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第22話


 オスカーが手紙を出してから数日、ここは王家が別荘を構える郊外の避暑地。少し高地に位置するため、首都では強かった日差しもここでは幾分和らいでいる。よく整えられた自然がどこまでも広がり、気持ちの良い風が吹き抜ける。そこに、アトリーチェとオスカーは日帰りで訪れていた。シルクのドレスを身に纏ったアトリは、オスカーのエスコートで馬車から降り、あたりを見回す。


「いいところね。空気が綺麗だわ」

「そうだろう」


 アトリの手を取りながら、オスカーはひそかに彼女の様子を伺う。頬はいつも通り血色が良く、体調を崩した後とは考えられなかった。


「ここには血統書付きの名馬が揃っている。…乗馬でもどうだ?」

「それはイヤ。馬は汚いし疲れるじゃない」


 アトリは唇を尖らせてオスカーの提案を軽く一蹴した。そんな様子にオスカーは違和感を覚える。…今までのアトリなら、嫌がりながらも俺の様子を見て、少しくらいは検討したはずだ。


「それじゃあ、草原でも歩いて散策しようか。どこかで従者にお茶の準備でもさせよう」

「いいわね」


 そうして2人は草原の中のよく整備された遊歩道を歩く。一面鳥たちの平和なさえずりが澄んだ青空に響いていた。オスカーがここに来るのはおよそ1年ぶり。久しく感じていなかった雄大な自然に、アトリに対する不安もありながらも、しばし心を奪われていた。


 と、そのとき。


「ねぇ」

 

 アトリーチェが立ち止まり、先を行こうとするオスカーのシャツの裾を強引に掴んだ。


「あたし、疲れちゃったぁ」


 甘えるような猫撫で声。オスカーは背筋に寒気が走るのを感じながら、それでも平静を装い、右手を高く上げる。すると、数メートル後ろをついてきていた従者たちが現れ、あっという間にティーセットを完成させた。アトリは侍女に椅子を引かせ、優雅に座る。オスカーも彼女の様子を注視しながら自分で座った。向かい合って自分を見るアトリーチェの目が、いつもと別人に見えた。


「…?どうされたの?」

「いや。なんでも」


 オスカーを熱っぽく見る紅の瞳は、晴れた草原の中でも怪しく光っている。ティーブレイクとは名ばかり、どうにも落ち着かない。しばらく互いに黙っていると、彼女は、突然オスカーを見つめたまま、そのしなやかな手を身を乗り出して伸ばす。その手が求めていたのはティースタンドに乗った茶菓子か、はたまたオスカー自身だったのか、その答えは茶器が割れる音によって謎に葬られた。


「………っ!…アトリ、大丈…」

「アナタよね!?ここにカップを置いたの!!!」


 侍女の1人が息を飲む音。そして急いで床に散らばった破片を拾い集める。そんな様子をアトリは心底軽蔑したように眺めていた。


「謝罪は!?」

「あっ、す、すみません……」


 ……ありえない。あれだけ怒りを露わにすることを恐れていた彼女が、こんなに人に当たり散らすなんて。あの馬鹿げた夢の話を忘れたというのか。


「アトリ。…『5秒数えて深呼吸』はどうした」


 アトリはゆっくりと視線をオスカーに向けると、乾いた笑いだけを返す。


「アトリ、…今まで、どうしてたんだ」


 また、無言で唇を吊り上げているだけ。

 

「……君は、まるで今までとは別人だ」

「……………」

「本当のアトリーチェは、どこに行ったんだ?」

「あたくしが本当じゃないっていうの!?!?!?!?」

 

 オスカーの一言に、アトリは突然立ち上がり叫び出す。あまりの剣幕にオスカーですら驚いて肩を震わせた。


「今までもこれからも、ずっとずっとあたくしよ。アトリーチェ・シルバーハートよ!オスカー様はなぁんにもわかってない!あたくしはずっと、勉強も、汚い物も、礼儀のなってない下賎な人間も、全部全部嫌いだったの!!!!!!!!」


「……………そ、それでも。そうやって怒りに身を任せれば痛い目に遭うと悟ったんだろう?」


「…馬鹿ね。あたくしにはお父さまがいるのよ。どんなことをしても、どんなワガママでも、お父さまは許してくれる。お父さまはあたくしを守ってくれるの!!!!!!……も、もちろん、あたくしは……死ぬのがこわい。………………でも、お父さまに嫌われるほうが、もっと……………」


 彼女は声を震わせながら、そう俯いて。オスカーが何かいい言葉を考えつく前に、



「…………………帰るわ」



 そんな言葉を搾り出した。


 *

 

 それから、いつの間にか長期休暇は終わり、新学期が始まった。アトリはオスカー達と同じ馬車で投稿することを拒否し、1人で学校に行くようになった。


「アトリーチェ様!おはようございます!」

「ヴィエラ。おはよう」


 新学期早々、アトリの顔を見るなりヴィエラは目を輝かせて挨拶をした。


「アトリーチェ様、何故今まで顔をお見せになさらなかったのですか?わたくし心配で心配で………」

「そんなの、貴女に言う必要ある?」

「え」

 

 そう言い捨てて颯爽と廊下を歩き出す。ヴィエラはただ彼女を追いかけることしか出来なかった。


 *


 そして時間は流れ、あっという間に定期試験が終了した。


「オスカー様!やりました!俺、48位でした!………信じられません!!!」


 感動のあまり半泣きでオスカーに報告するのはフィデリオ。そんな彼を労いながらも、オスカーはアトリの事を懸念していた。




 *



「……………」


 当のアトリは、暗い自室で1人で成績表を開く。




 そこに書かれていた順位は、79位だった。

これから多忙のため、投稿頻度が落ちるかもしれません。

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