第13話「伝説」
「ちょっとぉ、どうなってんのよあいつ!!」
マリンこと榊原凛の叫びが背後から聴こえてくる。私、ロータスこと小日向蓮は空を飛んでいた。天馬に乗って。
もちろん現実ではない。ここはゲームの中だ。だがこのスピード感、風切り音、駆け抜ける風景は、それを虚構のものとは感じさせない。
私と凛がこのゲームバディズソウルを始めて、そろそろ3ヶ月が経とうとしていた。
自分で言うのもなんだが、それなりに強くなったと思う。
私が自由に空を飛べるペガサスのビーストマスターを使い、凛が強力な攻撃魔法を使えるキャスターで上空から爆撃を繰り返す。単純だが強力なこの戦法を私たちは磨き、時にはエリアの強豪、シザースを倒して一位を取ったこともあった。
それなのに、私たちはたった一人のプレイヤーに手も足も出ないでいた。
眼下に見えるのは黒いアーマーナイト。後ろに座った凛が攻撃魔法を次々と撃ち込んでいるが、まるで効果がないように見えた。
「ファイアーボールは避けられるし、フレイムアローやフレイムブリッドは当たってもろくにダメージ入ってるように見えない。てか、さっきの見た?なんか弾かれてたわよ?」
「たぶん、アーマーレジストされてるのかと」
「アーマーレジストぉ?あれって初心者救済用スキルでしょ?重鎧着てると低確率で単体の射撃および魔法攻撃を弾くって。蓮。あいつが何回あたしの魔法攻撃弾いたと思ってるの?7よ、7回!」
「いえ。アーマーレジストには発動条件が存在することが公式からアナウンスが出てます。そして、一人だけそれを解明したプレイヤーがいるという噂も。正直、都市伝説だと思っていましたが……」
「じゃあ何?あいつがその伝説のプレイヤーってこと!?」
「……たぶん」
ぎゃーぎゃーと叫ぶ凛の声を聞きながら下を見る。巨大なハルバード。全身を覆う黒い鎧。フルフェイスのヘルメットからは特徴的な長い角が2本生えている。
「あれが、黒牛」
アーマーナイトの弱点である遠距離攻撃をアーマーレジストで防ぎ、自分の土俵である近接戦に持ち込む。しかもソロ参加することで、ただでさえ全クラス中最大のナイトのヒットポイントが1.5倍になっている。
(これは、勝てませんね)
戦場を自由に駆け回る機動力こそ私たちの武器だ。あれに固執するのは得策ではない。
「凛、ここは引きましょう」
「はぁっ?前衛職が孤立してるのよ?しかも倒せば3ポイント!」
私たちペガキャスにとって、孤立した前衛職は真っ先に狙うべき獲物だ。しかもソロ参加者は撃破できれば一人で二人分の2ポイント。チーム撃破ボーナスも加算されるので、なんと3ポイントだ。
(だけどそれすらも、アテルの戦略なのでしょうね)
機動性に乏しく、耐久力の高いアーマーナイトは元来放置されやすい。だが、孤立した3ポイントプレイヤーと考えれば当然みんな狙うだろう。
その意図にハマるのは、やはり下策だ。
まだわーわーと文句を言っている、凛を無視して距離を取ろうと決意した瞬間、凛が警戒の声を上げた。
「蓮!あいつ何かしようとしてる!!」
視線を向けると、アテルは軽くしゃがんで力を貯めているように見えた。スキルモーション?あれは確か……。
「まずっ!」
咄嗟に手綱を引いて、回避行動を取る。一瞬遅れて、アテルの手から巨大な得物が放たれた。
ナイトの投擲スキル。ブーメランエッジ。
唯一の武器をぶん投げるという豪快なスキルだ。油断していた。アテルを観察するために高度を下げたのが仇になったのだ。
巨大なハルバードがクルクルと弧を描きながら私たちに迫ってくる。ダメだ。完全に回避機動を読まれている。
ペガサスは空中を高速で移動できるが小回りは効かない。ここから再度回避行動をする時間は、私には残されていなかった。
着弾までの絶望的な時間。私にはもうゲームオーバーを待つことしかできなかった。
※※※
《ATEL KILLED LOTUS & MARIN》
《TEAM ELIMINATED BONUS》
《TEAM VIRTUS +3 POINTS》
「……なんなんですかあれ」
投擲された巨大なハルバードが二人を同時に落としたのを見て、ヘンリー少年が絶望の声を上げた。
無理もないだろう。キャスターはナイトに対するアンチ職とみなされている。それがこうもあっさりと、2対1なのにも関わらず落とされたのだ。同じキャスター使いとしては受け入れづらいだろう。
「別に黒牛も無敵ってわけじゃないけどな。今の攻防でヒットポイントも2割くらい削られてる。ただまあ……ブーメランエッジって、あんなに見事に当てられるスキルだったか?」
呆れたような声でライトが問う。後半はゴザルへの質問だった。
「ライト氏はサッカーは好きでござるか?」
「あ?一応高校までサッカー部だったが……」
なんの話だ?と言った顔でライトがゴザルを見る。
「なら話は早いでゴザル。黒牛がやったのはPKと同じでゴザルよ」
「……PK?」
一瞬、プレイヤーキルという単語がライトの頭に浮かぶが、サッカーということならペナルティーキックの略だろう。
「PKにおいてキーパーが取れる選択肢は大きく分けて3つでござる。右に飛ぶか。左に飛ぶか。それとも動かないか。もちろんタイミングや速度と言った要素もあるでゴザルが。」
ゴザルの言葉にライトは頷く。少し大雑把だが、話を単純化するなら確かにその三択だ。そして、ライトにはゴザルが何を言いたいかが見えてきた。
「暴論ではゴザルが、選択肢が三つなら読みが当たる確率は三分の一でゴザル。ところが、あることをすることで確率が上がるでゴザル。ライト氏、答えは?」
「キッカーが蹴った方向を見てから飛ぶ。」
「その通りでゴザル」
ゴザルは我が意を得たとばかり頷いた。
「黒牛は、ロータスさんの回避方向を見てからスキルを発動させたってこと?」
ヘンリーが結論を口にした。
「で、ゴザろうな。初見で黒牛に当たれば平常心で居られる人間は少ないでゴザル。慌てれば当然隙ができる。そして黒牛はそれを、見逃さないでゴザル」
それにしても、だ。
ヘンリーは思った。
ゴザルが言っていることは理論的には正しい。だけど、それをあんなに完璧に実践できるだろうか。
たとえ逃げる方向が分かったとしても、発動が遅れれば攻撃は間に合わない。狙いを合わせるにしても、ペガサスのスピードや旋回半径が頭に入っていなければ当てることはできない。
「あの、言いにくいんですけど、黒牛さんって実は……」
「お前が言いたいことも分かる。実際黒牛にはAI疑惑から始まってチーター疑惑、本社の社員疑惑など色々な嫌疑がかけられた。」
「しかし、リンケージアーツはそれを全て否定したでゴザル。調査の結果、プレイヤーATELには一切の不正行為は認められず、当社の社員でもない。また、アーマーレジストには発動条件があるが、それは攻略要素であるため公開はしない。プレイヤーの皆様で解明して欲しい、といった内容でゴザったか。」
「このエリアのプレイヤー、なんですよね?」
ライトとゴザルの話にヘンリーが恐る恐ると言った感じで尋ねる。
「ああ。一時期本気で探していた奴もいたみたいだが、それらしい奴は未だもって見つかってない。個人情報だから店舗もそこは協力してくれないしな」
ライトが肩をすくめた。
「おっと。これは見物でゴザルよ」
メインスクリーンをゴザルが指す。
そこでは、ブリッツと黒牛が遭遇しようとしていた。




