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第26話




『話がしたいんだ!君の…友達と、家族について。』


 ヴィエラ、…もといアマリリスの首輪から発せられたその言葉に、アトリーチェは緋色の瞳を丸くする。


「友達って言ったって。あたくしに友達なんかいないわよ?」


 彼女があまりにもまっすぐにそう言ったので、ヴィエラは言葉に詰まった。


「…じゃあ、ヴィエラのことは?友達じゃないの?」

「ヴィエラ?……あの子は…そうね、都合のいい使い走りよ」


 そんな冷たく突き放すような態度に、心が締め付けられると同時に、微かな違和感を覚える。


(そんなにわたくし、使い走りなんてされてたかしら…?)


「…でも!ヴィエラの方は君を友達だって思ってるかも…」

「そんなのどうでもいいわ!」

「…なんで?」

「誰にどう思われていても、友達なんていらない。お父さまがそう言ってたもの」

「…ずいぶん君は、お父さんを信頼してるんだね」


 それを聞いたアトリーチェは無邪気にけらけらと笑った。無線から甲高い笑い声がノイズ混じりに聞こえる。こんな笑い方は聞いたことがない。ヴィエラはアトリーチェの表情を想像できなかった。ひとしきり笑い、はぁ、と息を吐いてから彼女はまた口を開く。


「あたくし、思い出したのよ!」



 ———自分の手を引く父の大きく骨ばった手。そのまま彼が腕に少し力を込めれば、すぐに少女の骨など軋みを挙げるだろう。大きな体躯を折り曲げて自分の瞳をじっと見る父の陶酔したような表情。その真っ暗な闇を湛えた目を吊り上げた時など想像したくない。

『…私が必ず守ってみせる。二度と美しいものを、失わないために……』

 糊の効いたスーツの冷たい感触、微かに漂う焦げ臭い香り。


 アトリーチェの幼少期の記憶。



「お父さまはあたくしのことをちゃんと守ってくれるって。あたくしがお父さまの言うとおりにしていれば、あたくしは永遠に幸せでいられるの!」


(………)


 ヴィエラはしばらく考え込む。孤高で、気高く、美しい。それが彼女が憧れたアトリーチェだった。……でも、今応対する彼女は?

 

「……君は…幸せなの?」

「もちろんよ」

「私しか話し相手がいなくても?」

「お父さまもいるわ」

「王子さまや神子さまは?」

「オスカー様とベルカント?……オスカー様はあたくしの婚約者だし、ベルカントはあたくしの引き立て役にすぎないわ」

「君だけ幸せならいいの?」

「当たり前じゃない。お父さまがそう———」



 塀にもたれかかって座っていたヴィエラは、我慢できず立ち上がって彼女の言葉を遮る。


「…………それで、」

「?」

「それで他の人を傷つけてもいいとお思いで!?!?!?」

 

 ヴィエラの突然の叫びに、機械は金属を引っ掻いたような甲高い音を立ててアトリーチェの耳を貫く。


「な、いきなり何!?」


 アトリーチェは思わず耳を塞ぐ。リスのアマリリスも鎖に繋がれたまま訳も分からず右往左往し始めた。


「わたくしやっと分かりました!人が嫌なことをするのはダメだって。…だってわたくし、わたくし!こんなに苦しいんですもの!!」

「貴女誰!?アマリリスじゃないわよね!?」


 アトリーチェの言葉にも耳を貸さず、ヴィエラは叫び続ける。


「本当に自分勝手で周りのことが見えてないのですね!貴女のことをこんなにも想っている人がいるのに!!…アイツが言ってた通りで悔しいけど、わたくしは寂しいの!貴女に突き放されて!わたくしは傷ついたの!だからアトリーチェ様……謝ってください」


「なん…で」


「貴女のために、わたくし自身のために、わたくしは正直に言います。アイツが言ってた通りで悔しいけど、わたくしは誰かに見てもらえないことが辛いのです。それで周りを傷つけた。貴女のことも。」


「…」


「アトリーチェ様、ごめんなさい。……だから、わたくしはアトリーチェ様にも正直に言って欲しい。貴女の弱いところを」


「…ヴィエラ」


 無線越しに自分の名前が呼ばれるのを聞いて、ヴィエラは小さく微笑んだ。


「…わかってくれて嬉しいです。…きっともうすぐ、貴女を想う他の人たちもそちらに来ますわ」


「………どういう、」


 そこまでで無線は途切れた。ヴィエラは安心してほっと一息つくと、大きく伸びをする。


 大きな黒い影が、彼女を見つめているのにも気がつかないまま。


 *



「…もう少しです」


 ジェーンは先頭で蝋燭で広い回廊を照らしながら、少年たちにそう囁く。オスカーは誰よりも早く真剣な顔で頷いた。


「…ヴィエラさんはうまくいったかな」


 そう呟いたのはベルカント。


「ヴィエラ…」

 

 いつになく神妙な顔で黙り込んでいたフィデリオは彼の言葉に反応した。


「アイツってまだ外にいるんですよね」

「そのはずです」


 答えたのはトーマス。


「…なんか嫌な予感がする」

「どういうことだ?」

 

 オスカーが振り向いて尋ねる。


「アイツ、今一人ですよね」

「…そうなるな」

「…俺、ちょっと迎えに行っていいですか?…あ、いや、護衛が先か…?」


 この先を右に曲がればアトリーチェの部屋というところで、フィデリオは突然進むのを躊躇する。


「行ってください」


 そう言ったのは意外にもトーマスだった。


「何かあっても、僕がある程度対処できます。そ、そもそもオスカー様方はお強いですし」

「まじか!」

「僕からも。フィデリオ君。行ってきて」

「…いいんですか!オスカー様!」

「ああ。…あと、静かにな」

 

 そう言った途端、すみません、と言い捨ててフィデリオは一目散に彼らに背を向け駆けて行く。



 それから残った5人が少し歩くと、どこよりも豪華な装飾がなされた大きな扉の前に出た。


「こちらが、アトリーチェ様の私室にございます」




 *




(さて…わたくしも合流しようかしら。位置情報もここから確認して…)


 一方ヴィエラは、塀にもたれかかって手元を注視していた。


 そこに、大きな影が彼女を覆う。


「…何をしているんだ?」

「!?」


 いつの間にか黒い背広を着た大きな男が目の前にいる。彼は塀に手をつき、高い視点から彼女を見下ろしていた。


 ヘリオス・シルバーハートだ。


「…私は耳がいいんだ。私の大事な家の前で何を騒いでいる?」

「い、いえ…」

「私はいつも…迷い子ネズミは殺してしまうんだ。汚いからな」

「…っ!」


 彼は空いた手でヴィエラの肩を強く掴んだ。その時。


「待て!」


「!………また、…ネズミが増えた…」


フィデリオ・ライデンシャフトが現れた。

 

 


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