない。
はたしてライトさんは破顔した。
「よかった。俺もこんなところで待つのは居心地悪かったんだ。アキ坊。今日時間あるか?」
「別に暇ですけど、ナツちゃんはいませんよ?」
その返事にライトさんが不審そうな顔をする。
「アキ坊。なんか嫌なことでもあったか?」
「え?」
「言葉に棘がある。」
…………。
絡まれた輩への不満が態度に出ていたようだ。
「あの、ライトさん。」
「……愚痴、聞いてもらえます?」
「お、おう」
可哀想にライトさんは目的地に着くまで僕の愚痴を延々と聴かされることになった。
「そもそもですね。付き合いたい。好きな相手がいるならその人に直接話すべきではないでしょうか?部活に入ってもらいたい。そういう話も同罪です。だって僕はナツちゃんの保護者でもなんでもない。それなのにみんながみんな、ナツちゃんではなく僕に話を持ってくる。これはなんなんですかね。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」なんて諺もありますが、僕は馬だと思われているのでしょうか?だとしたら失礼ではないでしょうか。ええ。僕に対してではなくてナツちゃんに対してです。
ナツちゃんはれっきとした一人の大人、ではないですが……一つの人格を持った個人です。僕がどう答えようが、何を引き受けようが、決定権はナツちゃんにあります。そもそもあのナツちゃんが、僕が何か言ったからって自分の意思を曲げるでしょうか?答えは否です。ナツちゃんはいつだってナツちゃんです。彼女が自分の意思に反することをしたところなんて見たことがありません。十年来の幼馴染であるこの僕がです。一度決めたことは絶対曲げないし、できない時もギリギリまで努力します。それも信じられない強度で。
ライトさん知ってますか?ナツちゃんはすごい。すごいんです……。」
僕のちょっとだけ度を越した愚痴を、ライトさんは神妙な顔で頷いて聞いてくれた。途中から相槌が上の空になっている気がしたが、それは気のせいだろう。
やがて、僕達は目的地に着いた。
「着いたぞ。」
ライトさんの声で前を見るとそこには「リンケージパレス 音瀬西が丘店」と看板があった。
「ここは?」
思わずそう言うと、ライトさんが答えた。
「ブリッツが今日ここでプレイしてる。」
その名を聞いた瞬間、冷や水をかけられたような気がした。
「情報が要らないなら別にいい。意外と余裕があるみたいだしな。だが、今のままではお前たちが情報戦であまりにも不利なのも事実だ」
あくまでフェアな勝負のため。ライトさんの顔がそう言っていた。
それにしてもこの1週間、全く音沙汰がなかったチンピラのプレイ店舗を突き止めるとは。薄寒いものを感じたが、さすがはリリース初期からの常連と言ったところか。独自の情報網があるのだろう。だがそれも、今はありがたい。
「……ありがとうございます。」
それだけ言って、僕はパレスに入った。




