暴走
その日は、あまりにも普通だった。
市場の喧騒。
パンの匂い。
子供の笑い声。
ノアは広場の噴水に座り、
水の跳ね方をじっと見ていた。
ぽつり、と呟く。
「……いっぱい」
視界に未来が溢れていた。
今日は静かに収束しない。
分岐が増え続けている。
彼女の呼吸が浅くなる。
「とまらない……」
突然。
世界が“二重”になる。
人々の動きがぶれる。
同じ人が違う行動を同時にして見える。
ある未来では笑い、
別の未来では泣いている。
ノアの瞳が白く染まる。
「ぜんぶ……見える」
都市全体の未来が彼女に流れ込む。
処理できない量。
噴水の水が空中で停止する。
時間が不規則に跳ねる。
人々がざわめく。
「何が起きてる!?」
ゼルとアークが到着する。
ゼルが叫ぶ。
「兄上、空間がおかしい!」
街の一部が“別の結果”になる。
壊れていない建物が崩れる未来と、
無事な未来が同時に存在する。
アークが歯を食いしばる。
「ノアが全部観測してる……!」
観測=現実の確定。
だが彼女は今、
確定させられずに重ねている。
都市が多重化する。
ノアが震える。
「えらべない……!」
未来の重みが現実を裂く。
空に亀裂。
地面がずれる。
都市が“可能性の層”に沈む。
ゼルが断界を展開。
「抑えきれねぇ!」
アークがノアへ駆ける。
「ノア!!」
彼女の周囲だけ、
時間が無限にループしている。
涙が空中に止まる。
「こわい……
ぜんぶ、こわれる……」
彼女は未来の崩壊を見ている。
だから止めようとして――
逆に重ねてしまう。
アークはノアの手を握る。
「全部見る必要はない」
ゼルも来る。
「一個でいい」
ノアが震える。
「でも……まちがえたら?」
アークが微笑む。
「間違えても直せる」
ゼルが笑う。
「俺たちがいるだろ」
ノアの視界に無数の未来。
その中に一つ。
三人が立っている未来。
街が無事な未来。
彼女はそれを掴む。
「……これ」
ノアの瞳が静かに光る。
未来が一本に収束する。
重なっていた都市が戻る。
空の亀裂が閉じる。
水が落ちる。
時間が動き出す。
人々が息を呑む。
崩壊は止まった。
ノアの力が静まる。
彼女は倒れる。
ゼルが抱き止める。
「よくやった」
医療室。
ノアが目を覚ます。
小さく呟く。
「えらぶの、こわい」
アークが頷く。
「だから一人でやらなくていい」
ゼルが笑う。
「次は俺たちも選ぶ」
ノアは安心したように目を閉じる。
観測の力は消えない。
だが彼女は知った。
未来は――
一緒に決められる。
窓の外で都市が動く。
静かに。
確かに。




