第25話
「…気持ちはよく分かるけど」
威勢よく啖呵を切ったオスカーに、ベルカントは苦々しく微笑む。ヴィエラも呆れたような視線を向けていた。もちろんその先にはオスカーの拳に潰され煙を上げる機械があった。こうなってしまうえば、もうこの先の会話を聴くことができない。
「………っ」
我に返ったオスカーに、後ろからつぶやくのはトーマス。
「……いくら盗聴器でも、自分が関わったものが壊されると……」
そんな言葉にヴィエラが深く頷く。オスカーは軽く咳払いして彼らに向き直った。
「こほん、…すまない。…………すまないが、様子を知れただけでも僥倖だろう。…実際、許可なく人の私生活を覗くのは不本意だ」
ヴィエラはそっと目を逸らした。
「……本題に入るぞ。俺が調べた所によると、ヘリオス・シルバーハートは出張から帰ってきて以来、視察などの記録は無い。おそらく自宅で業務をしている」
「それじゃあやっぱり、アトリーチェ様はその父親に影響されてるってことっすよね!」
口を開いたのはフィデリオ。その言葉に頷きつつオスカーは続ける。
「ほぼ確実だろうな。…だが一週間後、国王との謁見がある。そこで奴が家を出たその時なら、…もう一度アトリと話せるかもしれない」
*
「おいトーマス!早くついて来いよ!」
「はぁ…、みなさん、ま、待ってください」
「ちょっとフィデリオ!声が大きいわよ!?」
1週間後、5人はシルバーハート家の邸宅を囲う大きな塀沿いに歩いていた。それぞれ普段より動きやすいラフな格好で、特にヴィエラは珍しいパンツスタイルに髪を高く結い上げていた。
「そんな重そうなの背負ってるからだろ?俺が変わってやるよ」
「いえ!これは...僕が持っておきたいんです」
「おう…」
一人歩みの遅いトーマスは、その背に大きなリュックを背負っていた。それは彼の体格に明らかに見合っていないが、フィデリオの助けは頑として受け入れなかった。
5人が裏門に近づくと、とある人影が見えた。オスカーと共に先頭を歩いていたベルカントがすかさず声をかける。
「ご協力ありがとうございます。ジェーン・イェルバさん」
そこにいたのはアトリーチェの面倒を幼い頃から見てきた、侍従長のジェーン。引っ詰めの黒い髪には白髪が混じり、顔に刻まれた皺が彼女の長年の苦労を物語っている。彼女は5人をさっと見渡し、一度深呼吸してから裏門の鉄の扉に手をかけた。
「よくここまでお越しくださいましたね。ここからは、わたくしが先導いたします。」
錆びついた音を立てて、扉が開かれる。
そうして彼らが歩き出そうとした時、1人立ち止まったのはヴィエラだった。
「おい、早く行こうぜ」
「いいえ、わたくしちょっと予定がありまして。あとで合流いたしますわ」
全員が怪訝そうに眉をひそめた。平然と微笑んでいるベルカントを除いて。
「じゃあよろしくね。イヴライトさん」
「ええ。そちらも」
そう言って彼女が振った右手に握られているのは、あの時オスカーが破壊したものとそっくりの機械。それにオスカーはいち早く気づいた。
「おい!それ…」
動揺する彼を前にヴィエラは小さく鼻を鳴らした。
「あら。このわたくしがスペアも無しに行動するとお考えで?」
すると何かに気づいたようにジェーンが声を上げる。
「それって…ベルカント様の」
隣でベルが静かに頷いた。彼は数日前、秘密裏にジェーンに通信機を渡し、設置するよう頼んでいたのだった。
「ちゃんと付けましたこと?」
「はい。しっかりと。…アトリーチェ様の飼いリスの首輪に」
それを聞いたヴィエラは満足気ににやりと口角を上げ、ジェーンらに背を向けようとした。
「おい!説明が足りない。一体どういう意図だ」
困惑を隠せないオスカーが引き止める。
「これは前のものに加えて双方向の受信機能があるのですわ。わたくしはみなさんがアトリーチェ様のもとに辿り着くまで彼女とお話しさせていただきます」
ヴィエラは自信満々にそう言った。
*
「...お前たち、知ってたのか」
残った男子たちはジェーンの後ろに着いて薄暗い地下道を静かに歩いていた。
「まあね」
「…………」
「…俺っ!俺は知りませんでした!!」
オスカーの詰問に平然としているベルカントに、気まずそうに目を逸らすのはトーマス。2人とは対照的に、先ほどから終始唖然としていたフィデリオは手を高く掲げて叫んだ。その声量にジェーンは彼をきっと睨む。この家の当主に逆らえない他の従者たちが告げ口する可能性があるため、できるだけ見つからないようにしなくてはならないのだ。小さく謝罪の言葉を呟くフィデリオを尻目に、ベルカントが補足した。
「どうせオスカーは反対すると思ってたから。…その気持ちも分かるけどね……手数は多い方がいいよ」
*
...ああ、たーいくつ。
家でじっとしてるのってこんなにつまらなかったかしら。つまらなくって死んじゃいそう。本とか読んだってどうせ意味は無いし、繕い物も面倒。…適当に従者でも呼んで遊ぼうかしら。
アトリーチェ・シルバーハートは豪華な自室のソファに上体を横たえる形でくつろいでおり、小さな頭は肘掛けの上で曲げた腕に載せられている。彼女は自由な方の腕を伸ばすと、机の片隅に置かれたベルを鳴らした。
りーん、という冷たい音が響く。
その残響が消えるのも待たず、人が来ないのを見るやまた何度も何度も何度もそれを振る。
美しい音色のはずの音が何重にも響き、頭を揺らす複雑な不協和音が部屋を満たした。それを打ち消すようにようやくメイドが息を切らして現れる。
「アトリーチェ様、何か御用でしょうか!」
「遅いわよ!何考えてるの!?」
「すみません…ご用件は」
「言わないとわからない?」
理不尽な言動に困惑する若いメイドにさらに言葉を畳み掛けようとした時、何かがアトリーチェの腕を引いた。それは指先に巻きつけられた鎖の先。彼女がジェーンに無理を言って手に入れたペットのリスだった。そのリス—彼女は机の上に飛び乗ると、その澄んだ丸い瞳でアトリを見つめた。
『あ、ああ、あー…アトリーチェ様、聞こえますか?』
「!!」
微かにノイズの混ざる声がリスから聞こえた。アトリーチェは驚いて姿勢を正し、彼女に向き直る。机の向こうで困惑したままの侍女には視線だけ動かして睨みつけ、さっさと帰らせた。そしてまた視線をリスに戻す。
「き、聞こえるわよ!」
『よかったですわ…アトリーチェ様、わたくし、貴女に伝』
「アマリリス!ついに喋れるようになったのね!あたくしのアマリリス!!!」
「………」
そう言ってアトリーチェは愛しの「アマリリス」を抱き抱えた。
*
一人邸宅の外に残ったヴィエラは、塀にもたれながら考えを巡らせた。…アマリリスて。リスの名前にそのままリスなんて入れるかしら?普通。
…じゃなくて。
わたくしがリスと誤認されているらしいわ。…でも確かに、今のアトリーチェ様は確実にわたくし達を避けているようだし、このままリスのフリをして会話を続けた方がいい、の…かしら。
ヴィエラは羞恥心をかき消すように咳払いを一つすると、また機械のマイクを口元に近づけた。
「アトリーチェ様!わた…しの話を聞いてくれる?」
「ええ!」
ヴィエラは一応のために声色を少し高く上げ、口調も変えるよう意識した。その様子は側から見ると滑稽だ。一方でアトリーチェは爛々と輝く目で手のひらに乗せたアマリリスをしっかり見つめている。ヴィエラはまた口を開いた。
「話がしたいんだ。君の…友達と、家族について。」




