第5話「決着」
「ライト氏とレフト氏、考えたでゴザルなぁ」
リンケージパレスの片隅で一人の男が呟いた。独り言というには少し大きい。まるで誰かに聞かせるような声。そのままブツブツと何かを呪文のように呟き続ける。
隣のブースにいた女子高生が席を立った。チラリと男を見る。
身長は180センチを超えてるだろう。だが猫背でだらしなく頬杖をついているためあまり大きくは感じない。代わりに目立つのは牛乳瓶の底のような分厚い丸眼鏡だ。年齢は二十代半ばほどで、チェックのシャツが野暮ったい印象を助長している。
彼の名前はゴザルという。
勿論本名ではない。あだ名だ。
語尾にゴザル、ゴザルとつけて喋るので、そう呼ばれているのだ。
最近増えてきた、『観る専』の常連で、その怪しい喋り口とは裏腹に、分かりやすい解説には定評があった。
「どういうこと、ゴザルさん」
近くにいた少年、中学生くらいだろうか?がゴザルに話しかけた。
待っていましたとばかりにゴザルが話し始めた。
「シザースの二人はアルテミスの作戦にわざと引っかかったってことでゴザルよ」
「わざと?」
ゴザルが大仰に頷く。
「レフト氏はアキ氏の隠れ場所に気づいていたでゴザル。ナツ氏の視界から外れる振りをしながらその場所に近づこうとしていたのがその証拠でゴザル。当然、ライト氏はレフト氏と反対に動くから、アキ氏から奇襲を受けにくくなるでゴザル。」
「じゃあ、今シザースが一人で逃げてるのは作戦通りってこと」
「然り。もっとも、いくつか用意していた作戦プランの一つでゴザろうがな」
「へぇー」
素直に感心する少年。
確かにあそこで倒されていたのがレフトではなく賞金首のライトであれば状況は大きく変わっていただろう。
とはいえ。
「これで終わるアルテミスではないんだろう?……アキ君」
ゴザルのその呟きは、リンケージパレスの喧騒に紛れて、誰にも届かなかった。
※※※
「うまくいったな」
オレは荒地を疾走しながら、安堵の息を吐いた。
レフトが犠牲になってしまったが、アルテミスとは大きく距離を離すことができた。
残り時間は2分。これなら充分逃げ切れる。
唯一の懸念点は10ポイントで2位につけてる『ガンガン』コンビだが、ガンナーは足が遅い。
射程内に入らなければあいつらは置き物みたいなものだ。この終盤まで生き残っている奴で、そんな間抜けなことをする奴はいないだろう。
そう思った瞬間、チリリと、うなじの毛が逆立った。
咄嗟に横っ飛びに進路を変更すると、オレがいた場所に、火炎放射のように炎の塊が通り過ぎた。
これはミスティックの中距離攻撃スキル、ヘルフレイム?
攻撃が飛んで来た方向を見ると、両手の宝玉を赤く染めたアキが、案の定そこに立っていた。
※※※
賭けには勝った。
ナツちゃんと別れたあと、僕は『ガイア』を二つ起動して全速力でライトさんを追った。
このモードは攻撃力、防御力が格段に落ちるため正直移動と回避しかできない。だがそれと引き換えに、最速のクラス『ストライカー』に匹敵する移動能力を手に入れることが出来る。
だがそれでもライトさんの逃走経路がどうしても絞りきれなかった。それが方針をギリギリまで悩んでいた理由だ。
予想出来た経路は2つ。敵が居なそうなマップ中央に行くか、タイムアップ生き残りを狙ったプレイヤーが潜んでいる可能性が高い、マップの端に行くか。
結局最後は勘で、マップの端に先回りするルートを選んだ。
ビンゴだった。
咄嗟に『ガイア』を解除して『フレイム』を起動。僕の最大火力であるヘルフレイムをぶち込んだが、これは回避された。
だが、そんな事は些細な問題だ。
「モード『ガイア』。重ねて『ガイア』」
二つの宝玉が黄土色に光る。
僕は今、ライトさんより速い。
自分より速い近接職に背中を見せる愚かさを、ライトさんは誰よりも知っているはずだ。
果たして、ライトさんは僕に猛烈に突っ込んで来た。
※※※
(やられた)
オレは苛立たしく舌打ちをした。
どうやってアキ坊がオレの進路を読んだかは分からないが、そんな事はもうどうでもいい。
ガイアを重ねたミスティックはセイバーより速い。
逃げれば背中から斬られるし、背中から斬られればいくらミスティックの攻撃力が低くてもタダではすまない。
かといって、このままここにとどまれば、ナツがじきに追いついてくるだろう。
となれば取れる選択肢は一つだ。
オレはアキ坊に接近戦を挑んだ。もちろんアキ坊を倒せるとは思っていない。だが残り時間はもう僅かだ。
オート誘導の魔法と違って、弾速の速い弓や銃による攻撃は味方に当たる(フレンドリーファイアーの)危険がある。
アキ坊に密着している限り、ナツは軽々しく攻撃を撃てない。残り時間このまま耐え切ってやる。
二本の剣をアキ坊に叩きつける。逃げられたら終わりだ。離脱する隙は与えない。いいぞ、このままだ。死んでもこの間合いを維持する。
タイムアップまで残り20秒。
ナツが現れた。
迷いなく矢をつがえる。三本。
あれは、トリプルショット!?
三本の矢を一点に放つ貫通属性のアーチャーのスキルだ。
まさか、アキ坊ごとオレを撃つ気か!?
いや、出来やしない。味方を撃破した場合はペナルティで−1ポイントだ。
それでは逆転はない。アキ坊を離脱させるためのハッタリだ。
残り10秒
オレは剣圧を強めた。絶対にアキ坊を離脱させてはいけない。離れればオレだけが撃たれる。
残り5秒
ナツと目が合った気がした。
来る!?
アキ坊の口が何かを呟く。
「トリプルショット!」
ナツの声とともに、閃光のような矢がオレ達を貫いた。
※※※
《NATSU KILLED RIGHT》
《BOUNTY KILL BONUS》
《TEAM ELIMINATED BONUS》
《TEAM ARTEMIS +4 POINTS》
システムメッセージが流れる。
そして少し遅れて
《TIME UP!!》
《WINNER TEAM ARTEMIS》
《CONGRATULATIONS!!》
僕たちは勝利した。
ゲームが終了する。ヘルメットを外し、後ろを振り返ると満面の笑みのナツちゃんがいた。
ハイタッチ。
「言ったでしょ。私達なら出来るって」
この笑顔がなかったら、僕は決断出来なかっただろう。まったく、ナツちゃんには敵わない。
筐体を出ると歓声が僕たちを包んだ。
みんなパレスの常連だ。
「まったくやられたなぁ」
二人組の大学生らしき男達が僕たちに近づいてきた。片方は背が高く、もう一人は僕と同じくらい。
シザースの二人だ。
ゲーム内ではそっくりの二人だが、リアルの二人は身長がずいぶん違う。
「それで、最後のはどうやったんだ?」
身長が低い方、ライトさんがそう聞いてくる。
トリプルショットをどうやって耐えたのかが知りたいのだろう。企業秘密なんで話したくないけど、話さないですむ雰囲気ではない。
「モード『アクア』は重ねると、射撃攻撃に飛躍的な防御耐性が発生するんです。あんまり知られてませんけど」
そんなの知ってるのはバディズソウル人口の3%未満だとは思う。ちなみにトリプルショットの直撃を受けた僕のHPは残り1割をきっていた。
一発芸みたいなものだが、分からん殺しはミスティックの数少ない強みなんで許してほしい。
僕の返事にライトさんは天を仰いだ。
レフトさんがその肩を叩く。
よかった、怒られなかった。
和やかな雰囲気で始まる感想戦。
この時間が僕は一番好きだ。
だが、そんな至福の時間は突如として響き渡った声に粉砕された。
「こすい。こすいなぁ。このエリア、レベル低いんじゃねぇか?」
遠慮会釈もないそのセリフに、僕たちの空気は凍りついた。
用語集
ヘルフレイム:ミスティックの魔法攻撃スキル。モード『フレイム』を重ねた時のみ使用可能。直線上に高威力の炎を放射する。射程はあまり長くないが、ミスティックが使用できるスキルの中では最大の火力を誇る。
トリプルショット:アーチャーの貫通属性を持つ高威力スキル。三本の矢を一本に束ねて発射する。射程はあまり長くないが、直線上のすべての対象を貫通してダメージを与える。
フレンドリーファイアー:『バディズソウル』では、すべての攻撃に味方への当たり判定が存在する。特に自動誘導する魔法攻撃と違い、弾速の速いアーチャーやガンナーの射撃攻撃は誤射を起こしやすい。




